学校へ行こう!!

〜第九話 女の嫉妬は醜いね編〜











「灰原さんっ!」
聞き覚えのある声に振り返ると、そこには歩美の姿があった。
「吉田さん・・・・・」
ふっくらとしていた頬が今では少し痩せた感じがする。
「一緒に帰らない?」
軽く微笑まれた。
「・・・・・・・・えぇ」
一年のときは毎日皆で待ち合わせして帰ったものだが、
最近では時間が合わずバラバラである。
こうして歩美と一緒に帰るのも一週間ぶりぐらいだろうか。










二人で慣れた道を歩きながら、いろいろな話をした。
最近読んだ本、芸能ニュース、クラスのこと。
一方的に彼女が話し、あたしはただ相槌を打っていた。
学校内で誰と誰が熱愛とか、あたしが知らないことを彼女はいっぱい知っている。
友人が多いからだろうか。誰からも好かれる子だからだろうか。
痩せた印象とは裏腹に、相変わらず彼女の口は閉じることを知らない。
でもそれは、あたしに何か言われないために必死でしゃべっているように見えた。
その証拠に、彼の名前は一言も出なかったのだから。





「もうすっかり秋ね」
彼とケンカしたまま夏休みに入ってしまった。
期末テストでまた自分の名前が出ていたけど、そんなのはどうでもいい。
彼だって十八位で十九位の吉田さんと仲良く並んでいた。
器用に出来ない自分がイヤで、少し隣の彼女に嫉妬もした。
でも彼女も彼女で最近は彼としゃべっているところを見ない。
今日だって様子がおかしい。





もうどれくらい彼とまともにしゃべっていないのだろうか。
夏休み中にももちろん部活はあって、ほぼ毎日顔は合わせていた。
部活のことでマネージャーとして話をしたことはあったけど、
私用であたしから話しかけたことも、彼から話しかけてくれたこともなかった。
隣で彼女が必死でしゃべってる中、そんなことをボーっと考えていた。
「・・・・・・・・・・・・・・戸村先輩に返事はしたの?」
「・・・・・・えっ?」
急に話をふられて驚いて目を瞠る。
「どうしてそのことを・・・・」
彼に知られてしまったことぐらいで、他には誰にも話してないハズである。
「本当に校内のこと知らないのね?こういうことには興味ないか」
歩美はくすりと笑った。
やはりあたしはこういうことには疎いらしい。
校内で何が起ころうと興味がないのも確かだ。
「戸村先輩だって有名だから、灰原さんますます有名人だよ?」
どこでバレたか知らないが、ここの生徒は噂好きらしい。
「他の学校にも戸村先輩のファンいるみたいだから、気をつけてね」
あたしが告白されたと聞いて、快く思わない女の子が何かしてくるかもということだ。
戸村先輩はやはりモテるらしい。
「女の嫉妬は怖いものね・・・・・・ありがとう」
わざわざ忠告してくれた彼女に礼を言い、ここで別れた。
彼と何があったかは聞かないでいた。

















「灰原さん、三年生の人たちが呼んでるよ」
クラスの子に声をかけられ廊下に出る。
昨日吉田さんに忠告されたから少しは予想が出来た。
廊下で待っていたのは二人だけで、ちょっとだけ安心する。
一人は髪を少し茶色に染めて、目つきが悪い。
もう一人は髪を結わいて前髪をピンで留めている。
「ちょっと顔かしてくれない?」
今時こんな言葉を使う人間がいるものかと思ったが、
目つきの悪い方にすごまれ、屋上に連れて行かれた。





屋上は風が強かった。
手すりに両手をかけ、景色を眺める。
目が自然に彼の家を探していた。
着くなり景色を見始めたあたしに業を煮やしたのか、彼女たちはさっさと本題に移る。
「・・・・・・戸村君に告白されたそうね」
「・・・・・・・・・・・・」
目つきの悪い方に訊ねられたが、答える気はしなかった。
「ちょっと答えなさいよ?どうなのよ?!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい」
前髪ピンの方のヒステリーがうるさいので、正直に答えておいた。
「あんた・・・・ちょっとくらい美人で頭がいいからって生意気よ」
そんなこと言われても困るが、あえて黙っている。
「恵子なんて一年の頃から戸村君のこと好きだったんだから」
目つきの悪い方がこう言ったので、前髪ピンの方はどうやら『恵子』という名らしい。



好きなら告白でも何でもすればいいじゃない。
ニ年間ただ見てただけなの?
なんて、あたしが言えた義理じゃないけど。



「で、どうなのよ?返事はしたわけ?」
「・・・・・・・・・・・してません」
「さっさと断りなさいよ」
何で貴女たちにそんなこと言われなきゃいけないわけ?
「・・・・本人に返事を待ってくれって言われたんです」
「じゃぁ何?あんた、彼と付き合う気なの?!」
前髪ピンの女のヒステリーは本当に耳障り。
女の嫉妬ほど醜いものはない。
「彼が誰と付き合おうと、先輩たちには関係ないんじゃないですか?」
つい強い口調になってしまう。
「あんた何様?!」
それはこっちの台詞。
「・・・・・・・私の方が戸村君のこと好きなんだから」
そう言って『恵子』の方が泣き出してしまった。
冗談じゃない。泣きたいのはこっちである。
「恵子・・・・・泣かないでよ」
本当だ。
「・・・・・・・・・好きだけじゃダメなんですよ?」
本来の自分より明らかに年下の女の子たちを慰める。
「他の人に嫉妬したって何も変わりません」
これは自分がイチバンよく解かっている。
「醜いですよ?女なら正々堂々と――――」










パンッ










乾いた音がした。
その瞬間左頬に鈍い痛み。
赤くなった左頬を押さえながら、二人を睨む。

「何よ、その目は・・・・・・・・あんたが悪いんだからね」
恵子は涙を流しながらも、叩いた右手をまだ振り上げている。
「け、恵子・・・・・・・」
目つきの悪い方の視線があたしを通り越して、後ろに注がれる。



階段を登る、心地いいリズム音。
そして、屋上のドアが開かれる。
少し錆付いた音。











ふいに、懐かしい風が吹いた。
そう、この感じ。
どこか安心出来る、暖かい空気。
あたしはこの空気を纏う人間を一人しか知らない。





ほら、少し不機嫌そうにこちらに向かってくる。

「な・・・・何なのよ、あんた!!」
「言っとくけどね、これは別にリンチとかじゃないからね」
二人が口々に言い訳する中、彼は冷静に、
「・・・・・・・先輩方、戸村先輩にバラしちゃいますよ?」
視界の先に意地悪い表情が見える。
「な・・・・・・・・!!」
「・・・・・・・・・・・美保、行こ」
先輩の名前を出せれた二人は、すごすごと引き下がって行った。
「バーロ、鏡見てから来いよ」
彼は本当に口が悪い。














「これであたしと彼が付き合うとかなったら、こんなことじゃ済まされないかもね」
「・・・・・・・・・・・・・・やめとけよ、そんな男」
あたしに背を向けて、彼がぶっきらぼうに言う。
右手から深い青のハンカチが差し出されていた。
あたしが殴られることを予想していたのか、水で冷やされていた。

「・・・・・そうね、やめとくわ」
彼の台詞があまりにも可笑しくて、笑いながら言ってやった。
冷たいハンカチが熱くなった左頬をひんやり冷やしてくれた。
彼の優しさが心にしみて、泣きたくなった。





秋を告げる、淋しいような少し冷たい風が吹く。
悪戯に頬を撫で、制服のスカートを揺らした。


そして季節はこの微妙な関係のまま、
生徒会役員選挙と文化祭の時期を迎えようとしていた。




















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