鏡の前で深呼吸し、自分の顔色を見る。

大丈夫。平気そうだ。

青のストライプのネクタイを直しながら。

目を閉じる。

鮮やかな想い出。

出来れば今日だけは想い出に触れていたい。

―――今日だけは。





















君にささげる花束





















「・・・江戸川君、支度はできた?」

少し遠慮がちに灰原が聞いてきた。

薄紫の膝丈のワンピース。

赤髪によく似合っている。

十五歳になった彼女は以前よりいっそうあかぬけて、大人っぽくなっていた。

「もうそろそろ行かないと・・・・」

オレを気にしてなのか、声は少し哀しげだ。

「あぁ・・・・」





考えるのはもう止めよう。

今更こんなことを思っても仕方ない。

だって今日は・・・・















―――今日は蘭の結婚式なんだから。















博士の運転する車で式場に向かう。

車の中でオレは一言も話さなかったし、

灰原も何もしゃべろうとはしなかった。

オレはほっといてくれる彼女に感謝した。

彼女は助手席に座り、ぼんやり窓の外を見ている。

元太達はおっちゃんの車で先に行っている。

オレのすぐ隣には歩美の姿が。

可愛いフリルのついたドレス。

髪はシャンプーのいい香りがした。

(こうやって女はどんどん綺麗になってくな・・・・)

何故だかオレは淋しくて、車を降りたくなってしまった。

今すぐにでも逃げたくなった。










場所はいつぞやの杯戸シティホテル。

どーやら、ココはオレにとっては鬼門らしい。

鼻で笑って、中に入っていく。

博士達とは別行動し、一人新郎の控え室に。

一番会いたくないヤツがいるが、どうせすぐ顔を拝むのだから仕方がない。





コンコンと鈍いドアの音。

「失礼しまーす・・・・」

恐る恐る開けてみた。

「――コナン君・・・・?」

声をかけた主、白いタキシードに身を包んだ彼は微笑んだ。



「・・・・こんにちは、新出先生」

何となく目を合わせられなくて、下を向く。

「来てくれたんだ?」

「えぇ・・・まぁ・・・」

「まいったな〜・・・いい年して白のタキシードなんて変でしょう?」

照れて頭をかいてる姿は少年のようだった。

とても三十を超えているなんて見えない。

「よくお似合いですよ」

社交辞令の挨拶、にっこり笑って言ってやった。





「あの・・・蘭ねーちゃんのどこが好きになったんですか?」

聞きたかったこと。

このことが聞きたくてわざわざココに来た。

そうでもなきゃ、ヤツの面なんて見たくない。

ましてや、こんな幸せそうな姿。

「う〜ん、どこがかって言われても・・・・」

先生は少し困った顔をした。

「彼女、強そうに見えるけど実はすごく弱いんだ」

解ったような口聞いて。

おまえに蘭の何が解る?

「・・・・それで?」

声は自分でも驚くほど冷静だった。





「僕が守りたいんだ」

「・・・・・!!」

息を呑んだ。

オレが一番思ってたこと。

オレが蘭を守りたかったのに。

オレが。





「―――ご結婚、おめでとうございます。お幸せに」

胸が張り裂けそうになり、そこにいられなくて

それだけ言って退出した。





















「コナン君・・・・!!」

次に来たのは新婦の控え室。

灰原達はもうすでに来ていて、おっちゃんはもう既に泣いていた。

「来てくれたんだ・・・?」

優しい笑顔。

「うん、招待状くれたじゃん・・・」

「あっ、そっか」

茶目っ気たっぷりで笑う彼女の笑顔は変わらない。

変わったのは気持ちか・・・?





純白のウエディングドレス。

今日はあの長い黒髪をアップにし、大人びて別人のように見えた。

うなじが色っぽくて、上手く彼女を見れなかった。

まるで『美人』とうい代名詞を象徴するかのように、

オレが今まで見たなかで本当に一番綺麗だった。





「本当にキレーイ!!蘭姉さん」

「色っぽいですよね〜」

「うちの母ちゃんより全然美人だぜ?」

(当たり前だ!オメーの母ちゃんと一緒にするな!!)

「でしょ?やっぱあたしのメイクのセンスが・・・」

「蘭さん、素が綺麗だものね」

自分の腕を自慢しようとする園子を遮り、灰原が言う。

その顔はとても哀しそうだった。





すぐに新郎もやって来て、少し騒がしくなってきた。

「き・・・綺麗だね、蘭」

耳まで赤くなった先生を見て蘭が微笑む。

「これからずっと先生のモンだぜ?」

「大事にしてあげて下さいよぉ〜?」

「泣かせちゃダメよ?」

皆の冗談交じりの会話。

その言葉一つ一つがトゲになる。

オレは独り、素直に喜べなかった。





今すぐこの場から逃げ出したくなって、

これ以上あの幸せそうなニ人を見てられなくて、

そっとドアを開き、室内から姿を消した。

灰原だけはオレが外に出たのが解ったらしく、

オレが閉めれなかったドアを閉めてくれたみたいだった。

別にどこかに行くわけでもない。

ただロビーの方に向かって歩いていく。

ロビーには洒落た音楽がかかっている。

この曲は確か、“ペルソナ・ノン・グラータ”

―――「招かれざる客」 まさに今の自分にピッタリだ。




















目を閉じれば鮮明に思い出す。

あの頃のニ人の想い出。

ニ人で行った遊園地。

ニ人で見たあの夕焼け。

全てはもう水の泡。

未練でもあるのか・・・・?

ぐずぐずしてたから、あっさり蘭を他の男に奪われてしまった。

元の姿に戻っていたら・・・・・

何遍も思った。

そのことで灰原を責めたりもした。

オレが幸せにしてやるはずだった。

蘭はずっとオレの隣で笑っていてくれると思ってた。

蘭だけは絶対オレだけを好きでいてくれると信じていた。

自惚れだな・・・

オレの傍で、

オレだけの幼なじみ。

オレだけの――蘭。



















外の空気を吸いたくなって、

ホテルの外へ出た。

ホテルのすぐ隣には小さな花屋。

可愛らしい店員がたくさんの花たちに囲まれてる。





―――もう止めよう。

幼馴染みにオサラバしよう。

長かった初恋。

いや、長すぎた初恋。

さよならしよう。

これ以上、胸の痛みが広まる前に。





ポケットから財布を出し、

店員さんに声をかけた。

「―――すみません・・・花嫁に似合う花束、作ってくれませんか?」




















両手いっぱいの花束を抱えて。

もう一度新婦の控え室へ行く。

何て長い廊下なんだろう。

でもその足取りは軽やかで、気持ちも驚くぐらい穏やかだった。





蘭は独りで座っている。

ちょっとマリッジブルーか、遠い目をしている。

気づかれないように、そっと後ろから近づく。



「コナン君・・・・・・!!」

目の前にさしだされた花束に驚いている。

その姿はやっぱり他の誰よりも綺麗だった。



出来るなら、このまま花嫁をかっさらいたかった。

彼女と同じ名前の、ランの花の優しい香りが漂う。





君にささげる花束。

オレはにっこり笑って、




















「・・・結婚おめでとう、蘭ねーちゃん」




















Fin.

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