「先生、よくも騙してくれましたね?」
もちろん後夜祭の司会の件だ。
教師に騙されて、まんまと灰原と司会をやらされることになってしまった。
朝の生徒会ミーティングで、ずっと逃げていた担当教師を捕らえ、文句を言う。
「まぁ、江戸川なら何とかなるだろ?」
何とかならないから今焦っているのです。
司会のカンニングペーパーさえも作ってないぞ?
この前のリハーサルは散々であった。
「相棒は灰原だし・・・・・じゃぁ頑張れよ」
にっこり笑って肩をポンと叩かれたが、その言葉は耳に入ってはこなかった。
視線の先には眉を下げて困ったように笑っている彼女の姿。
「ぶっつけ本番でも頑張りましょう」
歩み寄り、隣に並んで遠くを見ながら彼女は言った。
「あぁ・・・・・」
そうだ、ニ人でもやれるモン★
ポン、ポポン。
どこからか花火が上がり、昨日と同じように文化祭の始まりを告げた。
昨日に負けないくらいの快晴。
笑ってやりたくなるほど空は青かった。
昨日は午前九時から午後五時まで一日中やっていたが、
今日は後夜祭があるので午後三時で一般公開は終わる。
なのでこの「古畑コナ三郎」は実質、この十時のやつが最後の公演となる。
舞台袖からこっそり体育館の客席の方を見てみると、
今日は日曜日だからか昨日よりもっとお客さんが入っている。
客に呑まれて眩暈が起きそうだ。
「すごいよ、コナン君」
「う、うん・・・・・・・」
歩美の言葉に、ハハと乾いた笑いをこぼす。
「これが泣いても笑っても最後の公演よ。皆頑張ってね」
この劇のリーダーである舞台演出の子が声を上げる。
その声にも驚いてしまい、たくさんの客を前に、緊張で足がすくむ。
どきがむねむねする。
(客席はカボチャ、客席はカボチャ・・・・・・・・)
誰かが教えてくれたおまじないを、心の中で繰り返し唱える。
左手の掌に「人」という字を三回書いてごくりと飲み込んだりもした。
こうなりゃ神頼み。
「おまえ何でそんな緊張してんだよ?」
藍沢が余裕の表情で、笑って緊張をほぐそうと話し掛けてくれた。
「何でおまえの方こそそんな余裕なんだよ?」
思わずつっこむ。
「大丈夫、校長からのご褒美はうちのクラスが頂く!!」
・・・・・一体どの辺りが大丈夫なのでしょうか。
会話がかみ合っていないのはいつものことだ。
隣でガッツポーズを決めてる藍沢に、冷ややかな視線を送っておく。
あのご褒美はやっぱりうちのクラスも狙っているらしい。
というか、何なんだ?そのご褒美とは。
「ご褒美絶対頂くぞー!!」
クラス委員である藍沢の声に、いざ出陣。
「「オー!!」」
何ともノリのいいクラスである。
「オ、オー・・・・・・」
軽く右手を上げて一応ノっておく。
ジー。
十時ジャスト。
舞台開始のベルが鈍く鳴り、重そうな幕がゆっくり上がる。
照明はついていなくて、舞台は真っ暗。
そこへパっと一筋の光が差し込む。
何だ何だとどよめきが起こり、不思議そうにしていたお客さんも、
一筋の光のみの真っ暗な舞台に一人佇む人物を見つけると、一歩遅れて拍手。
そう、この人物こそが古畑コナ三郎なのである。
「・・・・・・・・・・・・えー、今回の事件は大変厄介でした。
何と私に挑戦状を叩きつけてきた人物と対決することになったのです。
今時予告状など送りつけてくる、レトロな大泥棒・怪盗キッド・・・・・・
えっ?対決はどちらに軍配が上がったかって?
フフ・・・・・それは本編でゆっくりとお楽しみ下さい。ヒントは予告状。
えー・・・・・・・・・・古畑コナ三郎でした」
ここで照明を落とし、また舞台は真っ暗となる。
本物さながらのオープニング。(別名パロディーともいう)
素人ものまね大会に出れるかもしれない。
眉間のしわとあのポーズも健在。出だしは好調。
「古畑さん、古畑さん・・・・大変です!!」
女版今泉は歩美の役だ。もちろんおでこも出している。
練習・本番と何度も叩いてしまったので、赤くなってしまっている。
「どうしたんだい?そんなに慌てて」
コナ三郎はちょっとのんびり屋らしい。
「古畑さん宛てに予告状です。あの怪盗キッドから!!」
こうして古畑コナ三郎VS怪盗キッドのお芝居が始まるのである。
舞台は少し季節がズレるが、クリスマスの飾りが目立つ、イヴの東京。
キッドは、日本一大きなおもちゃ屋からブリキのおもちゃを盗むというのだ。
ただ、「盗む」ということに抵抗があるのか、結局はそれを元の持ち主に返すという、
何ともどちらが正義の味方か分からない話である。
オイシイところは藍沢扮する怪盗キッドに盗られてしまうのだ。
(主人公はオレだろうが)
自分はこんな特注のヅラまでかぶっているのに。
そんな中、劇は佳境に入っていく。
怪盗キッドは古畑の目の前で華麗に獲物を盗む。
「逃がさんぞ、怪盗キッド!!」
ここで客席に向かって叫ぶのだが、客席にちらりと視線を投げると
彼女の姿を見つけてしまった。
客席の真ん中で、何故か松田と光彦に挟まれてアリスの格好のまま、
食い入るように舞台を見つめている。
一瞬舞台が静まり返った。
(何だ・・・・・・・見に来てくれたじゃん)
そう意識したら、もう主人公がどちらかなんか気にならない。
君が見てくれるのなら。
ただそれだけで単純に嬉しい。
「では、確かに『ブリキのおもちゃ』頂きましたよ?」
藍沢は元々運動神経がいいから、去っていく姿も格好いい。
ふわりと宙を舞い、颯爽と姿を消す。
「またいつか逢いましょう・・・・・私と貴方は惹かれあう運命なのだから」
定番となったこの気障な台詞と共に。
静かに幕が降り、 歓声と拍手の渦がたちまち起こった。
たくさんの拍手を受け、昨日と同様にアンコールに応える。
もう一度幕が上がり、オレたちがそのままの衣装で舞台に現れると
更にたくさんの拍手が聞こえた。
これが最後なので軽く自己紹介する。
「古畑を演じました二年A組の江戸川コナンです」
と挨拶すると、名前に反応してか笑われた。
しかし本当に気持ちがいい。達成感がある。
準備期間中は本当に成功するのか心配していたが、何とかなるものある。
苦労して台詞を覚えた甲斐があった。
役者もいいかもしれない。
藍沢と顔を見合わせて、もう一度客席の方を見ると
彼女の姿はすでに消えていた。
「大成功だったみたいね」
「灰原・・・・」
舞台裏に戻ったら、何故か彼女が来ていた。
「なかなか素敵だったわよ?貴方の古畑」
後ろで手を組んで、しゃがんでいるオレの顔を覗き込むようにして笑った。
「・・・・・・見に来てくれてありがと、な」
「松田君たちが見たいっていうから見に来ただけよ」
彼女は視線をそらしてそう冷たく返したが、
「・・・・・・随分熱心に見て下さってたみたいですが?」
自分は舞台の上から彼女の様子を見ていたのだ。
「コホン・・・これから後夜祭の打ち合わせがあるわよ」
軽く咳払いして、頬を赤く染めながら話をそらす。
「あぁ、そっか・・・・・」
一難去ってまた一難である。
すっかり忘れていた。
「着替えてくるからここで待っててくれないか?」
「ごめんなさい、私もクラスに戻らなくてはいけないの」
どうやら休憩時間を使って見に来てくれたらしい。
「そっか、じゃぁ後でクラスまで迎えに行くよ」
「・・・・・・・う、うん」
急いで着替えに向かってしまったので、彼女がどんな顔をしていたかは知らない。
「吉田さん・・・・ちょっといい?」
「・・・・うん?」
先に着替えていた彼女は、赤くなったおでこを隠しながら首をかしげた。
「・・・・・江戸川君、あの衣装一年生の子にあげちゃうかもしれない」
こんなこと、彼女に言いたくはなかったが
言わないでおくのも何だかモヤモヤするので一応話しておく。
先日ライバル宣言もしたことだし。
「・・・・・・・・・・・・・・?」
彼女がショックを受けてないか、恐る恐る顔を覗き込む。
案の定、顔が青ざめている。
「そっか・・・・・・」
やっと出た言葉は諦めに近かった。
「まだわからないけど」
昨日・今日の様子を見ただけでは、彼がどんな返事をしたかは分からない。
「あの衣装・・・・・・・歩美が作ったのにな」
彼女は窓からぼんやり空を見ながら、泣きそうな顔でそう言ったのだった。
着替えを終え灰原を待っている間、目の前をニ人の女の子が通り、立ち止まった。
どうやら隣の教室でやっている占いハウスに並ぶらしい。
ロッカーに背をかけて、何気なく彼女達の会話を聞いていた。
他校生だろうか、うちの学校とは制服が違う。
チェックのスカートを揺らしながら、楽しそうに話している。
「古畑コナ三郎面白かったね〜」
「うん、私昨日も見ちゃったよ」
この言葉につい聞き耳を立てる。嬉しくなった。
だけどその主人公が目の前にいる自分だと気づいてもらえなくて、
肩を落として少しがっかりした。
(やっぱあのヅラがいけねーよな)
しかしあのヅラとももうお別れかと思うと、少し淋しくもなった。
そんなことを考えながらボーっとしていると、ふいに彼女が顔を出す。
「お待たせ。やっと交代の時間だわ」
「打ち合わせまで時間があるし・・・・・一緒に文化祭回らないか?」
腕時計で時間を確認し、提案してみる。
ニ人きりの秘密のデート。
驚いた彼女の瞳。
ほんのちょっとだけ、君とエスケープ。
誰にも言わない、幸せなひととき。
「灰原さん・・・・・・」
トイレに行ってる彼を待ってる間、松田に見つかってしまった。
「こんなところで何してるんだい?」
疑わしい目でこちらに近づいてくる。
逃げようにも逃げられない。
「人を待っているのよ」
気づかれないように、目を合わさないようにして遠まわしな言い方をする。
「まさか江戸川・・・・・・?」
言わなくても分かる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「そうなんだろ?」
両肩を掴まれ、激しく揺さぶられる。
「・・・・・・・・違うわ」
声を上げたその瞬間、視界がさえぎられた。
目の前には紺色のベストと、温かい人のぬくもり。
ここでやっと、抱きしめられたのだと気づく。
「・・・・・・・・・・放して」
彼が戻ってきてしまう。
ほら、顔を背けると視界の先には呆然と立ち尽くす彼の姿。
「松田・・・・・・・・・・・・・」