学校へ行こう!!
〜第八話 モテル女もツライのよ編〜
「灰原さん、期末もまた学年トップだったんだってね」
「灰原さんってG組の?」
「あぁ・・・あの赤髪の美人か」
「知ってる?上級生とかが中心で彼女のファンクラブがあるんだって!!」
「他校にもファンがいるんだってよ?」
「生物の加藤先生も狙ってるとか?」
「マジで?!」
期末テストも無事(?)終わったのだが、
灰原の人気は相変わらずである。
そしてオレ達の関係は例の事件以来、とてもとてもぎこちない。
灰原は灰原でオレの目を見ようともしないし、
歩美ちゃんにも何故だかちょっと避けられているような気がする。
もうすぐ夏休みだというのに、
まったく憂鬱で仕方ない。
そんなオレをさらに憂鬱にさせてくれるヤツらが現れた。
廊下のずっと向こうに今イチバン会いたくない松田の姿。
「惜しいなぁ、松田。また灰原さんに負けて」
廊下にうざったらしく響く声。
この甲高い声は松田とつるんでいる高畑の声だ。
今ももちろん松田の隣にいる。
(松田は今回も灰原に負けたのか・・・ザマーミロ)
そう思いながらも、松田の姿を見たくないのでささっと近くの理科室に入る。
本当は逃げるようでイヤだったが、今は松田の相手をしてやる余裕もない。
松田はオレに気が付いて嫌味のひとつでも言いたそうにしていたが、
オレが空き教室に入ってしまったので言えずに過ぎて行ったみたいだ。
「・・・・・ったく」
誰もいない理科室で独り、誰かにあたるわけでもなく呟く。
前の時間に何かの実験をやったらしく、薬品の匂いがする。
・・・・・・・・・・・ガサッ
「ん?」
誰か居るのだろうか。
確かに今、物音がした。
「・・・・誰か居るのか?」
声をかけるが返事はない。
「・・・・・気のせいか?」
松田ももう行ったことだろうしと、ドアを開けて教室を出ようとしたところ、
背中のシャツを捕まれた。
「えっ?!誰?」
背中越しに人の体温が伝わる。
「あっ・・・・・・君は・・・」
下を向いたまま手を離せないでいる少女は、
この前クッキーをもらった彼女である。
「どうしたの?こんなところで」
まさか人がいるとは思わなくて焦る。
彼女は「ごめんさい」と慌ててシャツから手を離し、
「あのっ・・・さっきまでここで実験してて・・・でノートを忘れちゃって・・・取りに来たら・・・・」
オレと鉢合わせしちゃったってわけだ。
「どうして隠れてたの?」
クスリと笑って問う。
何故だか彼女といるとイヤなことを忘れて安心出来る。
「だって・・・急に江戸川先輩が入ってきたから・・・!!」
どうやら驚かしてしまったらしい。
「だったら普通に声かけてくれれば良かったのに」
「そ・・・そんなこと出来ませんよっ!!」
「どうして?」
いきなりシャツを掴むぐらいなら、
声をかけることなんてどうってことないのでは?
「・・・・・・・私、一年C組の小宮山かなえって言います」
「・・・・・・うん?」
自己紹介がどうしたのだろうか。
「・・・・・江戸川先輩のこと、入学式のときから好きでした」
・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・えっ?!
何だって?!
オレのこと・・・・・?
本人もまさかこんなところで告白するなんて・・・
と思ったのだろうか、予想外のことに驚いていた。
「オレのこと、好きなの?」
あまりにも頭がパニック状態だったので、
聞き返してしまう。
「っ・・・・・・!!」
オレのその一言で現実に戻った彼女は
顔はもちろん耳まで赤く染めたまま、
「失礼します」と一言呟いて理科室から逃げるように出ていく。
開けっ放しにされたドアを見つめながら、
オレはまだ混乱していた。
あの子がオレを好き?
この前ぶつかったときじゃなくて、入学式の時から・・・?
そんな前から思われていたなんて知らなかったと言えば当然なのだが、
何だか不思議な気持ちである。
何となく気づいていたし、嬉しいのだが、
モヤモヤは取れない。
また憂鬱のタネが増えてしまった・・・・
(バカ・・・・・・・・・・)
たまたま理科室の前を通り、
今の会話を最初から聞いてしまった少女―哀は廊下の壁にもたれて、溜め息を吐いた。
『江戸川先輩のこと、入学式のときから好きでした』
彼女の台詞を思い出す。
(今の女の子、可愛かったな・・・)
自分とは違う、長い黒髪でいかにも男の子受けしそうな、護ってあげたくなるような女の子。
(江戸川君もあんな子が好みなのかな・・・)
周りから騒がれても嬉しくなんかない。
貴方に見てもらいたいのに。
彼に気づかれないように、そのままそっとその場を離れる。
「灰原さんっ!!
「・・・・・戸村先輩」
職員室に向かう途中で声をかけてきたのは、
最近やたらかまってくる三年生の戸村先輩だった。
「今日放課後空いてる?話があるんだけど・・・」
「えぇ・・・・今日は部活がないもので」
毎週火曜日は部活がない。
話したい内容もだいたい分かる。
本当はその手の話はもうウンザリだが、
『江戸川先輩のこと、入学式のときから好きでした』
さっきのことを思い出す。
「じゃぁ、一緒に帰らないか?こっちも部活が休みだから」
昇降口で待ち合わせをし、その場は別れる。
その日の放課後。
「コナン君・・・・・」
「っ?!」
最近避けられがちだった歩美から、急に声をかけられてビビる。
「何?どうしたの?」
恐い顔の彼女に更にビビる。
「・・・・・・・・・・・灰原さんが戸村先輩に呼び出されてたよ?」
「何だって?!」
戸村先輩とはこの前灰原に声をかけていた男のことだろう。
「先輩・・・告白・・・するんだと思う」
「・・・・・・・・・」
引き留めるべきだろうか。
「コナン君・・・・・・・止めに行ったら?」
そう言う歩美ちゃんは下を向いているから、表情がよく見えない。
何も気づいてやれないオレは、灰原のことで頭がいっぱいだった。
止めに行かなくてはいけない。
何故だか無性にそんな気がしてならない。
「もう気づいているかもしれないけど・・・・」
ほらきた。
「君のこと、好きなんだ」
やっぱり。
そんなことだろうと思った。
放課後現れた彼は少し照れたように、
「じゃぁ帰ろうか」と一緒に並んで歩き出す。
そして近くの公園で立ち止まり、こんな台詞で始まった。
日差しが暑い。
夏がもうここまで来ている。
どこからか蝉の鳴き声も聞こえる。
遠くに彼女の姿が見えた。
間違いない、隣にいるのは戸村先輩。
会話がうっすら聞こえる。
止めるには間に合わない・・・・・・・!!
「あの・・・・・あたしっ―――」
「今すぐに答えを出さないで欲しい」
彼女の断りの返事を彼は遮る。
「・・・・・・?」
「これからオレのこと、そういう風に意識してくれないか?その後で返事を聞きたい」
「・・・・・・・・はい」
彼の真剣な目に負けてしまう。
彼は他よりちょっと違う。
戸村先輩はその辺の男よりはよっぽど分かっている。
だからあえてあたしに条件を付けてきた。
「じゃぁ、また明日」
「・・・はい」
彼は爽やかな笑顔を見せて去っていく。
少し彼の後ろ姿を眺めていた。
『これからオレのこと、そういう風に意識してくれないか?』
彼の言葉が頭の中に響く。
無理ですよ。
あたし・・・・・・
「灰原っ・・・・・・!!」
ふいに聞こえた懐かしい声。
怒っているのだろうか。そんな風にも聞こえた。
「江戸川君・・・・・・」
もしかして今の会話を聞かれたのだろうか。
走ってきたのかゼエゼエ言っている。
「・・・・・・どうし・・・たの?」
「・・・・・・・・・・戸村先輩ってかっこいいんだな」
彼の眉が下がっているのがよく分かる。
「・・・・・・・・今の・・・聞いてたのね」
聞いちゃったんだ?
「・・・・・・・モテル女はツライな?」
違う。
本当はこんなこと言いたいんじゃない。
謝りたいのに。
素直に言葉が出てこない。
「・・・・・・・・」
灰原は泣きそうな顔をしたまま何も言わない。
「・・・・・・・・・貴方こそモテル男はツライんじゃない?」
「ま・・・まぁな」
違う。
本当は彼女からこんなこと言われたくない。
「・・・・・あの子あたしと違って素直だし可愛いし、このまま付き合っちゃえば?!」
彼女はそう吐き捨てて、そのまま走り出す。
オレは追いかける資格なんかなくて、
その場でただ黙って立ちつくしていた・・・・・・・・
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