学校へ行こう!!体育祭編
『神様の微熱』



2.陽のあたる教室





















時が流れるというのは、その真ん中に立っている人には意外にも気がつかないものである。
その真ん中に立っている人=自分。なわけなのだが、
数年前「工藤新一」として通っていた時より、学校の雰囲気が変わったのは言うまでもない。





公立の学校なので、知ってる教師は全員転任してしまった。
去年までいた校長(もちろんオレが通っていた頃の校長ではないが)も転任し、
今年やってきた校長は女で、しかも訳の分からない(彼女が言うには自分の美学らしい)感覚をお持ちである。
もう還暦近い年らしいが、まだまだ元気で行事なんかも積極的にはりきっている。
オレはというと、はりきりすぎちゃって倒れやしないかと心配するぐらいだ。




















「佐伯―七秒二十九、清水―七秒五十六」
ストップウォッチから目を離さずに、そこに映った数字を瞬時に読み上げる。
「佐伯君、七秒二十九・・・・・清水君、七秒五十六っと」
その横で哀が記録ノートに、コナンが読み上げた数字をスラスラ書いていく。



何の数字かってもちろん五十メートルのタイムである。
昼休みを使って二人一組でタイムを計っていく。
クラス全員のタイムを計って、身長なども考慮してムカデリレーの並び順を決めるのだ。
これぞムカデ必勝法。

「タイム計り終わったヤツから練習しろよ」
考えついたのはこの松田で、向こうで相変わらずのオレ様っぷりを発揮している。










「江戸川君」
全員が走り終わり、最後は記録員をしていたオレらが走る番になった。
「何だかんだ言ってはりきってるじゃない」
「おまえもな」
記録は今年もクラス委員になった(無理矢理させられたと言っても過言じゃない)
歩美と藍沢が計ってくれるらしい。

スニーカーの紐を締め直して、隣の彼女を見上げる。
「お手柔らかに」
「こちらこそ」
秋の香りがする風が、彼女の赤髪を優しく揺らした。










位置について

よーい



どん。

































自分の足に自信はあったが、彼女は思ったよりも早くて
オレはかっこ悪いけど、ちょっと焦ったりなんかしていた。



タオルで汗を拭く彼女がキラキラ輝いて見えて、
もう秋だというのにオレの身体はやたら熱かった。










「おーい、コナンー!今度は応援団の練習するぞー」
元太から渡された紙は応援歌を書いたものだった。

―応援歌もやっぱり仮面ヤイバーなのか。
































































「生徒会長さん」
放課後、生徒会室に向かう廊下の途中で後ろから声をかけられた。
この学校にこの称号を持つ者は自分しかいないので、躊躇わずに振り返る。





「・・・・・・・円谷君」
普段聞き慣れた声なのに、後ろから声をかけられたら分からなかった。
いつの間にか彼の背もだいぶ伸び、声も太くなっていた。



小学生とはやっぱり違うわよね。
だって来年はもう高校生だもの。










「“生徒会長さん”なんて呼ぶから誰かと思ったわ」
「すみません、ちょっと驚かそうと思って」
彼にしては珍しく、意地悪そうに笑った。

「忙しそうね、実行委員長さんは」
「お互い様ですよ・・・・・生徒会の任務もあと少しですね」



九月いっぱいで、あたしは“生徒会長”の役を降りる。
実質、行事等で生徒会長らしいことをするのはこの体育祭が最後だ。
まぁ、実権を握っているのは体育祭実行委員長の光彦の方だけど。

「そういえば、江戸川君が何で円谷君が実行委員長になったのか不思議がっていたわよ」
「・・・・・僕は運動神経がいい方でもありません。誰かを引っ張っていけるようなリーダーシップもありません」
彼は頬を少し赤くして笑った。
「でもやってみたかったんです。自分がどこまで出来るのか」
「充分すぎるくらい活躍しているわ」



「でもそれを言ったら、灰原さんの方こそ何故生徒会長なんてなったんですか?」





「・・・・・・・それもそうね」

窓から見えるオレンジ色の夕日を見つめながら、
何故だか少し、感慨に浸っていた。































「そういえば、今年は魔の四百メートル走はないらしいわよ」
掃除で遅れた彼が生徒会室に入ってくるなり、嬉しいニュースを伝える。
先ほど、体育祭の担当教師から正規のプログラムを渡されたのだ。

「へー、ついにあのジンクス伝説は終わりを告げるんだな」
四百メートル走に苦い思い出がある彼は、やはり嬉しそうに笑った。
「今年はたまたまプログラムの関係でカットされただけじゃない?」
「それにしたってもう卒業じゃん」

来年のことは関係ありませーん、っと
彼は両手を上にしておどけてみせた。





「・・・・・・・そうね」

―さっき見えた夕日は濃いオレンジに色を変えていた。


































































そんなこんなで、体育祭前日。
応援団の練習のせいで声はガラガラ。
今からこんなんで、明日の本番は大丈夫だろうか。





応援団の練習はともかく、生徒会までもが雑用に借り出されてしまった。
美術部が描いた大きなポスターを屋上から吊り下げたり、
障害物競争で使う網を運ばされたり、
石灰に咳き込みながらラインカーで校庭をぐるぐる回ったり・・・・・エトセトラ。
まぁ、これも最後の体育祭のため。





哀も生徒会長として最終調整のため走り回っていた。

「会長、カラフルリングで使うタイヤの数が足りないんですけど〜」
「それなら実行委員の方に言って」
情けない声を出す後輩を一喝する。

「あたし達が卒業しても、来年から大丈夫なのかしら」





















「忙しそうじゃん」
「まぁね」
一段落したのか放課後の教室で休憩を取っていた彼女に差し入れの缶ジュースを渡し、
自分のその隣に腰掛ける。

「そっちこそ雑用に借り出されて大変だったんじゃないの?」
「お互いご苦労なこった」
「・・・・最後だもん、これが」
「そうだな」



オレンジ色の光が、悪戯に白いセーラー服を透けて映す。
彼女の下着の線が見えてしまい、鼓動が高鳴った。

ふいに抱き締めたい衝動に駆られたが、何とか理性を抑えて
風で前髪が揺れて顕になった額に、そっとキスをした。





「頑張れよ、生徒会長」
照れ隠しに、走って教室を飛び出す。















「コナン君」
名前を呼ばれて廊下を振り返るが、人の気配はない。
「教室の中」という言葉に、隣の教室を覗くと
歩美や他の応援団の女子達が残って、応援に使うボンボンを作っていた。
「どうしたの?顔が赤いけど」
「いや、何でも」





「明日一日のためだけなのに、何でこんなに頑張れるんだろ」
口調はちょっと投げやりだが、歩美は何だか嬉しそうに見えた。
「最後だもんね、これが」

オレ達にとって最後の体育祭。

「皆頑張ってるから輝いて見えるね」





そんな中、後輩に指示を飛ばす光彦が、やたらかっこよく見えたのは気のせいだろうか。





















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