いつかまた桜が舞う時、
僕は君の事を想い出すだろう。

そして、誰もが想い出を抱えて歩き始めるのだろう。
痛みを抱いたまま、それでも前を向いて。






学校へ行こう!!卒業スペシャル
さらば青春の日々 【前編】











「指揮者ぁ?!」
雪がちらつくある日の昼休みの職員室。
コナンはとんでもないことを担任に頼まれていた。
卒業式で指揮者をやれというのだ。

この江戸川コナンに。



「オレが万年音楽2だって知ってのことですか?」
新種の嫌がらせかと思い、コナンは念のため担任に訊ねる。

すると担任は大げさにため息を吐き、
「伴奏者からのラブコールだよ」
「伴奏者?」
「そうでもなきゃお前になんか頼まないっての」
担任は哀れむような視線をコナンに送った。



「それで伴奏者っていうのは?」
その視線を軽く流して、そのモノ好きな伴奏者を訊ねる。
「あたしのことよ」
いつの間に来たのだろうか、すぐ後ろに哀が立っていた。

「おぉ、来たか」
「これが願書の下書きと作文です」
そう言って、知らない学校名が書かれている願書と原稿用紙を担任に提出する。
どうやら担任に添削して貰うみたいだ。





「・・・・・本当に受験するんだな」
「何言ってんの?貴方もでしょ?」

「あ・・・・・あぁ、そうだな」
自分の受験のことをすっかり忘れていた。

「じゃぁ、江戸川。よろしくな」
「どうなっても知りませんよ?」
責任は一切負いません。










「どういうつもりだよ?オレを指揮者なんかに指名して」
教室までの帰り道、自分を無視してずんずん前を進む彼女に訊ねる。
「音楽嫌いを克服するいい機会じゃない?」
彼女は止まらず振り返らずに言った。
「何だよそれ」

ふいに立ち止まって、振り返る。
「・・・・・・・最後の想い出作りに協力してよ」
そう言って、寂しそうに微笑んだ。

勝手に最後にしたのはそっちなのに。
彼女のこんな顔を見たら、もう責められない。
去っていく彼女を、自分はもう止められない。



「・・・・博士に聞いた。自分で決めたんだってな」
彼女自身が決めたなら。
反対なんか出来っこない。
でも「何故」なんて聞けない。

「・・・・・・・・・・うん」
それっきり、彼女は黙ってしまった。











「・・・・・・・・哀ちゃん、怒ってる?」
放課後残って教室で勉強会。
何しろ私立組は受験が近いのだ。

「コナン君に話しちゃったこと」
「ううん」
微笑って首を振ってみせる。

自分からじゃ絶対言えなかった。
彼女が言ってくれてよかった。



「本当は海外にでも行こうかと思ってた」
全て忘れて逃げ出してしまいたかった。

「でも結局ダメね。完全には離れられない」
自分から離れるって決めたのに。
こんな中途半端にしか生きられない。



「・・・・・・・・卒業式にコナン君に告白しようと思うの」
歩美の高音は、少し震えて聞こえた。

「九年間のこの想いを、最後にぶつけてみたい」
もうこれが最後だから。
何度言っても、一度も真剣に相手をしてくれなかったアイツに。
最後のパンチをくらわせてやる。

「だから許してね?」
茶目っ気たっぷりに、成長過程の少女は笑った。



「許すも何も」
彼女の言葉に息が詰まる。

彼を信じられなくなった自分の方が許せない。
たったひとつの言葉が欲しかったのに。
そんなことを望んでしまった自分が情けない。

昔はこんなんじゃなかったのに。
誰かにこんなにも愛されたいなんて、願ったことはなかった。
願っちゃいけないものだと思っていた。

今はこんなにも「中学生」に染まっちゃっている。
貴方に染まってしまった。











「今日私立の受験日だよな」
松田の言葉に黙って頷く。

「行かなくていいわけ?」
「・・・・・・・試験会場に?」
どこの学校を受けるかさえ知らないっていうのに。
「さっき職員室で見かけた。これから行くんだろ?」
「さぁ・・・・・・聞いてない」

彼女は何も言わなかった。
自分は何も聞けなかった。

自分はこのまま彼女を見送ることも出来ないのだろうか。
映画の主人公のように、笑ってかっこよく送り出してやることなんて
自分にはきっと出来ない。





「今行けば逢えるんじゃねーの?」

ヤツの言葉を聞き終わらないうちに、教室を飛び出していた。
どうか間に合いますようにと、階段を一気に駆け下りる。
四階に位置する自分の教室を、今日も呪った。





「灰原っ・・・・・・!!」

少し離れた場所に居る彼女に向かって、思いっきりブツを投げつける。
投げたのは、古ぼけた小さな紅いお守り。
「オレが受験のとき使ったやつだからご利益あるよ」



器用にキャッチした彼女は意地悪く笑って、
「・・・・・・・・・そんな大事なもの投げつけちゃっていいわけ?」
「ウルセーよ」
受験当日も可愛くない。



「頑張れよ」
ぎこちなく笑った頬がひくひくいっている。

二人の距離は僅かに数メートル。
それでも、今はこんなにも遠く感じる。
いつの間にか離れてしまった二人の心のようだった。

「・・・・・・・ありがとう」
彼女はいつものように、静かな笑みを浮かべた。
でもきっと、その薄茶色の澄んだ瞳は自分を見ていない。



笑って送り出すことなんか出来なかった。
泣いて喚いてでも、彼女を止めたかった。

それが出来なかったのは、きっとささいなプライド。
つまらない、男の意地。











わざと選んだ、一番遠い高校。
試験中は手の中にすっぽり収まってしまう小さなお守りを、ずっと握り締めていた。

馬鹿ね。
こんなもの必要ないって分かってるくせに。
それでもマメなあの人に感謝した。

階段を懸命に駆けて来たのか、昇降口で息を切らせた彼の罪な優しさに。

馬鹿ね。
本当に。

でも本当に愚かなのは自分ということに気づいていた。
気づいていて、解らないフリをしたの。



自分には多少簡単すぎる問題を、悩む受験生たちを横目にスラスラと解いていく。
シャーペンの出す、独特のカリカリとした音をBGMとして。










二日後、結果が出た。
高校まで張り出された結果を見に行った後、博士に電話をして、中学に報告に行く。
難関私立高校合格の知らせを受けて、担任の教師をはじめ、他の教師たちも喜んでくれた。

教室に戻ると、ちょうど三限目が終わって昼休みに入るところだった。
「どうだった?」と訊ねたくてうずうずしている彼の視線に、
黙ってVサインを見せる。

「おめでとう」
教室のドアのすぐ近くにいた歩美が、今にも泣きそうに駆け寄って、抱きしめる。
「ありがとう・・・・・・・・そっちは?」
確か彼女も今日発表だったはず。
彼女は抱きついたまま、同じようにVサインを見せた。

「・・・・・・・・・っ!!おめでとう」
思いっきり、小柄な彼女を抱きしめた。
「春から女子高生だよ〜!!」

「いいよなぁ、私立組はもう結果が出て」
公立入試はまだ先なので、元太が大げさにため息を吐く。



「そうだ」と哀が呟いて、
ポケットの中からあるものを出して、コナンに渡す。

「これ効いたから、貴方に貸してあげる」
「ってオレのじゃん」
渡された見覚えのあるお守りを見て、思わずつっこむ。



「来週、頑張ってね」
俯いた彼女の表情は分からない。

「・・・・・・・・・あぁ」










二月二十日。
昼休みに入って、教室が俄かに騒ぎ始めた。

帝丹高校の入試結果を見に行っていた生徒たちが帰ってきたのだ。
一番最初にB組の教室に入ってきたのは、コナンであった。



「受かってたんでしょ?」
「トーゼン」
これで落ちてなんかいたら洒落にならない。

「元太君も一応何とか受かっていましたよ」
遅れて入ってきた光彦が、晴れやかな顔で笑った。
「何だよ一応って」
「一応」という言葉に敏感に反応した元太が、口を尖らせる。

「うん。小嶋君、頑張ってたもんね」
放課後の図書室で、コナンと光彦と元太の三人で残って勉強していたのは知っていた。
どちらかと言うと、元太が二人に勉強を教わっていた感じであったが。

「三人はまた同じだね」
「嫌な偶然だよ」
歩美の言葉にコナンは苦笑する。
好きで一緒の高校を選んだわけではない。
元太なんか本当によく受かったな。

「歩美も灰原も帝丹高校受ければよかったのに」
元太の言葉には、二人とも眉を下げて微笑んだだけであった。










こうして、早咲きの桜が卒業を告げた。
旅立ちの日が、今そこに迫っていた。





















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