「ただのクラスメイト兼共犯者よ」

周りがどう思っているかなんて知らない。
三角関係だ何だと騒いでいるのなんか、気にしてない。
同じクラスメイトの白馬探がそんな騒ぎを複雑な表情で見ているなんて、気付かない。
気付きたくなんかない。

彼のことなんか知らない。
あの子が知らない彼の秘密を知っているだけ。
あの子が気付かない彼の孤独をほんの少し、理解しているだけ。
彼の犯罪に、ちょっと手を貸しているだけ。
ただそれだけ。

それ以上の何だと言うのだ。





校庭で、彼を見かけた。
嫌でも目で追ってしまうのは、自分の弱さ。
目が合ったことなんて一度もないのに。

「昨日の放課後校庭で逢っていた彼、高校生探偵の工藤新一でしょう」
周りを気にせず、堂々と休み時間に彼に話しかける。
「あぁ、そうなんだ。通りでどこかで見たことあると思った」
教科書から目を離さず、ぼんやりと他人事のような返事。
教科書なんて読んでいないくせに。
「貴方、逢って大丈夫なの?」
「―何が?」
目を細めて笑い、まるで解らないかのように振舞う彼が憎らしい。

「紅子には関係ないよ」
「…そうね」

何を企んでいる?
このタイミングで高校生探偵と素顔を合わせて。
何を考えているの?

いつも彼は、大事な人たちを遠ざけようとする。
目立つ衣装を着て他人と交わって、それでいて誰も信じないように他人を拒絶して。
あの白いマントは彼を守る冷たいシェルターのように。
誰も傷つかないようにと、自分だけが傷ついて。

クラスメイトは興味津々ながらも、遠巻きに見つめている。
丁度いい。
見せ付けるように、唇が触れるくらい耳に近づいて彼に囁く。

「貴方の優しさが、いつか貴方を追い詰めるわ」
―そんなときが来ても、助けてなんかあげないから。







なんて、ただの強がり。
いざとなったら彼のために引き金を引くことも、盾になることも厭わない。

「お嬢様、これ以上は…」
「構わないわ」

ここで彼が捕まるわけにはいかない。
今自分に出来ること。
たとえそれを彼が望んでいなくても。

時々、彼は死にたいんじゃないかって思うときがある。
それを押し留めるのは、きっと共犯者の自分の役目。
彼が犯罪に手を染め続ける限り、一番近くで見つめているから。



「交わることは無いけれど、私は貴方で、貴方は私なんです」

もうこれ以上持たせるのは限界だと感じた瞬間、銃声が鳴った。
工藤探偵か、キッドのトランプ銃かは解らない。
一番嫌な想像が脳をかすめる。
いや、自分が信じてやらねばどうする。

続いて鳴るもうひとつの銃声。
あぁ、これはキッドの銃の音。どうやら自力で手錠は破ったらしい。

「ジョーカーはクイーンを味方につけているのか…?」
工藤探偵の声が谺する。

彼がわざと残したのはダイヤのクイーン。自分にしか解らない秘密の暗号。
ハートのクイーンはきっと別にいるから。



今日、彼が捕まるわけにはいかなかった。
今日、彼が死んでしまうわけにはいけなかった。

闇夜に消える白き者に呟く。
「…ハッピーバースディ」

この声は届かなくてもいい。
彼が生きていてくれれば。
それを望んでくれていれば。

それでいい。







「―全く、貴方スキだらけなのよ」

放課後の屋上は、いつもお説教の時間。
彼はあぐらをかいて、紙パックのいちごオ・レのストローをがじがじ齧って不貞腐れている。
隣に座って、頬に貼った肌色の絆創膏に触れてみる。
「あたしの忠告を聞かないからよ」

身体の位置を変えて、背中同士を合わせて彼に思いっきり寄りかかる。
梅雨間の晴天が見えた。空はどこまでも遠く、青かった。
彼は「ぐえっ」と蛙が潰れたような声を出し、いちごオ・レが喉に詰まったのか、大げさな咳を出す。
「なかなかスリリングな誕生日だったわね」
Yシャツ越しに伝わる体温で、彼がちゃんと呼吸をして生きていることを確かめる。
「クイーンに感謝しなさいよ」

もっとあたしを見て。
もっとあたしを頼って。
もっとあたしという固体を認識して。
自分だけが戦っているなんて勘違いしないで。
自分だけが傷ついているなんて思いあがらないで。
自分の味方は誰も居ないなんて思わないで。



お返しとばかりに、今度は彼が思いっきり体を預けてきた。その重みが心地良い。
潰れた髪が逃げ場を探すように風に舞った。
「綺麗な髪だな。青子と違って真っ直ぐでサラサラ」
彼がその髪をひと束すくって、軽く口づける。

彼にとっては何気ない仕草。
それこそ純白のステージ衣装のときには、数多くの女性にやってきたことだろう。
自分だけ特別なわけじゃない。

「ありがとな」

吐息のように呟いた声は漆黒の髪に溶けて消える。
だから聞かなかったことにしてあげる。
弱いところを見せるのが嫌いな人だから。
あの子にはこんな姿見せられないから。

だからこの涙も彼のために流すものじゃない。
こんな男に惚れてしまった自分が情けなくて悔しいだけ。
魔女は涙を落としたら魔力を失う。
だから今はクラスメイトとして。

「…ハッピーバースディ、快斗」
この声は届いている?



昼と夜で顔が全く違う彼。
学校に来ても昼寝ばっかりしてサボッて、クラスメイトには愛想よく笑ってお調子者を演じている彼。
夜の闇に消えてしまわないように真白に舞う孤独な彼。
大事な幼馴染みに大事なことが言えなくて、もがき苦しんでいる彼。

そんな彼は

「―やっぱりただのクラスメイト兼共犯者よ」












私が語りはじめた彼は