―君は世界の解答に最も近い存在だと思っていた。
がむしゃらに真実を追及する彼の姿。
それがたとえ優しくなくても、残酷でも。
それが正義だと思っていた。
見捨てられることを恐れて何が悪い?
裏切られることを厭って何が悪い?
信頼とか馴れ合いとかは要らない。
どうせ人は自分から離れていってしまうものなのだから。
裏切られて傷つくなら、独りが一番。
一番楽。
そう思っていたのに。
君と出逢って、運命共同体だなんて思ってしまった。
全てを失っても、傍にいたいと思ってしまった。
元々、失うものなんて何ひとつ持ち合わせてはいなかったけど。
「貴方、誰?」
何か、大切なことを忘れてしまったような気がする。
目の前の少年が、とても哀しい瞳をしているから。
「・・・・・・何で、また記憶を失っているんだ?」
「あたし、記憶を失くしたの?」
「君は、誰?」
「貴方は、誰?」
言葉が刃のように突き刺さる。
人間の感情も、言葉も時には凶器になってしまう。
狂気に変わってしまう。
「あたし、貴方なんか知らない・・・・・」
どうして、そんな目で見るの。
思い出したくない。
思い出したくない。
思い出そうとすると、胸が痛い。
切ない想いが溢れてきて、ぶつけそうになる。
解っている。
だけど認めたくない。
現実から目を逸らしてしまいたい。
自分の罪も過去も、受け止められない。
自分は何て器が小さいのだろう。
罪を認めて受け入れる覚悟がない。
人を愛して受け入れる勇気もない。
彼のことが好きだったのに。
彼も「好きだ」と言ってくれたのに。
怖かった。
全てを失うのが怖かった。
「・・・灰、原・・・・?」
哀は薬で静かに眠っている。
窓から入る晩夏の風が、彼女の紅い前髪を揺らしている。
自分のことを忘れてしまっていても、
毒薬を作った張本人でも、
君に人生狂わされたなら本望。
眠ったままのお姫様にキスを。
どうか目を覚まして、自分を見てほしい。
自分に気づいてほしい。
「好きだ」
その言葉で、はっきりと覚醒する。
「・・・・・貴方から、その言葉を聞くのは二度目ね」
一度目は気づかないふりをして聞き流した。
応えられずに、逃げ出したあの日。
余裕がなくて、ただ自信がなくて。
「二度も記憶を失って、貴方を忘れてしまっても?」
「あぁ」
「あたしが人殺しでも?」
―それでも貴方はあたしを好きだと言うの?
「それでも、何度でも言うよ」
コナンの掌が哀の頬を包み、ひんやりとした唇がもう一度重ねられる。
掌に涙がぽろぽろと沁みていく。
コナンの首に腕を回すと、暖かい腕で抱きしめ返してくれた。
もう少しだけ、貴方の前でただの泣き虫な子供でいさせて。
そして彼は耳元で、小さく好きだと呟いた。
二度目は聞き流したりはしない。
「子供の頃、日曜日の朝にやっていた戦闘モノが好きでさ」
「戦闘モノ?」
「悪を倒す正義のヒーローが活躍するドラマ」
「勧善懲悪ね」
「主役はレッドで、みーんなレッドに憧れていたな」
「何でレッドが主役なのかしらね」
「でもオレはブラックが好きだったな」
「ブラック?」
「そ。ブラックは最初は敵だったんだけど途中で味方になるんだ」
「裏切り者なのね」
まるで自分みたい。
「かっこよかったんだぞ。レッドもブルーもブラックも」
「子供たちのヒーローなのね」
「勇気を胸に正義を盾に戦っていた姿は、永遠にオレの憧れなんだ」
正義なんて。
「正義なんて軽々しく口に出すものじゃないわ」
「・・・・・・・・・?」
「だって世界は・・・・・」
だって世界は。
「正しくなんか、ないのだから」
正義って何。
悪を糾弾するだけが正義なの?
世界の解答って何。
何が一番正しいの。
何もかも間違った世界で、それでも正義は存在するのだろうか。
人を殺した自分は、正義を振りかざす権利なんてない。
正義なんて。
そんなもの、信じない。
でもちょっと。
ちょっとだけ救われていたんだ。
曲がったことが大嫌いで。
持ち前の推理力と勇気で悪を糾弾する。
時に残酷な程の優しさも持ち合わす。
目の前の、この正義のヒーローに。
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