どうして?
何で?
さっきから、疑問ばかりが頭に浮かぶ。
「どうしてキスしてくれたの?」
「で、キスしちゃったわけだ?」
黙ってこくりと頷く。
「あかんやろ?生徒に手ェ出しちゃ」
「・・・・・・・頭では解ってるよ」
「身体は素直なんやな」
「ウルセーよ」
そう返しながら、やっぱりコイツに相談なんかするんじゃなかったと、今更ながらに思う。
「分かんないんだ・・・・・・何故そんな気持ちになったのか」
「好きやからとちゃうの?」
「・・・・・・そういうんじゃないと思う」
好きだとか、嫌いだとか。
あの子に抱く感情はそんなんじゃないんだ。
図書室で会う君は、周りから少し浮いている不思議な少女。
教師として特別扱いなんて許されないけれど、普通の生徒とはどこか少し違う君。
「工藤先生はえぇなぁ?毛利先生からも生徒からも告白されて」
「・・・・・・・・・・・」
「かぁ〜っ!毛利先生と生徒天秤にかけるってか?」
「それも違うっての」
「教師と生徒って言ったって、所詮は男と女。なるようにしかならへんよ」
『そういう対象には見れないってことは、ていよく振ったのでしょう?!』
顔を赤らめて怒った彼女の姿が、今でも目に焼きついている。
「そんなんじゃないんだ・・・・・・・・・・」
「すまなかった・・・・・・・・・・」
翌日、憂鬱な気分のまま学校に着いたあたしを待っていたのは、顔を真っ青にして謝る白馬先生だった。
「とんでもないことをして、本当に悪いと思っている」
「・・・・・・・・・・・・」
許すわけにはいかない。
けれど一向に頭を上げない白馬先生の肩にそっと触れる。
「昨日のことは忘れて下さい・・・・・・私も忘れますから」
笑って水に流せるほど大人じゃないけれど。
いつまでも引きずってる子供でもない。
何もなかったこととして忘れるなら、それでいい。
工藤先生も見なかったことにしてくれると言うのだから。
「・・・・・・・・・・・・・あり、がとう・・・・・」
白馬先生はあたしの言葉にやっと顔を上げた。
目は真っ赤に充血していて、一晩でかなりやつれてしまった。
ハンサムな顔がもったいない。
抱きしめられたことには驚いたが、好きだといわれて悪い気はしなかった。
こんなあたしでも、好いてくれる人はいる。 でも逃げ道ばかり作るのはもう止めた。
「・・・・・・・・ごめんなさい」
応えられなくて、ごめんなさい。
そして、快斗と最近まともに顔を合わせていないことに気がついた。
彼にも答えを出さないと。
解らない。
解らないの。
先生が何考えているのか。
どうしてキスしてくれたのか。
怖くてそんなこと聞けない。
今日は工藤先生の目をまともに見れなかった。
おまけに快斗もまた休みだった。
「灰原・・・・・・・・」
放課後、夕日の差し込む廊下で後ろから誰かに呼び止められた。
振り向かなくたって、声で誰か解る。
「昨日は、その・・・・・・悪かった」
『悪かった』
この言葉を聞いて振り返る。
そこにいたのは、やっぱり工藤先生。
「・・・・・・・・・・・・謝るんだ?」
白馬先生のように。
悪かったって。
「じゃあ先生、どうしてキスなんかしたんですか?」
「・・・・・・・・・・・・・」
「中途半端な優しさなんていりませんよ」
「・・・・・・・・・・・・・うっ・・・」
「白馬先生を殴ったくせに自分はいいんですね」
「・・・・・・・・・・・・・・・すみません」
ついに先生は観念して、少年のように耳まで真っ赤に染めて頭を下げた。
あっ、この顔。
この少年のような表情が好き。
ずっとこの時が止まればいいって思ってた。
貴方を好きなまま、傷つかないようにこの想いを閉じ込めておければいいって。
そんなあたしの青春の一ページ。
想い出は綺麗なまま、保存しておきたいけれど。
ページを破ってでもいいから
傷ついてもいい。
特別になりたい。
もっと、ずっと好きでいたい。
「先生、このまま黙って聞いて・・・・・・・・あたし先生のことが好き」
「・・・・・・・・」
長い溜め息が聞こえる。
「オレなんてやめとけよ。もっといい男がいるだろうに」
「先生がいい」
「今が女として最高の時期なんだから、オレなんか好きになるなよ」
「・・・・・・・工藤先生じゃなきゃ意味がない」
貴方じゃなきゃ、意味がない。
『先生』だから好きになったんじゃないよ。
たとえもっといい男が現れようとも、あたしは工藤先生だから好きになったの。
「自分でも、よく解らないんだ」
「・・・・・・・・・・?」
「何でキスなんかしたのか」
「・・・・・・・・・・・・」
純情な少年のように真っ赤になったまま弁解する先生。
あたしの方が知りたいっての。
「先生・・・・・・今度デートしてくれたら、昨日のこと忘れてあげる」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・次の学年末、オレの古文満点だったら考えてやるよ」
「あ、言ったなー?」
いろんな気持ちが混ざって、涙が滲んだ金曜日の放課後。
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