高齢化社会に拍車がかかり、バリアフリーはあらゆる業界の常識となり、今やユニバーサルフリーの時代になりました。一方2〜3年前、定年退職後に地方の遊休地や空家に人生の最後の生活の地を見出してUターンする人達の話がテレビ放映されていました。小鳥のさえずりに目をさまし、小さな畑で食べるだけの野菜を作り、草花で屋敷を飾る静かで充実した日々。それも行き方の究極像と言えるでしょう。田舎で生まれ田舎で育った私も、そんな老後のあり方はいくつかの選択肢の中の有力候補と考えています。
ところがここに来て、高齢者の都心居住の需要が多くなって来ました。ディベロッパーも販売スローガンの大きなテーマのひとつにしています。すなわち老後の医療環境を考えた時、地方居住には不安があるということです。
そのような視点で住まいのあり方をじっくり考えて、一つの結論として都心のマンションを選択することは、誰もがうなづけることです。
ところが最近、知人から内覧会の検査を通じて信じられない話を耳にしました。この方は、仕事は極めて計画的で緻密、性格は温厚にして優しい人です。その彼が怒っていました。
このコラムは、その知人の気迫に打たれ、彼の言葉をもとにまとめたものです。知人の事実体験や実感に加えて、客観的な技術論を門屋総合設計として加えました。住まい作りの基本は、マンションでも一戸建てでも基本はさほど変わりがありません。特に企画型住宅を選定する場合の参考になればと思います。
1.デザイナーズマンションにご用心
特に、デザイン志向の高い人達は要注意です。本来建築は外観だけが良ければ良いというものではありません。しかし、ディベロッパーの中には、他物件との差別化を図るために、著名な建築家や海外の建築家にデザインを依頼し、その著名度を生かして販売促進を図ろうとします。この行為自体は、企業戦略上はあたりまえの行為です。デザイナーズマンションは、マンションのプラスアルファとしての付加価値や都市環境、地域環境貢献のために必要なことだと思います。もし私がディベロッパーのマネージャーならそうそうすることもあります。そのような視点で価値ある建物ということができます。問題は、何故著名建築家の傘に頼らなければならなかったかということ。ディベロッパーの超目玉物件なのか、他物件との比較の上で何か不具合があるための相殺要素として企画されたものか見極める必要があります。1番大事なことは、建物の中身です。
『いわゆるデザイナーズマンションというやつに騙されて買ってしまった人。豪華パンフレットになんとか人デザイナーの顔写真とかっこいいコメント。カッコつけたファサード。道路から地階のゴテゴテのエントランスへ一気に下りる、急勾配のしかも変にカーブした直階段。目眩がして怖くて降りられない。イタリア製ですとかいうキッチンセット。非常に使いづらい。しかも聞いてみると商品のサポート態勢もできていない。なんと1st.floorは完全地階。全面に最低限のドライエリアがあるだけ。ワンルームならこういうのもあるけど。全戸カビ仕上でしょう。』
彼が、そこを選んだ独身女性に聞いてみたら、『光るものを感じたので』、との答えが返ってきたそうです。
デザインは大事です。しかし、それは必要な性能や使い勝手が実現されている上で意味が出て来る話。地下居室は、法律的にも許されていますが、どれだけ設計上の配慮がされているかによって結果は異なるでしょう。知人は30年の建築のベテランですから、かなり問題のある物件だったことだけは確かです。現物を見ていないので何とも言えませんが、地下居室には厳重な注意が必要です。結露、通風の悪さ、カビの発生、その他の問題発生が予測されます。そてに対してどのような建築的措置を施しているかを見極めること、そうなるとプロの領域です。
それでもそのデザインにこだわる場合は、価値観の問題になるでしょう。それでもプロの意見は重要です。先々の様々な問題の発生を予測して彼が物を申したのだと思います。
2.仮にも売主とは言えない高慢な態度のディベロッパー
知人は、内覧会の買主の代理人です。ディベロッパーの中には態度があまりにひどく、まるで売ってやってるんでみたいなところもあったので、憤りを感じてつい自分が買主になってしまった気分になって、激しく口論してしまったそうです。
これは、単なる担当者の問題だけであったかも知れません。けれども企業の担当者の顔は、企業そのものの顔でもあります。社員教育が徹底されていない会社とも言えるでしょう。本当に買主のことを考えている企業ならば、販売の最前線の社員教育も徹底するはずです。社員教育が行き届いていれば、建物の隅々まで配慮が行き届いていると考えるのが常識でしょう。
知人曰く、『一流(と言われている)不動産屋ほど、たちが悪いこともわかりました。買主のことを全然考えていない。慇懃無礼。バカにしていますね。』
知人の言葉には、多少感情が含まれているようです。往々にして大会社ほど末端まで血が通いにくいという一般的な傾向も合わせて語っているようにも思えます。この話はやや微妙な内容ですが、一般的には、大手ディベロッパーのノウハウの蓄積はレベルが高く、設計も施工も高品質であると考えるのが自然です。なおさら、優れたマンションの売買を通じて気持ち良く対話ができ、気持ち良く契約ができればそのマンション販売は成功です。買主も安心です。
このケースの場合は、買主を含めてしばらく後味の悪い思いがしばらく続くことになるでしょう。
3.音が筒抜けのマンション
鉄筋コンクリートのマンションの遮音設計の基本として、戸境壁には相応の遮音対策が求められます。日本建築学会では、集合住宅の隣戸間界壁を等級に分けて、設計の際の基準が示されています。特級(D-55)は、性能の高い特別な仕様、1級(D-50)を標準とし、2級(D-45)は許容、3級(D-40)は最低限、として定義されています。
ここで、D値(遮音等級)とは、機械計測した音圧レベル(音の強さ)とは異なって、人間の耳の特性に応じた曲線(遮音等級曲線)を描き、その程度を表したものです。数字が大きい方が遮音性能は高くなります。
知人が見たとあるマンションは隣戸間界壁は、音が筒抜けになっているのでおかしいなと思って調べたら、本体は鉄筋コンクリートでしたが、GL工法といって石膏ボードをコンクリートの壁に団子状のボンドで貼り付けていたそうです。GL工法を隣戸間界壁を使うと、壁が太鼓状になって500Hz付近の音が極端に伝わり易くなってしまいます。厚さ18cmのコンクリート壁なら通常D-50になるのですが、GL工法の仕上げにした途端にD−45〜40(2級〜3級)程度まで下がってしまいます。これは、通常の設計者であれば常識(問題になったのは20年位前だったと思います)なのですが、何故そのようなことになっているのか不思議な位です。
彼は、売主に折衝して壁の作り直しをさせたそうです。
プロの視点でモデルルームに行って備え付けの図面を見ると良く解るのですが、経験豊富なディベロッパーは、遮音対策は万全です。隣戸間界壁だけでなく、寝室に隣接するトイレや浴室、パイプシャフト周り、エレベーターシャフトに近い住戸、騒音を発生する機械室等に近い住戸には何らかの工夫がされています。さらに、設計図に壁記号が明記され、壁記号に該当する詳細図には、求められる遮音性能に応じてD値が描かれているようであれば、まず最上級の設計がされていると思って間違いありません。
4.上下階の床の遮音性能はには限界があり、どのような場合にどの程度の音が伝わるか知っておくのも大切
マンションの遮音問題で最もトラブルが発生するのが、床遮音です。床遮音等級はL値(床遮音等級)で表します。L値には、@軽量衝撃音(椅子などで床面を擦る音、主として床の仕上げ材の影響を受けます)、A重量衝撃音(子供等が飛び跳ねた時に発生する音、主として床板の厚みや面積によって決まる)の2種類があります。D値と同様に、特級(L-40)、1級(L-45)、2級(L-50、55)、3級(L-60)に分けられています。最近のマンションは最低でも1級が採用されているようですが、それで問題が全て解決できるわけではありません。感じ方に個人差があること、時間帯の問題もあること、例えば台所の下に寝室のあるようなケースでは、より性能が要求されること等があります。特に重量衝撃音は、仕上げだけでは解決できず問題発生事例が多いので、過剰な設計と思われるケースもあります。
知人はさすがでした。上階からの遮音性が気になったので、依頼人に上階の住人に挨拶をしてもらい、騒音の影響をお互いに実感しあってもらったそうです。そうすれば、「こんなに聞こえるんですか、お互いに注意して生活しましょう。」ということになったそうです。
始めてマンション住まいをする方は、なおさらです。マンション住まいには、住まうための勉強も必要になるのです。管理組合の規約も面倒がらずに必ず目を通しておく必要があります。
5.工期の遅れなど契約社会にあってはならないこと。怪しげな不動産会社には毅然とした態度で対処しよう。内覧会の検査は、その道のプロに。
最近、マンション界がおかしいなどと言われます。まず、即日完売のうそがばれました。土地代が下がったから新築マンションが値下がりしたのではなく、最近は粗悪品が多いと言う人がいます。これには様々な理由が考えられますが、ディベロッパー側の営業戦略上の安価な商品提供と、昨今の建設業界の過剰な価格競争が相乗しした場合に発生することが考えられます。
知人が経験したのは、まず工期遅延の話から始まりました。
『どうも売主の話が怪しいので、現場に行ってみたら1ヶ月近い遅れだった。そこで依頼主に引き渡しと引っ越しを延期することをアドバイスした。やっと引渡すから見て下さいと言うので行ってみたら、未だ工事やってる。人がいいので残金を払いそうになったので、払っちゃダメと説得。状況を知らず、予定通りに引っ越してきた人もいました。水もガスも出ないのに、どうするんだろ。売主は大手X不動産です。』
『再内覧会の二日前に飛び込んできた人もいました。先週内覧会を友人の一級建築士に見てもらったが、どうも不安なので専門家にもう一度見てもらいたくてと。すぐに先方のお宅に伺い資料を見せてもらう。最低の売主でした。なんとマンション作るのは、これが2件目。』
まったくやり切れない話ばかりです。この他にも沢山ありましたが、本HPの性格上割愛させていただきました。工事が遅れていることを知らずに引っ越した人はいったいどうしたのでしょう。もっとも、以前の住まいの契約は切れるわけですから、引越しは止むを得なかったでしょう。当然売主が代替の住まいを斡旋保証してくれたのでしょう。
問題は、並んだ商品の中身を見ぬく力があるかどうかです。私は、過去3件の分譲マンションに住みました。結局そのうち2件は中古マンションにしました。リフォーム費用を加えて価格で比較した結果です。新築マンションを見たのは、恐らく30件は下らないでしょう。その際、時間が許す限り備え付けの設計図を必ずじっくり目を通すようにしていました。そこで感じたことはまず、図面が少なすぎるということです。図面が少ないので、プロでも良く判断できないことが多いのです。次に設計図面と販売図面の差異があることが意外に多いことでした。
住宅業界は、品確法の施行によって新たな時代を迎えました。少なくとも以前よりは、住宅の品質が一般のユーザーでも解り易くなりました。比較もし易くなりました。しかし、建築物は常に総合的なものです。要素に分解し特定の機能だけでは、判断が難しいこともあります。
そこにプロの判断が期待されるわけです。
このコラム欄を読まれた方で内覧会のチェックをお考えの方は当事務所にご一報下さい。このコラムで紹介させていただいた知人は、設計監理経験30年の超ベテランです。さらに日本を代表する数々の著名建築物の監理に携わってこられ、マンション内覧については一件当たり僅かな金額でNPO的な活動をされています。マンション内覧検査依頼に対しては、事務所方針として彼に一任したいと考えております。
また彼は、当事務所の提携監理事務所でもあります。今後末長く双方の技術を提供しあい、相応しい物件の監理業務は彼の協力をかならず仰ぎたいと考えています。
追記)2005.3.23 前記の文章を作ってから3年が経過しました。彼とは、しばしば情報交換していますが、このページをきっかけに問い合わせが多くなりました。
当事務所では、本来の業務とは異なるので、問い合わせがあった場合は必ず彼に依頼するようにしていましたが、特に3月末入居物件の場合、彼が忙しすぎて当事務所で対応せざるを得ないことも多くなりました。
今年度は、特に問い合わせが多く昨年末頃から、彼に依頼しても都合が悪いことが多くなりました。建築物の竣工検査は、当事務所のような設計事務所の仕事の最終段階の仕事であり、設計の意図がきちんと実現できているかが重要で長くそのような視点で検査してきました。施工上の問題は当然是正されるべきものです。
ところが、実は設計そのものに問題がある物件が実に多いのは驚くべきことです。全てのディベロッパーは、物件の優位性をパンフレット等でうたっていますが、良く内容を吟味すると、単なる売り文句であることに気がつきます。
そこで、当事務所としてマンション購入者のためのガイドを整備しました。以下は、公開したページです。彼は現場での設計者側の監理を重要視していますが、それに加えて、設計そのものの評価や解説をきちんとして、購入したマンションの良い点や悪い点、性能の相対解説にについても詳しく紹介しています。
・マンションの内覧会同行業務と報酬
・マンション内覧会アクションマニュアル
・マンション内覧会音環境ガイド
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