帝丹中学文化祭・2
―スニーカーブルースな人々―

1.少年はメガホンをとり監督になる





「今年は映画をやるぞ♪」
「はっ?!」
急に語尾に♪をつけてそんなこと言われても困る。



「何の話だよ?」
「何ってもちろん文化祭だよ?古畑君」
「その名前で呼ぶな阿呆」
コナンは不適に笑う藍沢の頬を思いっきりつねった。




















「今年は映画なのね」
放課後のグランドでリフティングしながら哀は言った。
部活はとっくに引退したが、たまにこうやって部活に顔を出す。
哀もコナンもジャージに着替えて二人で体を動かしていた。
引退してから全然運動らしい運動をしてないので、最近はめっきり体が鈍っているのだ。



「しかも監督は光彦ときた」
光彦のヤツがそんな高尚な趣味を持ってるなんて意外であった。
「円谷君に映画の趣味があるなんて知らなかったわ」
ポンポンと軽くヘディングしながら哀が言う。
哀はもともと運動神経がいいので、サッカーだって何だってこなしてしまう。
今だってマネージャーをしていたせいか、そつなくやってのけている。



「それにしても今回は随分平和に決まったな」
「うちのクラスは去年そんなに揉めなかったけど?」
「アリスじゃ誰も文句言わねーだろーが」
「貴方のクラスは去年相当揉めたのね」

「あぁ、ヅラでな」











今年の文化祭は何故か映画をやることになった。
映画といってもそんなに大したものではなく、一時間にも満たない短編である。
コナンは今回は「出演は絶対嫌だ」と前から断っていたので、何とか裏方に回れた。
今年は生徒会の仕事もないし、平穏無事な文化祭が過ごせそうである。

それでいて主演は松田だったりしちゃうから世の中不思議である。
何でも光彦たってのお願いだとか。
どうなっちゃってるの?












































「じゃぁ、次シーン十六いきまーす」
放課後の廊下で光彦の声が響いた。
こだわり派の光彦はカメラも自分で回している。

クラスの出し物、『スニーカーブルースな人々』という映画は、
靴を落とした少年とそれを拾った少女が織り成す、切なくも甘いラブストーリーである。
靴を落とす少年役が松田で、ヒロインはまだ決まっていない。
「自分の中のイメージに合う人がいない」と光彦が駄々をこねているのだ。
なので当分はヒロインの撮影はなく、主人公の松田ばかりがカメラに映っている。





「何で松田が主人公なんだよ?」
休憩中に、松田をスカウトした光彦にこっそりと訊ねてみる。

「僕の中のイメージぴったりなんですよ」
「どんなイメージだよ?アイツがいいなんて」
「コナン君主役やりたかったんですか?」
「それはカンベン」
コナンは去年の悪夢を思い出して、思わず顔をしかめた。



「何て言うんですかね・・・・強いて言うなら雰囲気でしょうか」
「雰囲気?」
「藤堂は自信過剰なタイプですからね」

ちなみに藤堂というのは主人公の名前である。(つまりは松田の役名だ)

「それがヒロインに出逢って変わるんですよ」
そう言って、光彦は満足そうににっこり笑って頷いた。
「随分乙女ちっくな内容だよな」
「歩美ちゃんは素敵だと言ってくれましたよ?」」



そうなのだ。
歩美はともかく、うちのクラスの女子の大半は賛同しているのだ。
出来上がった台本を読んで泣き出した子もいるほど。
女子だけではなく男子にも、また他のクラスの連中にも受けはいいみたいだ。

「あの灰原でさえ褒めてたもんな」
「えぇ、灰原さんには作家を勧められちゃいました」





「で、ヒロインは決まったのかよ?」
「やりたいって言ってくれる子は数人いるんですけど」
光彦は困ったように微笑んだ。
どうやら、相当ヒロイン像にこだわっているようだ。





「一人候補はいるんですけどね」
光彦は目を伏せて、すぐ隣にいるコナンにも聞こえないような声で呟いた。






















「ねぇ、円谷君」
「はい?」
今日の分の撮影が終わり、光彦はクラスメイトである小田ひとみに声をかけられた。

「いっそのこと志願者でも募ってオーディションでもやったら?」
「ヒロイン役のことですか?」
「そう。これじゃぁいつまでたっても撮影進まないわよ?」
撮影スケジュールの管理をしているひとみは、ヤレヤレというように首を振った。



「吉田さんとかじゃダメなの?割とイメージ合うと思うけど」
ヒロインは、転校して来たばかりの内気で小柄な少女という設定である。
その点では小柄で可愛らしい吉田歩美は合うと思うのだが。
(内気な点は別に置いといて)

「歩美ちゃんはもうヒロインのライバル役って決定したじゃないですか」
歩美は今回はちょっと意地の悪い、主人公を好いている女の子の役である。
「それに・・・・ちょっと歩美ちゃんじゃ僕の中のイメージに合わないんです」
言い難そうに片目を瞑って光彦は言う。

「貴方ってちょっと変わってるわよね・・・・・芸術肌っていうの?」
「・・・・僕ですか?」



「吉田さんのこと好きだったんじゃないの?」
「誰に聞いたんですか?それ小学校のときの話ですよ」
ひとみの言葉に多少は驚いたものの、笑って光彦はそう言った。





「吉田さんに振られた腹いせに悪役回したのかと思ったわ」
「貴女の方がよっぽど変わっていますよ」




























その日の放課後、灰原哀は三階の理科室にいた。
理科教師に頼まれて、新しい試験管を理科室まで届けていたのである。
そんな重たいものではなかったので、さっさと運んで今は帰るところである。

生徒会長でなくなってから、自分の時間を持て余してしまうようになった。
今までは放課後なんて委員会やら何やらで潰れてしまっていたのに。
三年生、特に最近は真っ直ぐ博士が待っている自宅に帰って、机に向かう日々である。



「先輩こんにちは」
「こんにちは、準備頑張ってね」
「はい!ありがとうございます」

後輩が文化祭のために忙しそうに廊下を駆け回っている姿を見ると、何故だか少し泣けてきた。
後輩が微笑ましい反面、そこにもう自分はいないと思い知らされる。
去年の自分も、人の目にはこう映っていたのだろうか。
中学生に逆戻りした自分は、最近涙もろくて仕方ない。
誰かと同じように、『中学生』に馴染んでしまったのかもしれない。



「あたしもまだまだ・・・・・・ね」
誰かにアピールするでもなく、首をすくめてみせる。












昇降口のある一階まで戻ってきたとき、ふいに空から何かが落ちてきた。
踊り場から今降りてきた階段を見上げてみたが、誰かの声がかすかに聞こえただけであった。
諦めて落ちてきたものを探す。



「靴・・・・・・・?」
哀はゆっくりとしゃがみ、自分の足元に落ちた左足だけの靴を拾い上げる。
誰の靴だろうか。
赤いラインの入った真新しいスニーカーで、男物らしくサイズがでかい。
もう片方は見当たらない。

光彦が力を入れている映画にもこんなシーンが予定されているはずである。
ヒロインの少女は、突然空から降ってきた主人公の靴を拾うのである。
あまりにもこのシチュエーションが映画そっくりだったので、思わず笑ってしまった。



ふと、視界の隅に光彦が映った。
向こうの廊下から靴音を響かせてやってくる。





「灰原さん、ヒロインやってくれませんか?」











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