5…Justice






―君は世界の解答に最も近い存在だと思っていた。

がむしゃらに真実を追及する彼の姿。
それがたとえ優しくなくても、残酷でも。
それが正義だと思っていた。





見捨てられることを恐れて何が悪い?
裏切られることを厭って何が悪い?

信頼とか馴れ合いとかは要らない。
どうせ人は自分から離れていってしまうものなのだから。
裏切られて傷つくなら、独りが一番。
一番楽。



そう思っていたのに。



君と出逢って、運命共同体だなんて思ってしまった。
全てを失っても、傍にいたいと思ってしまった。

元々、失うものなんて何ひとつ持ち合わせてはいなかったけど。














「貴方、誰?」



何か、大切なことを忘れてしまったような気がする。
目の前の少年が、とても哀しい瞳をしているから。










「・・・・・・何で、また記憶を失っているんだ?」

「あたし、記憶を失くしたの?」

「君は、誰?」

「貴方は、誰?」





言葉が刃のように突き刺さる。
人間の感情も、言葉も時には凶器になってしまう。

狂気に変わってしまう。





「あたし、貴方なんか知らない・・・・・」



どうして、そんな目で見るの。





思い出したくない。
思い出したくない。

思い出そうとすると、胸が痛い。
切ない想いが溢れてきて、ぶつけそうになる。










解っている。

だけど認めたくない。
現実から目を逸らしてしまいたい。
自分の罪も過去も、受け止められない。





自分は何て器が小さいのだろう。
罪を認めて受け入れる覚悟がない。
人を愛して受け入れる勇気もない。

彼のことが好きだったのに。
彼も「好きだ」と言ってくれたのに。



怖かった。
全てを失うのが怖かった。






















「・・・灰、原・・・・?」



哀は薬で静かに眠っている。
窓から入る晩夏の風が、彼女の紅い前髪を揺らしている。





自分のことを忘れてしまっていても、
毒薬を作った張本人でも、

君に人生狂わされたなら本望。





眠ったままのお姫様にキスを。
どうか目を覚まして、自分を見てほしい。

自分に気づいてほしい。





「好きだ」










その言葉で、はっきりと覚醒する。





「・・・・・貴方から、その言葉を聞くのは二度目ね」

一度目は気づかないふりをして聞き流した。
応えられずに、逃げ出したあの日。
余裕がなくて、ただ自信がなくて。





「二度も記憶を失って、貴方を忘れてしまっても?」
「あぁ」
「あたしが人殺しでも?」

―それでも貴方はあたしを好きだと言うの?





「それでも、何度でも言うよ」

コナンの掌が哀の頬を包み、ひんやりとした唇がもう一度重ねられる。
掌に涙がぽろぽろと沁みていく。
コナンの首に腕を回すと、暖かい腕で抱きしめ返してくれた。

もう少しだけ、貴方の前でただの泣き虫な子供でいさせて。



そして彼は耳元で、小さく好きだと呟いた。





二度目は聞き流したりはしない。























「子供の頃、日曜日の朝にやっていた戦闘モノが好きでさ」
「戦闘モノ?」
「悪を倒す正義のヒーローが活躍するドラマ」
「勧善懲悪ね」
「主役はレッドで、みーんなレッドに憧れていたな」
「何でレッドが主役なのかしらね」
「でもオレはブラックが好きだったな」
「ブラック?」
「そ。ブラックは最初は敵だったんだけど途中で味方になるんだ」
「裏切り者なのね」

まるで自分みたい。





「かっこよかったんだぞ。レッドもブルーもブラックも」
「子供たちのヒーローなのね」
「勇気を胸に正義を盾に戦っていた姿は、永遠にオレの憧れなんだ」










正義なんて。



「正義なんて軽々しく口に出すものじゃないわ」
「・・・・・・・・・?」



「だって世界は・・・・・」

だって世界は。










「正しくなんか、ないのだから」























正義って何。
悪を糾弾するだけが正義なの?
世界の解答って何。

何が一番正しいの。



何もかも間違った世界で、それでも正義は存在するのだろうか。





人を殺した自分は、正義を振りかざす権利なんてない。










正義なんて。
そんなもの、信じない。



でもちょっと。
ちょっとだけ救われていたんだ。



曲がったことが大嫌いで。
持ち前の推理力と勇気で悪を糾弾する。
時に残酷な程の優しさも持ち合わす。

目の前の、この正義のヒーローに。






next last pain.