昔の茨城弁集
昭和35年〜45年頃の茨城弁集
茨城弁・土浦弁掲示板/新規に開設しました。どなたでもお気軽に書き込みください。
  茨城方言の特徴
 昔の茨城弁集 TOP
 茨城方言の特徴
 茨城方言入門
 茨城方言大辞典
 動物・両生類
 魚・水産物・海産物
 虫・昆虫・軟体動物 
 樹木
 草花・キノコ 
 地理・自然
 
 
 特殊な形容詞
 人体用語
 代名詞
 風俗文化・建築・生活
 子供の遊び 
 農業・養蚕・漁業
 茨城の迷信
 年中行事
 挨拶言葉
 
 
 茨城方言の分布
 茨城方言の文法
 小説の中の茨城方言
 茨城方言の発音練習 
 茨城の日常会話
 幼児語に学ぶ
 投稿文紹介
 当時のテレビ番組
 相互リンク集
 八丈方言との関係
茨城方言大辞典五十音検索

 茨城弁の中で土浦地域は南部に属し、比較的東京下町の影響を受けています。一方では東北弁の影響が色濃くあります。土浦弁の特徴は、茨城弁の特徴そのものです。
 本ページの構成は以下の通りです。
1.一言で言う茨城方言の特徴
2.平板型アクセント+尻上り+早口等/茨城弁の主な特徴
・平板型アクセント
・上ずったイントネーション
・平板型リズム
・尻上がりと早口
・鼻に抜ける方言
・『し・じ』と『す・ず』
・曖昧な発音
・喧嘩ことば/怒鳴り言葉
・英語を思わせる助詞の欠落した表現
・カ行音・タ行音の濁音化
・男女の区別や敬語が無い
・江戸言葉の坩堝
・バイリンガルな茨城方言
3.二つまたは四つの茨城弁の抑揚
標準語のイントネーション
・茨城弁のイントネーション
・文例紹介
・代表的茨城弁文例のイントネーション
・平板型イントネーションに伴う早口現象
・音韻の大きなうねりで心を表す
・3音を好む県民性
・上方語と茨城方言との関係
・狂言と茨城弁の関係
・朝鮮語との関係はいかに
4.変幻自在のアクセントとイントネーション?
5.濁音化
6.接尾語『〜、〜、〜へ』
7.『い』と『え』
8.『し』と『ひ』の混同
9.現代に残る古代語の発音
10.代表的な代名詞
11.動詞の活用形
12.助詞等の活用形
13.促音便の後の濁音
14.促音後のサ行音
14.鼻濁音の重要性と混乱
15.倒語(音位転倒)と地場語同化
16.連母音変形と逆行同化
17.標準語には無い茨城方言の発音
18.省略と転換
19.清音化
20.『び・ぶ・ぼ』等の半濁音化
21.標準語では無母音になる音が茨城方言では有母音になる
22.『ら行音』の撥音便化
23.『鼻濁音ガ行音』、『カ行音』『サ行音』『ナ行音』『は行音』『マ行音』『ヤ行音』の撥音便化
24.促音便の多用と〜ちゃう・〜ちゃー・〜ぢゃう(〜じゃう)
25.短縮化
26.文節・語尾の長音化
27.助詞の省略と単音語の長音化
28.強調表現としての長音化と非強調表現としての単音化
29.二音語の長音化
30.長音発音の特徴
31.形式的長音化
32.単音化とア行音の省略
33.音通現象
34.拗音化と直音化
35.形容詞の語尾
36.形容詞の『かり活用』が残る。
37.『を』を発音できない
38.『ん』で始まる単語がある
39.標準語には無い状態を示す動詞形
40.助詞の変化
41.助詞の特殊表現
42.平板型アクセントの欠点対策としての強調表現
43.接頭語の特徴
44.助動詞の表現
45.接尾語・助詞の特徴
46.動詞を繰り返す特殊表現
47.形容詞・形容動詞・副詞の繰り返し言葉
48.『かだり』『たがり』
49.茨城人は擬音語・擬態語の天才?、そして特殊表現
50.同音異語
51.敬語
52.男女の違い
53.面白い訛
54.親しみ易さか喧嘩言葉か
55.訛が訛を呼ぶ
56.近くて遠い標準語と茨城弁の関係
57.意味が転じる訛の謎・訛の図式
58.古い言葉を良く残している
59.大字単位、年齢、個人等で異なる言葉
60.東北に属する方言
61.英語に近い茨城弁のリズム
62.語尾の上がる発音はフランス語に似ている?
63.進化した方言?
64.茨城弁と標準語の関係の面白い例
65.標準語の不思議
66.標準語に慣れても最後まで残る音韻等の癖
67.中央文化と東北文化の交流地点としての言葉
68.音と言葉/英語と茨城弁の関係/音の表すイメージは万人共通か?
69.言語は心を伝えるツール
70.言葉は文化
71.常に連続的に分布する方言
72.茨城弁から見た標準語は天使の言葉、そして発音できなかった『りゃ』『りゅ』『りょ』
73.中学校の作文は辞書検索の繰り返し
74.茨城県出身のビジネスマンは気をつけよ
75.教育の功罪
76.たった一文字違いの言葉
77.無視できない茨城県人の気質
78.変わる茨城弁
79.新時代の茨城弁像
80.標準語の進化と茨城弁
81.標準語文化圏で使われる俗語等
82.新たな時代の方言
83.新たな時代の茨城方言
84.変わる日本語


1.一言で言う茨城方言の特徴
@茨城方言の特徴
 茨城方言は、日本語の東国方言に属し、さらに関東方言の特徴もそのまま備えています。また、江戸方言を良く残しながら東北方言の特徴を併せ持つ関東では、極めて特殊な方言です。一般に東関東方言に分類されます。
 また、万葉集の時代の古代・上代語を現代に残している貴重な方言です。さらに、江戸を中心に花開いた近世語をそのまま現代に伝えています。肝心の東京では、江戸語が早くから廃れてしまい、関東では、このような特徴を持つのは茨城県を中心にした地域にしかなく、栃木県の東部と千葉県の北部に限られています。
 調査の結果、日本三大方言とされる本土方言、琉球方言、八丈方言の中にあって、茨城方言は八丈方言とおどろくほどの共通語が見出されます。八丈方言は、東国の古代の語法を残しています。茨城方言の語法は概ね標準語と同じである一方、単語レベルでは、間違いなく東国の古代語を残しているのです。
 茨城方言は、それほど貴重な方言であり、今後研究者の間で、必ず特別な言葉として日の目を見るのはは明らかでしょう。茨城方言は、江戸時代の方言集としても名高い『物類称呼』の花形でもありました。江戸時代の著名辞書である『俚言集覧』に掲載されながら、本家の江戸ではすたれてしまった言葉が沢山残っています。一方『新編常陸国誌』『茨城方言集覧』等の書籍によって、江戸時代の茨城方言の記録が現代に残されているのは幸いです。さらに、長塚節が残した小説『土』の存在を見逃すことはできません。
 茨城方言は、関東では珍しく過去の方言書に恵まれ、一方ではかたくなに過去を現代に伝えている言葉であり、その価値は計り知れないものがあります。
A茨城方言の標準語との対応表。
特に変則的な茨城方言を除き、総じて、標準語と比較した時の茨城方言特徴を一覧に示す。基本的には標準語に順ずるが、東北方言の境界領域にある方言として二重の環境にあったことが解かる。
共通語 茨城弁 備考
1.あ
2.あい えー
3.い い、え 英語の【i】音とほぼ同じ。『い・え』音は区別されない。
4.う う、お、ん
5.え い、え 英語の【i】音とほぼ同じ。『い・え』音は区別されない。
6.お お、う オ段音はウ段音に近い。
7.か か、が 濁音化する傾向がある。
8.き き、ぎ、け、げ 濁音化する傾向がある。
9.く く、ぐ、こ、ご 濁音化する傾向がある。『こ、ご』と交替する。
10.け き、ぎ、け、げ 濁音化する傾向がある。
11.こ く、ぐ、こ、ご 濁音化する傾向がある。『く、ぐ』と交替する。
12.が カ行音は濁音化する傾向がある。
13.ぎ カ行音は濁音化する傾向がある。
14.ぐ カ行音は濁音化する傾向がある。
15.げ カ行音は濁音化する傾向がある。
16.ご カ行音は濁音化する傾向がある。
17.さ 『つぁ』と発音することがある。鮭を『しゃけ』と言うのは江戸時代からの東国の特徴と言われ、拗音化することがある。
18.し し、すぃ、せ、すぇ 英語の『si』の発音に近い。
19.す
20.せ
21.そ 『つぉ』と発音することがある。
22.ざ
23.じ
24.ず
25.ぜ
27.ぞ
28.た た、だ 濁音化する傾向がある。
29.ち ち、ぢ、てぃ、でぃ 濁音化する傾向がある。
30.つ 濁音化する傾向がある。『とぅ』と発音することがある。
31.て て、で、てぃ、でぃ、ち、ぢ 濁音化する傾向がある。
32.と と、ど 『つぉ』『とぅ』と発音することがある。
33.だ た、だ 時に清音化することがある。
34.ぢ ち、ぢ 時に清音化することがある。
35.づ つ、づ 時に清音化することがある。
36.で て、で、てぃ、でぃ 時に清音化することがある。
37.ど と、ど、とぅ、どぅ 時に清音化することがある。
38.な 時に清音化することがある。
39.に に、ぬ、ね
40.ぬ
41.ね ね、に 『にぇ』と発音することがある。
42.の の、ぬ
43.は
44.ひ ひ、へ
45.ふ ふ、ほ
46.へ へ、ひ
47.ほ ほ、ふ
48.ば ば、ぱ 茨城では半濁音化する傾向がある。
49.び び、ぴ 茨城では半濁音化する傾向がある。
50.ぶ ぶ、ぷ 茨城では半濁音化する傾向がある。
51.べ べ、ぺ 茨城では半濁音化する傾向がある。
52.ぼ ぼ、ぽ 茨城では半濁音化する傾向がある。
53.ま
54.み み、め
55.む む、も、ん 『ん』と発音するのは標準語も同じ。
56.め め、み
57.も も、む
58.や や、いや
59.ゆ ゆ、よ
60.よ よ、ゆ
61.ら 稀に『だ』に変化する。
62.り 稀に『い』に変化する。
63.る
64.れ
65.ろ 稀に『ど』に変化する。
66.を
67.ん
68.きゃ きゃ
69.きゅ きゅ 直音に変化することがある。
70.きぇ きぇ
71.きょ きょ
72.しゃ しゃ
73.しゅ しゅ
74.しぇ しぇ
75.しょ しょ
76.ちゃ ちゃ
77.ちゅ ちゅ
78.ちぇ
79.ちょ ちょ
80.にゃ にゃ
81.にゅ にゅ
82.にぇ
83.にょ にょ
84.びゃ びゃ
85.びゅ びゅ
86.びぇ びぇ
87.びょ びょ
88.ぴゃ ぴゃ
89.ぴゅ ぴゅ
90.ぴぇ ぴぇ
91.ぴょ ぴょ
92.みゃ
93.みゅ
94.みぇ
95.みょ
96.いぇ 『ye』の発音。
97.りゃ
98.りゅ 茨城ではしばしば直音化する。
99.りぇ
100.りょ しばしば直音化し『よー』と発音する。
101.うぃ 『wi』の発音。『ゐ』。
102.うぅ 『wu』の発音。
103.うぇ 『we』の発音。『ゑ』
104.を 『wo』の発音。ただし現代では『o』が正しい発音とされ、『wo』は過去のものとなった。
105.ん
B授業で学んだ茨城方言
中学3年の国語の授業のノートが2010年見つかりました。以下、そのまま紹介します。一部表現が適切でないものは是正したり書き加えたものがあります。同級生が病気で休んだ日、だれかがメモを取ってくれたものだと言います。茨城方言を例にとりながら『ことばのすた』というタイトルで日本語の文法を紹介したものと見られます。
当時の方言は駆逐されるべきものとされていましが、方言色の強い茨城では、方言から入った方が親しみやすいと考えられたのだろう。確かこの時『雨』と『飴』のアクセントは異なる事を学んだと記憶しています。茨城では空から『飴』が降って来るのだが、その可笑しさは誰も感じなかったのです。
それにしても僅かな情報ではありながら、的確に茨城方言がまとめられているのは、きっと大学で茨城方言の講義を受けた先生に違いない。

・ことばのす
 方言の話
・ことばを直すのにむずかしい順
 1.アクセント
 2.文法
 3.発音
 4.単語
・茨城の方言
 1.アクセント:たいらである。
 2.発音:イとエ。サシスセソ。
 3.文法:きる(来る)。
 4.単語:めどちく
・名詞
 めど:穴。
 ちく:嘘。
 きどころね:うたた寝。
 :坂。
 ねんじん:ニンジン。
 ひぼ:紐。
・代名詞
 おら:俺。
 おめえ:お前。
・動詞
 きる:来る。
 きない:来ない。
 けえっと:帰るぞ。
 ふっから:降るから。
・形容詞
 あつかない:暑くはない。
 うまかない:美味くはない。
・形容動詞
 じょうぶだら:丈夫なら。
・助動詞
 あさだら:朝なら。
 みらせる:見させる。
・助詞『が・を』を省く
 雨降ってきた:雨が降って来た。
 んたべる:パンを食べる。
・『に・へ』の代わりに『さ』を使う。
 うえさのせる:上に載せる。
 みとさいく:水戸へ行く。
・『の』の代わりに『ん・な』を使う。
 これだれんだ:これは誰のだ。
 ひゃくえんなくれ:百円のをくれ・百円分くれ。
・その他助詞・助動詞
 いぬよっかねこがいい:犬より猫がいい。
 かぜばかし吹く:風だけが吹く。
 いくらたのんでもだめだど:いくら頼んでも駄目だぞ。
・接頭語・接尾語
 すみこ:隅。
 めどこ:穴。
 うまめ:馬。
 いぬめ:犬。
 おんのめる:埋める。
 ひんだす:引き出す。
 ぶったく:叩く・殴る。


2.平板型アクセント+尻上り+早口等/茨城弁の主な特徴
 これらは、東北弁の特徴と極めて良く似ています。茨城弁は限りなく薄められた東北弁と言われるのはそのためです。これらの特徴は、関東圏では茨城と栃木の東部、千葉県北部の一部地域に限られ、関東圏では珍しい方言です。
@平板型アクセント
 単語自体にアクセントが無く、一般には『崩壊アクセント・無アクセント・無形式アクセント』等と呼ばれる。
 ちなみに全国の無アクセント地域は、ウィキペディアによると宮城・山形各県の南部、福島・栃木・茨城の3県のほぼ全域、千葉県の野田市周辺にかけての連続した地域、静岡県の赤石山脈に沿う山村集落、福井県の福井市周辺、愛媛県西部、長崎県の北部・五島、佐賀県の北部から南東部、福岡県の筑後地方、熊本県の北部・東部、宮崎県のほぼ全域にかけての連続した地域に分布すると言われています。私は、福井・熊本生まれの知人がいますが、茨城方言と親近感を覚えます。『飴』・『雨』、『箸』・『橋』・『端』、『柿』・『牡蠣』、『海』『膿』等全て平坦に区別無く発音されます。
 ただし、標準語では、全てアクセントのルールが決っているかというとそうではなく、例えば『隅』は前後の関係で『す』にアクセントがある場合と平坦に発音されることがあります。動物の『熊』も同じです。
A上ずったイントネーション
 茨城弁は、基本的に無アクセントと言われますが、特に強調表現の手段として上ずったイントネーションが使われることがあります。これについては、次項で詳しく解説します。
B平板型リズム
 アクセントだけでなく、リズムが重要視され、さらにそのリズムは繰り返されます。
C尻上がりと早口
 平板なアクセントの一方、語尾が高めに発音されます。一般に『水戸の尻上がり』などと呼ばれます。
 また、語幹は比較的はっきり発音しますが、助詞が相対的に早口に発音され、他県の人には総じて早口に聞こえ、聞き取りにくいと言われます。訛としての言葉はあっても独自の方言が少ない中で、これこそが茨城弁の特徴と言って良いでしょう。一般に未知の言葉や理解しにくい言葉は早口に聞こえる傾向があります。実際、早口の傾向は、個人や置かれた環境によって確かにありますが、のんびり話す人も少なくありません。
D鼻に抜ける方言/ずうずう弁/茨城方言の発音を決定付ける物理要因/カ行音・タ行音の濁音化の要因はここにある
 東北系訛の典型的な特徴です。夏目漱石の作品『鉱夫』には、茨城弁は変に鼻に抜けると表現されています。
 長く、何故茨城弁のような個性的な発音が生まれるのか解っていませんでした。しかし、一度極端に鼻に抜ける発音で発音してみると、実は非常に面白い現象に出会うことになるでしょう。『え』と『い』の混乱や足音便の誕生の経緯や『か行・タ行音』の濁音化は、これが要因なのではないかと思ってしまいます。例えば、前記の『東北系訛の典型的な特徴です。夏目漱石が明治後期に長塚節と出会い、その作品の鉱夫に茨城弁は変に鼻に抜けると表現しています。』を鼻に抜けて発音してみます。標準語圏の方は、鼻の穴が『おっらき』になる現象を感じない限り、体験は難しいかもしれません。何度か繰り返すうちに気が付くと茨城や東北の発音に近づいていくのがよく解るはずです。
 とーほくけぃーなまりのてぃんけぃーてぃきなとくちょうでぃす。なつめぃそーせきがめーじこーきぃに、ながつかたかしにでぃあい、そのさくひんのこーふに、いばらきべぃんは、へぃんにはなにぬけぃるとひょーげぃんしてぃいます。
 何度も繰り返すと『か行』音は、本来口腔から吐き出されるものですが、鼻と口の双方から出る言葉は、まさに東北弁の発音になるはずです。らに『かた行』音が強調されることに気が付きます。特に『か行・た行』音が連続すると口の筋肉と空気の排出の関係から、かなり無理のある発音になります。はっきり発音しようとすると津軽弁やハングルに見られる唾を飛ばすような強い発音になってしまうことに気が付きます。一方、力を抜いて鼻に抜くと『か行・た行』音の濁りを感じることができるでしょう。また『ら行音・か行音・な行音・は行音、ま行音』の撥音便の萌芽が聞き取れます。また、標準語では口腔の奥で発音される『か行音・ナ行音』が口の先で発音されるようになることが解ります。そこで便宜上筋肉を無理しないで発音した言葉で表現すると次のようになります
 とーほんぐんけぃーのなんまんりのてぃんけぃーでぃぎんなどんぐぢょーでぃす。なんづんめそーせんぎんめーじんこーんぎに、なんづんがだんがしんにであい、そのさんぐひんのごーふんにいんばんらんぎべぃんはへぃんに、はんなんにぬんげぃるどひょーんげぃんしぃでぃいんます。
 さらに『かきくけこ』『たちつてと』を発音すると『かんきんくんけんこん・かんきんくんけぃんこん』『たんちんつんてんとん・たんちんつんてぃんとん』となりますが、無理せず発音すると濁音化して『かぎくぎこ』『かぎぐげぃご』『たぢつぢと』『たぢづでぃど』となります。初音が清音なのは、前語とのつながりが無いためでしょう。
 上記は、言わば実験室内で作った言葉ですが、間違いなく東北弁に似ていると思われる方が多いはずです。この仮説は、いわゆる言語学の世界を越えて人間の口や鼻の構造と実際に語られる言葉の関係を論じることですから、これに関する学術的な論拠は聞いたことが無いので面白い仮説ではないかと思っています。
 また、単語レベルで考えた場合、第1音は発音の際の鼻腔の状態を拘束する条件が無いので、濁音化が避けられる傾向にあると推測しています。同じ意味の言葉でも単独の場合は濁音化が避けられても、接頭語や連語によって鼻の筋肉の状態が拘束されて、濁音化傾向になったのだろうと思っています。
 茨城県出身者がどんなに標準語を使いこなせても、この鼻に抜ける発音はなかなか抜けません。まして、英語の発音に流暢な人はなおさら抜けません。最近の標準語は鼻に抜けないのが垢抜けた言い方であるかの如く、ナ行音・マ行音と『ん』以外は一切鼻に抜けない言い方をする人がいるのも事実です。また、このことはもう一つの意味があり、ナ行音が鼻に抜けなくなると『ダ行音』に、マ行音が鼻に抜けなくなると『バ行音』に変化します。断定の終助詞『だ』は、『にてある』に由来する『である』が変化したとされ、『気味』は『きび』と発音されることがあります。また、次第に鼻濁音が無くなりつつあります。
E『し・じ』と『す・ず』
 辞書の定義にはありませんが、『ずうずう弁』のイメージのもう一つに『し・じ』が『す・ず』になる傾向があります。また、逆のこともあります。これは、今ではほとんど聞かれなくなりましたが、高齢者の言葉には今でも聞くことができます。典型な東北訛りです。
F曖昧な発音
 鼻に抜ける発音に加えたもう一つの特徴は、曖昧な発音が挙げられます。単に口を大きく開けないだけでなく、擦過音を発生させる場所が口の奥ではなくかなり入口側で発音されます。その結果、か行音のうち特に『き』が『ち』に近く聞こえたり、『に』と鼻濁音の『ぎ』の混乱あります。またしばしば段が変わる理由もこれにより説明できます。特にエ段をきちんと発音するためには口を大きく開ける必要がありますが、曖昧にすると次第にい段に近くなって行きます。最後には『い』なのか『え』なのか解らない発音になります。
 逆に標準語を使っている人が茨城弁の発音をきちんと発音するためには、通常口の中にかなりの空隙をもって発音する習慣を捨てて、限りなく小さな空隙にしないと茨城弁にはならないのです。
あそごいぐ:あそこに行く、ろぐじっちろ:六十キロ、おっこ:億劫
G喧嘩ことば/怒鳴り言葉
 茨城弁を聞いていると喧嘩しているように聞こえると言われることがあります。もともと茨城弁は江戸の下町言葉の影響を強く受けており、連母音変形が多くいわゆる『べらんめー』言葉です。『どいたどいた』、『なーにゆってやんでえ』等は、まさしく江戸言葉です。それに濁音化が加わった『どす』が利いた言葉です。これは、鼻に抜ける発音と曖昧発音、そして平板型リズムによってどうしてもニュアンスが伝わらない代償として生み出した強調表現の手法の一つとして、『どなり言葉』を選択せざるを得なかったのではないかと思われます。
 しかし、置かれた環境や個人の使い方によって、穏やかでどこか抜けたような可愛らしい言葉にもなってしまうのは不思議です。
H英語を思わせる助詞の欠落した表現/短いセンテンス=形容動詞・副詞の繰り返しと解体再編成された不思議な日本語
 『んだよ、きっと、やっり、けっきょぐ』『ゆってながたっけが、おれ』『いったっよ、そご、めーに』『いぐんだよ、はやぐ、そごに』『おわっ、はあ、おせーがら』『だめだがんなおめは、おごられっと、ちゃんとやんねーど』『だれだー、これおーやったのは』、これを見た茨城人は、なるほどと思った人が多いはずです。実に独特の表現です。見方によっては可愛い言い方です。『ほーら変わったでしょ、すに。あっちにあるでしょ、そこに。やっりねー、そーですよ、そーなんです。これですよ、絶対。やっぱり。でもね、きょうはお休みなんですね。だからできないんです。こっちから選んでくれますか、急いで。頑張ってね。でもわかっちゃいますよね、やっぱり。だって種がないんですから。だけどこーしたらどーなっちゃいます。あら、ほら、こーですよ。なかなかいーでしょ。いーね、んー。きょーはうまくいきましたね。意外に。』。どなたか、気が付いた方がいるはずです。マギー四郎の茨城弁です。
Iカ行音・タ行音の濁音化
 日本語では、カ行・サ行・タ行・ハ行音は濁音化しますが、このうち、茨城方言では、第1音を除き、カ行・タ行音が濁音化します。
J男女の区別や敬語が無い
敬語は特に関西で発達し、男女の区別は現代標準語の原点となった東京で発達したようです。
敬語は、茨城では、明治期の長塚節の小説『土』に記録されているように、敬語・もしくは丁寧語が古くは、若干残っていましたが、その後ほとんど無くなってしまいました。
また、男女語の識別は江戸の遊郭言葉の発達の影響が大きかったのかもしれませんが、茨城では、多く江戸の遊郭言葉が丁寧語として残っていましたが、男女の差は昔から殆どありませんでした。男女を識別するのは、諸外国にもありますが、世界でもメジャーな言葉の多くは冠詞に発達し、日本語のように助動詞に区別のあるのは不勉強ながらあまり知りません。ことに英語では男女言葉には区別はありません。
このようなことを考えると、茨城方言の敬語や丁寧丁寧語・男女表現のありかたは、英語表現に似ています。茨城では、立場が平等に扱われた可能性があります。
劇作家の岸田國士はその随筆『方言について』の中で、『私は嘗て、さういふ見方から、紀州人といふ一文を書いたことがあるが、紀州に限らずあらゆる地方の方言が、性、年齢、教養、稟質、職業、身分等によつて調味されつつ、なほ厳然として、独特の「あるもの」を保ち、これが風土そのもののやうな印象によつて、人間固有の属性に、一抹の、しかも、甚だ鮮明な縁取りを加へてゐることは、なんと云つても見逃すことはできないのである。例を世界の諸国、諸民族にとれば、なほ話が解り易いであらう。英語は英国民の、仏語は仏国民の、ロシア語はロシア人のと、それぞれ語られる言葉の色調が、直ちに、その民族の風尚気質を帯びてわれわれの耳に響いて来る。厳密に云へば、英国人の感情は、英語を通してでなければ表はし難く、仏国人の生活は、フランス語によらなければ描き出すことが困難なのである。さう考へて来ると、ある地方の方言を耳にするといふことは、その地方の山水、料理、風習、女性美に接する如く、われわれの感覚と想像を刺激し、偶々その意味がわからなくても、なんとなく異国的な情趣と、一種素朴な雰囲気を楽しむことができる。』と書いています。
すなわち、劇作家という感性から見た方言の価値、さらに世界の言語の感覚まで言及しています。
茨城方言は、茨城の文化そのものではありません。江戸言葉の影響を強く受けたことは確かですが、その影響化で独自の進化を遂げたことは間違い有りませんし、東北圏の方言に影響する関所となっていたことは、もはや疑いないでしょう。
K江戸言葉の坩堝
茨城方言には、江戸時代の庶民の言葉が現代でも日常的に息づいています。当の東京では、明治時代の方言駆逐策が徹底されたのか、すっかり途絶えてしまったようです。
江戸時代の文献の『浮世風呂三』には『うぬらばかり買切居る湯ぢやああんめへし』がある。ほとんど現代の茨城方言です。
Lバイリンガルな茨城方言
 茨城方言は、都心に近いのに古くからその訛りの多さが自覚されていました。明治期末期に発刊された『茨城方言集覧』が実は方言矯正の書物だったのです。
 ところで、茨城方言には二つの顔があります。これは、標準語にも同じことが言えるのですが、文語と口語には大きな差があるように、茨城での口語と、畏まった場での言葉には大きな差がありました。
 恐らく、江戸時代にはそのような鎖は無かったと思われるのですが、明治以降の国の政策に従った自治体の施策によって、茨城方言の駆逐政策がとられました。日本には各地にそれにまつわる逸話が残されています。茨城でも同様です。昭和30年代の小学校では、標準語教育が行われました。教室の黒板の上には大きな五十音表が張られ、繰り返し皆で言わされました。
 そのため、テレビの普及時代に居合わせた茨城県人は、標準語をしかと理解していたはずなのです。そのため、公式の場所では、当時すでに、抑揚はともかく、字面の上では標準語を話していました。
 そのような環境の中でも、茨城方言の濁音化は廃れることはありませんでした。実際にその環境に私自身が暮らした感覚では、濁音化することをもてあそぶような感覚がありました。主に女達は綺麗な言葉を話す傾向にあったので、本来濁音であるべき言葉を、しばしば、清音で発音することがありました。恐らく、標準語の知識が十分に浸透していなかった結果、アンチテーゼとして生まれた清音化とも思われます。ただし、中には古語の清音表現を今に伝えているのではないかと思われるものもあり、茨城方言の解釈は実に難しいとも言えます。
M茨城方言と茨城県人の気質
茨城方言は、1)汚い、2)喧嘩しているように聞こえる、3)無愛想で粗野である などとしばしば言われます。これは視点を変えると、4)男女に言葉の差が無く、また敬語が著しく退化している事に原因があると言えるでしょう。また、人付き合いをうまくするには、丁寧な言葉を使ったりするより、少々荒っぽい方が、親しさが深まるといった風潮ががあります。これは、例えば都会の若者のグループ社会などにも見られます。
2010年7月号の常陽芸文には『茨城弁に男女老若の間に言葉遣いの差が無いと言う原因は、後にもふれるように、閉鎖的社会に原因がある。閉鎖的な農村社会では、内々意識が強く、言葉も家族や仲間だけに通用すればよかったのである。こうした風習は現代にも影響しているようである。他県から茨城に移住したり、訪れた人が茨城県人の無愛想を訴える声をよく耳にする。平成三年四月十三日の『朝日新聞』に、内科医佐賀純一氏の「友人に悪評の風土と県民性」と題する辛口寸言が掲載されている。佐賀氏は県名の「茨城」は、『常陸国風土記』にみえる残酷な説話に由来するので県名を考え直そうと提言している御仁である。佐賀氏によると最近、東京から遊びにきた二人の友人が、「茨城という名前はこの風土にふさわしいね。名は体を現すというが、全くその通りではないか。言葉はとげとげしいし、商店に入ってもあきれるほど無愛想だ。ろくに掃除もしてない。よくもあれで商売が成り立つと感心するよ。茨城は自分を反省するためにも県名を保存すべきだよ」。もう一人の友人は水戸へ行って駐車場に入ったが、係員の態度には驚いたという。「初老の係員が小屋の中から手を出してカギといきなりいうんだ。何のことだか分らないから『何ですか』と聞くと、怒って『カギだ、カギをこっちへもらう』という。……腹が立ったからそこを出て別の駐車場に入ったら、やはり同じなんだ。土浦の駐車場でも同じことを言われたよ。茨城県人は素朴ではなくて粗野なんだ。こんな状態から抜け出すためには百年はかかるだろう。県名はその時になつて考えたらいい。』とあります。
なるほどとも思うのですが、農村社会は茨城に限らず全国にある訳ですから、何故茨城の農村社会が閉鎖的になったかは、茨城には江戸時代に長く広域を統率する大名が居なかったために、個々の地域の狭い付き合いしかない文化が生まれ、それが閉鎖性を生じさせ、敬語の無い粗野な言葉と文化が出来上がったと見られます。
2010年6月、40年ぶりの同窓会がありました。大半が地元暮らしなので、いきなり『〜だっよ』『しゃーんめ』『なんだおめー』女言葉の『〜でしょーよ』が飛び交いました。中には恩師との会話にも使っている人物が居ました。常陽芸文に書かれた内容は耳が痛いのですが、方言は文化でもありますから、他県から茨城を訪れた方々は、腹を立てたりせずに寛容に受け止めてもらいたいと思います。

3.二つまたは四つの茨城弁の抑揚
 前項の平板型アクセントと上ずったイントネーション等について少し詳しく考察します。日本語に限らず多くの言語は4つの音で構成されていると言われています。実際はこの4つの音の他に微妙にずらした音が使われることもあります。
 ここではその4つの音を低い方から順に第1音・2音・3音・4音としてみます。

(1)標準語のイントネーション
標準語は、これら4つの音のうち2音と3音を基本に使いながら強調する場合は4音、句読点では1音を使いながら、バランス良く使われます。センテンスの最後の多くは、2音でしめくくられます。また個人による差はあまり大きくありません。ちなみに関西弁は、まず文節が4音から始まり、4音と1音の落差が特に大きいことに特徴があります。センテンスの最後の多くは1音でしめくくられます。また、良く耳を済ませると、関西弁の3音・4音は標準語より少し高い傾向にあるようです。
2005年、NHK大河ドラマの義経で語られた宮中の言葉は、今の関西弁とはかなり異なる印象を受けました。当時の初音は第4音ではなく3音から発音されたようです。その時代の言葉は単純に言えば今の関西弁より今の標準語の抑揚に少し傾いているようにさえ思えます。これは、関西の方からすると地理に当たり前であったりするかもしれないので、これから先は、関西の方々の御指南を受けるしかありません。
一方、できれば楽譜によりたかったのですが、実は言語の抑揚は音楽の楽譜には全く載らないことが良く解りました。

(2)茨城弁のイントネーション
1)単語のイントネーション/アクセント
@二音語
 茨城弁はアクセントが無く平板であると言われる根拠になるものです。単独では、『飴』・『雨』、『箸』・『橋』・『端』、『柿』・『牡蠣』、『海』『膿』等全て平坦に区別無く発音されます。
ところが、会話文になると次のように変化します。また、二音語はしばしば長音化します。
・あめが降ってきた:あーめふってきたー
 41122221:222333331。淡々とした言い方。
・降ってきたよ、あめが。:ふってきたどーあめ
 411113、311。:111114441。やや不安感がある場合の言い方。
・まめ食べるかい:まめくーがー・まーめくーがー
 2224112:222144・3311444。あたかも歌うように言います。
A三音以上の語
 単独では平坦に発音される場合と、そうでない場合があります。言い換えれば茨城方言は平坦だと言われる一方、三音語になるとアクセントやイントネーションのルールが無いということがとが言えます。
えんぴついんづ・いん
 23332222・3331
会話文になると標準語はほぼ一律に以下のように発音します。
えんぴつある?
 2333413
ところが、茨城方言では、まず淡々と問う場合は、次のように発音します。
いんづあっか?
 2222411
不安も無くはきはきと言う場合は次のようになります。
いんづーあっか?
 44444411
やや不安げに問う場合、以下のように話します。
いんづあっかー?
 11111444?
あるうえんぴつ?あっかーいんぴづ?
 4132222?11141111
これらは、次項に繋がる事ですが、茨城方言では、単語にはアクセントが存在しない一方で、会話文を心を伝える大きなうねりとして捉え、その時の心境を様々なイントネーションの中で忠実に伝えられる言葉なのです。

2)文章のイントネーション
 茨城弁は尻上がりと言われますが、良く聞くと上がりっ放しではなく最後は下がることが多い傾向があります。まれに上がりっぱなしのこともあります。全体に極めてめて平板です。また茨城弁のイントネーションを注意深く聞いていくと実は大きく4種類あるのに気が付きます。
ここではそれらを@『おっとり型茨城弁』(小刻み型・淡白型)A『上ずり型茨城弁』(上ずり典型型・上ずり強調型)、B狂言型茨城弁、C尻上り型茨城弁と呼ぶことにしました。
 標準語や関西弁は、1音から4音まで比較的満遍なく使われますが、茨城弁の場合、基軸となる音(基本音と呼ぶことにします。)があり、それに対して付加的に他の音で飾られます。
 これらの抑揚の形式は特定の個人が特定の形式しか語らないということではなく、話題や置かれた環境によって使い分けられているものです。
いずれも標準語や関西弁に比べて極めて抑揚が無いことが数字から一目瞭然にお解かりいただけると思います。
@おっとり型茨城弁
おっとり型茨城弁は、第3音が基本音になります。
・小刻み型は、読点が細かく刻まれ、読点音が4音(4音単独の言い回しは本の朗読等に限られ、正確には文字一つに41音または341音が与えられ長音化に繋がっている)になります。男女共日常的によく使う抑揚です。特に他人にもの事を説明するような場合は、間違いなくこの小刻み型になります。相手の反応をみながら話すのでこのような言い方になると思われます。茨城弁の特徴を最も良く表した抑揚であり、日常的に使われる頻度の高いものです。最近、都心の若い女性達が使っている言い方にかなり似ていると言えます。
・淡白型は、読点が長く棒読みのように聞こえ4音はあまり使われません。読点音が逆に1音または2音になり、茨城弁の特徴とされる尻上がりとは逆に尻下がりの抑揚になります。多くは高齢者が使う抑揚です。また独り言や考えながら話す時などはこの型になる傾向があります。この当時の学校で子供達が国語の教科書を読んだ時の抑揚は『33313331』というような抑揚でした。この抑揚は戦時中の記録映画で聞かれるアナウンサーの抑揚に酷似しています。文例では2音がありませんが2音は少ないものの使われます。
A上ずり型茨城弁
上ずり型茨城弁は、基本音が第4音になります。
・上ずり典型型は、読点の最終音が1音になり、棒読み型同様尻下がりになります。多くは気分が高揚したり、相手の言葉に強く興味を示したり、特に強調したい時に使われます。初めての人とのやや緊張状態にある会話の場合も使われます。
・上ずり強調型は、さらに興奮したり怒ったりする時に特に使われる傾向があります。4音では足りず5音が出ることがあります。
茨城弁の上ずった抑揚は、実はこの上ずり型茨城弁によるものだったのです。
B狂言型茨城弁
名前のように狂言の抑揚に酷似しているものです。低い初音がそのまま平坦に続き、最後に概ね1オクターブほど上がった後になった後、初音にもどるものです。主に、相手に呆れかえった時に使うイントネーションです。初音がさらに低くなることもあります。
C尻上り型茨城弁
標準語の疑問形や同意を促す場合、感慨深い場合や強く主張する場合に最後が尻上がりになります。
標準語の終助詞『〜か、〜かい』に当たる『〜が、〜がー』、終助詞『〜だ〜』に当たる『〜だー、でー』の場合、標準語よりかなり高く尻上りになります。自分の発言を強調する終助詞『〜ぞ』に当たる『〜と、とー、〜ど、〜どー』などを使う場合にも高く尻上がりになります。
(3)文例紹介
実際に文例を使って見てみます。標準語の文章を茨城弁読みをすると末尾の表現が難しいのですが、比較するうえでの実験的なものなのでご了承下さい。これを見る限り上ずり型茨城弁の個性がいかに強いかがお解かりいただけると思います。尚、関西弁はあくまで標準語を話す人間が描いたものなので関西の方はご容赦下さい。
@標準語文例による標準語と茨城弁のイントネーション 
・標準語(文例をもとにした典型例なので最終音は1も多く使われます)
しゅうちゅうどがまし、いちおんとのらくさがどくとくのひびきをもたらします
2333311123、1411314111244442331222222
標準語でも読書やスピーチ等でややしり上りに発音されることがありますが、茨城弁よりキーが一段低く細やかな抑揚があります。
しゅうちゅうどがまし、いちおんとのらくさがどくとくのひびきをもたらします
1333311123、1311133113122231223222222
・おっとり型茨城弁
しゅうちゅうどがまし、いちおんとのらくさがどくとくのひびきをもたらします
3333333334、3333343334333343334133311

ここでは表現されていませんが、4音は必ずと言って良いほど長音で発音されます。
A茨城弁文例による茨城弁のイントネーション
・おっとり型茨城弁
そーたごどーゆったってーしゃーんめよ
233341233341444441(小刻み型)
333333333311333331(淡白型)
・上ずり型茨城弁
そーたごどーゆったってーしゃーんめよ
444444444433444441(上ずり典型型)
444444444451555551(上ずり強調型)
・狂言型茨城弁
そーたごどーゆったってーーしゃーんめよーー
111111111115111111151
011111111115101111151
(高度強調型)
B関西弁文例による関西弁のイントネーション

しゅうちゅうどがましてやな、いちおんとのらくさがどくとくのひびきをも
4444411131113、44441141114442244413
たらしますねん

3334111
(関西弁A:関東から見た普通の関西弁の印象特に大阪弁)
しゅうちゅうどがましてやな、いちおんとのらくさがどくとくのひびきをも
3334411131113、22441141113342222412
たらしますねん
2224111
(関西弁B:義経時代の宮中言葉の印象)

(4)代表的茨城弁文例のイントネーション
茨城弁は無イントネーションと言われますが、実際はそうではありません。以下、昭和40年前後のイントネーションを表現してみます。
@それでいいだろう
ほんでいがっよ・ほんでいーんだねーのがー
23323341・233233332244

Aいやあ良かった/2334333
いんやいがった
2333333
B早く来なさい/4111333
はっこ・はーっこ
333・3333

Cなんだいお前は/41121111
なんだおめー
222231

222241
Dそうだ・そうだよ/411・4111
んだ・んだよ
31・311・41・411

Eだろう/244
だっぺ・だっ
224・2244

Fああ、そうですか/31、4111
あーそーですかー
232333341

332222341
Gお父さん/14111
おどーさん
23331

Hそれでいいの?
そんでいーのげー
23333334

Iああそうか/22422
ああそーがー
222242

Jするかい?
/1414
やっか・やっかー
223・2233

K肩が痛い:411131
あーかだいで
133333

(5)平板型イントネーションに伴う早口現象
 平板型イントネーションは、短文の場合はそうでもないのですが、長文になると、早口に聞こえる傾向があります。おっとり型茨城弁(小刻み型)を除くとその傾向が著しくなります。これに加えて文節毎の間の置き方が標準語より短いためより拍車をかけています。
 その最も大きな理由は、文節の語尾の長音化があげられます。茨城人にとっては長音化した部分が文節と理解できるのですが、他県の人にはだらだらと話が続くように聞こえてしまうのです。さらに次項に示すように全体のうねりやリズムを大事にするので部分的に言葉が詰まる部分が出てきます。

(6)さらなる茨城弁の特徴/音韻の大きなうねりで心を表す/茨城弁は音楽の如し
 一般に、茨城方言は抑揚が少なく無アクセントの代表的方言として揚げられます。ところが実はそうではないのです。標準語の抑揚は押しなべて一律に語られますが、茨城弁はその場の雰囲気に応じて、あるいは心の赴くままに語るのが原則であり、標準語に比べると遥かに多くのイントネーションを駆使するのです。確かに淡々とした意志表現では抑揚は平坦ですが、標準語をはるかに超える豊かな表現力を持っているのは間違いありません。時にはうなるような表現もあります。
 例えば、標準語の口語は以下のように言います。茨城弁に比較すると不思議なことに第1音が極端に高いのです。以下の表現は音程の切り替えし部では個人によって様々な表現になりますが概ね間違いない表現です。以下、赴くままに事例を重ねてみます。
 茨城方言のニュアンスはもしかしたら、茨城人でしか理解できないかもしれません。
なにやってんの/厳密には初音の半分は1の音のこともあります。
4111113/確認するニュアンスがある。
4111111/突き放すニュアンスがある。
確かに、怒りに満ちた場合は、
なーにやってんの/疑い深い言い方。
44111111
と長音化します。ふてくされた言い方に、
なにやってんだよう/疑いを通り越していい加減にしなさいに近い言い方。
111141111
という言い方もあります。表y準語にもニュアンス表現はあってもこんなものです。多くは相手を突き放す印象が多く標準語が冷たいと言われる所以でもあります。
茨城方言ではまず淡々とした言い方は次の言い方になります。
なにやってんだ
2222223
さらに少し強調すると、
なにやってんだ/少し問いかける意味を含む。
1111444
なにやってんだ/相手の行為を非難しながら、まあまあのできの言葉。
1114111
もっと強調して長音化するが、少し優しさを含めて、
なーにやってんだー
111111144
さらに感情が入りうなり声になる。
・同じ意味だが、中身が異なる。
なんだおめー
111441/どうしたの。
111144/なんだいお前は
なんだがや:どうしたの
22241
んなーーにやってんだおめーーー
3111111111111441
ちぢーらさいぐにはーどのばすがいーんだっ
1222222233122222222241
これらはほんのの一例であり、茨城方言は実に豊かなイントネーションを持っているのです。
 茨城方言には、標準語にあるような定型化された、リズムや音韻やイントネーションは確かにありません。アクセントや音韻はその時の『こころもち』で変わってしまうのです。だからこそ茨城では定まった音形を拒否してきたのかも知れません。
 一方では、茨城弁には単語にはアクセントは一切ありません。その代わり、語り表現には多くのイントネーションパターンがあり、そのイントネーションパターンこそ茨城方言が持つ、一番重要な方言要素なのかもしれません。茨城弁では『いいくち・いいち』(言い方)が大事なのです。標準語では定型化されていますがが、茨城弁では様々なバリエーションがあるのです。
 そこで、標準語世界の俗語『しゃーねーだろう』の茨城弁は『しゃーんめ』である。これをシチュエーションによって使い分けてみます。
しゃーんめ・しゃーんめー
33331・333331
しゃーんめな
333331:淡々と言う場合。
111141:やや捨て鉢な言い方で、強調表現でもあります。不安を伴った言い方でもあります。1音は唸るように発音する。狂言の発声に似ている。『な』は『よ』と言うこともあり、『や』と言うこともある。この音調は茨城方言の強調のイントネーションの基本でもあります。
444441:強い意志を持ち、相手に訴える場合は、このような言い方になります。
 標準語のイントネーション表現は、その意味で至って単調で、茨城県人にとっては、とても心を表現できるものには思えないでしょう。言い換えれば、ベールをまとったような表現にしか感じられないというのが、茨城県人の実感だと言えます。
 さらに言い換えれば、標準語のイントネーションは、様々な心を抑えて定型化されたイントネーションに従って、淡々と心を表現するものとも言えるでしょう。その意味で、無アクセントと言われる茨城方言は、淡々と話す場合は、無アクセントですが、その無アクセントを逆に利用して、微妙なニュアンスをその場の環境に応じたアクセントやイントネーションを使って、表現する音楽のような言語と言えるでしょう。
ちなみに、茨城県人の政治家としての大臣や党首は2010年現在居ませんが、隣の栃木県には、『みんなの党』を立ち上げた渡辺嘉美が居ます。彼は栃木県那須郡の出身で、大臣を歴任した高名な渡辺美智雄の子息です。『みんなの党』は、今や自民・民主に次ぐ人気の党になりましたが、それには標準語をたしなむ政治家に比べてスピーチの強さと心地よさがあります。何故なのでしょうか。それは、彼が持つ独特のリズム感にあると考えられます。茨城では、過去、大臣は輩出して来たものの総理は一人も居ません。それは何故かと言えば、江戸時代以来、全県を統治する支配者が現れなかった歴史すなわち、強欲な支配欲のあるる武将が現れなかったことからも、薩摩や長州等に比べ革新の思想家が現れなかった事、言い換えれば、茨城市民のメジャーである農業従事者は、あえて革新を求めなくとも、生活に不自由が無かったからとも言えるのかも知れません。その理由は、ネットの航空写真を見ると良く解ります。数値では目下立証できるデータがありませんが、埼玉・東京はそもそも面積が小さいし、千葉は意外に山地が多い。栃木・群馬は北部はかなりの山岳地をかかえており、神奈川も平地は南東部の一部に限られ山地が多い。一方、茨城では南部に筑波山塊があるものの、北部に近い地域まで平地が広がっています。その事から茨城は農業市民にとっては極めて住みやすい環境にあり、革新を望む政治家が育ちにくい環境にあったと言えるでしょう。言い換えれば、茨城県人のメジャー層の農家は、生活に不安が無いので、長く保守派を維持していたと見られます。
茨城の農家のうち、土浦市内の農家は、特産のレンコンによって野菜や果樹農家に比べて遥かに高収入の農家がひしめいています。茨城のコシヒカリは今ではメジャーになりましたが、それでも反辺りの収入は、レンコンの方が高いのですから、事は複雑です。
2009年、政権が民主党に変わってから、土浦市内のレンコン農家は収入が安定しているからこそ将来を憂うようになりました。恵まれているが故の悩みでしょう。

(7)3音を好む県民性
 これは特別にマニアックな視点です。どうも茨城県人は、単語の2音を嫌い、長音化して3音にしたがる傾向があるようです。2音の単語は全て長音化して発音する傾向があると言っても過言ではないのです。東北圏では限りなく短縮化しますが、茨城では短縮化することもあるし何故か長音化することもあります。
典型的なのは、
・音:おーど、お前:おめ・おーめ、肩:かーだ、蚊:かーめ・かんめ、ヘビ:へーび、まだ:まーだ、豆:まーめ、嫌だ:やーだ・やんだ
等ががあります。
 これは、奇数を好むアジア文化そのものに由来する可能性もある一方、日本音楽には伝統的に3拍子は無いはずなので、言語のリズムと音楽のリズムの関係を今後詳しく調査する必要があると思います。

(8)上方語と茨城方言との関係
 茨城方言は、巨視的に見れば、万葉集の時代からあった東国語の一部です。ところが、茨城方言には東の要である江戸には無い上方語との共通語がかなりあります。あじこい:可愛い・美しい、いかい:大きい、:飯櫃、おーぎに:有難う・どうも、し・〜:〜毎、なんば;田下駄、めざこ:メダカ、わにる:恥ずかしがる・はにかむ。 
等はその代表語です。『浪速聞書』と茨城方言を比較するとそれが一層はっきりします。仮説として考えられるのは、
@現代の東国語は、近世に江戸を中心にした地域で特に上方と異なる発達をしたもので、万葉集の時代からあった東国語の存在を除き、巨視的には上方語をベースにしたものである、
A古代日本は西国が政治・文化の中心であり、古代の刑は死罪の他は、流刑が主だった。流刑は都から遠い地ほど重かった。誰でも知っているのが島流しである。常陸は、土佐・隠岐・佐渡・伊豆・安房等と同様に流刑地の一つであったことが『続日本紀』にある。つまり、本来都から離れた土地である、現代の高知県、島根県隠岐、佐渡島、伊豆半島、房総半島、そして茨城県は古代から中央の流刑者によってって上方語が古代から伝えられていた、
の2説です。このうち、茨城と千葉の一部が現代でも東関東方言の著しい地域であることを考えると、Aの仮説が最もなじむように思われます。流刑者はなにも現代で言う刑事犯だけでなく知識階級の政治犯も少なくなかったはずです。その人達が、上方の文化を常陸に残し、現代に伝えていると考えてもなんら不思議はありません。

(9)狂言と茨城弁の関係
 2006年8月、狂言を鑑賞しました。狂言の発音と音韻は実に独特です。最初の言葉の強調表現。現代語には無い発音です。そして、無アクセント。尻上がり。うなり声。そうです。茨城弁そのものなのです。能の掛け声の『いよー』の発音にも茨城弁の強調表現があります。
 『んだー』と『いよー』のイントネーションと発音技法は実は同じなのです。
 狂言を見ていて背筋が震えてしまいました。『茨城弁は狂言言葉だったんだと。』。
 『おめそれみでどーもったー?』/233333333333344
 『おらしんねどー。』/233333344
 これを、狂言風に発音すると、何故か茨城弁になってしまうのです。偶然なのか、はたまた歴史に根ざしたものなのかは、全く知りません。明快に言えるのは、舞台の言葉は、遠くに伝わる言葉の賜物です。西洋のオペラの発声技法と歌舞伎の音声技法が比較されますが、今では、誰もが知っているように執然性があります。
 西洋音楽と雅楽の違いを考えたことがあります。その響きの違いがどこにあるかと言えば、楽器ではなく、演じられる空間の違いが音にあらわれています。

(10)朝鮮語との関係はいかに
 平板型アクセントの地域は、日本国内に大きく3箇所あるそうです。茨城・栃木を含んだ東北南部と四国愛媛県の一部、九州の一部が含まれます。さらに視野を広げるとお隣の韓国・北朝鮮の言葉すなわちハングル語があげられます。
 朝鮮語と日本語はそれだけでなく、言語構成が基本的に同じです。すなわち動詞が最後に来るのです。そのため、語尾がしばしば同じ音が繰り返されます。私たち日本人はそれがあたりまえなので、気にもかけませんが、それでも『です・ます・だ・である』を繰り返すとちょっと耳障りになることを知っています。何故そのように感じられるか科学的なことは良く解かりませんが、所謂『馬鹿の一つ覚え』のような印象が拭いきれないことと、滑稽な言い回しに聞こえるように思います。音楽で言えば実験的・挑発的なラベルの『ボレロ』のようなものです。日本の詞で体言止めが多用されるのもそんな理由かもしれません。
 私は、中学生時代、自作のラジオに熱中しました。真空管のキットのラジオでしたが、自分で作ったためか思い入れがあって、聞けるものは何でも聞きました。その中で北朝鮮の短波放送は言わば、『落語』のようなものでした。今ではハングルは聞きなれた言葉ですが、当時は聞いてるだけで腹が捩れるほど可笑しかったのです。近いがゆえの可笑しさといったものでしょう。
 古事記や日本書記には大和時代に戦乱の朝鮮半島から多くの朝鮮人が渡来し、東国や常陸、下毛野(下野の古称)、武蔵に住まわせた記録が残っています。数々の上代語を現代に伝える茨城方言ですから、大和時代に渡来した朝鮮人が伝えたハングル語の影響が、現代の茨城方言に残っていても不思議ではありません。県下にはハングル語の影響と考えられている代表的な地名として水戸市の『木葉下(あぼっけ)』があります。古代朝鮮語では『土器を焼く村』の意味だそうです。実際この地には、窯跡が20箇所以上発見されたといいます。実際ハングル語は、日本語の標準語に比べ濁音が多く、平坦なアクセントと、力むような発音に特徴があり、これは正しく茨城方言の特徴でもあります。


4.変幻自在のアクセントとイントネーション?
 茨城弁には単語に決まったアクセントがありません。長音・単音の違いもその時の心情に従って語られます。また、実は、イントネーションも自由自在であるは、他のどこのサイトでも語られていません。あたかも与えられた歌詞に気侭に音符を与えているような印象があります。それは、標準語も実は同じなのです。けれども、そもそも異なる言葉をどう表現するかは、特に県外の方は難しいかもしれません。基本的なイメージは、決して標準語と遠いわけではありません。
 例えば、『家に来て下さい。』は、『うぢにこーよ』『いーにこーよ』『おらにきらっせよ。』等、臨機応変に言い分けますが、ここでは最も一般的な『うぢにこーよ』を例にとります。
・『222331』:淡々と語る言い方。標準語では『家に来なさいよ。』
・『222141』:来て欲しい心を強調して『こーよ』の長音部分が強調した言い方。末尾はさらに強調すれば長音形になる。標準語のニュアンスでは、『家に来てよ。』
・『2221141』:『よ』にアクセントがある。やや余韻を残し、次に言いたい言葉につながることが多い。標準語のニュアンスでは『ねえ、来てよ。』
・『333331』:怒り余った時の言葉。標準語では怒ったときの『やってみなさいよ』と同じイントネーション。
 イネーションが表す印象の不思議は、なにも、茨城弁だけのものではありません。怒りなのか悲しみなのか笑いなのか、疑いがあるのかは、万国共通の感覚が存在しているのは、不思議です。人類の言葉の感覚が共通なのは幸いです。特に尻上がりの語形は、疑問を示しどうやら万国共通のようです。
 茨城弁の尻上がり言葉と言われるものは、一旦上がって下がります。標準語にもある表現です。

5.濁音化
 どんなに標準語化しようと、濁音化は現在でも健在です。
どでのわぎの はだげにたでだ はだのわぎで、みがんとかぎたべだら てべどべどで おまげにみがだ がぐがぐしていでー:土手の脇の畑に立てた旗の脇で、ミカンと柿を食べていたら、手がべとべとで おまけに 右肩ががくがくして痛い。 
@『か行・た行』の濁音化
 五十音のうち、濁音化するのは、が行・サ行・タ行・ハ行の4っつです。そのうち、茨城方言では、『か行、た行』は濁音化するのが原則です。ただし、『がばん』(鞄)、『びる』(蛭(ひる))、『ばぢ』(蜂)、『がす』(粕、屑)のように第1音が濁音化する特例もあります。これらは全て名詞で、複合語となったときに濁音化する標準語のルール(例えばスズメバチ・ウマビル等)がそのまま残ったものと考えられ、種別を示す言葉を取り去っても濁音が残った図式と考えられます。
 濁音化は東北弁の特徴でもありますが、茨城弁では特に顕著です。日本国内の訛で濁音化率を調べれば、トップになるのは間違いありません。濁音化する理由は、冒頭の鼻に抜ける発音と大きな関係があります。これは、鼻に抜ける音が音韻をぼかし、もともとシャープな発音である『か行・タ行』音を濁らせ、耳で聞くと濁音のように聞こえるためではないかと推測しています。比較上は『ダ行音』より『ガ行音』が濁音化し易い傾向があります。
 また、第2音・第3音が濁音化し易い傾向がありますが、特に第2音が顕著です。
・お粥:おげー、お母さん:おがあぢゃん・かあぢゃん、書机:しょづぐい・しょづくい、月:つぎ、土手:どで、ミカン:みがん。見た:みだ
 ただし、必ず濁音化するかというとそうではありません。昭和30年代は、濁音化の確率が高かったのですが、近年の標準語化が拍車をかけています。特に、イ段音に続く場合は、あまり濁音化しません。さらにある条件化では絶対濁音化しないルールがあります。それは無声音に続く場合です。例えば、『来た』は殆ど『きた』と言います。この場合の『き』無声音で発音されます。ところで、『きだ』となる場合の『き』は有声音でしっかりと発音されるのです。代表的な『ちぐ』の『ち』は有声音ですが、『ちく』の『ち』は無声音です。そのため『ちぐ』と言う地域は、例外なく濁音化し、『ちく』と言う地域は例外に従うのが多いと考えられます。一見イ段音に続く場合は濁音化しにくいようです。
 有声音は広辞苑に『〔言〕(voiced sound) 声帯の振動を伴って発せられる音。母音・鼻音およびガ行・ザ行・ダ行・バ行の子音の類。』、無声音は『〔言〕声帯の振動を伴わずに発せられる音。〔s〕〔p〕〔k〕〔t〕の類。』とあります。日本語では、これらの子音のイ段音、即ち『き』『し』『ち』『ぴ』、ウ段音の『く』『す』『つ』『ぷ』は通常無母音で、これらに続く次の『か行・た行』音は茨城では濁音化しにくいということが言えます。さらに加えると『ひ』『ふ』もあります。例えば、イ段音で始まる『北、敷居、近い、ぴかぴか、ぷかぷか』等の第2音は濁音化しにくい傾向があります。ところが、『靴、好き、月、使う、服』等は、結構濁音化し『くづ、すぎ、つぎ、つがー、ふぐ』と言うことがあります。これは、無声音だけでは片付けられないとも言えます。敢えて言えば、『き』『し』『ち』『ひ』『ぴ』『ぷ』に続く『か行・た行』音が取り分け濁音化しにくい傾向があると言えるでしょう。ただし、標準語と異なりこれらが有母音で発音される場合があり、その場合は次の『か行・た行』音が濁音化し得ることになります。
 かつての土浦市上大津地域では、殆ど例外なく濁音化しました。その意味で上大津地域は県下でもかなり特異な地域だったと言えるでしょう。以下は一般には最も濁音化しにくいはずのものが濁音化した例です。語頭はすべて有母音で発音されます。
・北:きだ。気違い:きぢ。敷居:しぎー。近い:ちがい。光る:ひがる。ぴかぴか:
 ところで、サ行・ハ行音は何故濁音化することが無いのでしょうか。それは今のところ謎です。濁音化の概念は、もともと五十音の中に濁音が存在しないことを考慮に入れる必要があります。言い換えれば、関西を中心にした日本語にはもともと濁音が存在せず、その後濁音が定義されたとも考えられるからです。このことは、日本語の発音の歴史を遡ると重要な事で、上代に遡るほど日本語は清音だったことが解っています。視点を変えれば、濁音化の定義そのものに遡ります。K音とG音、T音とD音、S音とZ音、H音とB音を考えて見ます。これらは、英語と同じように別物と理解する方法があります。ただそこからは何も生まれません。この中で、H音とB音は、五十音表を見るとハの濁音はバとしか見えませんが、マ行音とバ行音はしばしば音通することから、B音はM音の濁音形と言ってもおかしくありません。そのため、茨城方言の中では、H音は特別な存在であるとも考えられます。次にS音とZ音を考えます。まず『し』の濁音形は『じ』ですが、現代では『じ』と『ぢ』は同じ発音です。同じように『ず』と『づ』も現代では同じ発音です。調べると古くは『じ』と『ぢ』と『ず』と『づ』は、区別して発音されていました。茨城では『でぃ(di)』や『どぅ(do)』があるのはそのためなのです。ただし、検証はこれまでで、S音は、H音は特別な存在であることは立証できません。ちなみに古代に、朝廷の支配に抵抗し服属しなかった人々である「えぞ・えみし・えびす」は、北関東から東北・北海道にかけて住み、東北方言の分布地域と奇妙に一致します。このことから、現代の東北方言・東関東方言は、「えぞ・えみし・えびす」の言葉が母体となった可能性があります。「えぞ・えみし・えびす」は、狩猟・漁労の段階にあった日本人とされ、平安初期頃に奥羽地域まで朝廷が勢力を伸ばした以降、一般の日本人と同化したとされます。この「えぞ・えみし・えびす」の言語文化には、もともとK音とT音が無く、G音とD音の言語しか無かったと仮定すれば、その矛盾が解決します。
 一方では、現代日本語の濁音化の原則は同音・同義語の際には必ず濁音化します。『継ぎ継ぐ』が訛った『続く(つづく)』は代表的ですが 、必ずしもそうではなく同音の場合は濁音化することがあり、さらに、語中で濁音化する傾向があります。その原則は曖昧で、現代でも混乱した言葉が存在しています。『河川敷』はその典型で今では多くの人が『かせんじき』と言います。『端』を『はじ』と言うのも定着しています。『鼓』は『つづみ』ですが『紙包み』は『かみづつみ』で、茨城では『かみづづみ、かみつづみ』です。また、鼻濁音にもその矛盾があり、『描く』とはもともと『絵を描く』意味だったものが、鼻濁音化によって原則が損なわれています。また、『届く』のようにもともとは『途に着く』が転じた言葉もあり、濁音化のルールは簡単にはいきません。
Aナ行音の濁音化
 もしナ行音が濁音化するとすれば、ダ行音しかない。これは、マ行音の濁音化に似ている。古語の『やらぬではない』がある。
 茨城方言では、しばしば『な』が『だ』に変わる。
 これは現代標準語をベースにした場合なので、原型が何かは解っていない。
現代語の『だ』の原型は『である』とされる。
Bラ行音の濁音化
 ラ行音の濁音形は本来は有りませんが、形式的に濁音化してダ行音に変化することがあります。これは八丈方言に特に顕著にあるもので、古代の関東方言を受け継いでいる可能性があります。
 ただしこの方言は、現代ではかなり廃れています。
・下りる:おぢる、理由:ぢゆー、ランプ:だん、論語:どん。親類:しんどい。千六本:せんどっ
C中濁音の存在
 標準語では濁音と半濁音しかありませんが、茨城弁には、かつて中濁音とも言うべき発音がありました。今でも高齢者の発音にその名残があります。これは、発音技法によるもので、子音と母音の間に僅かな間隙を置いて発音するか、吐き出す息の量を控えると言わば『中濁音』の発音になります。勿論このような発音になる原因は明らかに、曖昧な発音をする茨城弁の発音語法によります。
 この中濁音の存在は、茨城弁では特に重要で、次第に半濁音に移っていくプロセスが認められます。茨城弁特有の『〜は中濁音の曖昧さを克服すべく考え出された新たな発音ではないかと推測しています。
D世代や男女の特徴
 清音の標準語に対して濁音化する傾向は、男性に多く女性は清音で発音することが多い傾向にあります。また、最近の若い人は清音を綺麗に話しますが、中高年層は今でも清音の発音が僅かに濁ります。自分では清音と思って発音しているのに端で聞くと濁音に聞こえるのです。
 一方で、若く親しい友人等の間柄では、ふざけ半分で全濁音にした挨拶などが交わされることがあります。
あげばじでおべでどー、ごどじぼよどじぐー:明けましておめでとう、今年も宜しく
E日本語の濁音化の歴史と茨城弁
 日本語は、古代に遡るほど清音で発音されていたと言われています。時代の変遷に伴って、濁音・鼻濁音化する言葉が多くなりました。明治時代に日本語の標準語が定められた以降、近年では、鼻濁音が濁音で発音されることが多くなりました。特に歌の世界では鼻濁音だとリズムが曖昧になるために濁音が使われる傾向があります。
 仮にそのような歴史的な大きなうねりを肯定したとしても、茨城弁で標準語と最も大きく異なるのは、『行く』を『いと言うことです。ただしそれは特殊な事例で、一般には濁音で発音されます。
 標準語の歴史は僅か100年とすこしですが、方言の歴史は中には万葉集の時代に遡るものもあり、単純に訛りとは言えないものも多いのです。敢えて言えば、現代のコンピュータ社会で言えばOS(オペレーションソフト)がウィンドウズになっているわけですが、その陰でグラフィックを支えているMACの存在は無視できないことと同じと思いたいと思います。


6.接尾語『〜、〜、〜へ』
 『〜だろう、〜しよう』は、『〜、〜、〜へ』で表現されます。標準語の『いなかっ』『いなかっ』に代表される表現です。もともとは、古語の『〜べし』が訛ったものですから実は由緒ある表現なのです。いずれも長音形を併用します。『〜、〜、〜へ』は新旧こそありますが、接続する動詞や助詞との相性によって使い分けられます。
 『べ』は、中世後期からの語法である『べい』『べえ』に由来するものです。関東から東北にかけて広く使われます。連用形の動詞や助詞に付く他、撥音便化した動詞や助詞と組み合わせます。当時足音便を伴う動詞との組み合わせにも使われていましたが、次第にに以降しました。
 は茨城弁の印象を決定づける代表的接尾語です。調べると福島や千葉でも使われています。多く足音便を伴う動詞を選ぶ傾向があります。もともとは『っべ』のように濁音形でしたが、半濁音にした方が発音し易いことが大きな理由だと考えられます。中世後期からの語法である『べい』『べえ』が転じて生まれた、当時の新方言が定着した可能性が高いと考えています。
 『へ』足音便の有無に関わらず使われますが、撥音便と組み合わされることは無い特徴があります。当時の土浦地域ではに負けず劣らず使われました。

7.『い』と『え』
(1)『い』段と『え』段の混同
 現在では、高齢者を除きほとんど失われたと言って良い。
 『い』と『え』の混同は、加藤正信の『方言の音声とアクセント』では「イとエを区別せずにエに統合」した地域として茨城を含め、青森東部・岩手・宮城・山形の北西部を除いた地域・福島・千葉北部・栃木の南西部を除いた地域・埼玉の北東部の一部地域が定義されています。関東圏でこれに属する地域は東関東方言の地域とぴたりと一致します。ただし茨城方言のバイブルとも言える『茨城方言民俗語辞典』では「え」項無しで編纂していることから、この定義は見直しが必要であるとも言えます。一方、茨城弁話者の実体験としての茨城の『い』と『え』の識別の感覚は、識別していたという認識があります。ただし、標準語話者が茨城弁の『い』を聞くと『え』と聞こえ、『え』が『い』と聞こえることが多いのは、茨城方言の『い』は、口蓋化しない英語の「i」の発音に近いとも考えることもできます。そのため、当の茨城弁話者には混乱が起きたろうし、合理化の視点から『い』と『え』を区別しないという働きも生まれたと考えられ、一律に「イとエを区別せずにエに統合」したと定義するのは、的を射ているとは言えないのではないかとも思われます。東北方言の場合、様々な方言書を調べるとイがエになってもエがイになることは少ないが、この事情は茨城方言の特徴と実質的に同じなのではないかとも考えられます。イとエの区別の間違い(主にエがイになる)は、江戸の下町言葉にもあり、古い東日本あるいは関東・東北の特徴と言えるのかもしれません。もうひとつ、不思議であるのは、議論されているのは常にイとエであり、何故かイ段とエ段の区別については言及されていません。この理由は、恐らく発音に関する認識感覚あるいは脳の識別能力にも関係するのかもしれない。言語のバリエーションを考えると、母音に子音が加われば当該の言葉がより絞られ、聞く側が脳の中で変換して、方言と認識されにくいということも考えられます。
 『い』と『え』の混同は、茨城県では全域で見られます。ただし、標準語圏域の中にも特定の言葉で稀に見つけることができます。落語を注意深く聴くと『ハエ』を『はい』、『声』を『こい』、『カエル』を『かいる』、『お前』を『おまい』と言ったりします。女言葉の『おまいさん』は誰でも知っている訛りです。
 茨城弁の場合は、江戸言葉では『え』の訛った『い』を正しく発音するのに対して、『い』と『え』は殆ど区別できませんでした。今でも比較的年配の人々が発音する『い行』は、標準語とは異なるのを耳にします。英語の【i】の発音に近いのです。その大きな理由は鼻にかかる発音によって『い』と『え』が曖昧になると考えられます。そうしてみると、茨城弁を正確に語るには、『い行』と『え行』の間の発音を示す文字が必要になるとも言えます。ところが事はそれほど単純ではありません。その大きな理由は@鼻にかかる発音の度合いが個人によって異なること、A『い』と『え』は全く識別できないわけではなく、語頭では比較的はっきり発音されるのですが、強調や音の響きを大切にするためか、意図的に『い』を使ったり『え』を使ったりする傾向があるのです。
 それでも、昭和35〜45年頃には、ある程度区別されるようになっていました。土浦市発行の『土浦の方言』では、議論の末だと思うのですが『い』項のみで『え』項はありません。それによると『(い)の項には、イと発音するものと、イとエの中間の発音のものおよび、エと発音するものの三者を一括して記載した。』とあります。
 区別しにくい場合とできる場合があることに何か理由があるのではないかと思い、いろいろ見ていますが、今のところ良く解っていません。
 大きい:いがい・いっがい・えがい・えっがい。 古(いにしえ):えにしい。良い家:いーいー・えーえー・えーいー・いーえー。家の建物:いーのい、いーのいー、いーのえー、えーのい、えーのいー、えーのえ、えーのえー。色鉛筆:いろいんづ・えろいん。見えないだろう:みーめ・めーめ。目が見えない:めーみーに・めーみーね
 ところが、『分類神奈川県方言辞典』には、鉛筆を『いんびついんいんえんべつえん。』と言った記録が残されている。神奈川は、関東では最も茨城から離れているから、これらから、一般に著名な学術書の記述に加えて、例えば、明治・大正等の古い関東地方では『い』『え』識別が曖昧だったか、並立していたと見るのが正しいであろう。
『よかっぺ教室』では、茨城大学の川嶋秀之助教授が、茨城では『い』『え』の混同があるが、その他の行での混同は起き難いと解釈されておられるが、私はそうではなく全ての行で混同が起きているが、聞く側の印象によってそのように解釈されているのではないかと思っている。もともと、日本語の歴史の中で『イ段』と『エ段』の混同は例は多くないものの起きており、『い』『え』の混同は解りにくいが、『イ段』と『エ段』の混同は聞く側に解り易いため混同として認識されにくいからと思われる。

(2)もう一つの視点/口蓋化しない音
 日本語は、口蓋化の著しい言葉です。口蓋化とは、Wikipediaに『子音が調音点で調音されると同時に、前舌面が硬口蓋に向かって盛り上がって近づく現象のことである。母音[i](イ)と調音器官の形が似ている。硬口蓋化(こうこうがいか)、パラタリゼイション(palatalisation)ともいう。』とあります。例えば、タ行音をタ行の子音に母音を組み合わせると、本来は『た、てぃ、とぅ、て、と』とならなければなりませんが、『てぃ』が『ち』に、『とぅ』が『つ』になる。このような場合に口蓋化が起きていると言います。
 標準語で口蓋化が起きるのは、五十音では、カ行で『き』、サ行音の『し』、タ行音の『ち、つ』、ナ行音の『に』、ハ行音の『ひ、ふ』、マ行音の『み』、ラ行音の『り』とされます。実際の日本語の発音は、濁音、鼻濁音、半濁音、拗音、促音、発音、長音等が加わり、100以上あると言われ、それら全てを含めると口蓋化しているかしていないかは、無意味となります。実際には一覧表を作った時、欠落する部分がどこにあるかだけの表になります。詳しく知りたい方は音韻の最前線が解り易いので参照下さい。言い換えれば、現代の五十音表とはきわめて不完全な表で、過去の歴史の中で無理やり五十音に当てはめて話すよう仕向けられて来たと言えるのかもしれません。
 ここで興味深いのは、五十音で口蓋化が起きるのは殆どイ段音に集中している事です。五十音のイ段音は、子音と母音の組み合わせのルールが無視された発音ということになります。この辺りで気が付かれた方もおられると思いますが、本来のルールで五十音を作ったとすれば、英語のi音即ち概ねイとエの間の発音が正しいのです。茨城方言のイ段音は、口蓋化しない発音と言っても良いのです。
以下、幾つかの事例を示します。標準語の感覚からは、イ段がエ段に、エ段がイ段に聞こえます。高齢者の発音は殊にその傾向があります。
・合併:がっ、現在:ぎんざい、名物:みーぶづ、麦:・み・む、これ:こり、見える:めーる、遣ってた:やってぃだ、そうです:そーんでぃす、そうだよねえ:そーだいねぃー

(3)口蓋化を識別した時の日本語
 もし、口蓋化を識別した時の日本語はどう変わるのでしょう。口蓋化したイとしないイをどうやって識別するかということになります。そうなれば、イとエは区別できないことになります。
 つまり、五十音外に新たなイ段音を作らないと、日本語の五十音は完成しまいのです。
 そう考えると、茨城県人は言葉の音声学的な感覚を身につけていて、標準語世界とは別の次元で言葉を語っていたのではないかと思われます。
 英語世界では、i(い)とi:(いー)は、発音が全く異なります。英語のi音はまさに茨城方言のi音なのです。

(4)映画『ハリーポッター』に描かれたイギリスの地方訛り等
 2007年7月、ハリーポッターの第5作が封切られました。時間の制約が厳しかったのか原作に描かれたクイディッチのシーンが全く無かったのが残念です。
 さて、ハリーポッターの名脇役の巨人ハグリッドには、沢山のイギリスの地方訛りと思われる箇所があります。その第1作で、ハグリッドがハリーの11歳の誕生日のために作ったバースデーケーキには、こう書かれていました。
『HAPPEE BIRTHDAE HARRY』。まるで茨城弁ですね。
 イギリスは、英語の発祥地であることは誰でも知っています。今ではアメリカ英語が世界を蹂躙していますから、意外に知られていないのですが、特にロンドン訛りというものがあります。例えば、昼間を示す英語は『day』ですが、イギリスでは『ダイ』と発音します。日曜日の『Sunday』は、『サンダイ』です。日本語の古い言葉は、そのまま発音され、現代では異なる発音になっているのに似ています。『becose』は、ほとんど『ベコーズ』と発音されます。日本もイギリスも訛りの図式は同じなのだと気がつきます。『yesterday』は『イエストゥダイ』です。水曜日は『Wednesuday』と表記しますが、映画によっては『ウェドゥネスダイ』と発音しているものがあるのは実に興味深いと思います。駅は『スタイション』と発音します。イギリス英語はオーストラリア英語そのものでもあります。
 映画『ロードオブザリング』のCG脇役のゴラム:スメアゴルが、自らを指す言葉は『us』で発音は『アシ』でした。英語等に特有の格の差異はあるのですが、なんと日本語の『あっし・あしら』と同じではありませんか。
 h音に関する現象も面白いものがあります。英語のスペルには鯨のひげに似た沢山のhのスペルが残っています。日本語もどうやら同じような歴史をたどり、h音が母音に変化した歴史があります。極端なのはフランス語では、h音が完全に脱落してしまいました。
 もとに戻りますが、昼間を示す英語は『day』で『ダイ』と発音したのが、次第に『デイ』に変化したことが解ります。
 これらを考えると、江戸時代に自然に生まれた日本語の代表である江戸語は、今も俗語に残っています。その後明治の政策によって矯正された図式が見えてきます。

(5)もう一つの段の変化:ウ段とオ段
 ウ段とオ段音の交替が見られ、ややオ段音がウ段音に変化する傾向があります。オ段音がウ段音となり、エ段音がイ段音になるのは、沖縄(琉球)方言に顕著であり、沖縄ではでは、エ段音・オ段音で始まる単語が極端に少ないのです。


8.『し』と『ひ』の混同
 江戸弁(主として東京下町言葉)の影響があるのか、『し』と『ひ』の区別ができません。多くの場合は『ひ』が『し』になりますが、逆のこともあります。
 ただし江戸弁ほど混同の巾は大きくないのは不思議です。たとえば『火』『日』を『し』と言ったりすることはありませんでしたが、時代を遡ると同じだったのかもしれません。親類に大正末に調布で生まれて育った叔母がいますが、『ひどい』は『しどい』と言ったりします。江戸弁の多くは『ひ』を『し』と発音する傾向があるようですが、茨城弁は相互に訛り混乱しています。
 必要:しつよう、百円:しゃぐいん・しゃぐえん、質屋:ひちや、下:ひた、額:したい、七:ひぢ・ひち、浸す:したす
 ところで、日本語の成立を見ていくと、例えば形容詞の『多い』はかつて『おほひ』と表記しさらに古くは『おほし』です。『し』『ひ』を経て『い』に変化したことが解ります。これは、明治以降に五十音を以て行の概念が定められて、やっと『し』『ひ』が区別されるようになりましたが、それ以前は音通する語の代表として、混乱していたことを思わせます。茨城の方言は、そのような混乱した時代の言葉を受け継いでいると考えられます。

9.現代に残る古代語の発音
 現代語の五十音は、明治以降に定められたものです。この定義によって、それまで使われた『いろは歌』の定義が消滅しました。
 古語にあったのに現代語では消えたものの代表的発音にカ行音『くわ→か』があります。茨城方言のカ行音の発音は、一見ハングルに近いことがあるのは、このカ行音がかつて『くぁ、くぃ、く、くぇ、くぉ』と発音した名残でしょう。このルーツは、間違いなくハングルにあると思われます。
 また、五十音で欠落しているや行音のイ段・エ段音、ワ行音のイ段・ウ段・エ段音があります。また、五十音に無いダ行音のうち、『ぢ』はかつては英語同様『di』の発音だったとされます。
恐らく、江戸時代までは、『て』は『てぃ』(ti)、『つ』は『とぅ』(to)、と発音されたことが推測されます。
 イ段とエ段の混同も江戸時代には多く見られました。
 茨城方言は、古い時代の中央政府発音を多く残しているのは間違いありません。


10.代表的な代名詞
 茨城の代名詞は、基本形は標準語に準じています。濁音化したり音便化したりしますが、中には江戸語がそのまま使われていものがあります。また、一人称の代名詞は、多くが男女共通で使われます。ただし、『私』が訛った言葉は、特に女言葉として使われます。上方言葉に属するものがあるのは、しばしば東西対立語と呼ばれる言葉は、実は上方語を基本形として、東日本で訛ったことを伺わせます。
 以下に示した言葉は代表的なもので、実際はさらに数多くの言葉があると考えられます。
分類 該当標準語 区分
単数 複数または曖昧な対象
一人称 おい おら おれ  わー わい  わっち わっちー わっし わで わでー わてー おらら おれら
あだし おい おら おれ  わー わい  わーき わだい わたい わたえ わだし わだっし わたっし わちき わちし わっき わっち わっちー わっし わで わでー わてー あだしら おらら おれら わだしら
若年層の女 あたい あだい あちし  あでー わっち わっちー わっし わで わでー わてー あたいら あだいら 
二人称 貴方 いし おぬし おまん おみ おめ おめえ きこ きこう てめえ にし ぬし のし われ おめら おめえら
近称 これ こい こいづ これ こいづら
中称 それ そい そいづ それ そいづら
遠称 あれ あい あいづ あれ やづ あいづら やづら
不定称 だい だれ だん だいら だれら だんら
近称 これ こい こいづ これ こいら こいづら これら
中称 それ そい そいづ それ そいら そいづら それら
遠称 あれ あい あいづ あれ やづ あいづら
不定称 どれ・何 あに どい どいづ どれ  どいら どいづら どれら
場所 近称 ここ こご  こごいら こごら
中称 そこ そご そごいら そごら
遠称 あそこ あすく あすこ あすご あそご あすくら あすこら あすごら あそごいら あそごら
不定称 どこ どご どごいら どごら
方向 近称 こっち こっち こっぢ こぢら こっちら こっぢら
中称 そっち そっち そっぢ そぢら そっちら そっぢら
遠称 あっち あっち あっぢ あぢら あっちら あっぢら
不定称 どっち どっち どっぢ どぢら どっちら どっぢら

11.動詞の活用形
 動詞の活用形は標準語と単純な比較は無理かもしれません。それは、標準語の活用形の構成は、助詞があっての区分で成立しているからです。そこで、標準語の区分に従ってまとめると、法則が見えて来ません。一方で、茨城方言は、助詞との関係で様々に変化するからです。特に連用形の特殊形である『〜、〜、〜へ』に繋がる場合の活用形は特徴があります。
 しかしながらで詩歌の世界では、方言の使用は許容され、擬態語や擬音語は自由であることは誰でも知っています。前記の混乱とさらに標準語世界の混乱をはたして一律に『混乱』と言って簡単に片付けてしまってよいのかという疑問があります。日本は単一民族単一言語国という世界でも珍しい国の部類に入ります。おそらく世界で最も違和感に敏感な民族です。
 茨城弁の活用形は、標準語と異なる独特の助詞との組み合わせの関係で、かなり異なる結果になります。以下は代表的な単語の活用形をまとめてみました。()は古い表現を示しました。茨城弁と標準語の比較上活用形上は一般に含まない表現も加えています。一般的な動詞でもかなりの混乱が見られるほか、助動詞の活用形を含めるとさらに大きな混乱が見られます。その理由は標準語に加えて茨城弁の新旧の言葉が渾然一体になったためと思われます。しかし、これらの中には古い標準語の歴史を背負っているものもあって一概に間違いとも言えないものもあり、扱いにはすっかり困ってしまいます。
 このサイトでは、茨城弁は標準語とは全く異なる活用形のため独自の分類を試みました。そのため、『〜、〜、〜へ』に繋がる場合の活用形以下の表では便宜的に連体形に入れてあります。また、『〜してしまう』形も茨城弁の重要な複合語です。茨城弁では『〜ます』に該当する『〜やす』は丁寧語になりますが便宜的に連用形に含んでいます。できるだけ標準語の活用形に準じてまとめましたが、一筋縄ではいきません。新旧が混じっているのと助詞自体に訛があるからでしょう。今後、さらに検討を重ね、あるべき姿を探っていきたいと思いますが、ここでの活用形の構成は、暫定的なものです。また、助詞との関係が重要なので、助詞を含めて表現しました。
 たしかに日本という国を統一された一つの言語であまねく情報交換しようとした明治期の施策は、決して間違いだったとはいえません。その意味で上記の混乱はその施策がただしかった思います。標準語とは助詞がかなり異なるので、助詞を含めた巾広い活用形にしてあります。分類名称は標準語の名称を借りたもので実際の内容とは異なります。幾たびかの試みを通じて今の一覧表にたどりつきました。活用形まで含めて言葉を追ってみると、標準語でさえ迷うことがあります。まして茨城弁はもともと語彙が豊富なこと、標準語の影響を受けて様々な言い方があるので、特殊な言い回しは避けています。

・未然形:〜ない・〜ね・〜ねえ
・連用形:〜やす、〜て、〜たい
・終始形:−
・連体形:〜とぎ、〜と、〜から、〜ぺ・〜べ・〜へ
・仮定形:〜ば、〜なら、〜だら〜ろば
・命令形:〜よ

・可能形:〜れる、〜られる(〜らっる)
・受身形:〜られる、〜らる(〜らっる)
・使役形:〜せる、〜らせる
・完了形:〜ちゃう、〜ちゃあ
・依頼形:〜くれ、〜くろ・〜くれろ

 この分類を考えた時、確かに、標準語の意義をことさらに感じることができました。確かに方言の語法は収集のつかない面倒な言語だと思います。結果的に以下のことに気が付きました。
@終止形だけが訛るケース
茨城弁は単に終止形だけで標準語に比較すると訛っているように思われることがありますが、そうで無い場合があります。
A活用形が訛るケース
終止形は同じなのに活用形で異なるケースがあります。
B一部が標準語と同じケース
終止形が同じか否かに関わらず、大半が異なり一部が標準語と同じケースです。
C活用形の巾は茨城弁の方が広い
標準語の活用形の巾は、茨城弁に比べて狭い傾向があり、茨城弁ではやや機械的なルールが認められます。標準語の活用形は、微妙な表現は捨てて簡略化したのではないかと推測されます。中学生の頃、『無い物が足りなくなった』という言葉を設定し、それが言葉としてあり得るかどうかといった言葉遊びをしましたが、それはあり得ることですが、標準語では捨て去られた定義のようなものと似ています。
D『かりられさせる』と『かりさせられる』
『かりられさせる』とは借りられるようにさせる意味で、『かりさせられる』とは、借りるようにされる意味です。ここで『借りられるようにさせる』と『借りるようにされる』ことは全く意味が異なります。標準語にはこのような表現はありません。
 このような事例から茨城弁の語法や活用形は、実はかなり厳しいルールに基づいているのですが、一方では話す時に話しやすい語法になっているのも明らかです。そのため、敢えて自由に話す人も居て、語法は標準語の世界からすると驚くほど自由な世界があると言って良いでしょう。
E助詞を除いた活用形
 そこで、助詞を除いて考えると

遣る:やる:ラ行5段活用→ラ行4段活用
活用形 茨城弁の活用形 標準語の活用形
未然形 やんない、やんね・やんねえ やらない、やろう
連用形 やりやす、やりでえ やります、やりたい
終止形 やる(やっる) やる
連体形 やっとぎ、やっと、やっから、やるべ・やんべ・やっ・やっへ やるとき
仮定形 やれば、やんなら・やんだら・やろば やれば
命令形 やれ(やろ・やっせ) やれ
可能形 やれる、やられる(やらいる)、やらる(やらっる) やれる
受身形 やられる(やらいる)、やらる(やらっる)、ex.やらって(遣られて) やられる
使役形 やらせる、やらさせる、ex.やらさって(遣らされて) やらせる
完了形 やっちゃう、やっちゃあ やっっちゃう
依頼形 やってくれ、やってくろ やって、やってちょうだい

する:サ行変格活用→サ行変格活用+上一段活用
活用形 茨城弁の活用形 標準語の活用形
未然形 しない・しね・しねえ(すない・すねえ) しない、しよう
連用形 しやすして(しって・すて)、ex.しめ・しめー(すめー・すんめー)(しまい) します、したい
終止形 する、(すっる・しる・しっる) する
連体形 すっとぎ(しっとぎ)、すっと(しっと)、すっから(しっから)、すべ(しべ)・すっ(しっ)・すっへ(しっへ) するとき
仮定形 すれば、すんなら、すんだら(しんだら)、しろば(すろば) すれば
命令形 しろ(しれすろすれ) せよ、しろ
可能形 しられる、しらる(すらる・すられる)、(ex.しらんね:できない) (できる)
受身形 しられる、しらる(すらる・すられる) (させる)
使役形 しらせる(すらせる) (される)
完了形 しっちゃう、しっちゃあ しちゃう
依頼形 してくれ、してくろ して、してちょうだい
注)『しる』の方が古い言い方。この単語は『す』と『し』の選択がかなり混乱している。その大きな理由は殆ど『やる』を使うことが多かったためと考えられる。

来る:くる:か行変格活用
活用形 茨城弁の活用形 標準語の活用形
未然形 こない、こね・こねえ こない、こよう
連用形 きやす きます、きたい
終止形 くる くる
連体形 くっとぎ、くっと、くっから、くべ、くっ・くっへ くるとき
仮定形 くれば、くんなら、くんだら、くろば くれば
命令形 こ、こお こよ
可能形 こられる、こらる(こらっる) これる、こられる
受身形 こられる、こらる(こらっる) こられる
使役形 こさせる、こらせる・こらさせる こさせる
完了形 きちゃう、きちゃあ きちゃう
依頼形 きてくれ、きてくろ きて、きてちょうだい
(古形)きる:カ行上一段活用
活用形 茨城弁の活用形 標準語の活用形
未然形 きない、きね・きねえ(きん)・きよう こない(古形:こぬ)
連用形 きやす、きって きます、きたい
終止形 きる(きっる) くる
連体形 きっとぎ、きっと、きっから、きべ(きんべ)、きっ・きっへ くるとき
仮定形 きれば、きんだら、きろば くれば
命令形 (きれ・き・きい・きろ):稀。基本形はこ、こお こよ
可能形 きれる、きられる、きらる(きらっる) これる、こられる
受身形 きられる、きらる(きらっる) こられる
使役形 きらす・きさせる・きらせる こさせる
完了形 きちゃう・きっちゃう、きちゃあ・きっちゃあ きちゃう
依頼形 きてくれ、きてくろ きて、きてちょうだい
命令形は今ではほとんど『こ、こお』である。

行くいぐ・:カ行5段活用→ガ行4段活用
活用形 茨城弁の活用形 標準語の活用形
未然形 ない、いね・いねえ いかない、いこう
連用形 やす いきます、いきたい
終止形 いく
連体形 どぎ、いど、いがら(いんから)、いべ(いんべ) いくとき
仮定形 ば、いなら、いんだら いけば
命令形 (いれ・いろ・いがっせ) いけ
可能形 る(いれる・いいる) いける、いかれる
受身形 れる(いいる)、いらる(いらっる) いかれる
使役形 せる(いらせる) いかせる
完了形 いっちゃう、いっちゃあ いっちゃう
依頼形 いってくれ、いってくろ(いってくれろ) いって、いってちょうだい
注)『が・ぎ・ぐ・げ』は古くは鼻濁音

死ぬ::ナ行5段活用→ガ行下4段活用
活用形 茨城弁の活用形 標準語の活用形
未然形 しなねえ(しない)・しぬべ・しんべ しなない、しのう
連用形 にやす(しだい・しでえ) しにます、しにたい
終止形 しぬ(し しぬ
連体形 しぬどぎ(しどぎ・しとぎ・しべ) しぬとき
仮定形 しねば・しんだら・しぬんだら(しば・しなら・しんだら) しねば
命令形 しね(し しね
可能形 しねる・しなれる(しる・しれる) しねる
受身形 しなれる(しれる) しなれる
使役形 しなせる・しならせる(しせる・しらせる) しなせる
完了形 しんちゃう・しんちゃー しんじゃう
依頼形 しんでくれ・しんでくろ・しんでくれろ しんでくれ
注)『が・ぎ・ぐ・げ』は鼻濁音

歩く:あるぐ:か行5段活用→ガ行4段活用(古くはありと言った)
活用形 茨城弁の活用形 標準語の活用形
未然形 あるがない、あるね・あるがねえ あるかない
連用形 あるぎやす、あるいで(あるって) あるきます
終止形 あるぐ あるく
連体形 あるぐどぎ、あるぐど、あるぐがら(あるっから)、あるべ(あるぐんべ) あるくとき
仮定形 あるげば、あるぐなら、あるぐんだら あるけば
命令形 あるげ(あるがっせ) あるけ
可能形 あるげる、あるがれる、あるがる(あるがらる) あるける
受身形 あるがれる、あるがる(あるがらる) あるかれる
使役形 あるがせる(あるがしる)、あるがさせる、あるがらせる あるかせる
完了形 あるっちゃう、あるっちゃあ あるいちゃう
依頼形 あるいでくれ、あるいでくろ(あるいでくれろ) あるいて、あるいてちょうだい
注)か行の濁音は古くは鼻濁音

知る:しる:ラ行5段活用→ラ行4段活用
活用形 茨城弁の活用形 標準語の活用形
未然形 しんない、しんね・しんねえ(すらない) しらない、しろう
連用形 しりやす、しって(しっで、すって) しります
終止形 しる(する) しる
連体形 しっとぎ(すっとぎ)、しっと、しっから、しるべ(しんべ)・しっ・しっへ しるとき
仮定形 しれば、しるなら、しったら(しるんだら)、しろば(すれば・すろば) しれば
命令形 しれ、しられ(すれ・すられ)、しろ しれ
可能形 しれる、しられる・しらいる(すれる) (しることができる)
受身形 しられる(しらいる)、しらる(しらっる) しられる
使役形 しらせる、しらさせる しらせる
完了形 しっちゃう、しっちゃあ(すっちゃあ) しってしまう
依頼形 しってくれ、しってくろ(しってくれろ) しって

居る/上1段活用
活用形 茨城弁の活用形 標準語の活用形
未然形 いない、いね・いねえ いない、いよう
連用形 いやす、いで います
終止形 いる、(おる:丁寧語)、いっる いる
連体形 いっとぎ、いっと、いっから、いべ、いっ・いっへ いるとき
仮定形 いれば、いだら・いんだら、いろば いれば
命令形 いろ、いれ いろ
可能形 いられる、いらいる、いらる(いらっる) いられる
受身形 いられる・いらいる、いらる(いらっる)、ex.いらって(居られて) いられる
使役形 いさせる、いらせる(いらさせる) いさせる
完了形 いちゃう(いっちゃう)、いちゃあ(いっちゃあ) (いてしまった)
依頼形 いでくれ、いでくろ(いでくれろ) いて、いてちょうだい

(物が)無くなる:なる:ラ行5段活用→ラ行4段活用
活用形 茨城弁の活用形 標準語の活用形
未然形 なんない、なぐなんね・なぐなんねえ なくならない
連用形 なりやす、なぐなって なくなります
終止形 なる なくなる
連体形 なっとぎ、なぐなっと、なぐなっから、なぐなるべ(なぐなんべ)・なぐなっ・なぐなっへ なくなるとき
仮定形 なれば、なぐなんだら、なぐなろば なくなれば
命令形 なぐなれ(なぐなろ) なくなれ
可能形 なれる
受身形 なぐなられる
使役形 なぐさせる、なぐならせる (ないようにさせる)
完了形 なっちゃう、なぐなっっちゃあ なくなっちゃう
依頼形 なぐなってくれ、なぐなってくろ・なぐなってくれろ なくなって

働く:はだらぐ/カ行5段活用→ガ行4段活用
活用形 茨城弁の活用形 標準語の活用形
未然形 はだらがない、はだらね・はだらがねえ はたらかない、はたらこう
連用形 はだらやす、はだらいで(はだらって) はたらきます
終止形 はだらぐ はたらく
連体形 はだらどき、はだらぐど、はだらぐがら、はだらぐべ はたらくとき
仮定形 はだらげば、はだらいだら(はだれえだら) はたらけば
命令形 はだらげ(はだらげろ・はだらがっせ) はたらけ
可能形 はだらる、はだらげられる(はだらがさる) はたらける
受身形 はだらがされる(はだらがさいる・はだらがさる) はたらかされる
使役形 はだらがす、はだらがせる(はだらがさせる・はだらがらせる) はたらかす
完了形 はだらいちゃう(はだらいっちゃう)、はだらいちゃあ(はだらいっちゃあ) はたらいちゃう
依頼形 はだらいでくれ、はだらいでくろ はたらいて、はたらいてちょうだい
注)か行の濁音は古くは鼻濁音

借りる:かりる:ラ行上1段活用
活用形 茨城弁の活用形 標準語の活用形
未然形 かりない、かりね・かりねえ かりない、かりよう
連用形 かりやす、かりで かります、かりて
終止形 かりる かりる
連体形 かりっとぎ、かりっと、かりっから、かりべ(かりんべ)・かりっ・かりっへ かりるとき
仮定形 かりれば、かりるなら(かりんなら)、かりるんだら(かりんだら)、かりろば かりれば
命令形 かりろ、かりれ かりろ
可能形 かりれる、かりられる、かりれられる、かりらる(かりらっる) かりれる、かりられる
受身形 かりられる、かりらる(かりらっる) かりられる
使役形 かりさせる・かりらせる(かりらさせる かりさせる
完了形 かりちゃう(かりっちゃう)、かりっちゃあ かりちゃう
依頼形 かりでくれ、かりでくろ(かりでくれろ) かりて、かりてちょうだい

混ぜる:まぜる:さ行下1段活用
活用形 茨城弁の活用形 標準語の活用形
未然形 まぜない、まぜね・まぜねえ・まぜねで まぜない
連用形 まぜやす、まぜで まぜます
終止形 まぜる、まぜるわ まぜる
連体形 まぜっとぎ、まぜっと、まぜっから、まぜべ・まぜっ・まぜっへ まぜるとき
仮定形 まぜれば、まぜんなら、まぜんだら、まぜろば まぜれば
命令形 まぜろ、まぜれ・まぜっせ まぜよ(まぜなさい)
可能形 まぜれる、まぜられる(まぜらいる)、まぜらる(まぜらっる) まぜれる、まぜられる
受身形 まぜられる、まぜられる(まぜらいる)、まぜらる(まぜらっる) まぜられる
使役形 まぜさせる、まぜらせる まぜさせる
完了形 まぜちゃう、まぜちゃあ(まぜっちゃあ) まぜちゃう
依頼形 まぜでくれ、まぜでくろ・まぜでくれろ まぜて、まぜてちょうだい

出す:だす:サ行5段活用→サ行4段活用
活用形 茨城弁の活用形 標準語の活用形
未然形 ださない、ださね・ださねえ、ださねで ださない
連用形 だしやす、だして だします
終止形 だす だす
連体形 だすとぎ、だすべ・だす(だすっぺ)・だすへ(だすっへ) だすとき
仮定形 だせば、だすんだら だせば
命令形 だせ(だせろ・ださっせ) だせ
可能形 だせる、だせれる・だせられる(だせらいる)・ださる(ださっる)・ださらる だせる
受身形 だされる、だせられる(ださらいる)・ださる(ださっる)・ださらる だされる
使役形 ださせる、ださらせる ださせる
完了形 だしちゃう、だしちゃー(だっしゃー) だしちゃう
依頼形 だしてくれ、だしてくろ・だしてくれろ だしてくれ、だしてちょうだい

急ぐ:いそぐ:ガ行5段活用→ガ行4段活用
活用形 茨城弁の活用形 標準語の活用形
未然形 いそがない・いそね・いそが いそがない
連用形 いそやす、いそいで(いそんで) いそぎます、いそいで
終止形 いそ いそぐ
連体形 いそどぎ(いそんどぎ)、いそど(いそんど)、いそがら(いそんから)、いそべ(いそんべ) いそぐとき
仮定形 いそげば、いそんだら(いそんだら) いそげば
命令形 いそ(いそろ・いそっせ) いそげ
可能形 いそげるいそれる いそげる
受身形 いそがされる(いそさいる)いそさる(いそさっる)、ex.いそがさって(急がされて) いそがされる
使役形 いそがせる、いそさせる、ex.いそがさって(急がされて) いそがせる
完了形 いそいちゃう(いそいっちゃう)、いそいちゃー(いそいっちゃー・いそちゃー・いそっちゃー・いそんちゃー) いそいじゃう
依頼形 いそいでくれ、いそいでくろ(いそんでくろ)・いそいでくれろ(いそんでくれろ) いそいでくれ、いそいでちょうだい

脱ぐ:ぬぐ:ガ行5段活用→ガ行4段活用
活用形 茨城弁の活用形 標準語の活用形
未然形 ぬがない、ね・ぬねえ ぬがない
連用形 やす、ぬいで(ぬんで・ぬいて・ぬって) ぬぎます、ぬいで
終止形 ぬぐ ぬぐ
連体形 どぎ(ぬんどぎ)、ぬど(ぬんど・ぬっと)、ぬがら(ぬんがら)、ぬべ(ぬんべ) ぬぐとき
仮定形 ぬげば、んだら(ぬんだら) ぬげば
命令形 ぬげ、れ(ぬろ・ぬっせ) ぬげ
可能形 ぬげる、れる・ぬられる、ぬさる(ぬさっる) ぬげる
受身形 ぬがされる、さる(ぬさっる) ぬがされる
使役形 ぬがせる、させる、ぬらせる ぬがせる
完了形 ぬいちゃう(ぬいっちゃう・ぬんちゃう)、ぬいちゃー(ぬいっちゃー・ぬんちゃー) ぬいじゃう
依頼形 ぬいでくれ(ぬんでくれ・ぬってくれ)、ぬいでくろ(ぬんでくろ・ぬってくろ)・ぬいでくれろ(ぬんでくれろ・ぬってくれろ) ぬいでくれ、ぬいでちょうだい

見せる:みせる:さ行下1段活用(標準口語ではルールがくずれている)
活用形 茨城弁の活用形 標準語の活用形
未然形 みせない、みせね・みせねえ(みしね・みしねえ) みせない
連用形 みせやす(みしやす)、みせで(みして) みせます、みせて(みして)
終止形 みせる(みしる) みせる
連体形 みせるどぎ(みせっとぎ)、みせっと、みせべ(みせんべ)・みせっ・みせっへ みせるとき
仮定形 みせれば、みせるんだら(みせんだら・みせだら) みせれば
命令形 みせろ、みせ(みせれ・みさっせ) みせろ
可能形 みせれる、みせられる、みさる(みらさる・みらされる) みせれる
受身形 みせられる、みさる(みらさる・みらされる) みせられる
使役形 みさせる、みらせる(みらさせる・みせらせる) みさせる
完了形 みせちゃう、みせちゃー(みせっちゃー) みせちゃう
依頼形 みせで、みせでくろ・みせでくれろ みせて、みせてちょうだい

潰す:ちゃぶす:さ行4段活用
活用形 茨城弁の活用形 標準語の活用形
未然形 ちゃぶさない、ちゃぶさね・ちゃぶさねえ つぶさない、つぶそう
連用形 ちゃぶしやす、ちゃぶして つぶします、つぶして
終止形 ちゃぶす つぶす
連体形 ちゃぶすとぎ、ちゃぶすど、ちゃぶすべ(ちゃぶすんべ)、ちゃぶす、ちゃぶすへ つぶすとき
仮定形 ちゃぶせば、ちゃぶすなら、ちゃぶすんだら つぶせば
命令形 ちゃぶせ(ちゃぶせろ) つぶせ
可能形 ちゃぶせる、ちゃぶさらる(ちゃぶさらっる) つぶせる
受身形 ちゃぶされる、ちゃぶさらる(ちゃぶさらっる) つぶされる
使役形 ちゃぶさせる、ちゃぶらせる つぶさせる
完了形 ちゃぶしちゃう(ちゃぶしちゃあ・ちゃぶしっちゃあ)、ちゃぶっしゃあ つぶしちゃう
依頼形 ちゃぶして、ちゃぶしてくろ(ちゃぶしてくれろ) つぶして、つぶしてちょうだい

嗅ぐ:かむ:サ行5段活用→サ行4段活用
活用形 茨城弁の活用形 標準語の活用形
未然形 かまない、かまね・かまねえ かがない、かごう
連用形 かみやす、かんで(かんて) かぎます、かいで
終止形 かむ かぐ
連体形 かむとぎ、かむど(かむと)、かむべ(かんべ) かぐとき
仮定形 かめば、かむ、かんだら かげば
命令形 かめ(かめろ・かまっせ) かげよ
可能形 かめる、かまれる(かまられる)、かまらる かげる
受身形 かまれる(かまられる)、かまらる かがれる
使役形 かまさせる、かまらせる かがす、かがせる
完了形 かんちゃう(かんちゃあ) かがしちゃう
依頼形 かんで、かんでくろ(かんでくれろ) かいで、かいでちょうだい

浮く:うぐ・うぎる:カ行5段活用→が行4段活用+ガ行上1段活用
活用形 茨城弁の活用形 標準語の活用形
未然形 うがない・うがねえ(うぎない・うぎねえ) うかない、うこう
連用形 うぎます(うぎやす・うぎでえ) うきます、うきたい
終止形 うぐ(うぎる) うく
連体形 うぐどぎ・うぐべ(うぎるどぎ・うぎっとぎ・うぎべ) うくとき
仮定形 うげば(うぎろ) うけば
命令形 うげ(うぎろ) うけ
可能形 うげる(うぎれる) うける
受身形 うがされる(うぎられる) うかされる
使役形 うがせる・うがさせる・うがらせる(うぎさせる・うぎらせる) うかせる
完了形 ういちゃあ(うぎっちゃあ) ういちゃう
依頼形 ういで(うぎで) ういて

未然形では、『〜らない』(ら行音)の場合は、『〜んね』『〜んない』と撥音便になります。
連用形では『ぬぐ』『嗅ぐ』『継ぐ』のように『〜て』形が『〜いで』形になる単語の場合は、古くは未然形・連体形に撥音便を伴うことがあります。『歩く』が促音便になることがあります。『働く』のように語中に連母音『らい』がある場合、『れえ』になることもあります。
連体形では、『〜る』の動詞が促音便になります。
『だんべ』言葉の『〜べ・ぺ・へ』形は、活用形からは連体形に属します。
標準語の動詞の連用形が@『〜おう、〜こう、〜そう、〜とう』の場合は足音便を伴わないため『〜べ』『〜へ』が続き、A『〜のう、〜ぼう、〜もう』の場合は、『〜べ』『〜んべ』(撥音便)になります。そしてB『〜よう、〜ろう』の場合は、茨城弁でもっとも特徴的な『〜っ』『〜っへ』と促音便になるのが一般的ですが絶対的なものではありません。視点を変えると『べ』『へ』は足音便との組み合わせを嫌い、は撥音便との組合せを嫌う傾向がありますが、『行こう』を『いん『いぐっと言ったり、『やろう』を『やんべ』などと言う人もいました。それは確かに違和感を伴うものでしたが、もともと言葉は話しやすく伝え易いものであれば良いわけで間違いと言うことはできません。
しかし、『行く』のように『〜ぐべ』『〜べ』『〜んべ』となる例外もあります。これは、『行く』は、実は『往ぬ』でそれが訛った過去の歴史にが残っていると考えています。
命令形の『〜ろ』は、標準語の一部にもあるが、東歌・防人歌などの上代東国方言が残っっているものです。『〜れ』となるのは、5段活用の動詞の影響を受けたか、『〜ろ』に命令・疑問・断定など種々の文の終りについて語勢を添える終助詞『い』『え』がついた『〜ろい』『〜ろえ』の訛とも考えられます。『新方言』には『ミレ 「見ろ」;一段活用動詞の命令形をレで終えるのは,東北地方日本海岸から北海道にかけてと九州西部の方言だった;今九州各地や中部地方などでもミレというようになった;西日本の「見よ」「見い」が方言的だというので共通語の言い方を採用しようとして,単純化した言い方を使ったのだろう;「見れ」だと,「見れば」という言い方と揃うし,五段活用動詞の「取れ」のようにエ段で終わる命令形とも揃う;五段活用動詞に変わろうとしている例;福山の「福山自動車時計博物館」のキャッチフレーズは「のれ,みれ,さわれ,写真撮れ」;「見る」のみは一段活用動詞だからミロまたはミヨになるのがふさわしい;多分新しい表現を採用して脚韻を踏んだ;瀬戸内沿岸(室山1977);新資p.63,122〜;淡路/鳥取/愛媛/福岡/宮崎の若年層(講座);関西の学生も使う(高山1995);沖縄の若年層が,ミレ/オキレ/ステレという(小林他1996)』とあります。似た現象が他地方でもも起きていることが解ります。
・命令形の特殊表現である、5段活用の『遣りな、置きな』の表現は茨城方言では『やれな、おげな』になる。『遣りな、置きな』は『遣りなさい、置きなさい』がつまったものと考えられ、『やれな、おげな』は『遣れ、置け』に『な』がついたと考えられる。
可能形、完了形、使役形は、茨城弁特有の助詞を伴い特殊な言い方が多いので便宜的に活用形に加えたものです。可能形については、現代標準語は、特別に可能動詞という形をとりますが、今でも人によっては可能形を使うこともあり、古語に由来する言い方です。すなわち可能の助動詞『れる』が使われているものです。また使役形は5段活用の動詞で使う『らせる』をそれ以外の動詞にも使い、茨城方言流の合理化と考えられます。その昔は全て『らせる』形であった可能性もあります。

12.助詞等の活用形
 助詞まで含めた茨城弁の活用形は他に無いので試験的に作成しました。標準語の形式に従いましたが、標準語の活用形とはかなり異なるので、接尾語と合わせて表現しました。

(〜ら)れる/受身・可能・自発(自動詞形)・(尊敬)
活用形 茨城弁の活用形 標準語の活用形
未然形 れる、られる、らいね、られね、らんね、らんに、らんにぇ (ら)れない
連用形 れやす、らいやす、られやす、られで (ら)れます
終止形 れる、られるらいる (ら)れる
連体形 れる、られる、らいっとぎ、られっとぎ、られっから、られべ・られっ・られっへ (ら)れるとき
仮定形 れば、らいれば、られば、れんだら、られんだら (ら)れれば
命令形 られろ (ら)れろ
可能形 (れられる) (ら)れる
受身形 られる・れられる(れらいる)・られられる(られらいる) (ら)れる
使役形 (らさせられる・させらされる) (ら)される
完了形 (らっちゃう・らっちゃー) (ら)れちゃう

(〜ら)さる/受身・可能・自発(自動詞形)・(尊敬)
活用形 茨城弁の活用形 標準語の活用形(受身のみ)
未然形 (ら)されない、(ら)されね・(らさ)れねえ されない
連用形 (ら)されやす・(ら)さいやす、(ら)さって、(ら)さっちぇ されます、されて、された
終止形 (ら)さる される
連体形 (ら)さるどぎ・(ら)さっとき、(ら)さんべ・(ら)さっ・(ら)さっへ されるとき
仮定形 (ら)されば、(ら)されだら、(らさ)れろば されるだろう
命令形 (ら)されろ されよ(されてしまえ)
可能形 (ら)されられる・(ら)されらいる
受身形 (ら)されられる・(ら)されらいる される
使役形 (ら)させる させる
完了形 (ら)さっちゃう・(ら)さっちゃあ されてしまう

〜がす/(〜かす)使役(他動詞形)
活用形 茨城弁の活用形 標準語の活用形
未然形 がさない、がさね、がさねえ かせない
連用形 がしやす、がせ かせます
終止形 がす かす
連体形 がすどぎ、がすど、がすがら、がすべ・がす・がすへ かすとき
仮定形 がすんだら、がすなら、がせろば かせば
命令形 がせろ かせよ
可能形 がせる、がせられる かれる
受身形 がされる、がせられる かれる
使役形 がせる かせる
完了形 がっしゃう、がっしゃあ かしちゃう

 以上は試験的にまとめたものです。いずれさらに整備します。


13.促音便の後の濁音
 標準語では促音便の後の濁音はありませんが、茨城弁では許されます。恐らく濁音が多すぎるためにやむ得ない現象とも思われますが、英語にもあるのは不思議です。東関東方言の特徴の一つとしても位置づけることができます。
 いっだ:行った、おっがぐ:折る、やっだいよー:嫌だよ、ぶっばだぐ:殴る、あっだ:有った

14.促音後のサ行音
 茨城方言では濁音化するのは、『カ行音・タ行音』に限られますが、サ行音の濁音化は僅かにあるものの、多くはありません。その理由は良く解りません。
 促音化した音の後のサ行音には、独特の言い方があります。標準語の『掻っ攫う(かっさらう)』は、茨城では『かっつぁらう』と言うことがあります。茨城方言では、さ→つぁ・ちゃ、し→ち、す→つ、せ→つぇ、そ→つぉ と変化します。
1)『さ』の場合
 江戸の下町言葉では、かつて『さま、さん』を促音化した言葉に続く場合、『つぁん』と言いました。茨城方言ではそれを良く受け継ぎ、さらに促音化していなくとも使われます。
・掻っ攫う(かっさらう)→かっつぁらー、(折り裂く)→おっつぁぐ・おっちゃぐ、お父さん→おどっつぁん、叔父さん→おんつぁん
2)『し』の場合
 多く、タ行音に変化させて使われますが、これは標準語の口語にも見られます。また末っ子を『ばっち』と言うのは青森から茨城まで分布する。
・死ぬ→おっちぬ。末子(まっし、ばっし)→ばっち
3)『す』の場合
 『し』の場合と同様です。
・まっすぐ→まっつ
4)『せ』の場合
 『せ』の場合は、事例があまり多くありませんが、これもタ行音に変えて使うことがあります。これは標準語の口語にも見られます。
小さい→ちっさい・ちっせー→ちっちゃい・ちっちぇー
5)『そ』の場合
 相撲用語に『ごっつぁんです』があります。これは『ごっつぉーさん、ごっつぉさん』が訛ったもので、茨城ではその原型が今でも使われます。

15.鼻濁音の重要性と混乱
 近年の若い人達は、鼻濁音を濁音化して話すことが多い。しかし、茨城弁では鼻濁音が濁音になることはまず無い。その理由は、茨城方言ではカ行音が濁音化するために、濁音と鼻濁音をきちんと使い分けないと全く意味が異なることになってしまうからです。例えば、右は必ず『みと発音します。もし『みぎ』と発音すると木の幹の意味になってしまうからだと考えられます。一方、方言地図によると、例えば『陰』の『げ』を濁音で発音するのは、山形の一部・新潟のほぼ全域・群馬全域、東京・静岡・愛知・三重・京都・大阪・和歌山の一部、四国北部・中国・九州の全域に及びます。ただし、これは調査結果のしゅうけいによるものなので、中には例外の地域もあると考えられ、県単位で一律に定義できるものではないと思われます。
 一方、茨城では『か行』の濁音・鼻濁音の区別はかなり混乱しています。言葉によっては意味が全く異なってしまうことがある一方、可能性を追っていくと、かなりの濁音語が鼻濁音になり得るのではないかというジレンマに陥ることになるので、本HPではなるべく代表的な言葉のに限定し、半濁音と合わせて鼻濁音が識別できるようにしました。現場での茨城人は、それでも意識せずに簡単に話してしまうのは不思議です。ただし、明快に言える事は、標準語で鼻濁音の言葉は、まず間違いなく鼻濁音になると言って良いという事です。
 夏目漱石の『坑夫』の一説に次のくだりがあります。『もっともこの男は茨城か何かの田舎もので、鼻から逃げる妙な発音をする。芋(いも)の事を芋(えも)と訓じたのはこれからさきの逸話に属するが、歩き出したてから、あんまりありがたい音声ではなかった。』。
 茨城方言は、古い時代ほど鼻濁音の傾向があり、新しくなるほど濁音になります。そして今は清音化と濁音化の方向に向かっています。
・行くから:いぐがら、いがら、いんがら、いんから
 内村直也の『日本語と話し言葉』では、欧米人が、日本人の鼻濁音の『ga』(鼻濁音)は汚いと言ったといいます。そうなると由緒ある茨城方言はさらに汚い言い方になってしまいます。今、流行歌の世界では鼻濁音の『が』はほとんど濁音の『が』で発音されます。音韻上濁音形の方が、はっきりするためなのでしょう。

16.倒語(音位転倒)と地場語同化
 倒語とは、いわゆる逆さ言葉のことで隠語に顕著です。専門用語では『音位転換・音位転倒。』と言います。大辞林に『〔metathesis〕語の内部で子音が入れかわる現象。「あらたし」が「あたらし」となる類。音位転倒。音顛倒。』と書かれています。標準語でも、例えば、だらしない:『しだらない』が変化、山茶花:『さんざか』が変化、等があります。江戸時代に遡り当時の流行だったものが残ったものや現在では芸能人の世界に見られます。それらとは別に、言い易い方向に変化したものもあります。毎度おさがわせ致します:『毎度お騒がせ致します』が変化、ふいんき:『雰囲気』が変化、等があります。蝉の一種に『ツクツクボウシ』がありますが、古くは『クツクツボウシ』でした。
 ここで、グローバルな発想で言い易いとはどういうことかと言えば、@発音する際に、筋肉が自然に動くことです。A@に準じて、その土地の固有の言葉に慣れた人が、その言葉に準じて発音してしまう傾向です。言い換えればその土地に古くからある言葉に置き換える傾向があると言えると考えられます。一番解りやすいのは、外来語です。日本語には数多くの外来語があり、それが日本語特有の発音に変化しています。
 この現象は、標準語の口語にも数多くあり、原語と文語と口語の相違の原因になっています。また方言の成立に最も大きく関わる要因の一つと考えられます。その点では幼児語にヒントがあるかもしれません。連母音変形その他の多くの茨城弁の訛りの図式の根幹をなすものと考えられます。このサイトでは敢えて『地場同化・地場語同化』と名づけることにします。
・こっそり:そっこり、すくむ:くすむ、引き摺る:するびぐ・すりびぐ、茶釜:ちゃま、つごもり:つも、トウキビ(トウモロコシ):とーみ:、まみげ(まゆげ):。こすい:すこい
一方茨城では、江戸時代に流行った倒語以前の古い言葉が残っている例もあります。
・だらしない:しだらない・しだらねえ
以上を整理すると次のようになります。特にBは方言発生の重要な現象です。幼児語等他の事例も付け加えています。
@音位転倒は、言語に見られる共通の特徴で茨城方言だけにあるものではない。
A流行語や業界語、隠語、江戸時代に流行った言葉のように意図的に作られたものがある。
B自然発生した音位転倒がある。
(1)m音とng音の入れ替わり:ちゃま、つもり、とーみ、ま
(2)k音とs音の入れ替わり:くすむ、すこい
(3)第2音の『ん』と次の音の入れ替わり:さざんか、ふいんき
(4)r音に関わる言葉の入れ替わり:あたらしい、だらしない、おこさらまんち(お子様ランチ)、つぶれ(釣瓶)。
(5)グループの入れ替わり:するびぐ・すりびぐ
(6)離れた部分の入れ替わり:そっこり、シュミレーション、コミニュケーション

17.連母音変形と逆行同化
(1)連母音変形
 連母音変形は英語でもありますが、標準語では一般に避けられています。ただし東京の下町言葉ではかなり使われます。古典落語の時代は全盛だったようです。いわゆる『べらんめー』言葉であり江戸言葉です。代表的なのは『てやんでい、こっちとらあ江戸っ子でえ、冗談じゃねえやい。』。土浦と東京がいかに近かったかが解かります。東北圏になると連母音自体が短縮され原型が無くなってしまいます。
 英語では『ei』に相当する発音が、特にロンドン訛と言われるものでは『ai』と発音されます。日本語で解かり易くすれば、『today』は『トゥダイ』、『station』は『スタイション』と発音されます。映画『ハリーポッター』でも随所に出て来ます。時折『me』が『マイ』にも聞こえます。これは、日本語の表記の歴史にも似たものがあり、もともとは『a』とは『ai』と発音された可能性もあるでしょう。また英語の『a』音は、茨城方言の雷を表す『らいさま』が訛った『れーさま』の長音に似ています。英語の場合は、本来は『ア』と発音するのが古形で、それがドイツ等の周辺国に残っているのかもしれません。
 茨城で、特に多用される例を以下に示しました。単語の中の変形だけでなく、接続部でも発生します。発音の仕方は2種類あることもあります。連母音が単母音になることもあります。
 あれは:あら・あらー、俺の方:おらーほー、大工:でーぐ、返る:けーる、捕まえる:つかめーる・つかめる、幸せ:しゃーせ、鬱陶しい:うっとせえ、磨り臼:するす、寒い:さめー、そこへ:そげー・そけー奴は:やざー、だいだらぼっち:でーだらぼっち、竹箒:たかぼうき、亭主:てーし、遣ったのは誰だ:やったなあだれだ・やったなだれだ、黄色い:きいれーこーたもな・こーたもなあ:こんな物は、もどでいらあな:資金が必要だ
 ai→ee、ae→ee、ae→e、ii→ee、iu→u、ui→ee、ua→aa、ei→ee、oa→aa、oi→ee
(2)逆行同化

 前項の変化を良く見ると殆どが前の母音が後ろの母音に同化しています。いわゆる逆行同化の現象でもあります。
 また、『い行』『え行』音に『あ』や『お』が連続する場合は、各々『や』『よ』に変形します。
 意地が焼ける(腹が立つ):いじゃげる、気をつける:きょうつける、祇園:ぎょーん、負け惜しみ:まぎょうしみ
 ia→iya、io→iyo
これらは全てイ段音の次に起きるものですが、その理由は口蓋化している日本語のイ段音によって起こる必然性の高いもので、方言が形成されやすい原因になっています。標準語でも『には』が『にゃ』になるのと同じです。
(3)イとエの混同による特殊な逆行同化
 さらに重要ななことがあります。連母音変形のうち『あいさつ』(挨拶)等に含まれる母音『ai』は、最近はそのまま発音されることが多くなりましたが、『ええさづ、えーさづ』と訛ります。逆行同化の論理からすれば『いーさつ』にならなければなりませんが、なかなかそうはなりません。
しかし古い発音は『ie』『ea』の中間でさらに曖昧に語られていました。あえて文字にすると『いさづ』『えさづ』となりますが標準語流にはっきり発音してしまうと茨城弁にはなりません。この二つの単語が同じように聞こえる音を探せばそれに最も近いのかもしれません。同様に『〜ない』は、『〜に』『〜ねとなり、当時高齢者しか使わなくなっていた『わがんに』『わがんにぇ』(解からない)の訛の理由が見えてきます。このような連母音変形の現象は東海から近畿地方にもあり、『〜にゃあ』とか『〜きゃあ』と聞こえる訛です。
・家に:いーさ・えーさ→いぇーさ、疲れる:こわい→こうぇー、騒いで:さうぇーで、焼いて:やいで・やえーで
 関東圏の方言には、同じ現象と思われる方言があります。
・白い:しれー、でっかい:でっけー、入る:へーる、みたい:みてえ、大事:でえじ、そこへ:そけー、細い:ほせー 等です。
 これを見ると、どうもイ音が嫌われる傾向があるようです。その理由は実は明らかです。日本語のイ段音は口蓋化しているために、他の音とは口の筋肉の使い方が異なるため発音しにくいために、本来イ音であるべきものがエ音になるのは当然です。
(4)微妙な茨城方言の表現
 この茨城弁集では、それらを個別に全て表現すると大変なことになるので、『あい、あえ』で始まる一部の単語に限って『え〜』で表現しました。
 ちなみに英語のcat等の『a:ae』の発音にかなり近いと思って間違いありません。

18.標準語には無い茨城方言の発音
 標準語の発音は五十音があるように50と思いがちだが、五十音は実際は欠落箇所がある一方、濁音や拗音との組み合わせ語等を含めると概ね100を超えると言われます。
 この100を超える標準語の発音に無いものが茨城方言にはあります。

(1)『い』と『え』の間の発音、口蓋化しない音
 これは別項でも説明したものですが、茨城方言の発音にはイ段よエ段の中間音があり、これが一方ではイ段とエ段音を識別できないと言われる理由になっています。

(2)五十音の欠落箇所を埋める発音
 五十音ではヤ行音及びワ行音に欠落箇所があります。ヤ行音のイ段・エ段、ワ行音のイ段・エ段です。このうちのヤ行音エ段、ワ行音エ段が茨城方言では結構使われます。『いぇ』(ye)、『うぇ』(we)です。
かいぇー:痒い、はいぇー:速い、いぇーひ:灸
かうぇー:可愛い、ぐぇー:具合、こぅえー(こわい):疲れる

(3)『つぁ、つぇ、つぉ』
 ドイツ語やイタリア語ではしばしば使われる発音ですが、標準語には無い発音です。ただし、東京の下町で使われた落語にも出て来る人名の『八っつぁん』は誰もが知っている表現です。
うっつぁしー:煩い、おどっつぁん:お父さん、じっつぇん:10銭、ごっつぉー:ご馳走

(4)英語の『ae』即ち『あ』と『え』の中間音
 中学校英語で最初に習う『cat』の母音は、日本語にはありませんが茨城方言にはかなり近い発音があります。静岡や愛知で良く使われる『〜きゃーのー』『きゃー』の母音をやや濁らせた発音です。
いぁいひ:灸、けぁーる:カエル、えぁーわりー:間が悪い、へぁーる:入る、にあば:土間、れぁーさま:雷。

(5)た行音の発音
日本語の標準語ではタ行音は『たちつてと』と発音しますが、茨城方言では『ち』は『ti』と発音することがあり、『つ』は『tu』と発音することがしばしばあります。東京の下町言葉に『〜つう』(〜と言う)がありますが、この茨城表現は、言語学的には必然性の高いものです。
なんだおめ、やだってぃいったっ:なんだいお前は。嫌だって言ったろう。
そーたむがしからやってぃだのが:そんな昔からやってたのかい。
なんだっとぅーんだ:何だって言うんだい。

(6)だ行音の発音
日本語の標準語ではダ行音は『ダジヅデド』と発音しますが、茨城方言には、『di』音や『du』音が存在します。これには不思議はありません、標準語でもかつては『じ』と『ぢ』、『ず』と『づ』は識別されていたからです。茨城方言は古い時代の発音が間違いなく残っているのです。
言い換えれば、明治以降の五十音表には実は欠陥があることに気が付きます。『ダジヅデド』は『ダ・・デド』でなければならなかったと考えられます。今でも、例えば、『続く』は『つづく』と表記する一方『地響き』は『じひびき』と表記されます。これは、発音と表記方法の混乱の一例です。歴史に根ざした表記にするのか、発音を重視して表現を統一するのか、待たれます。
はーやったでぃやー:もう遣ったよ。
そんでぃやだいだ:それではだめだ。
なんだどぅー:何だって。

(7)茨城方言から明らかになる標準語の五十音の不完全さ
 五十音とは明治期の国策によって作られた日本語の発音を定義した新たな原点です。それ以前は発声学とは別に、日本的な『いろは』で定義されていましたから仕方が無いとしても、これには、様々な要因によって不完全さが指摘できます。
 まず、基本形の中でヤ行のイ段・ウ段、ワ行のイ・ウ・エ段が欠損しています。さらに濁音の場合、『がぎぐげご』『ざじずぜぞ』『だ・じ・ず・で・ど』『ばびぶべぼ』『ぱぴぷぺぽ』となります。拗音は『きゃきゅきょ』『ぎゃぎゅぎょ』『しゃしゅしょ』『じゃじゅじょ』『ちゃちゅちょ』『にゃにゅにょ』『ひゃひゅひょ』『びゃびゅびょ』『ぴゃぴゅぴょ』『みゃみゅみょ』『りゃりゅりょ』と定義されています、イ段・エ段音が今でもありません。私の記憶では昭和30年代の拗音定義はもっと少なく『きゃきゅきょ』『ぎゃぎゅぎょ』『しゃしゅしょ』『じゃじゅじょ』『ちゃちゅちょ』しか無かったと記憶しています。その後国際化に伴ってさらに発展したのだろうと思われます。
 拗音の場合、イ段音は口蓋化しているため、拗音が直音と一致してしまいまするので仕方ないとしてもエ段音が無いのは今でもおかしいと考えられます。中でも『ざじずぜぞ』と『だ・じ・ず・で・ど』は口蓋化と非口蓋化が混乱しています。
 かつての茨城方言は、口蓋化が避けられた方言だと言えます。

19.省略と転換
 子音が省略されたり曖昧に発音されるため省略されたように聞こえることがあります。多くはh音、r音、w音が省略されますがその他のケースや転換する場合もあります。この現象は、やはり曖昧に発音するために聞き手が子音を聞き落としやすいため次第に定着したものでしょう。
@n音の省略
『何』を『あに(豈)』と言うのは標準語でもある。
近松作品では『何たる』を『あんたる』と言う。
Ah音の省略
 実は、完全に省略されているわけではなく、本人は一応発音しているが、曖昧なためにそう聞こえる。
・早い:あやい、おはよう:おあよ、ほっとけ:おっとげ、ご飯:ごあん、ハマグリ:あま
Br音の省略
 茨城ではr音を特に嫌う傾向がある。東北弁の特徴でもある。
・くれる:くいる・くえる、やられる:やらいる・やらえる、刺される:ささえる
C『れ』音の省略
・怒られた:おごらった、遣られた:やらった。連れて行く:つぇーでいぐ
D『ろ』音の省略
・面白い:おもしー
Ew音の省略
 曖昧発音の典型的事例と考えられるが、関東方言の共通語でもある。
・あわせる:あーせる、川:かー、構わない:かまない・かまーない、変わる:かーる、北側:きたっかー、実は:じづあー・じつあー、縄綯い:なあない
 近松作品では『腕白』を『あんく』、『我様(われさま・わりさま)』を『ありさま』、『我等』を『あいら』と言う。
F格助詞の省略
 現代の標準語と言われる言葉には格助詞が不可欠ですが、口語ではしばしば省かれます。英語では前置詞に当たりますが、映画を見ていると、『You go.』(お前、行け)などという言葉が聴かれます。英語の訛りや口語も日本語と大して変わらないようです。都市圏でも口語では、『あんた、いーかんいきなさいよ。』などと言ったりします。
 日本語の格助詞は、漢語が伝わる以前からありましたが、現代よりかなり未発達でした。漢文ではしばしば格助詞が省略されます。
 茨城方言では、特に格助詞の省略傾向の度合いが高く、未発達な時代の言葉を残していると推測されます。
Gその他の省略と転換
 茨城県下では猿島郡方言でカタツムリを指す『めえぼろ・めーぼろ』があります。江戸時代には『まいぼろ』と呼ばれていたことが『物類称呼』に明記されています。注意して調べると『まいまいつぶろ』(関東語)が訛ったことは間違いないと思われますが、地元では『目が「ぼろっ」と出るから。』と言われています。面白い現象だと思います。
・大丈夫:だいじぶ・だいじ、こしらえる:こさえる・こせる

20.清音化
 濁音化は、東関東方言の命でもありますが、茨城には、現代標準語をベースにすれば清音化する言葉があります。これは、八丈方言にも見出すことができます。東関東方言の特徴の一つとしても位置づけることができます。
 主に『じ・ず・ど』が清音(ち・つ・と)になったりこの傾向は他の地域にも多少あるようですが、茨城弁では特に大きな特徴でもあります。また、この場合の『ち・つ』は関西弁に似て有母音で発音されることが多いのも特徴的です。このうち、『じ・ず』が『ち・つ』に変化する場合は、殆ど無母音になるためと考えられます。無母音は濁音にはなり得ないからです。『ざ・ぜ』に限って清音化しにくい理由は無母音にならないためと考えられます。
 一方、日本語は古くはあまり濁音がなかったと言われます。すなわち時代をさかのぼると濁音は少なかったということです。それらの古い言葉や流れが、茨城弁には残っていると推測しています。茨城方言は東北方言同様極端に濁音化が進む一方、清音化と共存していることは興味深いと思います。
 また、古い時代の日本語の表記は、濁音を表現しませんでした。その歴史的な経緯をそのまま現代に受け継いでいるのが茨城方言なのかも知れません。私の祖母は『それはそうたよ』(それはそうだよ)などと不思議な言葉をいつも連発していました。もともと現代語の『だ』は『にてある』に遡ると言われます。その後『たる』に変わり、それが『だ』になったとしたら、中間形の『た』がなければなりません。そうなれば、祖母の話した清音の言葉は、江戸以前の古い言葉を受け継いだ由緒ある言葉だったと言えるでしょう。
 現代語の『〜など』はかつて『〜なと』と表記し、『同じ』は『をなし』でした。奈良時代は『等(など)』は『何と(なにと)』だったとされます。また、『程(ほど)』は奈良時代までは『ほと』だったとされます。昭和30年代の茨城方言は、それほど古代・上代の言葉を現代に残していたのです。ただし、これにはもう一つの理由も考えられます。すなわち日本語は、本来清音であるものが文中で濁音表現されることがありますが、これは江戸時代までは、清音表記された歴史的な経緯があり、単に近世の表記をそのまま現代に伝えているとも言えるからです。しかし、茨城方言に数々の古代語が残ることを考えると、清音表現もまた古代語の名残だと夢を託したいと思っています。
 預かる:あつかる、一時間:いぢちかん、同じ:おなし・おなち、小遣い:こつかい、三時間:さんちかん、短い:みちかい・みしかい、静か:しつか、始まる:はしまる、ほとんど:ほとんと・ほどんと、短い:みちかい、よっぽど:よほと・よっ
 一方、特殊な例として、単独の『時間』は『じがん』ですが、『一時間』は『いぢじがん』と発音する場合と『いぢちかん』と発音する場合があります。清音形の場合の『ち』は、無声音になります。これは、濁音化のルールに準じた、清音化現象でもあります。

21.ハ行音の半濁音化
 促音便の後のハ行音が半濁音化するのは、標準語も同じですが、茨城では、促音化しなくても半濁音化することがしばしばあります。『打ち』が変化した接頭語の『ぶっ』は、標準語にもありますが、茨城では多用し、それらの殆どがっ』に変化する素地を持っています。
・ぶっ飛ばす→っとばす、ぶっ殺す→っころす
 また、半濁音の発音は、綺麗に発音される場合と、足音便の後の半濁音はやや濁音に近い発音の場合があり、古い時代ほどその傾向があります。これは、もともと濁音形であった言葉に促音便が伴うと、半濁音にした方が発音し易いこと、また濁音発音しても半濁音に聞こえてしまうのが大きな理由だと考えられます。実際促音後のハ行音が濁音形になっているものが、少ないながらも文献で見られます。また、私の当時の記憶でも、促音後のハ行音を濁音発音していました。例えば恥ずかしいを『おっばずがしー』などと言っていました。 これは、助詞の『べ』が促音化した言葉の後に来る場合にに変化していったのに似ています。
 ところで、世界の言葉を見ると、日本語は極端に半濁音が少ない言葉です。言葉の表記方法に伴う歴史的な経緯があると思われます。その意味で茨城方言はむしろ世界的な言語感覚に近いのかもしれません。
 落し蓋:おどし、川に浸ること:たり、カビが生えている:てる、座布団:とん、手袋:くろ、伸びた:、ぶっ飛ばす:っとばす


22.標準語では無声音になる音が茨城方言では有声音になる
 標準語の『き、く、し、す、ち』等が『か行音』(『サ行音』)『タ行音』が続く場合等は、しばしば無声音に近い発音になります。一方関西弁でははっきりと有声音で発音されます。東関東方言の特徴の一つとしても位置づけることができます。
 本来の日本語は子音と母音がセットになった言葉で構成されているはずが、何故か標準語はそうなっていません。その意味では関西弁こそが本流なのではないかと言う発想もあるでしょう。
・機会、聞きにくい、聞く、聞け、聞こう、気さく、軋む、キス、着せる、奇想天外、基礎、北、気違い、きつい、来て下さい、祈祷、茎、九九、絎け、くたばる、口、靴、句読点、空(す)かない、好きになる、助兵衛、近い、地区、地形、遅刻、地層、知多半島、乳、秩序、地底、等
 茨城弁では濁音が多用されるため、特に『か行音』『タ行音』の濁音の前の『き、く、し、す、ち』の母音がはっきりと発音されます。ためしに無母音で発音しようとすると次の音が何故か清音で発音した方が自然なのです。有母音なら自然に濁音に繋がります。恐らく口の筋肉と息の運ばせ方と大きな関係があると思います。そのためか、清音の場合も標準語では無母音で発音されるものが有母音でしっかり発音されます。その意味では関西弁の発音に近いのかもしれません。女たちを中心に、多く清音で発音することがあります。その場合は間違いなく有母音で発音しています。男達もその例に漏れません。代表語に『ちち』があります。茨城の高齢者は今でも『ちち』の最初の『ち』は有母音です。例えば『行って来ます』の『来』は標準語ではほとんど無母音ですが、関西では有母音で発音します。茨城でも関西弁ほどではありませんが有母音です。よく聞くと僅かに濁っていることもあります。また『北』も同様です。『きっと』も同じです。かつての茨城県の多くの人は『き』をしっかり有母音で発音していました。関東圏ではこのような発音をする地域はほかにありません。
『出来立て』を例にとれば、『でぎだで』『できたで』となります。『でぎだで』の『ぎ』は有母音でしっかり発音しますが、『できたで』の『き』は無母音で発音します。まれに清音で『できたて』となる場合の『き』は、関西弁と同じく有母音でしっかり発音されます。
 『静か』が訛った『しつか』の『つ』も僅かに有母音です。これは、濁音形の『しずが』の『ず』はしっかり有母音で発音しないと発音しにくいことが影響しているのではないかと考えられます。『しつが』は理論上は成り立ちますが、発音に耐えられないほど言いにくいものです。自然に『しずが』となってしまいます。
『民俗』に紹介された方言の中には、一見発音しにくそうに見えるものがありますが、その多くは標準語では無母音となるものが有母音で発音されるものです。
注)以下「」内は標準語では無母音で茨近方言では有母音となるもの。
「き」ぎにぐい:聞きにくい、「き」ぐ:聞く、きだ:北、「き」ぢ:気違い、「き」づい:きつい、「き」でくれよ:来て頂戴、「く」ぎ:茎、「し」がる:叱る、「し」ぎる:仕切る、「し」ぐ:敷く、「す」ぎんなる:好きになる、「す」げべ:助兵衛、「ち」がい:近い、「ち」ぢ:乳、ぶ「づ」がる:ぶつかる。

24.『ら行音』の撥音便化
 ら行音が撥音便となり『ん』と発音されます。ラ行音の撥音便は、標準語の口語でも多く見られます。また下町言葉=江戸言葉です。ただし、概ね全て否定形に限られ、標準語の命令形(やりな→やんな等)に相当する撥音便形は多くはありません。茨城の多くの人がこれを茨城弁と勘違いしているのは面白い現象です。
要らない:いんない・いんね。取るな:とんな。知らない:しんない・しんねやんな:やるな。やんなさいよ:遣りなさいよ。呉れよ:くんにゃ。あるまい:あんめー

25.『鼻濁音ガ行音』、『カ行音』『サ行音』『ナ行音』『は行音』『マ行音』『ヤ行音』の撥音便化
 前項の特徴は、本項に含まれる一部の特徴ですが、古い時代ほど『ナ行音』『マ行音』につながる言葉が一律に撥音便化しました。今でも茨城県人の発音を良く聞いてみるとその僅かな名残があるのに気が付くことがあります。この訛は東北弁と似ています。以下はほんの一例ですが、全ての語句で発音便になり得るため、あまりに数が多いので『茨城弁集』には代表的なものしか掲載していません。
 午後:ごん、坂:さが・さん、ヤギ:やん、禿げ:はん、嫌な:やんな、何:なんに、あの人:あんのひと、山:やんま、豆:まんめ、桃:もんも
 ちなみに井原西鶴の作品では、『今』を『いんま』、『浜千鳥』を『はんまちどり』、『そもそも』を『そんもそんも』、『構へて』を『かんまへて』、の『時ば』を『時んば』、『築地』を『ついんじ』、『和讒(わざん)』を『わんざん』、『懲り』を『こんり』、『しずしず』を『しんずしんず』、『ただ』を『たんだ』、『みごと』を『みんごと』、『やがて』を『やんがて』、『鳴く』を『なんく』、『しばし』を『しんばし』等がある。これは、マ行音のm音はn音に通じ、バ行音はマ行音に通じ、ガ行音もn音に通じると考えられるので必然性を説明できるが、『築地』『和讒(わざん)』『懲り』『しずしず』『ただ』『鳴く』等については、佐藤鶴吉の『近松の国語学的研究』にもあるように、『語るに抑揚強弱がつけやすい。』と言うのが的確な見方と言えるのかも知れない。

26.促音便の多用と〜ちゃう・〜ちゃー・〜ぢゃう(〜じゃう)
 動詞・形容詞・副詞を中心に促音便が多用されます。これは、茨城弁の大きな特徴の一つですが、関東・東国方言の特徴でもあります。一般に強調表現とされます。
1)ラ行音の促音化
@ラ行音がタ行音に続く時の促音化
これは、今では標準語として定型化したものですが、茨城では特別なものもあります。
・取りて:取って、帰りて:帰って。張り倒す:はったおす
Aラ行音がカ行・サ行音に続く場合の促音化
標準語にもある訛りですが、茨城では多様されます。そして今や、標準語世界に伝染しつつあります。
・取り替える:取っ替える、遣るか:やっか、うるさい:うっさい・うっせえ、うれしい:うっしー
2)『してしまう』形の促音化
 特に動詞の場合終止形が標準語と同じであっても、『してしまう』形になると促音便になります。標準語でもその傾向が一部にあるのですが、撥音便になるのを除けば、茨城弁では100%近いルールです。
 ただし、これは茨城方言だけにある表現ではありません。現代標準語にもあるものです。例えば『余程(よほど)』という言葉があります。茨城方言だけでなく標準語圏でも『よっど』はしばしば使われます。また、もうすっかり古くなりましたが、都心若い女の子達が流行らせた『そっかー、うっそー』もあります。
・遊んじゃう:あそっちゃー・あそんちゃー。厚い:あづっこい。飽きちゃう(飽きてしまう):あぎっちゃー・あきっちゃー。うるさい:うっせー・うっせえ。怒ってしまう:おごっちゃー・おごっちゃう、覚えてしまう:おぼいっちゃー・おぼえっちゃー。小さい:ちっちぇえ。細かい:こまっけー。いしころ:いしっころ。しちゃう(してしまう):しっちゃー。やってしまう:やっちゃー。遣っちゃう:やっちゃー。してしまって:しっちゃって。やっちぇ:やっちゃいなさい。食べちゃう:たべっちゃー。見られちゃう:みられっちゃー。見ちゃう:みっちゃー。泣いちゃう:ないっちゃー
3)井原西鶴の作品に見る促音化
 ちなみに井原西鶴の作品には、『朝臣』を『あっそん』、『座せしめ』を『ざっせしめ』、『ひそなし』を『ひっしょなし』、『やさし』を『やっさし』、『暇』を『いっとま』、『能はず』を『あったはず』、『至らず』を『いったらず』、『異ならず』を『こっとならず』、『作り』を『つっくり』、『いかい』を『いっかい』、『なかりけり』を『なっかりけり』、『憎し』を『にっくし』、『高らかに』を『たっからかに』、『篤・疾く』を『とっく』、『なかなか』を『なっかなっか』、『よく』を『よっく』、『また』を『まった』、『はたと』を『はったと』、『さて』を『さって』、『からから』を『かっらかっら』等があり、佐藤鶴吉の『近松の国語学的研究』には強調表現と解説されています。

27.短縮化
 母音が省かれて短縮化することがあります。この変形は、例えば一旦子音が省かれた後の場合も当てはまります。しかし、僅かに短い母音があるようにも聞こえます。短音化は東北弁の特徴で、北に行く程短くなります。標準語の一部の口語にも見られます。
 これは、調子言葉に似ています。相撲の呼び出しを思い出して下さい。『とざいとーざーい』です。こうして考えると、茨城弁は決しておかしな言葉ではないのです。そのときの状況に応じてすなわち、ごろあわせで短くしたり長くしたりすることは、何も茨城弁だけではなく、古くは歌の世界で使われていたのです。
 学校:がっこぅ、可愛らしい:いらしー、一等賞:いっとしょ

28.文節・語尾の長音化
 尻上がり発音に伴い、文節の末尾や語尾が長音化します。最近の若年層の女性言葉でもあります。
そんでー、そごおー、まがってったらー、かぐらいのとーちゃんにでっかせでー、たまっっちゃったどやー:それで、そこを曲がって行ったら、加倉井のお父さんに出くわして、びっくりしちゃったよ。

29.助詞の省略と単音語の長音化
 茨城弁ではしばしば格助詞が省略されます。これは東北弁の特徴でもあります。また単音語はしばしば長音化します。これは、事項の長音化現象とは要因が異なります。長音部分が欠落した格助詞の変わりにリズムを調整していると言っても良いでしょう。
@助詞の省略:標準語の口語にも見られる。
 おらやだ:俺は嫌だ、おめらよーに:お前の様に、みずくんでこ:水を汲んで来い、あそごいったら:あそこに行ったら、かねね:金が無い、あそごばがめらばかしいんだよ:あそこには馬鹿ばかりが居るんだよ
A短音語の長音化:標準語の口語にも見られる。標準語では、複合化により単音による成語となっているものもある。
 きーつかー・きーつかう:気遣う、たーうえ:田植え、はーいで:歯が痛い、きーとり:木を取ること、くーにする:苦にする、けーな:毛が長い、ちーでだ:血が出た、てーでやれ:手でやれ、とーしめ:戸閉め、ひーたぐ:火を焚く、へーたれる:おならをする、やってるまーに:遣ってる間に、みーとり:実を取ること、めーむぐ:目を剥く、ゆーいれる:お湯を入れる、ひーくれる:日が暮れる

30.強調表現としての長音化と非強調表現としての単音化
 長音化で代表的なのは、強調表現です。強調表現としての長音表現は標準語にもありますが茨城弁では多用することに特徴があります。また、標準語では最終音に限られますが茨城弁ではさらに、第1または第2音を伸ばすことに特徴があります。長音の発音は、母音がはっきり発音されることは少なく、『ー』の言い方になります。
あまだ→あまーだ:数多(あまた)、そったごど→そーたごど:そんな事、まだきたのが!→まーだきたのがあ!:また来たのかい!、だれがおめーにだーすがい:誰がお前にあげるかい、おーもい:重い、かーるい:軽い、あーまい:甘い
 逆にもともと長音発音のものを強調せずに淡々と語る場合に短音化することがあります。
おれいまくいでーのはあまたろうだ:俺が今食べたいのは甘太郎だ→あまたろくいにいんか:甘太郎食べに行くかい、おめー→おめ:お前
 さらに長音化は、標準語の感覚をはるかに超えます。2倍3倍4倍の長音化があるのです。茨城方言の強調表現の典型的なものです。
そおーったにいっげーーのが:そんなに大きいの?。
1444444444431。
1444444444435。
ちんーちーーのいーーんだいな:小さいのがいいんだよね。
444444113331111。
なんだおめーーー。そおーたごどゆったってーおらしんねーどはー。
11111441。144444444451111111151
ずーーーーっとやっよ。いづまでも。
11111111141。11111。
なんだー、どごがおがしーのがー:何、どこかおかしいの?。
1122、1222222233。

31.二音語の長音化
 二音語がしばしば長音化します。
 豆:まーめ、笊:ざーる、風・風邪:かーぜ、中:なーが、まだ:まーだ

32.長音発音の特徴
 標準語の長音発音の中にもあることですが、茨城弁では多くの長音の発音が前音の母音をそのまま受けて平坦に発音されます。標準語に近い場合と全く異なる場合があります。その理由は主にアクセントやイントネーションの相違によります。茨城弁には
 買う→かー、食う→くー、言う→いー・ゆー、そう言う:そーゆー

33.擬似長音化
 大半が逆行同化によって発生するもの。いずれも茨城だけに特徴的なものではなく他県にもある。
@主格を示す格助詞『は』が『あ』に変化し、長音化したように聞こえる。。江戸言葉。
・少しは・ちっとは:すこしゃあ・ちったあ
・実は:じつあ・じつぁあ・じづあ・じざあ
・中は:なかあ・ながあ
・ここは:こかあ・こがー
・明日は行かない:あしたはいがねーあしたーいがねー
・俺はやらない:おれはやんねーおれあやんねーおらーやんねー
A名詞・動詞中の『わ』が『あ』に変化し長音化したように聞こえる。
・川:かー
・北側:きたっかー
・変わる:かーる
・合わせる:あーせる
B格助詞『へ』が『え』に変化する。
・ここへ:こけー・こげー
・山へ行く:やめーい
C上記以外の格助詞が前の語の母音と同じになって見かけ上長音になるもの。連母音変形を伴うこともある。格助詞が未発達な時代の名残の可能性もある。
・嘘をつく:ちぐをぬぐちぐーぬぐ
・そこを行く:そごをいぐそごーいぐ
・どこに行く:どごさにいぐどごさーいぐ
・木を切る:きーきる
・気味が悪い:きみーわりー
・蝉取りをする:せみとりーやる
・手紙を出す:みーだす
・靴を履く:くづーはぐ

34.単音化とア行音の省略
 基本的に長音化する原則とは別に、臨機応変に長音化したり単音化したりします。
 単音と思われる言葉の中には良く聞くと、短い母音があることもあります。そのため厳密に言えば単音以外の当時の発音には3種類の表現があることになりますが、表現上は、単音・半長音・長音で十分であろうと思います。さらに長音には原型に従ったア行音の長音と単に長音化する長音:『ー』に分けられます。原型に従ったア行音の長音と単なる長音:『ー』の識別は、標準語をベースに考えた時に、単なる長音:『ー』が古く、原型に従ったア行音の長音を話すのは子供達や女性達が多い傾向がありました。しかし男達の場合でも、強調表現の場合は長音化した母音をはっきり話すこともあり事はかなり複雑です。
 やんだねーやんだねえ(強調表現):やるんじゃない
 半長音の忠実な表現は、目下作業中ですが、バリエーションの多さに舌を巻いているところです。
 最近の子供や若者達の中で形容詞の末尾の母音を省く言葉が流行していますが、茨城弁の影響でしょうか。
 長音化も単音化も当時は子供達や女性達を除けば標準語を意識して語っていたのではありません。原則を見出せない理由は、言葉の流れやリズムを意識して自由に話していたからと思われます。
 ああそうですか:あーそうけ、あーそうけ、あーそおけえ、ああそーけー、呆れ返る:あぎれげる、あぎれげる、あぎれげえる、あぎれげーる、〜では無い:〜だね、〜だね、だねえ、だねー、来い:こ、こ、こお、こー
 中には、長音・単音の変化に準じてア行音自体が半欠落・欠落することもありますが、欠落する傾向は、標準語の中にもあります。。
 走っていた:走ってた、はしってだ、はしってだ、はしっていだ

35.音通現象

(1)音通現象とは
 音通とは、広辞苑に『@五十音図の同行または同段の音の転換。「ありく」を「あるく」、「けむり」を「けぶり」とする類。通音。音韻相通。A漢字における同一字音の通用。「寤」を「悟」に通じ用いる類。B俳諧で、五十音図の同行または同段の音が句の中間で重なること。「古池やかはづ飛込むみづ
の音」の「や」「か」、「む」「み」の類。』とあります。
 大辞林では『@五十音図の同行または同段の音と音が転換する現象。「たけぼうき」と「たかぼうき」、「ぬかご」と「むかご」の類。A漢字で、同一字音を通用すること。「寤(ご)」を「悟」に通用する類。B俳句で、五十音図の同行または同段の音が句の切れ目で重なること。「古池やかはづとびこむみづの音」で、「や」と「か」、「む」と「み」の類。』とあります。
 言語学で言う音通とは、『五十音図の同行または同段の音の転換』の事です。これは、現代標準語の形成過程で繰り返し起きたもので、現代標準語は音通によって、古代語が時代の変遷に伴って次第に変化した結果生まれたもので、古代にあった言葉を是とすれば、現代標準語は訛り語そのものと言えるでしょう。さらに具体的な例としては、『被る(かぶる)』を茨城では『かむる』と言います。『冠(かんむり)』は『かうぶり』に由来しますから、『被る(かぶる)』の方が古いはずなのですが、その前後関係は明らかではありません。
A地場同化
 しかし実際には、単語だけでなく、助動詞や助詞との総合的な関係の中で、より話しやすい言葉を選択して来た必然的な現象とも言えるでしょう。
 ただし、これには、別の側面があります。『地場語同化』です。これは本サイトが定義した造語でその土地の固有の言葉に慣れた人が、その言葉に準じて発音してしまう傾向です。外来語に見られる日本語化した言葉にも見られます。
B音通現象の発展
 また、誰でも知っていることですが、笑ったときの音、泣いた時の音、くしゃみの音、げっぷの音、おならの音は、個人差はあっても世界共通ですが、それを表現する言葉はまちまちです。日本語の擬音語は、『ごほごほ、げほげほ、こんこん』等と言い、茨城では咳を『けーけ、けーけー』とも言います。英語では、咳は『cough』です。犬は日本語では『ワンワン、キャンキャン』、英語では『bowwow』。欧米は大型犬が多いからなのでしょうか。『くしゃみ』は日本では古くは『くっさめ』で明らかな擬音語です。現代の代表的擬音表現は、『はくしょん・へくしょん』ですから、時代と共に変わって来たと言えます。
しかし、くしゃみの音には個人差がありさらに聞く側の表現が加算されます。私の家内のくしゃみはは、どう聞いても『くしゅ』としか聞こえません。茨城では『くさめ・あくしょ・あくしょん』等と言います。私の田舎のの西隣のおばあちゃんは、間違いなく『へっしょん』と音を立てていました。私の経験では、くしゃみが出るタイミングや、くしゃみをする時の個人ごとに迎えたい環境もあるようで、一個人でも異なり、思うにくしゃみの表現は『しゅ、きしゅ、くしゅ、あくしょ、あくしょん、あっふ、あっふん、えくしゅ、えくしょ、えくしょん、えっしょ、えっしょん、はくしょ、はくしょん、はっょ、はっょん、はっしょ、はっしょん、はっふん、はっほん、しゅ、しょん、へくしょ、へくしょん、へっしょ、へっしょん、へっょ、へっょん、へっふ、へっふん、へっしょ、へっしょん、へしょ、へしょん、へしょ、へしょん、へぶしょ、へぶしょん、やくしゅ、やくしょん』等があってもおかしくありません。これは、最初に鼻に空気を送り込む音と異物や鼻のむずがゆさを新しい空気で吹き飛ばす行為によって必然的に生まれる表現です。そうなれば、最初の口が置かれた環境と、空気を勢い良く吐き出す環境によって音は変わります。私のくしゃみは何故か親父兄弟が一緒で『はっふん』が最も相応しい音です。
 結果的にD促音化、E長音化、F単音化、G濁音化、H清音化、I拗音化、J直音化、K省略化、L子音の欠落等があることになりますがこれに、『地場語同化』が決して欠かせません。私は言語学の素人ですから、別の専門用語があるのかもしれません。この中で、『音通』は段や行の変化を指し、訛りの根源的なものです。全てにお訛りの現象を指す根源的なものと言っても良いでしょう。例えて言えば、フランス語では、h音は無母音でされます。日本語では何故か『何』を『なに、あに』が両刀使いで使われます。かつては、『なさる』を『なはる』と言った日本語の歴史が垣間見えます。また、日本語の過去の歴史には、単語中のハ行音はア行音に変化した歴史があります。

(2)言葉の誤解=音通現象による意味の変化
 2007年現在わが息子は中学校2年生です。テレビを一緒に見ていて、ちょっと難しい言葉があったとき、その意味を尋ねると思わぬ答えが返って来ることがあります。音通現象によって、全く異なる発音として理解している場合があるのです。今や古語も学んでいる中学生ですらその程度ですから、乳幼児はもっと聞き間違えるでしょう。また、時々、私の耳には正常に聞こえた言葉でも、息子には全く異なる言葉に聞こえて、食卓の話題になることがあります。実に面白い現象です。
 言い換えれば、語彙に通じ、言葉の意味を理解した大人は、確実に言葉を理解できますが、十分に理解できていない子供達は全く別の音=発音=意味として解釈することがあるということになります。この図式は、方言や新語発生の起爆剤となる現象でもあります。新語は、間違いなく若年層から生まれる理由はここにあると思われます。これこそが方言発生の起爆剤なのでしょう。

(3)終助詞『ぞ、よ』が『ど、と』になる
 清音形の場合は、促音便を伴う。音通現象の一例です。
・やったぞ:やったど、大きいぞ:いがいどやってるよ:やってっと

(4)『ざ・ぜ・ぞ』と『だ・で・ど』の混乱
 『ざ・ぜ・ぞ』と『だ・で・ど』が混乱することがあります。これは茨城弁だけの特徴ではなく、教育レベルの低かった時代の名残と考えられます。音通現象の一例です。
 混ぜる:までる、撫でる:なでる、数える:かでーる、建てる:たぜる、熊手:くまぜ、めだか:めざか

(5)『しゃ』が『ちゃ』になる
 前項に類似していますが、『しゃ』が『ちゃ』になる事例が沢山あります。これは、茨城弁特有のものかも知れません。ちなみに『しゅ』や『しょ』が『ちゅ』や『ちょ』に変わることは無いようです。どうやらこれは幼児語と共通の現象で、耳しか頼るもののない時代の名残と考えられます。音通現象の一例です。
ただし標準語の『縮む』は上代には『しじむ』と発音されたと言う事例もります。
 喋る:ちゃべる、さっさと:ちゃっちゃど、しゃあしゃあ:ちゃーちゃー、洒落:ちゃれ

(6)『い』『う』『』『に』『ゆ』『り』の混同
 標準語でも『行く』(いく・ゆく)に代表される混同がありますが、茨城弁では『う』『り』も加わります。『い』→『ゆ』・『り』、『う』→『い』『ゆ』『り』、『い』・『ゆ』→『い』・『り』、『り』・『に』→『ぎ』のケースが多いようです。音通現象の一例と考えられます。
 動く:(古い標準語)・く・り、〜に:、結い:いい、湯:い・り、風呂:いば・り・りば、濯ぐ:いす・りす、言う:いー・りー、でずっぱり:ですっぱぎ、目脂:めや、リュウノヒゲ:りーのひ・ゆうのひ、雪:りぎ、結わく:いわぐ・りわぐ、魚(いを)→りお・りよ、硫黄:りおー、魚串(いをぐし)→りおし・りよし・りー、夕方:りっかだ、ゆすぐ:りす、指:りび、斧(よき):りょ、結わく:りわぐ、夕べ:りんべ
 このうち、『い』『ゆ』が『り』と発音されるのは、茨城以外には見当たりません。現代語の方向を示す格助詞『へ』『に』を『り・りー』と言うのは八丈方言にあります。

(7)マ行音とバ行音の混同
 マ行音とバ行音がしばしば混同されます。しかしこれは茨城弁に限ったことではなく、もともと日本語の成立過程でもしばしば混乱が見られます。これは、漢語にも見られる特徴でもあります。音通現象の一例です。
・気味悪い:きびわるい、無:ぶ、煙:けぶり、窄む(しろむ):しろぶ、蜘蛛:くぼ
 英語でもmadとbadには、共通した悪い意味があるのが面白い。

(8)ハ行音のア行音への変化『ほ』と『お』の混同
 標準語の一部にも見られる訛です。音通現象の一例です。古語が現代語に移行する時、多くのハ行音がア行音変わった歴史があります。ただし、日本語は、単語の第2音以降で発生する傾向がありますが、フランス語では全てがh音が無くなってしまいました。古語に代表的な『豈(あに)』は『何』と同じです。
・欲しい→おしい
・惜しい→ほしい・ほっしー
・放っておけ(ほっとけ):おっとげ
 ハリーポッターの脇役のハグリッドは、第5編でフランス語訛りで『アグリッド』と呼ばれるシーンがあります。ハグリッドは、『腹空かし』程度の意味で済みますが、『アグリッド』となると、醜い意味のUglyに通じ、これもハリーポッターを別の意味で楽しめることになります。

(9)『し』と『ひ』の混同
 東京方言はもっぱら『ひ』が『し』になりますが、茨城では双方向に変化します。ただし、『し』が『ひ』になる事例が多いようです。これは、鼻に抜ける発音のために、『し』が『ひ』に聞こえてしまう事が原因と思われます。これは、関西圏の特徴でもあります。また、間違えやすい言葉とそうでない言葉がありますが、その理由はまだ良く解っていません。
 『し』と『ひ』は標準語を話す人でもうっかり間違えることがあり、茨城だけの特徴ではないようです。その意味では江戸言葉こそが最も独特なのかもしれません。
・質屋:ひちや。七:ひち。品質:ひんひづ・ひんひつ。七五三:ひちごさん。執拗:ひつよう
・額:したえ。潮干狩り:ひよし

(10)『い』段、『う』段、『お』段の変化
 『い』段と『お』段が『う』段に収束する傾向がありますが、逆のケースもあります。標準語にもまれにあるもので『交替』と言われる言語学の現象です。例えば『眉』の古形は『まよ』で茨城でも時々使う人がいます。ハエ目の一種で吸血する『蟆子』は、『ぶゆ』とも『ぶよ』とも言います。
 遊ぶ:あすぶ(そ→す)、動く:(う→い)、億劫:おっこ・おっこう(く→こ)、少し→しこし、敷く:すぐ(し→す)、そんな:すった(そ→す)、印:するし(し→す)、そしたら:そすたら(し→す)、損する:すんする(そ→す)、土:ちぢ(つ→ち)、手ぬぐい:てぬ・てぬ・てね・てのい・ての・てのー・ての・てん、潜る:(も→む)、漏る:むる(も→む)、婿様:もごさま(む→も)、留守居:りすい(る→り)、やったどぅ:やったぞ、すぐにいんから:そこに行くから
 このうち『ひ』が『ふ』に変化する傾向は、良く見てみると、偏った傾向があるようです。例えば、一つ→ふとつ・すとつ(ひ→ふ・す)の変形がきっかけになっているようで、それに関わる大半の単語が訛っています。拡大して『ひと〜』が『ふと〜』になることが多いようです。この訛は、調べてみると東北地方に特徴的な訛のようです。
 なぜ、このようになったかは詳しくは不明ですが、もともと『い段』と『え段』に混同があること、曖昧な発音から『う段』に収束するのではないかと思います。
 別の視点から見て見ます。日本の方言では、琉球方言が日本の古代の言葉を良く残していると言われ、八丈方言は、関東の古代語を残していると言われます。このうち、琉球方言は、エ段がイ段に、オ段がウ段に変化して、母音は『あいう』の三つになる特徴があります。さらに琉球方言と標準語には、規則的な対応関係があり、実質的に『あいういう』という五段形になるとされます。一方、八丈方言では、『お』が『う』に変わる傾向があります。このようなことから、茨城方言も古代の言葉を残している可能性が高いと言えます。ただし、地理的に中央に近いこと、東北方言の影響を受けていることから、変則的な現代の姿に入れ替わったと言うことができると思います。

(11)『ぶ』と『む』
 現代では『目をつぶる』と言いますが『つむる』とも言いました。『冠』は『被り』が語源とされますが、茨城でも同じ現象があります。『煙たい』を『けぶたい』と言うのと同じです。
 

36.拗音化と直音化
 直音が拗音になったり、逆に拗音が直音になったりします。この現象は全国各地にあります。どっちが先かが解らなくなることがあります。
標準語でも鮭(さけ・しゃけ)、匙(さじ・しゃじ)−しゃじ(死語)、戯れる(される・じゃれる)と呼ぶのと同じです。『きゅ』が『き』に近い発音になります。
この場合の『き』は、『き』と『け』の間の発音に近くなります。この母音の発音は、津軽弁の発音に似ています。多くはい段の『しゅ、ちゅ、にゅ、ひゅ、りゅ』が各々、『し、ち、に、ひ、り』に変わります。い段以外にも訛ることがあります。『若い衆:わげーし』は、その典型です。
 この種類の発音が2度繰り返される場合は、古くはそのままで、例えば、『牛乳(ぎゅうにゅう)』は『ぎーにー』となり、『乳牛』『にーー』で何が何だか解からない文字になってしまいます。しかし、耳で聞くと『ぎゅうにゅう』と言っているようにも聞こえ、文字では正確には表現できません。
 サ行以外は殆どが拗音が直音になりますが、サ行、特に『しゃ』と『さ』が混乱する傾向があるようです。
 さらに古くは、『じゅ』の多くが『ず』に近い発音でされていました。有名な伝説『安寿と厨子王』は『あんずとずしおー』でしたし、『十分』は『ずーぶん』でした。茨城方言では拗音が嫌われる傾向がありますが、逆のこともあり、それは標準語そのものも同じ傾向にあると考えられます。以下、標準語の中で拗音・直音が双方使われるものです。太字は、現代の主流の発音です。
・くさみ・くっさめ・くさめ:くしゃみ、さか:釈迦サボテン:シャボテン。されこうべ:シャレコウベ。さくり:しゃっくりザクロ:ジャクロ。鮭:シャケ
(1)直音が拗音になる。
まず拗音化は、標準語にもあります。典型的な例は現代語のキュウリはもともとは『黄瓜・木瓜・胡瓜』(きうり)です。これは、『きうり』と発音しても結果として『きゅうり』に聞こえてしまうために、現代では『キュウリ』が一般的になっています。ところが『リウマチ』と言う病気の呼称は変です。かつては『リウマチス』で一旦『リューマチ』になり、今では『リウマチ』が一般的になりつつあります。これは逆行現象で、困ったものです。
・草履:じょーり、注射:ちゅうさ、黄色い:きゅーろい、チェーン:ちーん、錆:しゃび、銭:じぇんこ・じぇじぇこ、掬う(すくう):しゃぐう、刺身:しゃしみ、錆びる:しゃびる、潰す:ちゃぶすつべこべちゃべこべ
(2)拗音が直音になる。
 逆に拗音が直音になる現象には、旧かな使いが明らかに関わっていると考えられます。一方旧かな使いは、かつてはそのまま発音されたとも考えられ、茨城方言がいかに古い時代の言葉をのこしているかを示す証明にもなります。例えばキューリは今では誰もがそのまま発音しますが古くは『黄瓜・木瓜・胡瓜(きうり)』だったことを思い起こす必要があります。
 旧かな使いの表現に対して、茨城方言の長音は順行同化して平坦に発音する傾向がそれに拍車をかけたと見られます。ただし、中にはそうとばかりは言えないものもあります。『主人』を『しじゅん』などと言うことがあるからです。これは、拗音表現に加えてイ段音の発音にも関り、また曖昧な発音から半拗音表現とも言うべき発音が存在することが考えられます。
・お饅頭(おまんじゅう):おまんじ、写真:さしん、喋る:さべる、十九夜:じーくや、きゅうり:きーり、舅:しーと、料理:よーり
如才ない:ぞせーねー〜ちゃった〜ちった
(3)標準語の十
茨城では、かつて多くの人が話す十は『じー』だった。促音になる場合は『じっ』と聞こえます。
 NHKのアナウンサーは、長音の場合は『じゅう』と言い、促音のばあいは『じっ』と言う約束になっているといいます。従って十手は『じって』、十戒は『じっかい』、十個は『じっこ』、十本は『じっぽん』、十回は『じっかい』と発音するのが原則です。普段聞きなれているので聞き逃してしまうことが多いが間違いなくそのように発音されています。『を』は必ず『お』と発音されているのと同じです。
ところが、口語では『じゅう』『じゅっ』しか使われません。日本語は不思議だと外国人に言われても仕方がありません。
 ところで、見方を変えると十はかつて『じふ・じう』と表記されました。すなわち十の本来の発音は『じう』であり、促音化する場合は『じっ』となったのだろうと思われます。ところが、日本語のイ段音はもともと口蓋化した音なので『じう』と発音しても結局『じゅう』と発音してもほとんど区別がつかないところに誤解が生じてしまうのでしょう。
 今や、『じゅっこ』も『じゅっぽん』も『じゅっかい』も誰も否定しませんし、ワープロでもそのまま変換さます。
 ところで、茨城の『じー』とは一体何故生まれたのだろうと考えてしまいます。茨城の長音は、平坦にそのまま発音するのが原則です。例えば、買う:かー、言う:ゆー、食う:くー、となる。だとすれば、『じう』『じー』になり、先週(せんしう)は『せんしー』に、姑(しうと)は『しーと』になって当然です。言い換えれば、茨城方言の直音化現象は、現代の標準語がルーツではなく、近世以前の言葉の文字表記または実質的な発音を受けて、特有の平坦な長音表現のルールが生み出した『地場語同化』現象の典型的であり、必然性の高い方言と言えます。茨城方言は現代標準語がルーツではないことは、本サイトの他の言葉でも明らかであり、視点を変えれば、標準語成立までの過渡的な言葉の多くを今にのこしているとも言えるでしょう。

37.形容詞の語尾

1)基本形『〜い』
 日本語の形容詞の語尾は、大半が『〜い』形で古くは『〜し』でした。

2)『〜ぽい』
 次に『〜ぽい』があります。これは広辞苑に『ぽい:【接尾】体言、動詞の連用形に付いて形容詞を作る。…の傾きがある。…しやすい。「男っ―・い」「忘れっ―・い」など、上の語が促音化する。』とあります。茨城では使用範囲が広く、『まるっい』(丸い)、『ふとっい』(太い)等があるほか、その音便形を含めると膨大な表現があります。。四角っぽい・角がとがっている意味は、『かぐっい・かくっい』と言ったりします。ちょっととがりすぎているものは『とんりっい』、柔らかいものは『やっこっい』と言ったりします。
 何故、その傾向があることを『〜ぽい』と言うのかは、辞書では明らかになっていません。積極的な意味では、『映え』が考えられますが定かではありません。

3)『〜こい』
 もう一つ『〜こい』があります。名詞・形容詞につけます。古くは『こし』『濃い』意味です。『まるこい・まるっこい』という標準語にもある語法でこのほか『油っこい、ひゃっこい、まだるっこい、しつこい、ねばっこい、ひとなつっこい』等があります。茨城では使用範囲が広く、さらに『やっこい』(柔らかい)や、ふとっこい』(太い)、『ちんこい』(西日本ではちっこい)などがあります。そのほか、 あまっこい:甘い、やっこい:柔らかい、ひやっこい:ひゃっこい、しつーこい:しつっこい 等があります。

4)『〜かい』
 『〜かい』は広辞苑には単独解説がありませんが、形容動詞の接尾語『〜か』が形容詞表現にならって『かい』と変化したものと考えられます。古形は『〜かし』です。ただし使用例は標準語では『柔らかい』ぐらいしか思い当たりません。茨城では、『すっかい』(すっぱい)、『やっかい』(柔らかい)等があります。

5)『〜ぼったい』
 標準語でも使いますが茨城弁では多用する。標準語の代表ごは『厚ぼったい・安ぼったい・腫れぼったい』。もともとは『重い』意味とされます。茨城では、あおぼったい:青っぽい、あせぼったい:汗ぐんだ様子、ほそぼったい:細い、ぬるぼったい:温い、やせぼったい:やせている 等があります。

6)視野を広げた形容詞の末尾表現
茨城では『柔らか・柔らかい』を例にとって良く使われる語に限定しても、『やっか、やっかい、やっかやっか、やっこい、やっこやっこ、』などど言う。小さいは、『ちいこい、ちいせえ、ちいちい、ちいちゃい(標準口語)、ちいちぇえ、ちいくせえちっこい(標準口語)、ちっこくせえ、ちっせえ、ちっちゃい(標準口語)、ちっちゃこい、ちっちゃけえ、ちっちぇえ、ちっくせえ、ちっい、ちっぽけ(標準口語)、ちっげ、ちっくせえ、ちゃんこい、ちゃんけえ、ちびくさい、ちびくせえ、ちびちぇー、ちびちゃい、ちびっけー、ちびっこい、ちびっちー、ちびっちぇー、ちびっちゃい、ちんけえ、ちんこい、ちんこくせえ、ちんさい、ちんちい、ちんちゃい、ちんちぇえ、ちんちくせえ、ちんくせー、ちんくせー、ちんぼくせー、ちんけ、ちんけえ等があります。
 面白いのは、九州では太いことを『ふとかー』、強いことを『つよかー』というのも、形容詞の語法を標準語より柔軟に広く使った事例と考えられます。
『〜こい』『〜かい』『〜い』『〜ぼったい』は、形容詞や形容動詞の語幹を含めた現代標準語の語尾の語です。茨城弁では、語幹の制約を無視するがごとくオールマイティに使われる傾向があることが面白い。

7)『〜け、〜けー』の存在意義
 高い:たけー、柔らかい:やっこい・やっけー、太い:ふとっこい・ふとっけー、小さい:ちんこい・ちんけー、大きい:いがい・いけー、等単純に考えれば、形容詞の語尾の語形として、茨城では『〜かい』『〜こい』を基本形として、『〜け、〜けー』に収束させる合理的な働きがあったと考えられます。
 ところで、関東の古代語を残すとされる八丈島の方言に、形容詞の連体形は『〜き』とは言わず、『〜け』と言うといいます。高い山は『たかけやま』と言うそうです。
 江戸方言を含めて、茨城方言の形容詞の逆行同化や練母音変形の言葉は、実は八丈島に残された言葉によって、逆音便の言葉であることを示唆しています。言い換えれば、もともとは『き』で、『冷たし』は『ひやこし』で、今でも『ひゃっけー』などと言うのがその証拠です。
 つまり、関東の古代語の終止形は『し』で、連体形は『け』だったのではないかという推論が成り立ちます。その後、時代の変遷とともに終止形と連体形の識別が無くなってしまったのではないかと思われます。

38.形容詞の『かり活用』が残る。
 多く、形容詞の連用形で現代語の『〜くは』に対応した方言で、『〜か、〜が』と言う言い方である。
・大きくない:いががねー。良くない:いがねー
広辞苑には『文語形容動詞の活用の一。語尾が「から・かり・かり・かる・かれ・かれ」と変化するもの。「良かり」の類。形容詞連用形に「あり」の結合したもので、形容詞の補助活用ともいわれる。』とある。

39.『を』を発音できない
 かつての多くの茨城県人は、『を』を発音できませんでした。殆どの人が単に『お』と発音していました。他の方言集を覗いても『を』欄があるのは一度も見たことがありません。
 そのため、茨城県に限らず小学校の先生は大変な思いをしただろうと思います。実際、『を』の発音を矯正された古い光景が思い出されます。当事は学校教育の徹底によって、特に若年層だけがきちんと『を』を発音できるようになりつつある時代でした。
 中世の時代には、きちんと『wa,wi,wu,we,wo』と発音したとそうですが、何故『を』だけが『wo』として残ったかは定かではありません。
 ところが、現代では、『を』の正式な発音は『0』で良いことになりました。時代の変遷によって、言葉は随分変わるようです。NHKのアナウンサーの発音を注意深く聞いてみると確かに『0』と発音しています。けれども音楽の世界では敢えて『wo』と発音している例も聞かれます。
 この事例に関しては、あまりこだわらない方が良いのではないかと思います。

40.『ん』で始まる単語がある
@『そうだ』が『んだ』になる
 これは、承諾を示す感嘆語の『うん』に由来し『うんだ』が訛ったと考えられる。
A『う』が『ん』になる
馬は古くは『むま』、梅は『むめ』だったことに由来する方言と考えられる。
・馬:んま、梅:んめ

41.標準語には無い状態を示す動詞形
 状態を示す動詞は、標準語の場合は『〜している』『〜してある』と言う言い方になりますが、茨城限ではそれに該当する動詞形があります。
 かがさる:書いてある、ほさる:干してある、つらさる:吊ってある

42.助詞の変化
 助詞の変化の例を示します。
 〜は〜あ(俺は:俺あ・おりゃあ)、〜が〜が・〜がな(俺が:俺が・俺がな)、〜を:〜お(俺を:俺お)、〜な:〜た、〜に・〜へ:〜さ・〜い(山に:山さ・山い)、〜の:〜な・〜ん(俺のだ:俺な・俺んだ)、〜と:〜り(どすんと:どすーり


43.助動詞の特殊表現
1)『〜ちゃった』の表現
 『〜ちゃった』が『〜ちった』や『〜ちゃっちゃった』・『ちゃっちった』になります。
2)『〜しないでしまった』が『〜ないちゃった』、『〜ね(え)ちゃった』、『〜ねっちゃった』、『〜ねえちった』、『〜ねっちった』になります。
3)『さる』@〜される(受動・尊敬)、A〜できる(可能・自発)、B〜される(使役)、Cしてしまう(完了)
使役形の『せる』に対して自発・尊敬・可能・受身を示す古語の『らる』と同様に使っているものと思われる。多く可能・自発・完了形助動詞として使われる。本来はサ行音の語幹の活用形と考えられるが、無理やり合理化した形跡が見える。
4)『らせる』。使役の助動詞。
標準語では連用形に『せる』をつける。その中でラ行5段活用の動詞は、『遣らせる、乗らせる』等見かけ上『らせる』となる。茨城方言では標準語の活用形を使う場合と、ラ行5段活用の動詞以外も『らせる』形をとることが良くある。これは、使役形の活用を『らせる』形に統一した合理化の賜物と思われる。似た表現が八丈方言にもある。
(上一段)
いらせる:居させる:八丈方言共通語。
みらせる:見させる。
にらせる:煮させる。
(下一段)
たべらせる:食べさせる。
らせる:下げさせる。
(カ変)
きらせる:来させる。

44.接頭語の多用
 平板型アクセントには、欠点があります。強調表現が難しいということです。その一つの解決策として茨城弁ではアクセントに頼らない強調表現が考えだされたと普通は考えます。しかし実はこれは江戸下町弁の影響だと言えるでしょう。ただし、当の江戸の下町では、思うほど残っておらず、茨城弁にこそその本領が発揮されているように思われます。
 接頭語または複合語としての促音、撥音の多用です。『うっ、うん、おっ、おん、かっ、かん、くっ、くん、すっ、、つっ、つん、とっ、はっ、ひっ、ひん、ぶっ、、ふん、ぶん、へっ、ぼっ』等を動詞の頭につけて、より威勢の良い言葉にする特徴があります。これらは連語とも言え、各々、打つ、売る、押す、追う、折る、掻く、書く、食う、突く、取る、張る、引く、挽く、吹く、踏む、振る等の動詞の促音、撥音と考えるのが基本ですが、本来の意味を失って勢いだけの表現になっているものも茨城方言には沢山あります。また、『素(すっ)』は、標準語でも強調表現です。このうち『うっ、おっ、かっ、くっ、すっ、つっ、とっ、はっ、ひっ、ひん、ぶっ、ふん、ぶん、ぼっ』等は、標準語にもある接頭語です。ここで気が付くのは、標準語の強調の接頭語は多く促音便に偏っていることです。言い換えれば、『うん、おん、かん、くん、つ、つん、へっ』等が標準語に無い強調の接頭語であることが解ります。また、半濁音のっ』は、特に茨城弁らしい個性的な表現です。一方、これらをつきつめて考えて行くと、実は標準語と方言の境界の曖昧さに気がつきます。言い換えれば、標準語は、@もともと古くからあった接頭語や動詞の連語が俗っぽいので明治の言語政策でかなぐり捨てたか、A茨城県近隣で特にそれが発達したかの二つしか考えられません。
 『叩く(たたく)』は、うっだぐ、おっだぐ、かっだぐ、つっだぐ、はっだぐ、ひっだぐ、ぶっだぐ、だぐ等があります。拡張してふんばだぐというような言葉も生まれます。そのうち『ぼっだぐ』『へっだぐ』のように何が語源なのか解からないものまであり、単なる強調表現になることもあります。語源に応じて使い分けるより、勢いや情況に応じて使っている印象です。
 これらを良く見ていくと、@接頭語にも動詞本体にも意味が与えられている場合、言い換えれば二つの動詞の連語の場合、A接頭語には意味が無く、単なる強調語で動詞本体に意味がある場合があります。中にはAの逆の例もあり、本来の意味と違っているのではないかと思われるものまであります。茨城県人はこれらを瞬時に判断して話していることになります。
 ところで、このような推察は標準語を中心に考えるからそうなるので、実は日本三大方言の一つである八丈方言にも見ることができます。それらの多くが茨城方言と殆ど一致することは驚くべきことだと思われます。そうなれば、茨城弁の動詞の接頭語や連語は、茨城方言の特徴ではなく、古代の関東方言を受け継いでいる可能性が高いことになります。

45.接頭語の特徴
 前項のほかに接頭語の特徴として、『こっ』、『うすら』、『しち(ひち)』、『いけ(いげ)』等がありますがいずれも標準語にある用法です。多用するところに特徴があると言えます。

46.助動詞の表現
 助動詞のうち、特に受身・使役・尊敬形の言い方は東北形の訛りを受け継いでいます。
・遣られる:やらさる。・遣れる:やらさる
・行かれる:いがさる。・行ける:いがさる
・言われる:いわさる。・言える:いわさる

以下、作業中。
(受身表現)/れる・られる/る・らる・ゆ・らゆ・す

(可能表現)/れる・られる/る・らる・ゆ・らゆ・す

(自発表現)/れる・られる/る・らる・ゆ・らゆ・す

(尊敬表現)/れる・られる/る・らる・ゆ・らゆ・す

(使役表現)/せる・させる・しめる/す・さす・しむ

(過去・完了表現)/た・だ/き・けり・つ・ぬ・たり・り

(推量表現)/う・よう・らしい/む・ん・むず・んず・けむ・けん・らむ・らん・めり・らし・まし・べし・べらなり

(打消しの推量表現)/まい/じ・まじ・ましじ

(打消し表現)/ない・ぬ・ん/ず

(希望表現)/たい・たがる/たし・まほし

(断定表現)/です・だ/なり・たり

(比況表現)/ようだ/ごとし

(丁寧表現)/ます/−

(様態表現)/そうだ/−

(伝聞表現)/そうだ/なり

47.助動詞・助詞・接尾語の特徴
茨城方言の助動詞・助詞・接尾語は基本的に標準語と同じだが、そうでない場合も少なくない。その多くは上方語に由来し、近世に上方語の影響を受けた江戸言葉に由来すると考えられる。
近世の江戸言葉の大半は、上方語に由来する。その後、現代に至る過程で進化した図式が見える。
一方、上方も、それでは終わりではなく、さらに変化したと考えられ、それが今の関西言葉となったと考えられる。
茨城方言の価値は、近世の上方語すなわち江戸語がそのまま残っていることが重要である。
@動物や昆虫等の名詞の後につく『め』
 動物や昆虫等の名詞の後に『め』を付けることが多く、時には人間にも用います。近世語・現代語の『め』は『奴』(あいつ、やつ)の意味でさげすむ意味で『やつめ・あいつめ』などと使われますが、当時は時には愛称に近い意味で使っていました。
 『称呼』によれば、『むま:下総にてはまあ、同国猿島及下野国にてはまあめといふ。其外此国にて蚊めとんぼめなどと下にの字を付けてよぶ。是は今つばくらはたをりむしなどいふ物をいにしへ、つばくらめ はたをりめといひしたくいにて 古代の語の遺りたるものなるへし。』とあります。もしかしたら、現代語の『お前』はかつては貴人を指した『御前』だったように、日常生活で恩恵をさずけてくれる動物や昆虫を敬った『前』が訛った可能性も捨てきれないのですが残念ながら現代辞書にはそのような見解は一切ありません。ちなみに広辞苑によれば『板前』とは『料理場での頭(カシラ)。転じて、料理人。』の意味です。つまり『前』には古くは優れた人を指す意味があったようです。ちなみに『前』は広辞苑に『1.物の正面にあたるところ。@顔または目の向いている方。おもて。Aうしろ。B建物の正面。また、そこにある庭。庭前。C手前。前で自分に近い所。D着物の前にあたる部分。E陰部。まえのもの。F(神を直接指すのを避けて添える語) 神の御身。記上「能く我が―を治めば」、G前神(マエガミ)の略。H(多く「お」「おほ」「み」などの接頭語を添えて) 神・天子・貴人の尊敬語。2.ある時点より早いこと。
@以前。さき。Aあと・のち。B前科。C前相撲(マエズモウ)の略。D膳部。饗応。E(手前の略) 外聞。世間体。3.@それ相当のもの。また、そのものとしての面目。Aわりあてたものの数を数える語。
 猫:ねごめ、馬:うまめ、蚊:かんめ、ヘビ:へびめ、野郎:やろめ
A方向を表す格助詞『さ』
 方言の代表語です。方向を表す古語の『様』が転じたものです。
B格助詞『〜だ・〜た』
 格助詞『〜な』が『〜だ・〜た』になります。これを基本にした指示代名詞は以下のようになります。
 あんな:あーた・あった、そんな:そった・そーた、こんな:こった・こーた
C格助詞『〜』『〜な』『〜の』
 格助詞『〜の』が『〜』『〜な』『〜の』になる。さらに『〜な』『〜の』は『〜は』『〜の物』『〜分』の意味になることがあります。これは、やや古い標準語がそのまま残っているもので辞書に掲載されています。
D人を表す助詞として『て』『てい・てえ』『てーら』『と』『ど』『し』『しゅ』他を使います。
 夫々、『手』、『手合』、『人(と・ど)』、『衆』が訛ったもので、古い言葉が残ったものです。
E傾向を示す『ぼ』『ぼう』』『う』
 標準語の『坊』に該当する言葉です。名詞や形容詞につけて人となりを表します。
 また植物等の末尾につけて愛称的に使うこともあります。
F家を表す格助詞『い』『え』『い』『『ち』『ぢ』
 全国的にある言い回しの一つです。茨城弁らしいのは『い』と『え』の混同です。
G人や物の傾向を示すい』『ぼったい』
 形容詞の助詞として標準語にもあるい』を多用するのは茨城弁の特徴です。また『ぼったい』はかつてかなり幅広く使われていましたが今は随分少なくなった微妙な意味を表す助詞です。太いは『ふとぼったい』になりさらに訛って『ふとぶっとい』とも言います。『しけっい』を標準語で言えば『すこし湿っている』という言い方になります。
H標準語にもある『〜ら』と『〜くそ』
 東京の下町言葉です。落語には良く出てきます。
I場所や方向を表す助詞
 指示代名詞(あっち・こっち・そっち・どっち)、上下左右前後、東西南北、その他場所や方向を表す単語に結びついて様々な言葉を形成します。面白いのは、例えば場所を表す『〜ちょ』は、標準語では『よこっちょ』位しか残っていないのですが茨城弁ではオールマイティーに使われますから、標準語でもかつては様々な言い方があったのではないかと推測されます。あるいは方言の逆輸入の可能性もあるでしょう。
か・かー・:側
し・かし:〜の端
かだ・けだ:方、〜の方
ちょ:〜の所(辞書では「〜の方」と解説されている)
・づら・つら:面、表面
だ・た・だ・:〜の端
:端(はな)
J『こ』
 標準語でも同様の使い方があります。遊びの意味を表したり、『くら(競争)』の意味や状態を示したり、『子』に近い愛らしさを表現したりすることがあります。英語の『co』は相互の意味がありますが、茨城の『こ』にも同じ意味合いがあるのは不思議です。
K終助詞『〜ちゃ』
 過去や完了を表す終助詞『〜た』を示す言葉として『〜ちゃ』を使います
L否定の助詞に『〜に』『〜にぇ』を使う
 『〜ない』を示す否定の助詞として『〜に』『〜にぇ』を使います。
M指示代名詞の語幹『そ』が『ほ』『お』に変わる
・そんな→そーたほーたおーた・おーだ 
・そうして→ほーしておーして
・そうか→そーがほーがおーが
N副詞の『〜り』が『〜ら』になる
・ゆっくり→ゆっくら、ちょっきり:ちょっきら
O良く使われる独特の助詞・複合助詞一覧
・〜か:『側』『処』を表す助詞
〜け・〜げ、〜けー・〜げー:〜かい・〜ですか
〜しないちった・〜しないちゃった・〜しねちった・〜しねちゃった:〜しないで終わった、〜しそこなった
〜しけ・〜すけ・〜ちけ・〜ちっけ:〜だって
〜だっちか・〜だちか:〜だろうか
〜だっちけ:〜だったでしょう
〜だら:〜なら
〜ち・〜ちぇ・〜ちゅ・〜ちょ:〜て
〜ぢー・〜ちー・〜ぢぇ・〜ちぇ・〜ぢぇー・〜ちぇー:〜ちゃえ
〜ぢが・〜ぢっが・〜ちか・〜ちっか:〜しか
〜ちがら、〜ちーがら・〜ちぇがら・〜ちぇーがら・〜ちゅがら・〜ちゅーがら:〜て言うから
〜ちった・〜ちゅった・〜ちゅゆった・〜つった・〜しゃった:〜してしまった・〜しちゃった
〜ちど・〜ちーど・〜ちゅど・〜ちゅーど:〜だそうだ
〜ちのに・〜ちゅのに・〜ちぇのに:〜て言うのに
〜ちば・〜ちーば・〜ちぇば・〜ちゅーば:〜てば
〜ぢまー、〜ちまー・〜ぢゃー、〜ちゃー:〜ちゃう
〜ぢめ・〜ちめ・〜ぢめー・〜ちめー:〜ちまえ
〜ちゃ・〜ちゃー・〜つぁ・〜つぁー:〜とは
〜ちゅよ・〜ちゅーよ:〜て言うよ(〜だそうだよ)
・〜ちょ:標準語の俗語にもある助詞、『頂戴』の意味、当時のTV番組の影響か?
〜ちよ・〜ちーよ:〜てよ
〜ちる・〜ちぇる:〜てる
〜ちろ・〜ちぇろ:〜てろ
〜ちんで・〜ちゅんで:〜て言うので
だ、〜ぺた、〜べた:縁・端・辺り
P勧誘の言葉『〜らっせ』『〜らっしょ』
 勧誘の助詞ですが、少し丁寧な意味もあります。『ら』は動詞の語幹の末尾によって変わることがあります。
Q丁寧語『がす』『がんす』『やす』『やんす』
 京都や熊本でも似た言い回しがあります。『がす』『がんす』は『ございます』、『やす』『やんす』は『ます』を語源にしていると考えられます。これらのうち『がす』以外は全て江戸時代の言葉として辞書に掲載されています。

48.動詞を繰り返す特殊表現
 ある動作を繰り返す場合や継続(〜し続ける)する場合で2文字の動詞に限って動詞を2回繰り返す言い方をします。標準語は淡白ですからこのような言い方はあまりしませんが、古い標準語表現にはあったのではないかと推測しています。
 かぎかぎ:書きながら〜しいしい:〜しながらでーでーする:しばしば出る、何度も出る、はしりはしりする:何度も走る、ほりほり:掘りながら、〜をやりやり:遣りながら

49.形容詞・形容動詞・副詞の繰り返し言葉
 繰り返し言葉は、標準語の他、東南アジアやハワイにも見られる表現です。標準語でも口語では見られる表現ですが、茨城弁では擬態語の他に形容詞でも頻繁に使われます。強調語の場合もありますが、どこか音楽的な韻を感じている面もあるような気がします。
 こわいこわい:怖い・疲れる、かいかい:痒い、つおいつおい:強い

50.『かだり』『たがり』
 名詞に『語り』や『集り』を付けて個性的な言葉を形勢します。東北弁に特有の訛が茨城弁でも使われます。

51.茨城人は擬音語・擬態語の天才?、そして特殊表現
 茨城弁の擬音語・擬態語の多さには驚きます。その理由は接頭語の多さにも似ていて、自分で新語を作ってしまうのです。
 しかし擬態語、擬音語は多少違和感があっても通じてしまうものです。標準語の擬態語・擬音語はないがしろにされている傾向があるようです。あるいは、詩等の世界では特に重要視される一方、あまりにバリエーションが多いので辞書掲載を控えているのかもしれません。そのため、標準語の口語ではあたりまえの擬態語・擬音語も方言扱いしているものが沢山ありますのでご容赦ください。
 また、繰り返し言葉の類で促音便を伴う場合は、最初は促音便ですが、2番目は短縮されることがしばしばあります。せっかちな性格なのかどうかは解かりませんが、そのリズム感は独特です。逆に標準語を基準にすると1回目が促音化することになります。
 
 よっちよち・よぢよぢ:よちよち、ぼっしゃぼしゃ・ぼっだぼだ・ぼだぼだ:びしょびしょ、そっちこち:そちこち、どうせこせ:どうしてもこうしても・結局

52.同音異語
 同音異語は、コミュニケーションには明らかに妨げになる。しかし、標準語の中にも多くあって、しばしば問題になる。それでは、何故茨城弁では問題にならないかというと、そうではないのだが、誰もがそれを超えて生活している。
 例えば、『つっぶす、つっす、つっーすという方言があるとすると、それは@刺す、▲突き通す、A(長い物を)入れる、挿入する、B急にうつぶせになる、C転ぶ 等の意味になる。
@『突く』方に大きな意味がある例。長塚節『土』の一節では、当て字している。★ああた野郎なんざ槍ででも何でも突っ刺()しっちゃあんでがすがね:あんな野郎なんて槍か何かで刺してしまうんですがね。
A刺す意味が転じて長いものを入れる意味に転じている。めんじょもらったらまるめでめんじょいれにつっしどげ:卒業証書をもらったら丸めて証書入れに入れときなさい。
B標準語の『つっぷす』は『突っ臥す』と書く。
C『突っ臥す』が転じたと思われる。
 茨城弁は進化した方言と言われるが、この事例を考えると、あまりに同音異議語が多くなるのが必然で、人間関係の中で事務的にコミュニケーションする言葉としては完成された言葉ではないが、例えばピカソが描いた絵を考えると茨城弁の面白さや表現は、ピカソの絵に喩えてもいいのではないかと思われる。それを見て=聞いて感じた中身は自由だから。

53.敬語
 茨城弁には、敬語がないと言われるがそうではありません。敬う気持ちは語調で表現されるほか、他人の事物・行動に『お』や『ご』などの接尾語をつけて表すこともあります。勧誘には、『なさいませ』の意味の『なんしょ』があり、『おあんなんしょ』(座敷などへ)お上がりなさいませ、召し上がれ、の意味)などと言います。(常陽芸文より)

54.男女の違い
 一人称の『俺(おれ)』は男女の区別なく使われるのが大きな特徴です。農村部であるため仕事の内容は力仕事を除いて区別されませんから男女の言葉遣いを変える必要がなかったからでしょう。一方で標準語の男女差が益々少なくなっていることは、誰もが知っていることですが、きっと良いことなのでしょう。
 濁音の使い分けは個人によって異なります。一方、濁音を多用するのは男達で、女性は少しきれいに話していました。また連母音変形も男達が多用したものです。女性の一部は、、べ、へ』をなるべく避けて『〜でしょう』を使う人も出て来ていました。

55.面白い訛
 標準語社会で生活する方には時々ドキッとする訛や面白い訛があります。それらを列挙しました。一部当ページ内の内容と重複しています。
 あんんや:アンパイヤー、いーいー・えーえー・えーいー・いーえー:良い家、いーのい・いーのいー・いーのえー・えーのい・えーのいー・えーのえ・えーのえー:家の建物、いす・いむ・いる:S・M・L、いぬえっちけー:NHK、いもあらい(いむあーらい):MRI、いぬてーてー:NTT、えろいん:色鉛筆、おさーる:教わる、じーん:十円、せーん:千円、てーばっく:ティーバッグ、とろかる・とろける:布が擦り切れて穴が開く寸前の状態、めーみーめ・みーめーよ:見えないだろう

56.親しみ易さか喧嘩言葉か−変わる標準語
 茨城弁は喧嘩しているように聞こえるとも言います。なぜでしょう。茨城弁の抑揚の無さは、古い標準語?に良く似ているなと思うことがあります。当時の映画館では、まず最初に政府の広報がありました。その抑揚はいわゆる演説口調で、抑揚が形式ばっていて今の北朝鮮の抑揚に良く似ています。茨城弁は農村言葉ですから、遠距離で話すことがその理由でしょう。
 韓国は北朝鮮と同じ言葉を話しているはずのに、最近は印象が随分変わりました。最近の日本語の語調は優しく聞こえるのでかなり意識されているようです。
 茨城弁の抑揚は良く無いというのは正しくありません。『マギー四郎』が活躍中ですが、なんとも言えない親近感と滑稽さは天下逸品だと思います。

57.訛が訛を呼ぶ
 茨城弁には、訛りのバリエーションが極端に多い。『べ』・『』・『へ』濁音化(単語の中に複数のカ行音とタ行音がある場合は厄介です)と特異の清音化、数多くの接頭・接尾語、連母音の変形、長音化、短縮化、促音、撥音、連語、混同等によって組み合わせパターンがあまりにも多くなり、いくらでも変化して行くように思われます。あたかも訛りが訛りを呼んでどんどん膨らんでいくような印象です。やや荒っぽく話す場合は濁音化・連母音変形、強調する場合は長音化・接頭語の多用、あっさり話す場合は単音化や省略、さらに加えて、標準語では自動詞・他動詞形が偏っていますが、茨城弁では助詞を利用して全ての動詞に自動詞・他動詞形があるばかりか、サ行音で終わる動詞の使役・命令・完了形の助詞の一つ、例えば『探す』の使役形は『探させる』であるが、茨城弁の使役形は『させる・ささせる』、使役・命令形の『させろ・ささせろ』、使役・命令・完了形の『ささせっちぇー』『さっしめー』となる。
@茨城弁の『小さい』
 例えば、『小さい』は、ちいこい、ちいせえ、ちいちい、ちいちゃい(標準口語)、ちいちぇえ、ちいくせえちっこい(標準口語)、ちっこくせえ、ちっせえ、ちっちゃい(標準口語)、ちっちゃこい、ちっちゃけえ、ちっちぇえ、ちっくせえ、ちっい、ちっぽけ(標準口語)、ちっげ、ちっくせえ、ちゃんこい、ちゃんけえ、ちびくさい、ちびくせえ、ちびちぇー、ちびちゃい、ちびっけー、ちびっこい、ちびっちー、ちびっちぇー、ちびっちゃい、ちんけえ、ちんこい、ちんこくせえ、ちんさい、ちんちい、ちんちゃい、ちんちぇえ、ちんちくせえ、ちんくせー、ちんくせー、ちんぼくせー、ちんけ、ちんけえ等があります。そのうち、どれが語源だったか解からなくなってしまうくらいです。
A『壊す・打ち壊す』
 また、標準語の『壊す・打ち壊す』意味の『ぶっこわす』の基本形には、『ぶっくわす』『おっくわす』『おっこわす』『ぼっこわす』『つっこわす』『かっこわす』があります。さらに、音便形として『ぶっくす』『ぶっこす』『ぶっかす』『うっくす』『うっこす』『おっくす』『おっこす』『おっかす』『ぼっくす』『ぼっこす』『ぼっかす』つっ〜形、かっ形はさすがにあまり聞かない)ができます。これら他動詞の基本形だけで16種類あることになります。これから、自動詞形は『おっこわれる』『ぶっくわれる』『うっくれる』『うっこれる』『おっくいる』『おっくえる』『おっくれる』『おっこれる』『おっくわれる』『おっこわれる』『ぼっこわれる』『つっこわれる』『かっこわれる』ができます。さらに語源(『抉らす』)は異なりますが殆ど同じ意味の主として機械物を対象とした『ぶっくじゃす』『ぶっこじゃす』『おっこじゃす』『ぼっこじゃす』があります。これらの名詞形として『ぶっこわれ』『ぶっくわれ』『うっくれ』『うっこれ』『おっくわれ』『おっこわれ』『ぼっこわれ』『つっこわれ』『かっこわれ』、『ぶっくれ』『ぶっこれ』『ぶっかれ』『おっくれ』『おっこれ』『おっかれ』『ぼっくれ』『ぼっこれ』『ぼっかれ』、『ぶっくじゃれ』『ぶっこじゃれ』『おっこじゃれ』『ぼっこじゃれ』があります。そして、『ぶ』の半濁音形として、さらにっくわす』『っこす』『っくす』『っかす』『っくわれる』『っくじゃす』『っこじゃす』、『っこわれ』『ぷっくわれ』『っくれ』『っこれ』『っかれ』『っくじゃれ』『っこじゃれ』ができます。これらはあまり使われないものもありますが理論的にあり得るバリエーションです。そのうちもとの言葉が何だったか解からなくなってしまいます。いったいいくつになるのか数える気にもなりません。このような例は他にもあります。中には変形によって他の言葉と同じになって複数の意味になったりすることもあります。
B『汗にまみれた状態』
 標準語の『汗にまみれた状態』の意味のことばも沢山あります。『汗だく、汗だらけ、汗まみれ、あせみどろ、汗みずく、あせびっしょり』等です。それでは、茨城弁はどの程度あるでしょう。
あせぐだぐだ、あせぐったぐた、あせるみ、あせだぐだぐ、あせだっくだぐ、あせだーぐだぐ、あせだらぐ、あせびしゃ、あせびっしゃ、あせびしゃびしゃ、あせびだり、あせびっしゃびしゃ、あせびっしょ、あせびっしょびしょ、あせびったり、あせびっちゃ、あせびっちゃびちゃ、あせびぢょ、あせびっちょ、あせびぢょびぢょ、あせぼだぼだ、あせぼったぼた、あせぼだら、あせぼったら、あせぼったり等があります。このうち『あせぐだぐだ』は標準語の『あせだく』の語源そのものです。
C特殊な文法/際限の無いバリエーション
『いかなければいけない』を表現すると以下のようになります。は古くは鼻濁音で新しくは濁音です。『い』は『え』とも発音します。『ならない』は『なんね、なんに、なんにぇ、なんにぇー、いぐない、いぐねー、いがない、いがねー』とも言います。うことから、それらを含めると際限がありません。
ながなんね
なぎゃなんね
なくちゃなんね
なくてなんね
なくてはなんね
なくってなんね
なくってはなんね
なぐばなんね
なぐれなんね
なぐればなんね
なげなんね
なげーなんね
なげばなんね
なげれなんね
なげれーなんね
なげればなんね
にゃーなんね
ねげなんね
ねげばなんね
ねげれなんね
ねげればなんね
ねっけなんね
ねっけれなんね
 また、『やらなければ駄目だろう』に当たる典型的な文例を列挙します。ややマイナーな言い方もありますが、全て茨城弁です。
やんなげればだめだっ
やんなぐればだめだっ
やんなげれだめだっ
やんなぐれだめだっ
やんなげばだめだんべ
やんなぐばだめだんべ
やんなげりゃだいだっ
やんなぐりゃだいだっ
やんなぎゃだいだっ
やんなげだいだっへ
 もう一つ『行ったら怒られた』に当たる典型的文例は以下の通りです。
いったらおごられだ
いったらばおごられだ
いったっくれおごらいだ
いったくれおごらいだ
いったっけおごらいだ
 何故このようなことになるのでしょう。農業は様々な道具を使うから壊れることに敏感になるとしても、他の農村地域でこのような方言が話されているのは聞いたことがありません。だとすると、茨城人は実は言葉に極めて敏感であってその場に応じて適切な強調言葉を選択して使っているか、言葉に大らかで雰囲気で作ってしまう天才的(あるいはいい加減)な県民だということになるのでしょうか。
D標準語から極端に訛った単語に渡るバリエーション
 標準語をベースにして最も簡単な訛形は濁音化と連母音変形ですが、動詞の場合はそれに助詞との組合せで様々な訛形が発生します。以下はその典型的一例です。『食えない』意味の単純な単語ですが、少なくとも8つのバリエーションがあります。これに長音を加えるとその倍にななってしまいます。
 食えない→くえね・くいねくわんねんねかーんねかーんにぇかーんにかんに


58.近くて遠い標準語と茨城弁の関係
1.『へ音』をベースにした『つまらない』を意味する形容詞の変遷
 今では多くの人たちが『つまらない』『つまんねー』と言うはずです。しかし古くは様々な言葉がありました。『へ』は『屁』と『変』を意味することから、軽んじられたのでしょう。
@『へんてもねー・へんともねー』『へんでもねー』『へんどもねー』:いずれもかなり古い方言です。『変でもない』意味ではなく、『変体(へんてい)』(辞書不掲載)を思わせる言葉です。しかし使っている当人達は語幹として『へんてもね』『へんでもね』『へんどもね』を位置付けそれ自体がつまらないものとして理解して使っていました。
A『へんてづもねー』『へでづもねー』:用法は前項と全く同じです。40年代の言葉だったと記憶しています。明らかに『変哲も無い』の変化した言葉だと解かります。
B『へでもねー』:『屁でもない』ことで『屁』ほどでもない程簡単な意味です、標準語世界でも口語の中で使います。
@、A、Bのうち@、Aはたった1語が入るか否かで語源が変わってしまうわけですが、辞書に『変体』(へんてい)という言葉が無い以上、同じ語源であると考えるのが妥当と思われます。すなわちBを除くいずれの言葉も『変哲も無い』意味だろうということです。
 しかし、標準語の中には『へんてこ(変な様)』(変梃と当てている)という言葉や、意味の近い茨城弁の『へんて、へんてー、へんた』(形容動詞)との関係も無視できません。単に『変な』の助詞が茨城弁流に変化したとも言えますが言葉は常に相互に関りあっているので関係性を完全に無視はできないように思えます。
2.『ほとんど』と『ほどんと』
 これは、もしかしたらあまり意識しない方が正しいのかもしれません。意味は殆ど間違いなく通じるからです。問題は日常やビジネス上の違和感の問題ですが、実際は茨城県人が感じるほどの違和感は無いのです。だって標準語世界の多くの人が地方出身なのですから。
3.『はい』を示す訛
 『い』と『え』の識別は標準語の中にも訛りがあります。けれどもさらに注意したい言葉があります。同意を示す『はい』です。
 茨城弁の『はい』を示す言葉は、標準語同様沢山あります。その中で特徴的な言葉を列挙します。
あー:はい/やっかあー:やるかい−はい。
あい・あいよ/時代劇でも耳にする言葉です。『はいよ』
い・いー/東北弁と共通の鼻に抜けた発音です。『ええ』。
う・うー東北弁と共通の鼻に抜けた発音です。『ええ』
おい・おいよ/時代劇でも耳にする言葉です。『そうかい』
そーが・そーがー/『そうかい』


59.意味が転じる訛の謎・訛の図式
 普通、意味が変わってしまう訛の扱いについてはかなか難しいものです。しかし、意味が変わる訛の現象は実は茶飯事です。
 それでは、訛の図式とはいったいどういうことなのでしょう。
@口から出て耳から入る訛の図式
 今のように、マルチメディア情報が氾濫する時代は過去にはありませんでした。古い時代は全て口から出た音を耳で聞くコミュニケーション形態しかありませんでした。
 コミュニケーションを確実にする文字も実社会では必ずしも利用されず、現代にある様々な映像や音声技術を駆使したプレゼンテーション時代は別にして、古くは『言葉』だけが頼りだったはずです。そうなると伝言ゲームのようなミスコミュニケーション現象は日常茶飯事だったでしょう。
 極端な事例ですが、今の『ブリキ』は薄い鉄のことを言いますが、もともとの語源は『brick』で、ブロックの意味だったのです。江戸時代にブリキとブロックが並んで置いてあった時、日本人がこれは何だと聞いたら、オランダ人がブロックと勘違いしてブリキになったと言う逸話があります。
A話す側の理解力と表現力の図式/訛はミスコミュニケーションの賜物
 言葉を語る人が、その意味と表現を性格に理解していて、それを正確に発し、それを受けた人が正確に理解すれば訛は発生しません。
 言い換えれば、訛は、ミスコミュニケーションの産物と言えるでしょう。

60.古い言葉を良く残している
1)方言には古い言葉が残っている
方言に共通することですが、古語が良く残っています。ゆったりと流れる時の中で、農村部を中心に古い言葉が変わることなく伝えられたのだと思います。都心ではあまり使われなくなった言葉が残っているのです。中には奈良・平安時代の言葉もあります。
標準語辞典は、日本の長い歴史を背景に、古語や文語が沢山掲載されています。また、ひとつの言葉の意味に対して実に細やかに解説されていますが、現代の一般人が日常的に使っている意味は僅かでしかないのが現実です。その中で、茨城県に脈々と受け継がれている意味や言葉が発見できるのは、感慨深いものがあります。
その意味で、単に古い言葉だけではなく現代の標準語に至る過渡的な言葉が茨城弁に残されているのではないかと思います。これは茨城弁に限らず、標準語を形成の背景となった東日本の言葉には、標準語の語源を解明する言葉が沢山あるのではないかと思います。
『うざったい』(【形】心になじまない、煩わしい、嫌だ、気味が悪い)
は、最近の流行語です。もともとは、東京多摩の方言(気味が悪い)と言われています。また、多摩では『うざうざ』は『ぞくぞく』する意味だと言います。土浦では同じ意味を『うずうず』すると言います。茨城弁は限りなく薄められた東北弁であると同時に、千葉〜埼玉〜群馬南部〜多摩にかけての農村部と共通の言語圏に属することを感じます。実際、多摩の方言と茨城弁は驚くほど共通語が多いのです。
調べると古語に『転てし』が転じた『うたてい』があり、@心に染まない感じである、いやだ、情無い、あいにくだ、A心が痛む、気がかりである、気の毒である、Bわずらわしく厄介だ(広辞苑)等否定的な様々な意味を持つ言葉であり、ほぼ語源と思って間違い無いように思います。
最近若い人達がその短縮形の『うざい』を使います。『うざい』は、『気持ち悪い』意味の『きもわるい』の短縮形『きもい』より、意味の巾が広く『嫌で、気持ち悪くて、煩わしい等々』の意味と聞きました。このように言葉は時間と空間を介して繋がっていることが解かります。
明治期の文豪の小説を読むと時々、『あれっ』と思うことがあります。標準語世界ではすたれてしまった言葉が、茨城弁の中にまだあることがあります。逆に、すっかり廃れた言葉が、いまだに何の解説も無く権威ある辞書に掲載されているのには驚きます。そろそろ、著名な辞書を製作している会社は米国に習って、明治期の言葉であることをきちんと明記すべき時代になったのではないかと思います。
2)茨城弁に残る古い言葉
 茨城弁には古語や古語の流れを受けた言葉が沢山あります。五十音で示した一覧では、グレーの地色に染めた言葉に含めています。全ての語句を辞書や古語辞典を参照するのは膨大な労力を要し、特に僅かに訛ったものの扱いが厄介です。しかし、日に日にその数が増えています。
 例えば、二人称を示す代名詞があります。現代語では『あなた・きみ・おまえ』です。茨城では『おぬし』『にし』『いし』と言います。『おぬし』は時代劇に出て来る言葉です。『にし』は『ぬし』が訛った東国語です。『いし』は、同じく東国方言とされていますが、『なんじ、おまえ』を示す『汝(い)』があるので『ぬし』の流れではなく、『汝』に接尾語の『し』をつけたのではないかと思われます。
 『我・吾(わ)』は古くは二人称を指します。時代の前後関係は不明ですが、日本語の二人称の呼称は古くは『あ』『い』『な』の三つがあったことになります。その後、現代語のルーツとなる『あ』の流れである『彼方・貴方(あなた)』、古くは天皇・君主を指した『君』、貴人の敬称であった『御前』が残り、『主』は、姿を消してしまいました。その中で当時『おぬし』『にし』『いし』をかたくなに現代に伝えている茨城方言は、関東では他県には見られないと思われます。また、呼びかけの言葉の『あよ』『なよ』のうち、三重では二人称を『あよ』と言うことが解っており、呼びかけの言葉でありながら、相手を指して言う言葉であることはと間違いありません。つまり古代語の『あ』『い』『な』の流れの言葉だということです。
 その他、辞典を調べた時に漢字が当てられていない言葉があります。それらの多くは近世語で明治期にすでに死語になっていたと考えられます。なぜなら、明治の文豪達は盛んに新たに漢字を当てたからです。また、新しい言葉にも漢字は当てられていません。そのような視点でこのサイトを眺めるのも一興でしょう。
3)古語の流れ
 どうやら、茨城方言は、現代標準語を起源としているようではなく、古語や近代語の流れを多く受け継いでいるようです。すでに、古語が起源と思われる言葉は、詳しく解説しています。古語をベースにすると、なるほどと解る言葉が多いのです。一方、茨城方言を現代語に訳そうと思ったた時、どうしても、現代語が見当たらない事があるのはそのためだと思われます。今後、古語辞典をくまなく調べ、茨城方言のルーツを調べる必要があるでしょう。
4)意味を表す辞書の漢字の不思議
もう一つ、辞書に示された言葉に当てられた漢字に随分違和感を感じることが数多くあります。その理由は明解で、もともと和語には該当する漢字が無かったからで、歴代の学者や文人や権力者が当てたものだからでしょう。また、現代になると漢字そのものの意味が変遷してきたこともあるでしょう。それらを良く紐解いていくと、方言の領域を超えてさらに面白くなっていきます。
5)助詞の面白さ
助詞、助動詞等で標準語と異なるものの一部がすでに古語に由来していることが解っています。調べれば調べるほど増える傾向にあるので、時間をかけて調査したいと思っています。
6)大事なのは関係性
このサイトは政治政策によって定められた標準語は、ひとつの標準化された尺度として位置付けて標準語を中心に扱っていますが、長い歴史の中では実は方言が標準語に与えた影響も無視できません。しかしその一方どちらが先かを考え始めると泥沼に陥ることになってしまいます。だから大切なのはどちらが古いかではなく、その関係性にあると私は考えています。

61.大字単位、年齢、個人等で異なる言葉
 当時、同じ小学校区にあった神立地区は工業団地が誘致されて最も標準語化が進行していました。一方、同じ農村部でも大字単位で異なる言葉を感じることがありました。特に東に位置する出島村の下大津地区は、さらに古い言葉が残っていたと推測されます。上大津地区と出島村は地理的に近いため、姻戚関係が深く言語的にもかなり大きな影響を受けていると考えられます。
 また、当たり前ですが高齢者ほど古い言葉を使う傾向にありました。
 個人レベルでも前項の理由や農村唯一の文化交流である嫁ぎによって異なる文化がもたらされていたことも理由に挙げられます。
 そのために、上大津地区限定といっても周辺の方言が混ざり合い、新旧の言葉や個人的訛り、女性のは標準語の習熟の速さがあったこと等によって、この方言集でも一意多語同音異語の方言が沢山見出せる結果になりました。
 当の茨城の人達は、自ら使っている日常言語をベースにするとたった一音の段音が変わっただけでも違和感を感じます。例えば古い訛の『するし』をきちんと『印』として理解する人は余程の高齢者でしょう。そのためにことさらに県内の地域性を意識する傾向があるようですが、本当は、地域性=空間軸に対して、時間軸を加えると茨城弁の豊かな語彙性を正しく理解できるのではないかと思います。僅かな差異をことさらに意識するのではなく、言葉が持つ歴史的な流れを良く理解していれば、そこにある関係性を大事にする視点も生まれるのではないかと思います。

62.東北に属する方言
 茨城方言は足利地方を除く栃木県の方言とともに北関東方言に属し、埼玉県や群馬県などの関東方言とは大きく異なり、むしろ東北方言の系統に分類されています。関東地方に位置しながら言葉は東北に属しているというこに特異性があります。茨城・栃木方言が関東地方にありながら他の関東地方の方言と大きく異なる主な点としては、@イとエとの混同、Aう列拗音(ようおん)の欠如(きゅ・しゅ・ちゅなどが発音できず、例えば胡瓜きーり、十月をじーと言う)、B語中語尾のか行音とた行音の濁音化、C発音の際アクセントが欠如し、尻上がりのイントネーションになることが特徴です。(常陽芸文より)
 代表的な言い回しは、歌う→歌る、負ぶう→負ぶる、構う→構る、雇う→雇る等の終止形動詞の変形は、昭和30年代の茨城弁にもありました。これらの訛りは東北弁の大きな特徴です。40年代になると次第に消えて行きました。

63.英語に近い茨城弁のリズム
 良く聞いてみると、英語表現によくあるリズムに乗って歌うような言い方があります。このような使い方は、どちらかというと相手を茶化したり、冗談を言ったりするときに現れるのですが、以下はその例です。長音化と単音化によってリズムを調整します。このような表現は標準語にはありません。
そーたごど・いーたって・しゃーんめよ:そんな事言ったって仕方が無いでしょ。
まーだ・だーれも・きてめーよ:まだ誰も来てないだろう。
こーんだ・とーちゃんに・ゆっちゃーど:今度はお父さんに言っちゃうよ。
そーた・かっこで・いーどもーのが:そんな格好で良いと思うの?。
いーに・けーったら・かーぢゃん・でできて・おごーっこど・おごーっこど:家に帰ったら母ちゃんが出てきて怒ること怒ること。
また、発音ルールでは、標準語では、促音便のあとの濁音は許されませんが、英語と茨城弁にはあります。不思議です。

64.語尾の上がる発音はフランス語に似ている?
 学生時代の第二外国語は、フランス語を選択しました。建築の世界では、『ル・コルビジェ』という現代建築の基盤を作った巨匠がいたからです。メートル法の発祥もフランス。あこがれる華やかなパリ。そしてその後2度パリを訪れました。ところで、フランス語を学んで知ったのはイントネーションが実に茨城弁に似ているのです。茨城弁は平板型アクセントの言葉と定義されていますが、実は、センテンスの語尾が必ず上がり、最後は下がる。これはフランス語も同じなのです。フランスもヨーロッパきっての農業国です。農村文化が根底にありますから似るのは自然なのかもしれません。世界で最も美しいと言われるフランス語が実は茨城弁に近い!。感激です。しかも鼻濁音が盛りだくさんとくると、茨城弁が日本で最も美しいと思ってしまう幻影をいだきます。
 残念ですがそうではありません。実はさらに良く聞くとフランス語は、センテンスによって尻上がりを使い分けていますし、抑揚もバリエーションが多いのに気がつきます。ところが茨城弁は一律に尻上りになりその後少し語尾が下がるのです。思いおこすとどこか似ているリズムや口調があります。演説口調です。どうやら茨城弁は演説言葉=怒鳴り言葉に近いのようなのです。しかしながら、フランス生まれで日本で粥約している人の日本語は、間違いなく茨城弁の抑揚に似ています。
 2009年、11月12日、NHKの『ぶらたもり』でタモリが、言った言葉に、イタリア語は博多に似ていて、東北弁はフランス語に似ていると語った。フランス語と東北弁は『こもっている』と言う表現をしていました。

65.進化した方言?
1)『べい』『べえ』
 どこかのサイトで、とある著名人が『茨城弁は最も進化した言葉』と豪語したことを知りました。実際、古くから知られ、古い映画や時代劇で聞く農村方言である『んだべえ』は茨城弁の主流では無いし、『おらがやるだよ』と言うような言い方は、関東圏では群馬・埼玉・神奈川、その他地域では静岡・愛知・鳥取に残っているようです(ふるさと日本の言葉より)。
 茨城弁に僅かに残る『べ・べえ』は、
『辞書によれば、もともとは、当然・適当・可能・意思・命令等の広義の意味を示す古語の『べし』が訛った『べい』『べえ』に由来するものとされています。@狂言・雁盗人や滑稽本・膝栗毛 洒落本・道中粋語録にもある表現。Aは中世後期以降の用法で、東国語として多く用いられるようになる。特に、近世においては東国方言の特徴ある言い方とされ、『べいべい言葉』『関東べい』などとも呼ばれる、Bは、現代でも、関東方言または東北方言などで用いられる。(大辞林)』

 『べ』は、土浦地域では比較的使われず、』『へ』が主流で『〜だんべ』『〜たんべ』『〜だべ』『〜たべ』は使う人が限られました。当時でも高齢者の言葉という印象がありました。用法は、接続する動詞の連用形(標準語形)が『〜おう、〜こう、〜そう、〜とう』『〜のう、〜ぼう、〜もう』となる動詞に多く使われる傾向がある。各々、『うべ、ぐべ、すべ、どーべ』『ぬべ、ぶべ、むべ』となります。このうち、『〜のう、〜ぼう、〜もう』の場合撥音便化した動詞を好む傾向があります。その意味で茨城弁は、古くからあった『べい』『べえ』をさらに発展させた』『ー』の存在が重要です。これは、茨城・福島・栃木・千葉に分布することを考えると、その中心部に当たるのは茨城県であることは間違いありません。さらに『へ』の存在が面白いのです。県北・県西部・鹿行(南東部)ではいまでも使われていないというのです。そうなると発祥の地は土浦近辺にあると推測されるからです

2)連語と強調語の究極的発達
 茨城弁の動詞には、驚くような豊かな表現があります。標準語表現の一部にもありますが、茨城弁は究極の姿とも言える動詞の連語・強調語が豊かに語り継がれています。
 今の標準語世界は、グローバル化の中にあって、標準化・画一化が進んでいますが、茨城弁は全く逆の方向を向いていると言えるでしょう。合理的で正確なコミュニケーションを目指すより、感情や微妙なニュアンスを大切にした特殊な言語であることは、間違いありません。

3)新しきを求める心と古きかたちをかたくなに守る心
 これは、だれもが持っているディレンマです。いつの世界でも誰もが思いつも吹いて来る風のようなものでしょう。昔を懐かしむ心は何故か誰も思うことなのですね。
 その時、残したいと思う心を大切にしたいと思っています。

66.茨城弁と標準語の関係の面白い例
 茨城弁と標準語には極めて密接な関係があるのは地理的要因を考えれば明らかです。その中でその変遷を良く示した言葉を見つけました。『まるごと』の助詞である『ごと』です。標準語では『ぐるみ』とも言います。『ごと』と『ぐるみ』はもともと同じ言葉に起源があるのではないかと言う仮説が茨城弁を介在して成立するのではないかと思うのです。『ごと』は、『そのものも一緒』の意です。『ぐるみ』は『それを含めて一緒』の意です。かなり近い意味ですがもともとは同じではありません。茨城弁に当時残っていた言葉だけでも興味深いものです。
 〜ごと:ごど、ごそ、〜ごし、〜ぐし、〜ぐり
 そうすると、古い中枢神経が活動します。例えば、古い『むりり』(無理やり)という言葉が浮上します。『くる』は戸を閉めたり、括る意味です。『むりり』には明らかに古い時代の背景があったと思うのです。

67.標準語の不思議
 茨城弁を通じて、標準語が時々不思議に思うことがあります。詳細は、本編の『昔の茨城弁集』に描かれていますが、ここにその内容を列挙してみます。作業途中です。検討不十分です。
1)自動詞と他動詞その他文法の不思議
標準語に『掛ける』という言葉があります。自動詞形は『掛かる』と言います。それでは、『避ける(よける)』はどうかと言うと、該当する自動詞形はありません。茨城弁では古くは『よがる』と言いました。
2)『寄さる』の不思議
『寄せる』の自動詞の茨城弁の『よさる』とは何でしょう。茨城弁では単なる自動詞形で『寄せてある』意味です。辞書(広辞苑)でそのまま引くと、『自四(上代東国方言) ヨソルの訛。万一四「逢ほしだも逢はのへしだも汝にこそ―・れ」』とあります。
そこで『よそる』を調べると
@自然に寄せられる。引きつけられる。万一三「荒山も人し寄すれば―・るとぞいふ」、
A打ち寄せられる。寄せる。万二○「白波の―・る浜辺に」、
Bある異性と関係があると言われる。万一四「吾に―・り間(ハシ)なる児らしあやに愛(カナ)しも」』とあります。つまり、古代では使役形の他動詞か、自動詞に近い言い方だったことになります。『寄す』に対して助動詞の『す』をつけたのでしょう。
3)『行かす』の不思議
 文法上は『行かす』は普通ですが、今は『行かせる』がメジャーでしょう。現代標準語では『行かせる』と言う。
4)『あるって』の不思議
 方言なのか標準語の俗語なのかは解りません。例えば、連用形の例として『思う−思って(思ひて)』(五段活用)、『行く−行って(行きて)』(五段活用)、『歩く−歩いて(歩きて)』(五段活用)、『書く−書いて(書きて)』(五段活用)が挙げられる。
 『行きて』は、イ音便化すると言葉にならないから、促音化するのだろうが、『歩って』は、言葉としておかしなところは全く無い。むしろ古くから有る『指して』のイ音便『指いて』の方がずっと不自然である。

68.標準語に慣れても最後まで残る音韻等の癖
 単語レベルの訛はもうだいたい標準語で語れるという茨城人できちんと標準語を話したいと思っていらっしゃる方のために、茨城弁の独特の発音特性をまとめると同時に、茨城県人が特にビジネス社会で標準語を話す時に注意すべき点をまとめてみます。最も、方言丸出しは決して悪いことではありませんが相手に不快感を与える訛には注意が必要です。。
@アクセントとイントネーション
 『雨、飴』、『箸、端、橋』に代表される無アクセントや標準語のイントネーションはひたすら覚え慣れるしかありません。
 単語はなんとかなったとして、なかなか抜けないのが第2音にアクセントをつける癖です。例えば、標準語の『そうですね』は『そ』と『ね』にアクセントがありますが、『そおーですね』に聞こえアクセントが『お』にあるうちは標準語にはなりません。
A曖昧な発音
 日本語は英語に比べると口の動かし方が小さい言語と言われます。実際、話をしている人を見ていると、日本語を話す人と英語を話す人には根本的な違いがあります。上唇の位置がまったく異なるのです。主にVの発音によると思うのですが、ネイティブ英語を話す日本人は、首の動き、手の動き以外に口元の動きが全く異なることに気がつきます。Vの発音をきちっとするためには鼻元の筋肉まで使わないと上唇が上に上がりません。上唇を上に上げる状態は、動物で言えば威嚇表現なので日本人にとっては違和感を感じることがあるかもしれません。極端に言えば般若の表情をしなければならないからです。標準語と茨城弁を話す表情にはそれほどの差異は私は無いのではないかと思っていますが、もしかしたらあるかもしれません。
 茨城弁の曖昧な言い方は、東北弁と全く同じですが、どうしてそうなったのでしょうか。寒冷地では、寒いために口を大きく開けるのもはばかれることが多いため曖昧な表現になった(言葉の収束)という説には賛同したいと思います。サイト中『土浦』の発音をベースに古くからある茨城弁の発音練習のコーナーを作りましたが、『い』と『え』が識別できなくなるばかりか寒い環境では、抑揚も定かでなくなるのは確かです。
 標準語との大きな違いは、母音が曖昧なことです。恐らくこれだけを矯正しても茨城訛はかなり是正できるはずです。言い換えれば茨城弁の発音上の大きな特徴でもあるわけです。
 例えば、『〜ですけれどね』を今の茨城県人の話言葉を強調して表現すると
『〜でぃすきりどねー』になります。『そうですね』が『すでぃすにに聞こえてしまいます。
 さらに助詞の発音が曖昧になり易い傾向があります。例えば『おはよーござます』のような言い方になります。茨城弁から脱却するためには、曖昧な発音に慣れた筋肉を矯正する必要があります。
Bどこか浮付いたイントネーションが残ってしまう
 尻上がりの感覚がなかなか抜けず、文中のどこかで浮付く抑揚が残ってしまいます。逆にいえば、茨城弁は話の内容に関わらず同じようなイントネーションを繰り返す独特の方言なのです。
C鼻に抜ける音とその矯正方法
 茨城弁の発音上の大きな特徴は濁音です。ここで少し不思議な現象に気が付きます。濁音の少ない標準語を話す時は、口と鼻腔を一緒にしたり閉じたりしながら一つ一つの言葉をしっかり発音しますが、濁音を発音する場合は、一旦舌を上に上げて鼻腔が閉じられた状態になります。その状態はあまり気持ちの良い状態では無く次に滑らかに言葉が繋がるためには、鼻に抜けた濁音にするとうまく行くのです。濁音が連続するとどうしても言葉が鼻に抜けていきます。鼻に抜ける音、それが茨城弁の発音の大きな特徴のような気がするのです。
 実際、私が標準語世界に入った時、それに気がつくまでに数年が経過しました。茨城弁の癖がなかなか直らない方は、一度鼻腔をなるべく塞ぐように話してみると、随分標準語に近くなることに気が付くはずです。口の周りの筋肉や神経それに関わる悩神経がすっかり慣れ親しんでいますが、これを矯正するにはかなりの時間がかかるはずです。
Dなかなか抜けない曖昧な長音の癖
 簡単に見抜かれるのは『〜ね』『〜ですね』が中途半端に長音になってしまうことです。標準語でも当然情況に応じて長音化することはありますが、さほど多くはありません。単音なのか長音なのかをはっきり発音しないと、茨城弁になってしまいます。
 『えー』は『ぃえー』『ぇいー』のように聞こえることがあります。極端な場合は『うえー』『あぇー』です。古くはほとんど全ての感嘆詞が鼻に抜けた『うー』でした。これは、『い』と『え』が曖昧なのに加えて鼻に抜ける癖からどうしてもそんな発音になってしまうのでしょう。『えーと』は『えぃーと』に聞こえることもあります。
 『はい』と言っただけで茨城出身であることが解ってしまうこともあります。あいかわらず『はに聞こえることがあります。標準語での『はい』の『は』は単音で『い』は単音の場合と長音の場合があります。ところが茨城弁の『は』は僅かに長いのです。そのため標準語では『はい』ですが、茨城弁では『はいー』『はー』に聞こえてしまうのです。また標準語の『まーまー』が『まうまう』に聞こえたら茨城弁です。白菜が『はくさい』になりゴボウが『ごぼう』になるのです。
E『い』と『え』
 今では誰でも『い』と『え』を区別できますが、それでも独特の癖が残ってしまいます。口元をだらしなくして話すと標準語にはなりません。
F『です』に代表される助詞の発音が曖昧
 古くは殆ど『です』を使わなかった茨城県人が無理に話すと『〜どす』『〜でぅす』に聞こえます。さらに、米語に似たt音がr音になるように『〜です』が標準語に比較すると『〜れす』『〜えす』に聞こえることがあります。これは、特に助詞を曖昧に発音する癖に母音を曖昧に発音する癖が合わさったものでしょう。『そうです』が『そうds』か『そーっす』になってしまいます。所謂『で』無し言葉です。そこでさらに無理をしてしまうため、『す』が関西弁ほどでは無いにしても有母音になって発音されます。
G『か行』音の不思議
 古い時代の『か行』音の『く、く、く、く』が残っているのか、『か行』音が独特です。かなり強いアクセントをつけて話してしまいます。標準語では前後関係から無母音になることが多いのですが、関西弁ほどでは無いにしても僅かに母音を伴うことがあります。
H笑いの『はっはっは』
 『はっはっは』は、言葉の前後の関係で『ふっふっふ』となるころがありますが、茨城弁ではそれが『ひっひっひ』に聞こえます。『ひっひっひ』は何かを企んでいる笑い方です。鼻に抜けないよう口をしっかり開けて話さないと、癖は直りません。
I注意したい『んー』
 『んー』は標準語にもありますが、多くはやや低い音になりますが、茨城弁ではより高い音で話します。やたらに使う癖と上ずったイントネーションに注意する必要があります。なるべく『んー』は避けるようにしましょう。
J持て余しの『こー』と『ふー』
 『こー』は標準語では『このー』に当たります。『ふー』は『んー』に当たります。『こー』は使わず『えー』の方が無難です。
K気をつけたい『いやー』と『いや』
 古くは『いんや』と言った言葉で強調語ですが、強調したがる茨城弁の傾向は捨てなければなりません。相手の質問に対して答えは『否』の場合でもまずは『はい』で答える習慣を身に付ける必要があります。
L『ようするに』
 標準語世界では、話の最後のまとめとして使うものですが、頻繁に使う人がいます。言葉につまった時の『えー』の変わりに使ってはいけません。なかには『よーすに』『よーすーに』に聞こえることがあります。
M『だから』=『んだがら』
 これは、茨城弁に限ったものではありません。相手の言葉にあたかも同調しているがごとく聞こえますが、一旦相手を認めながら、一方では声高らかに自己主張するときの決り文句です。これを連発する人は、ビジネス社会では相手に明らかに悪い印象を与えることになります。もし、意見が異なる場合は、まず、『そうですね。私もその意味ではそう思います。』と相手に同調した上で、『ただし』と切り替える必要があります。茨城県人はそもそも率直な性格で、回りくどいことを嫌(江戸の影響を強く受けている)いますが、置かれた環境を十分に考慮して、安易に『だから』は使うべきではないと思います。
N『まあ』
 東京生まれの人でも『まあ』を多用する人がいますが、『まー、なんだな』『まー、なんだいな』に慣れ親しんだためついつい使ってしまいますが、多用は禁物です。もったいぶった高慢な言い方に聞こえてしまいます。
O『いらっしゃいます』の意味の『おります』
 『おる』は基本的に卑下する言葉で、自分に対しては丁寧語です。茨城では相手に対しても丁寧語と思って『おります』をついつい使ってしまいます。身内や同じ会社内の人を指して等謙譲語として使うのは問題ありませんが純粋な第3者に対しても同様に『おります』を使う傾向があるので単に『います』を使う習慣を身につける必要があります。当然相手に対しては『おられますか』『いらっしゃいますか』『おいでになりますか』であって『おりますか』は厳禁です。
P助詞の欠落に御注意
 助詞のうち特に格助詞の欠落は全国共通の訛ですが、省かずきちんと話しましょう。
Q『てき:的』の使い方
 標準語世界でも使う人がいますが、訓読みの名詞に『的』をつけることは標準語にはあまりありません。『おとなてき』『ことばてき』『ふつうてき』『おんなてき』『てんきてき』『いばらきてき』等は、要注意の表現です。
 以上は、茨城弁に限らない領域までつっこんでまとめましたが、言語能力には個人差があり、また女性より男性がなかなか訛が抜けない傾向にあるようです。これは、言語能力は女性の方が優れていると言われていることからうなずけることです。男性の場合は、5年程度ですっかり抜けてしまう人と、30年かかっても抜けない人がいます。短期間で標準語を習得するためには、英語を学ぶと同様に自分の声を録音して発音を矯正する必要があるでしょう。しかし、無理に矯正するよりむしろ茨城訛を武器にする方法もあるはずです。

69.中央文化と東北文化の交流地点としての言葉
 言語圏域では茨城弁は東北圏域に所属すると言われています。確かに助詞、副詞といった語法に東北弁訛りが多く見られるものの、言葉を構成する名詞については、茨城固有の言葉は東北弁に比べて極めて少ない傾向があることが解かりました。まさに中央と東北部の文化交流地点にある中で単語は中央圏に属し、語法は東北圏域に属していると感じました。つまり、標準語を濁音化し、いくつかの茨城弁特有の語法を使って特有のアクセントやイントネーションにすれば標準語が茨城弁になってしまうと言っても過言ではありません。
 一方、関西の言葉には語源が全く異なるのではないかと思われるほど関係性が見出しにくいと思いました。その点で、言語文化だけに限って大きく東西文化に分けるとすると、茨城弁は東の文化の一部であることを実体験しました。

70.音と言葉/英語と茨城弁の関係/音の表すイメージは万人共通か?/世界の東西の関係と結びつき
1)一般的傾向
 これは、以前から時々感じていたことですが、言葉のなかで音がかもしだす印象はもしかしたら万人共通かもしれないと言う仮説です。言葉は長い時間と歴史や文化が生んだものですが根底には言葉の持つ音の印象がかなり重要なのではないかと思っています。言葉は耳から聞こえるものですから、音楽同様特に第1音が重要であるのではないかというのと同時に第2音やさらに第3音との関係によって音楽的な識別ができるのではないかということです。
 例えば日本語・茨城弁の『ち』と英語の『chi』で始まる言葉のうち原始的な言葉に限定して照合してみました。照合は無理やり関係ずけています。例えば、challenge−挑戦、chance−丁度良い機会、change−ちがえる(違える)こと、cheep−ちんけ、cheer(喝采)−ちやほや、chatter(下らない事を喋る)−ちゃべる、child(子供)−ちび、chill−ちべてー、chop−ちょん切る等です。どうでしょう。
 英語の代表的な単語に『hit』があります。近い発音の『ひる』は日本語の屁を『ひる』意味ですが、どこかに共通点を感じます。
 一方では始まりの音だけではなく、第2音あたりまでは音のイメージが重要になっているかもしれないし、例えば濁音の『g・d』の音は多くは大げさだったり、大小を示したり、両極端を示したり、前に進む傾向のようなイメージの音のようです。これは、茨城弁の『カ・タ』行音の濁音化との関係を無視できない大きな理由です。茨城県人が極めて音感的に優れたことを言い張る根拠は全くありませんから、中央構造線以東の何か歴史的な刺激があったのではないかと推測するのですが、それを証明できるほど学術的調査の余裕は今のところありません。
2)感嘆詞に見る傾向
 感嘆詞とは、感動詞とも言い、広辞苑には『感動や応答・呼掛けを表す語。活用がなく、単独で文となり得る。また主語・述語・修飾語となることなく、他の語に修飾されることもない。「ああ」「あな」「あはれ」「おや」(感動)、「はい」「いいえ」「いな」「おい」(応答・呼掛け)の類。感嘆詞。間投詞。嘆詞。』とあります。
 感嘆詞は、文語の世界では世界では様々ですが、新しい映画を見ていると、何ら違和感を感じません。そのぎりぎりの言葉が、問いかけの言葉が発展したと思われる、山言葉の『やっほう:山での呼び声。互いの所在を明らかにし、或いは歓喜を表すときに発する。』があります。米国語圏域では『ヨーホー』と言います。
 親密な間柄の挨拶は、日本語では、『やあ、よう、おう』などと言います。英語では、多く『ヤー』が使われます。
 『どうしたの、ええ。』の表現の英語『ええ』は、映画では、『アー』と言うことがあります。
3)肯定語の言葉 
 私の知識では、限りがあるのですが、日本語では『はい』と言います。これは肯定の言葉ですから『ええ』でもあります。
 だれもが知っている英語では『yes』、時に『イヤー』、ドイツ語では『ヤー』、フランス語では『ウィー』、イタリヤ語では『シー』と言います。韓国ではそのまま『イェー』と言うのを『チャングム』のドラマで初めて知りました。
4)否定語の言葉
 日本語の否定語の代表語は形容詞・助動詞の『ない』で、古くは『ぬ』でした。英語では『No』、フランス語では『Non』、さらに『Non、pa』には日本語に似た係りの関係があります。これだけでも、世界の東西語は繋がっていると言えるでしょう。
5)否定と否定疑問、係りの関係
 英語の否定疑問は、一見単純ですが、尋ねる側は理解できても、答える側は、日本人には理解できません。
日本人の場合、図式として、OKなのかNOなのかが前提としてあるらしい。
なんとかやってくんないのかなあ:はい、なんとかしましょう。
 この場合、英語では『No』になる。
 ここ数年流行っているギャル言葉の、『良く無くない』は、普通は『良く無いんじゃないの』と聞こえるが、『良いでしょう』の意味である。詳しく調べれば、『無いを否定している』のだから『肯定語』である。どうやら外来語の厳しい可否の感覚を受けた新しい日本語とも思われる。

71.言語は心を伝えるツール
 言語はもともと危険信号や感情を伝えるツールだったはずです。それが人類の脳の発達とともに難しい情況を伝えられる言語が発達したのだと思っています。
 そう考えると、言語や方言は単なるツールであって、その中でどうやって忠実に意思や思いを伝えるかにかかっています。
 人間の意志伝達率は高度化した現在でも、せいぜい30%と言われていますが強調語の多い茨城弁のありかたは、どこかに学ぶべきところがあると思います。


72.言葉は文化
 例えば、かつて水を供給するものは、つるべ井戸で、次に手押しポンプが普及しました、その後電気ポンプが普及し、一般家庭に『蛇口』が普及しました。蛇口は、間も無く水栓と呼ばれ、今や住宅でも自動水栓が普及する時代になりました。
 風呂はくべるものではなくなって、ガスや電気、灯油を使って全自動でお湯が張れるようになりました。かつては、風呂焚きは子供のノルマでしたが今はなくなりました。
『スイッチポン』です。『くべる』という言葉はついに無くなりました。
 便利になったことは、是非歓迎すべきです。しかし、私達は、毎日毎日金だらいと洗濯板と固形石鹸を使って洗濯した日々を忘れてはいけないような気がします。そこには、木漏れ日がさんさんと照り、生産性より生きるための糧を得る原始的でいながらあたりまえで幸せな時間があったはずです。


73.常に連続的に分布する方言
 今のように日々技術革新があり、新しい言葉が生まれる時代と異なって、茨城弁が形成された時代はもっと『ゆっくら』していたはずです。しかし、言葉はコミュニケーションツールですから、技術革新の少ない時代は連続的に繋がっていたはずです。だから、単独で新たに生まれた方言は有り得ない。きちんと調べれば、語源は必ずあり、訛りは関係性の中で生まれるものです。
 そう考えると僅かな変異によって生まれた『訛り』の解釈は専門的知識がなくともある程度解読できそうな気がします。この茨城弁集では、残念ながらまだまだ充分に標準語や文語・古語との関係を特定できていませんし『アイヌ語』系の訛りについては調査不足です。表現手法は別にして完成度は95%程度だと思っていますが時間をかけて完成して行きたいと思っています。


74.茨城弁から見た標準語は天使の言葉そして発音できなかった『りゃ』『りゅ』『りょ』
 昭和33年、我が家にテレビがやって来た以後、日常生活の中に直接耳と映像で標準語に曝される時間が持たれるようになりました。当時は、かなり色濃く東北訛りが残っていたはずで、いわゆる『ずーずー弁』を自ら矯正したことをはっきり覚えています。
 ある時、東京生まれの親戚の女の子が土浦にやって来ました。直に標準語を耳にするのは始めてでしたからその子の言葉はまるで『天使の言葉』のように聞こえました。彼女の名前は『良子ちゃん』でしたが、その『りょうこ』が何故かうまく発音できませんでした。2回に1回は『ようこ』になってしまいました。『りゃ』『りゅ』『りょ』は、日常語で発音することはまずありませんでした。『リュウノヒゲ』は『ユーノヒだったし、『料理』は『よーり』でした。
 これは、当時の茨城県の上大津地域の特性だったのか、茨城県では多くそのようなことがあったのかは不明です。あるいは、幼かった私には発音できなかったのかは定かではありません。確かに『りゃ・りゅ・りょ』は不思議ですが英語にはありません。茨城同様発音が難しいので避けられたのかもしれません。


75.中学校の作文は辞書検索の繰り返し
 中学生のとき、全国規模の読書感想文のコンクールがあり、国語の先生から是非書いてみなさいと言われて、ショパンを描いた『祖国へのマズルカ』を選びました。音楽は大好きだったので当時2000円もしたレコードまで買い込んで感想文を書きました。
 文章は直ぐに書くことができましたが、それが本当に標準語なのか自信がありませんでした。今なら方言丸出しでも許してくれる先生もいるでしょうが、当時はそうはいきません。不安な言葉を辞書を調べて全部チェックして書き直しました。自信たっぷりで提出して安心していたら、真っ赤になって戻って来ました。仕方なく書き直しましたが当時の土浦の中学生はその程度だったのです。幸い感想文は入賞を果たし、朝礼で賞状を受け取りました。


76.茨城県出身のビジネスマンは気をつけよ
 茨城県を離れて20〜30年に渡って標準語世界に慣れ親しんだ方は自信を持って、自分の話す言葉は標準語だと言い切れる自信のある方は実は要注意です。
 ビジネス用語は範囲がかなり限られています。方言の最も現れやすいのは、ごく日常的な言葉や生活実態に関する言葉です。感情を表す言葉も要注意です。酒席などではばれる場合があります。そこを転じて旨くこなせるのが茨城人の特徴になって欲しいものだと思います。


77.教育の功罪
 こんな話があります。我が子は、『脳梗塞』という病気は、あたまの中の血があまりに早く流れ過ぎる病気だと思っていたと言っていました。つまり『悩高速』の意味と理解していたわけです。今の教育制度は、明治期にまで遡り、文部省による教育制度は、良くも悪くも目的を達成しつつあります。かつては、方言駆逐の時代があって、問題になっている自治体もあったようです。それでも生活の一部である訛はそう簡単に是正できるものではありません。余談ですが『名神高速』から『迷信高速』をイメージしたり、『東名高速』を『透明高速』とイメージしたりしてしまうのです。迷信でできた高速道路や透明で見えない高速道路なんて危なくて走れやしません。これらは、成長に伴って必ず是正されるものです。
 今、方言のページを開いている小学生が沢山いることに驚きます。本当に良い時代になったと思います。地方の方言のアクセスのトップが、小学生の情報発信が中心になっていることは喜ばしいことです。
 一方では、ネットを利用したブログが流行っていますが、そのブログの中で語られる茨城弁は、40年前の茨城弁と比較したら東京の人が茨城弁の真似事をしているのではないかとしか思えないほど変わってしまいました。結果として、中央集権の教育制度によって、言葉が画一化されたことは間違いありません。 


78.たった一文字違いの言葉
今でこそ、メディアが発達し、グローバル化を向かえた今、言葉のたった一つが五十音表の段が違っていたり行が違っていたりすることは、酷く気になることですが、かつて日本が統一国家になっていなかった時代は、言わば異なる国の言葉でもあったわけです。
 そう思えば私達はもっと言葉に関して寛容になるべきでしょう。そう考えると首都圏にありながら、津軽弁と直結するような訛が沢山ある茨城弁は貴重な存在だと言えるでしょう。
 標準語世界の訛もよく考えたら酷いものがあります。言い換えれば正調東国語は、茨城弁にあるのではないかと思っても過言ではないでしょう。


79.無視できない茨城県人の気質
 茨城県人がしばしば自ら評価するのは茨城の三ぽい・水戸の三ぽいです。茨城人は、怒りっぽい、飽きっぽい、忘れっぽい、水戸人は、理屈っぽい、骨っぽい、怒りっぽいと言います。
 これらは、自称であるがゆえにあまり重要視できないという見方もありますが実際はかなり的を得た表現かもしれません。
 まず、水戸は、江戸時代から受け継いだ政治的な背景があることは間違いありません。
 次に、怒りっぽい、飽きっぽい、忘れっぽいという茨城県人全体の気質は、多くの農民気質に由来すると思われます。
 『農民気質』とは何かを語るには、対比的に現代の『サラリーマン』との根本的な違いがあります。農民には、古い時代の地主や庄屋という存在がある一方で、それ以外は全て同列の立場にありむしろ、年齢が上下を決めた歴史的な経緯があるようです。


80.変わる茨城弁
 テレビが我が家にやって来たのは、昭和33年。テレビの影響は大きかったと思います。物心ついてから、少しづつ言葉が変わって行くのを感じていました。また学校教育の場では、標準語を基本に学びましたから、茨城弁特有のイントネーションはなかなか抜けなくとも、言葉は随分変わって行きました。
 記憶にはっきりと残っているのは、昭和30年代に『為る(する)』『す』が1段活用であったのが『す』と『し』の2段活用に変わり、『知る(しる)』『する』と発音していたのが『しる』に変わって行きました。(布団を)『敷く』も早くは『すく』でしたが、次第に『しく・ひくに変わりました。これらは、日常生活で自ら矯正したことを覚えています。今でも津軽あたりは『す』の全盛のようですから、時代を遡ると茨城弁は、東北弁に近かったかもしれません。濁音は相変わらずでしたが、連母音変形『あい→ええ『あえ→ええも、次第に無くなって行きました。日常生活の中では流石に1テンポ遅れていましたが、それでも青年・中年・高齢者の順番で標準語化が進んで行きました。
 今、常磐線沿線では、抑揚の少なさを除き殆ど訛りを感じなくなって来ました。テレビのインタビューを見ていると悲しくなることがあります。



81.新時代の茨城弁像
 現在、土浦市上大津地区の高齢者が使っている方言は、若年層に押されて少しずつ標準語に近くなる過渡期にありますが、比較的残っているのは以下の通りです。@特有の訛り、A連母音変形、B『ら』行音の撥音化、C『べ、ぺ、へ』、D接尾語の『め』、E平板型アクセントです。恐らく特有の方言は、風俗・文化に関わる部分を除いて若年層を中心に間も無く駆逐されてしまうでしょうし、愛称として使っているD接尾語の『め』も標準語のイメージからするとさげすむ印象があり良くありません。男性を中心に使われている江戸の影響を受けたA連母音変形、B『ら』行音の撥音化、C『べ、、へ』の消滅も時間の問題でしょう。濁音の多用は印象がよくありません。そして残るのは、E平板型アクセントでしょう。まさに『マギー四郎』の茨城弁です。愛らしく、どこか弱みがあって、偽りがなく、一生懸命地で生きている様がうかがえるような言葉です。相撲で高見盛が大人気です。人々は彼に何故共感を覚えるのでしょう。それはかっこつけの無い真っ直ぐな生き様にあるように思えます。それと同じです。このことは、人間性の問題に通じますが、茨城人は可愛くありたいと思っています。
 これこそが茨城弁のアイデンティティ(一部栃木県を含む)であり、これだけは捨て去って欲しくないと思います。


82.標準語の進化と茨城弁
 古い映画や当時の映画の前に否応無に見させられた『日本ニュース』、古い映像記録にある音声等を良く聞いてみると標準語も随分変わったなと思います。
 30年代の標準語は、昭和天皇の玉音放送の下りでも聞かれるように、今と比べると随分抑揚の少ないものでした。抑揚がセンテンス毎に全く同じでした。録音技術の問題もあると思うのですが今より遥かに曖昧な発音をしていました。
@玉音放送と茨城弁
 当時の茨城の学校で朗読をする時の抑揚は、当時の標準語とかけはなれていたかというとそうではありませんでした。まさにあの玉音放送とそっくりでした。
 今の標準語は、NHKのアナウンサー達が、日本語をいかに美しく話すかに日々の努力をし、詩を朗読するかのように音韻に欠陥のある日本語に新しい抑揚を加えながら長い時間をかけて作り上げたものだと思います。NHKアーカイブスで古い放送のアナウンスを聞くと標準語もすっかり変わったなと感じます。
A標準語の文語と口語
 ところが、ここで注意したいのは、NHKのアナウンサーが語る言葉は最新版の文語イントネーションであって、口語の世界はまったく別物になってしまうことです。何故このようになるかは実は明解です。日本語の口語は助動詞と助詞が極端に複雑化した言語だからです。そのため、文語読みのアナウンス言葉と口語が極端に違ってしまうのです。
 一方、NHKの論説委員等の方々のイントネーションは多くは一律に文節毎に尻上がりになります。何故でしょう。このイントネーションは例えばキリスト教会で聖書を読み上げるときのイントネーションにそっくりです。
B駆逐される運命の茨城弁か?
 日本語は、世界的に見ても極めて明快な発音体系になっていて、フランス語に並ぶ美しい言葉と評価する人もいます。実際、世界標準の英語の音韻は、クイーンズイングリッシュは別にして決して美しいとは言えません。これは個人的な意見ですが、数年前生で聞いた今のドイツ語は、ヒトラー時代とは随分異なってかつてのぶっきらぼうさはなくなっています。またプーチン大統領のロシア語は違和感を感じません。中国語は、テレビの講座で聞くのと政治家が語る発音には雲泥の差があります。そう考えると、どこの国も言葉の美しさを意識する時代になってきたのではないかと思います。
 そうすると、古い茨城弁は駆逐されるべき言葉なのかもしれません。しかし、美しさを指向する行為と文化は別物です。今、世界遺産がユネスコによって認定されていますが、人類誕生の起源とされるアフリカで語られる言語に言語自体の起源が発見されたりすると面白いなと思ったりします。それとも聖書にも書かれている通り、人類の愚行を嘆いた神様が敢えて民族毎に異なる言葉を与えたというのが正しいのでしょうか。


83.標準語文化圏で使われる俗語等
 近年、地方の言葉が標準語文化圏に数多く進出しつつあります。一方、江戸下町時代からある俗語が沢山あります。多くは助詞に顕著です。以下、その事例を集めてみました。これらは、茨城では日常的に使われるものです。多くの茨城県人がもしかしたら方言ではないかと不安がるものが多く含まれます。
〜ねえ:〜ない。江戸言葉の代表。
〜じゃねえ:〜ではない・〜(の)ではない。江戸言葉の代表。茨城では、やや遅れて使われるようになる。昭和40年代の茨城では、まだ浸透していなかった。
〜(し)ちまう:〜(し)てしまう。江戸言葉と考えられる。
〜かんな・〜かんね:〜からな・〜からね。茨城では主に女性言葉。
しんない:知らない。茨城では主に女性言葉。
しんねえ:知らない。茨城では主に男性言葉。江戸言葉では『知らねえ。』
やんない:遣らない。茨城では主に女性言葉。
やんねえ:遣らない。茨城では主に男性言葉。江戸言葉では『遣らねえ。』
ちがくなる:間違える。文法的な間違い。近年の新語と考えられるが茨城では昔から使っていた。
ちがくする:変える。間違う。文法的な間違い。近年の新語と考えられるが茨城では昔から使っていた。
いたくする:痛い目に会う。ちがくするが間違いならこれも間違いと思われるが、これは文法的に正しい。
〜(し)ちゃう:〜(し)てしまう。明治期の北関東付近から標準語圏に流入したものとされる。
〜ちゃあ:〜(し)ては。
〜ちゃ:〜(し)ては。
あるっていく・あるってく:歩いて行く。関東から東北にかけて使われる。


84.新たな時代の方言
 現代方言は江戸時代に成立し、全盛期だったと言われています。茨城方言のみならず、全国の方言に触れ、さらに日本語の変化の歴史を個人レベルで見た時、それはあたかも伝言ゲームのようです。かつての京であった大阪でもしかり、江戸の京であった江戸でも同じ言葉が複数の発音を持つものが沢山あります。これは、同じ京と言っても地理的な広がりがあったからでしょう。一方時間軸も無視できません。現代語は、縄文語が母体になりその後漢字が伝来して和語と漢語または和語に漢字を当てることによってその後の日本語の基礎となったようです。
 それでも、伝言ゲームに見る聞き違い現象は、言語学で言う様々な現象によって古代の言葉が変化し訛って行きます。地理的な広がりもあります。
 そして、いよいよ明治政府の国策によって方言が駆逐され、今や、日本3大方言のうち、琉球方言と八丈方言は、絶滅寸前にあります。
 一方、長く西国と東国の言葉の対立言葉がありましたが、今、メディアを通じて、その融合が始まりつつあります。
 縄文語や和語はもともと耳によって伝わった言葉と言えるでしょう。その後、和語に漢字が当てられた言葉は、教育の徹底により変化し、今や視覚的に認知される時代の言葉になりました。従って、今後新たに発生する方言は、過去に発生した方言とは別の現象によって、生まれる可能性が高くなりました。
 標準語と方言を区別しなければ、その発生の起点は流行語にあることは明らかです。日本語変換ソフトの開発によって、情報交換はPCや形態電話を介して行われ伝言ゲーム現象は今後ほとんどなくなるのは間違いありません。
 近現代では、極めて限られた地域だけで使われ、その後も存続すればそれは方言となったのでしょう。しかし今グローバル化の時代になって、流行語は地理的な制約が弱くなりました。これからの新語や流行語はかつては限られた地域に発生し、定着するまでにかなりの時間を要したのが、今や瞬時に流行する可能性がある時代を迎えました。また、かつての伝言ゲーム現象は無くなるでしょう。
 これからの時代は、かつて限られた地域でしか使われなかった方言が、全国ネットで公開され、その言葉の存続は、@耳に聞こえる印象だけでなく、Aその言葉を使っている絶対数の問題や、存続させたい政略的な意志によって存続が決る時代になったと言えます。言い換えれば、ネット環境の中で、細々と生きながらえれば、絶滅は必ず避けられることをも暗示しています。
 そうなれば、現代のネット社会によって、貴重な茨城方言の存続が言わば保証されたとも言っていいのかもしれません。


85.新たな時代の茨城方言
 関東方言は、遡ると万葉集や古今和歌集に記録があるために、国語学者の間ではあまり注目されて来なかったようです。一方、茨城方言については、関東圏では、江戸時代に編纂された『新編常陸国誌』や明治時代末に発刊された『茨城方言集覧』の存在があり、過去にあまり研究者の間では話題にならなかったようです。『新編常陸国誌』も『茨城方言集覧』も名詞や動詞に主眼が置かれ、今になれば残念なことです。
 一方、地理的に東日本の大半を占める東北方言と多くの共通語を残す茨城方言の存在の重要性を論破した研究書は今のところ知りません。近い将来必ず、学問的な世界で評価されるはずです。
 俗説に、茨城方言は東北弁の起源であるとも言われますす。一方、今でも都心の若人言葉に少なからず影響を与えています。
 現代の方言研究者は、かつて本土方言を含めかなり細かく定義していましたが、今は、@本土方言、A八丈方言、B琉球方言に分けられるようになりました。言い換えれば、関西と関東は大きなくくりから言えば同じ言語圏あるとされています。


86.変わる日本語
 言葉は生き物です。日本国内の言葉の扱いどころか、グローバル化によって、新たな事象認識が必要になる時代になりました。『文化庁』が横文字の扱いに悩んでいるようです。でも、言葉の選択は明治維新のような革命現象は別にして、政治的に決まることは少ないでしょう。
 今や、言葉は若年層がそのまま受け継ぐものではなく、新たに作られるものになり、魅力ある日本の方言や世界の言葉が新たな言葉として話題になっています。魅力ある地方の方言が脚光をあびて、若者を魅了する時代になったのです。

87.番外編/ユニバーサル言葉(製作中)
 世界の言語には時として、奇妙に一致することがあります。例えば日本語と英語の『そう』が同じ意味で使われるのは、日本人の誰もが中学校時代に経験済みです。きっと、シルクロードで繋がっているのではないだろうかと考えるのは私だけではないでしょう。
1)承諾の言葉
 英語では、『Yes』ですが、日本語では『ええ』と言います。ハングルでは、同意の意味の感動詞は『iyee』です。ドイツ語では『ヤー』です。フランス語では『ウィー』。一方日本語では、良いことや許可する言葉として『好い』が使われます。
2)否定の言葉
 現代日本語の『いいえ』は、その意味で不思議です。恐らく漢語の『異』を受けた特殊語と言えるのではないか。
 普通、日本語の否定の言葉は古くは『ぬ』、現代では『ない』です。英語では『No』、フランス語では『Non』です。
 英語では何も無いことを『nothing』と言います。うっかり、何も無いことを『なんにもなっしんぐ』などと言うことがあります。
3)使役の言葉、急がせる言葉
 英語の『set』と日本語の『据える』は同源だと思うのは私だけでしょうか。『say』(言う)と『する』は同源ではないかと思うのですがどうでしょうか。
4)『do』と『する』。
 私は同源と思っていますがどうでしょううか。


 本茨城弁集は、昭和40年前後の茨城方言を中心に茨城県全域の江戸時代まで遡る言葉を集めたものです。他県の方言との関係を重視し主要なものについては他県の方言も紹介しています。また、近年使われなくなってきた標準語や語源考察、また昭和30年代の風俗・文化等を紹介するために、合わせて標準語も掲載していますのでご注意下さい。
 お気づきの点やご指摘等がありましたら、『茨城弁投稿』と書いてお気軽にここにメール下さい。他地域・他県との関係情報もお知らせください。訛の変遷が解かるような投稿は積極的に掲載致します。