真っ直ぐ進んだその先に、何があるというの?



act-3…Akako
「ハンサムな彼女」





「紅子って本当にクールだよな」と笑っていたクラスメイトの顔が、浮かんでは沈んでいく。
そういう風にキャラを作ってしまったのは、誰のせいだと思っているのか。

クールだから、何をされても顔色が変わらないわけじゃない。
クールだから、傷つけても構わないとでも思っているのだろうか。

全ての元凶であるそのクラスメイトは、私の目の前で熱心にノートを取っている。
私が後ろから凄い形相で睨んでいるなんて露知らず、実に受験生らしい態度で。

悔しい。
彼は私の気持ちに気づいているのに、わざと気づかない振りをしている。
まるで関わるのが面倒だとでも言いたそうに、私に背を向けている。
「貴方なんて好きじゃない」 私は心の中で何度も口にする。実際に言葉には出来ない。
こうやって強がることしか出来ない私は、クールな女なんかじゃない。





「ラストスパートって何のことだと思う?」
「知らないわよ、そんなこと」
昼休みに突然押しかけてきた元クラスメイトに、正直辟易していた。
ただでさえ、この子は苦手だというのに。
「突然何よ?久しぶりに声をかけてきたと思ったら、何その謎かけ」
「快斗がそう言ってたの」
「知らないわよ」と思わず怒鳴りつけたくなる。

「本人に聞けば良いじゃない。まあ、黒羽君なら今はいないけど」
「でも紅子ちゃん、快斗は何も答えてくれないと思う」
それを聞いて、ピンときた。彼が大事な幼馴染にも言えないこととなると、あるクラスメイトの顔が浮かんだ。
「…じゃあ、灰原さんとのことなんじゃないの?」
そう言って私は身体を少し傾けて、自分の教室内を見渡した。
青子と一緒に前扉から中を覗くと、自分の席で読書中の哀にピントが合った。
こちらが悔しくなるほど、この敵意ある視線に気づいていない。

「紅子ちゃんは、本当に何も知らないの?」
「しつこいわね。何も知らないわ」
私は苛立ちを隠さないで、長い漆黒の髪をかきあげて青子に背を向けた。
「貴女と違って、私はそんなに黒羽君とは親しくないの」

そうよ。
私に彼のことを聞くなんて、この子頭おかしいんじゃないの?
「貴女の方が仲良しじゃない」という言葉を飲み込んで、さっさと席に着く。

どうして私はこんなに苛立っているのだろう。
自分だけアウトサイダーだからだ。
あの二人は幼馴染みで、快斗は哀のことが好きで。じゃあ、私は?
中学から一緒のただの同級生で、せめて大学も同じところへ行こうと必死に勉強しているだけ。










「灰原さんは、貴方のことなんて相手にしないわよ」
一年のとき、彼女を問い詰めるようにして聞いた言葉を思い出す。
「好きな人はいない」と言い切った彼女を、私はまだ信じている。
実際、快斗はまるで相手にされていなかった。それはうちの学校の名物にもなっていた。
哀には好きな人がいない、彼女の相手が務まる程の男が存在しないのだと周りは思っている。
快斗も三年間も振られ続けているのだから、そろそろ諦めたって良いのに。

「まだ解らないよ」と、快斗は余裕そうに笑った。
図書室で放課後の自習タイム。向かい合わせで座った私たちの周りには、誰も座っていない。
その態度が憎らしくて、「何強がってるのよ」と思わず声を荒げてしまう。
はっとして周りを見渡したが、時間的にか人は少なくて誰もこちらに注目していない。

「強がってないよ」
流石に周りを意識して声のトーンを落とした快斗に倣って、「何でよ」と溜め息のように声が漏れる。
何で振られるのが解ってるのに、こんなに余裕綽々なのだ。
こちらがこんなに焦っているのが、滑稽のようにさえ感じる。



「卒業式まで、猶予を与えられたから」
快斗は数学の参考書に目を落としたまま、こちらを向かずに種明かしした。
「何よ、それ」
猶予って何よ。彼女がそんなこと言ったの?

「好きな人がいるんだって」
「へぇ…」
あの子、やっぱり嘘をついていたんだ。もしかしたら、あの後好きな人が出来たのかもしれないけど。
「告白したんだけど、その返事をもらうのが卒業式なんだって」
「じゃあ、その相手は校内の人間なのね」
図星だったようで、快斗は一度口を噤んだ。口止めをされているのかもしれない。
彼女もまさかこんなところでばらされているとは、思ってもいないだろう。
心配しなくても、誰にも言わないけれど。

「貴方はそれを待っているのね、彼女が振られるように」
言っていて、自分で腹が立ってきた。悪戯心が、むくむくと沸いてくる。
「でも灰原さんは、振られたからってすぐ別の男って、そんなに切り替えられる人じゃないと思うわ」
「解ってるよ」
快斗はそんなの解りきっているとでも言いたそうに、あっけらかんとしていた。
それでも待つのだろう。振り向いてくれるまで。



「そう…中森さんが言っていたラストスパートって、このことだったのね」
彼女が振られたときに、一番近くにいる男になれるように。
彼だって焦っているのだ。自分が後釜に納まろうと、少しでも彼女の瞳に映るように。
「何?青子に聞いたの?」
快斗は少し驚いたように、顔を上げて目を瞠った。
「アイツ、お喋りだからなー」
「中森さんも心配しているのよ。貴方がおかしくなっちゃったんじゃないかって」
「オレは正気だよ」

そうね、ただ恋の病に罹っちゃっただけですものね。
「大事な幼馴染みなんでしょう?大事に思っているのなら、傷つけるのだけは止めなさい」
全く、何で私が恋敵のフォローなんてしなくちゃいけないのよ。





快斗から話を聞いてから、哀のことをまともに見れなくなってしまった。
それでも態度には出さずに、表面上はいつもと変わらずにクラスメイトとして付き合っていた。
彼女の好きな人がどんな人物であるか、少し興味はあったけれど。

二人で日直をやったときは困った。彼女の相方がこんな時期に、気の毒にインフルエンザに罹ってしまったのだ。
彼女が日誌を書いている間、まじまじと彼女の顔を見てしまい、怪訝に思われてしまった。
日誌を一緒に職員室に届けに行く。彼女の秘密を知っているかと思うと、並んで歩くのすら何となく心苦しい。

担任の工藤先生は、どちらかと言うと苦手だ。
若くて顔は良いので生徒からは慕われているが、快斗に少し面立ちが似ているという理由で私は好きになれない。
そんなことは露知らず、先生はこんな捻くれている私にも優しい。
「ご苦労様」と声をかけられ、また何となく心苦しくなる。
「美少女二人でお出ましで、華やかだな」なんて軽いジョークも飛び出す程。
それはそれは、変な理由で嫌っていてすみませんと謝りたくなる程、邪気のない笑顔だった。

それに釣られて哀も少し笑顔になり、珍しいと感じた。
彼女は男嫌いなんじゃないかとさえ噂される程、男に愛想がないのだ。
もしかしたら、案外彼女の好きな人ってこういう大人の男の人なのかなぁと漠然と思った。
どうでもいいけど。私としては、彼女に上手くいって頂きたいだけだから。










今日も二人で放課後の自習タイム。
快斗がやっているのに、私が便乗する形で始まった習慣だ。
どうせ志望校も同じなのだから、二人で士気を高め合った方が良い。

「彼女が振られなかったら、どうするの?ずっと待っているの?」
そんな覚悟があるの?
「哀ちゃんがすぐ別の男に切り替えられないように、オレだってすぐには切り替えられないよ」
「…誰だってそうよ」
あっちがダメならこっちなんて、そんなの快斗らしくない。
だからあの幼馴染に気を遣って、少し距離をとろうとしたのかもしれない。
彼のそのほんのささやかな優しさに、あの子は気づいていないみたいだけど。



「私に切り替えれば良いじゃない」
「はっ?」
「私は気にしないわよ、そんなの」
切り替えが早い男だって、構わない。手に入るのなら、手段は選ばない。

快斗は急に火がついたように吹き出した。よほど可笑しかったのか、腹を抱えて声にならない笑いを堪えている。
周りが何事かと騒ぎ出す。その喧騒に、私は少し居たたまれなくなる。
やがて笑いが収まったのか、目尻に少し溜まった涙を右手で払って笑いかけた。

「かっこいいよ、お前のそういう態度」
「何よ、それ」
「ハンサムな彼女、みたいな」
「馬鹿…」

そんな褒め言葉、全然嬉しくない。
確かに私は可愛くないかもしれないけれど。何も「可愛い」って言って欲しいわけでもないけれど。
それでも女の子だから。

周りに聞こえないように、彼は小さく「ありがとう」と呟いた。私は少しだけ泣いた。




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