「白き犯罪者でしょう?」

最初から、興味なんかなかった。
暗く冷たい研究室で、僅かな情報しかなかったから。
世間に疎い自分には、一生関係ない存在だと思っていた。

ある日、白い羽が舞い降りるまでは。





「怪我をしているの?」
頬から流れる鮮血が、白い羽を染めていく。手負いの獣のように、警戒心が丸出しだ。
まるでこの世の誰も信じていないかのようなその態度に、少しだけ自分を重ねる。
「お入りなさい。手当てをしてあげるわ」
大した傷ではないだろうが、消毒ぐらいはしてやれる。道具も十分揃っている。
それでも警戒心は解かれず、白き者は窓の桟に足をかけて一歩も動かない。
「大丈夫よ。ここには誰も居ないわ」
震えている彼の頬にそっと触れる。血が移ったが、構わない。

躊躇していた彼がその一言で安心したように、ゆっくり部屋に入ってきた。
「私、新聞もテレビも見ないから貴方が誰だか解らないけど、このことは誰にも話さないわ」
そう言って安心させ、傷の手当てを始める。
頬の傷は銃弾をかすめた傷だろう。そんなことを瞬時に悟ってしまう自分が憎らしい。
「随分危ないことをしているのね。私も人の事言えないけど」



「…貴女は何をしているのですか?」
不意に口が動いてびっくりした。話すとは思ってもみなかった。
えらく丁寧で紳士的な口ぶりとは裏腹に、声はどこか少年のような幼さがあった。

「私?私はねぇ…」
どうせ逢うのはこれが最後だろう。別に適当に言っても構わなかったが、何故か本当の事を話したくなった。
「人を殺す薬の研究をしているの」
組織は不老不死の薬だと言っているが、神の禁忌に触れるそれは、人を殺す道具だといっても過言ではない。
成功なんてする訳がない。現にマウスはもう何匹も死んでいる。

「あぁ…それはとっても危ないことですね」
「驚かないの?」
暗い部屋に、彼の笑みが微かに零れた。
「最初に貴女は私を知らないと言う事に驚きましたから」
「あぁ…ごめんなさい。そんなに有名人なのね」
消毒が終わって、頬に絆創膏を張ればもう終わりだ。

「怪盗キッドと言います」

「泥棒だったのね」
「泥棒じゃなくて怪盗です」
「盗むことに変わりはなくて?」
「ある目的のためだけに盗んでいます。関係のないものには一切手を触れません」
「それがポリシーなのね」

犯罪にポリシーを持っているという、不思議な怪盗。
自分に似ていると思ったけど、自分とはまるで違う。





「時々自分が嫌いになります」
「自分が大好きって人は稀だと思うわ」
「何のために生きているのか、何のために盗むのか、解らなくなります」
「目的があるんじゃなかったの?」
「確固たる目的があっても、羅針盤が揺れるときもあるんです」
「私なんて揺れっぱなしよ」
「でも私が死んだら悲しむ人がいるみたいだから、その人たちのためにももう少し生きてみようと思います」
「羨ましいわね、私が死んでもたぶん誰も悲しんでくれないわ」
「私がどこかで悲しみます」
「約束ね」



「貴女のお名前は?」
「…シェリー」

自分に名前などない。
あるのは組織が呼ぶコードネームだけ。

「もうそんな薬を作るのはお止めなさい」
たぶん彼は自分よりは少し年下だろう。
未成年が何でこんなことをしているかは解らないが、まさかこの自分が年下に諭されるとは思わなかった。
他人の事なんて気にしている場合じゃないだろう。

「そうね…姉も亡くなったし、ここにいたって…」
「だったら…」
「でも止められないわ、きっと。優しい貴方がそれでも止められないのと同じ」
モノクルが歪んで見えたのは気のせいじゃないはず。



「はい、おしまい」
肌色の絆創膏を頬に張って、救急箱を閉じた。
「ありがとうございました。最高の誕生日プレゼントでした」
「あぁ、そうだったの…それはおめでとう」
果たして自分の誕生日なんていつだったか。

「貴女にも幸を」

御礼代わりに、手の甲にキスを落とされた。
触れた冷たい唇は、いつまでも枷のように残っていた。





自分の作った薬を、彼を撃った誰かが飲むことになるなんて。
このときはまだ気付くわけがなかった。

自分はきっと一生この監獄に居る。一度黒に染まってしまうと、二度と元には戻れないから。
貴方はその白い翼でどこまでも飛べる。
孤独を抱えても、その白い翼と誰かを思いやる心があれば。

どうか黒に染まらないで。
自分のようにはならないで。



自分が黒い犯罪者なら、彼はきっと

「白き犯罪者でしょう?」











私が語りはじめた彼は