帝丹中学文化祭・2
―スニーカーブルースな人々―

3.ヤツらは嘘をついて役者になりきる





「だからオレは・・・・オレは・・・・・・・・・・・・・あれ?」
「はい、カット!」

松田の間が抜けた顔に、光彦の声が覆い被さる。



「休憩入ります!松田君は今のうちに台詞ちゃんと覚えておいて下さい」
「へーい」

一人ダメ出しくらった松田は、頬を膨らましてちょっと拗ねた様子を見せた。



「っていうか、十五の男がそんな顔しても可愛くないっての」
「うっせーよ!だったら江戸川がやりゃーいいだろ?」
「オレは小道具係だしぃ?」
「貴様の方が可愛くねーんだよ!!」










NG王・松田のおかげで、撮影はこの上なく難航していた。
光彦の口数はだんだん減っていき、ひとみの自慢の黒髪は日に日にツヤを失っていった。
誰も彼もが限界を感じていた。














休憩直後、現場にはピリピリした見えない空気が流れていた。

哀と藍沢が会話をするシーン。
松田は少し離れたところで、懸命に台本とにらめっこしていた。







「あたし・・・・松田君のことが」
「松田君?」
ちょっとした哀の言い違いに、思わず藍沢が突っ込む。



「ごめんなさい、間違えちゃった」
軽く舌を出し、哀はさも何でもないように柔らかく笑んだ。





「「えっ・・・・・・?」」
そこに居る誰もが息を呑んだ。





「は、はい・・・・・・じゃぁカット」
今まで一度もNGを出さなかった哀の突然のNGに、光彦でさえ声が上擦っていた。










「あの灰原さんでもNGなんか出すのね。何だかほっとしちゃった」
ひとみは何が可笑しいのかくすりと笑い、隣のコナンに話しかけた。
「あ、あぁ・・・・・」



















「何でわざと間違えたんだよ?」
「あたしだって場の空気ぐらい読めるわよ」
「さすが女優」
「まぁね。でも江戸川君ほどじゃないわ」
去年の古畑を思い出して、哀は唇の端だけを上げて微笑った。





「灰原さん、次お願いします!」
「はい」
光彦の笑う姿を久しぶりに見たような気がして、哀は少し安心した。

「ちょっとわざとらしかったかしら」



















































「靴・・・・・どうしよう」

撮影に追われ、拾った片方の靴の存在をすっかり忘れていた。
サイズは二十六センチ。
ベットの上に横になりながら、その靴を眺めていた。



「江戸川君とサイズ同じだ」
でも彼からスニーカーを落としたなんて話は聞いていない。
それに二十六センチのサイズなんて、きっと誰でも当てはまる。

校内の誰かだろうか。
これを落として困っていないだろうか。





それでも哀は学務に届ける気にはなれなかった。




















新品のスニーカーを落として早三日。
学務に問い合わせてみたが、届いていないとのこと。
あのとき間違いなく階段の上から落としてしまったのだから、
誰かが拾っていてくれているはずである。



「もしかしてパクられた?!」
コナンは自室で頭を抱えて喚いていた。





傍には今回の映画の台本。
そういえばラストがどうなるかを知らなかったことを思い出し、ページをめくる。



『ずっと貴方が好きだった』

哀がこの間言っていた台詞である。
ラストの台詞だったとは、驚いた。
これに対する藤堂(松田)の応えはない。





「これを松田相手に言うのかよ」
再びコナンは頭を抱えて喚いた。








「コナン君、ご飯よー?」
蘭の声に、大きく返事する。
「はーい」


































「藤堂君は私と付き合ってるのよ?」
顔を歪ませて、鋭い罵声を哀に浴びせている。
歩美の迫真の演技が続いていた。



「歩美のやつ、女優とか向いてるんじゃねーの?」
傍で撮影を眺めていた小道具係チーフ(名目だけ)元太が、隣に居るコナンに小声で話しかける。

「高校卒業したら、案外宝塚にでも入っちまうかもな」





「あたしは別に藤堂君とは何でも・・・・・」
俯いた憂い顔の哀。
西からの太陽が、彼女の髪を柔らかく包み込む。










パンっ・・・・・・・・・・

乾いた音がして、哀の左頬がぱっと紅く色づく。




涙を流しながら、震える右手を必死に支える歩美。
紅く色づいた頬を抑えて、凄まじい形相で歩美を睨む哀。

二人の間に緊迫した空気が流れる。

















「はい、カットー!お疲れ様です」
タイミングを見計らって、光彦がメガホンを叩く。
「じゃぁ、次のシーン二十五やるので雨が降るまで待ちつつ、休憩です」





「マジ怖えー」
「女って怖いんだな」
元太とコナンは顔を見合わせて、ぶるぶると震えた。

「灰原さんも演技派ねぇ」
一人ひとみだけが、妙に納得していた。





「ごめんね〜!哀ちゃん、痛かった?」
歩美はハンカチを冷やしてきて、哀の左頬に当てる。
「平気よ。中途半端じゃなくて思いっきり殴ってくれたから」
哀はハンカチを受け取り、礼を言う。

「アハハ!酷いよ〜」
当の本人たちは実に和やかであった。





























「ちょっと・・・・撮影また押してるわよ?」
タイムキーパーひとみが自分の腕時計を指しながら、ヒステリーを起こしている。
休憩に入ってから既に一時間経っている。

「仕方ねーだろ?天候待ちなんだから」
懸命にてるてる坊主を作りながら、元太が口を尖らせる。

「ったく・・・・今日は降水確率十パーセントだっての」
口ではそんなこと言いながら、コナンもてるてる坊主を作っている。
「円谷君も変なところで凝っているわよね」
ヒステリーを起こしながらも、ちゃんと手は動いているのがひとみのいいところである。





シーン二十五。
雨の中、藤堂(松田)が小百合(哀)が持っている靴に気づくシーン。



「何でお前がその靴持っているんだよ?」
「それは・・・・・・・・・・」
主演二人は台本片手に打ち合わせ中。










「あ・・・・・・雨」
午後十八時。
今日はもう撮影は無理かと思われ、スタッフの顔に絶望の色が出たころ、
歩美が雨に、いち早く気づいた。



「撮影再開しまーす!急いでスタンバイお願いします」





「灰原さん、これ」
小道具係の子がこれから使う、スニーカーを持ってきてくれた。
「ありが・・・・・・・・」
渡されたスニーカーが拾ったものとあまりにも似ていたので、哀は密かに息を呑んだ。

「ちょっとこれ・・・・・・」
慌てて小道具係の子に振り返る。



「それじゃぁ、用意・・・・・・アクション」
説明を求める前に、撮影が始まってしまった。










「丁度よく雨が降ったわね」
ひとみの声にコナンは黙って頷く。
視線の先には哀の姿。



何気なく哀の手元のものを見て、目を瞠った。
「それってっ・・・・・・・・・!!」
コナンは見覚えのあるスニーカーを見て、思わず叫んだ。





「はい、カットー!」
「何?江戸川君」
光彦とひとみの不機嫌な声が木霊する。










「どうした?江戸川、羨ましいのか?」
邪魔をされた松田も憎々しげに、コナンたちの方へやってきた。

「ちげーよ・・・・・・・これ・・・今回使われるスニーカーなのか?」
「そうだよ。小道具係のくせに、スニーカーに今気づいたのかよ?」
小道具係チーフ(名目だけ)の元太が言えば、
「今回の映画の重要なキーポイントだよ?」
と、歩美にまで言われる始末。



映画撮影の間、小道具係とは名目だけの係で、コナンはまともに参加してなかった。
だから映画の内容はもちろん、キーポイントとやらのスニーカー自体も拝んだことがない。





「いや、オレこの前スニーカー落としてさ・・・・それあまりにも似てるから」
責められたのが悔しいのと、バツが悪くて、口を尖らせて少し言い訳する。

「UDUKIのニューモデルだからな。まぁ、これはオレの私物だから絶対にお前のものじゃねーけど」
松田が鼻をふんと鳴らしながら言った。





そこへ、哀がふらふらとやって来て
「江戸川君、スニーカー落としたの?」
彼女の瞳が大きく開かれた。











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