文化祭当日・一日目―「オレたちに明日はない」






「おい」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「なぁ、おい」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
文化祭当日。
朝早くから生徒会の仕事があったのだが、彼女の機嫌が悪い。
いくら話し掛けても無視されてしまう。
(オレ何かしたっけな・・・・・・・?)
身に覚えがありすぎて困ってしまう。
せっかくまた元の鞘に収まったのに、これでは逆戻りである。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・哀ちゃん」
「その名前で呼ばないでくれる?」
やっと口をきいてくれたが、余計怒らせてしまった。
ボソリと下の名前で呼んだのが相当逆鱗に触れたのか、
オーラがさっきまでのとまた少し変わった。
・・・・・・・・・・・雪が降るかもしれない。
もしくは雷が降るかもしれない。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・なぁ、オレ何かしたか?」
これ以上怒らせないように、そっと訊ねる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
彼女はそっぽを向いたまま、忙しそうにあちこち歩き回る。
同学年と確認し合い、後輩に指示を出し、教師と話し合う。
オレの目の前でせかせかと働いているが、視線を合わそうともしない。
(何だよ、あいつ・・・・・・・・・・)
「じゃぁ、朝のミーティングは終わりです。各クラスに戻って下さい」
哀の声に一同解散し、皆それぞれ各クラスの方に戻っていく。
「へーい」
コナンにも戻ったら劇の稽古が待っている。
文化祭はもう始まろうとしているのだ。深く考えている暇はない。




















『・・・・・・・・先輩、文化祭が終わったらその衣装くれませんか?』
昨日のやり取りを思い出していた。
彼が彼女に何て応えたかは知らない。
聞きたくもなくて、その場から走って逃げてきたから。
知りたかったけど知りたくはなかった。
怖くて。
聞きたくもない結果を知ってしまうのが怖くて。
あたしはまた逃げたんだ。
どうせ、あの衣装もあたしの知らないところでクラスの子が彼のサイズを測って
わざわざ放課後にでも残って作ってくれたんでしょ?
きっと吉田さん辺りが。
それは仕方の無いこと。クラスが違うんだもの。
だけどそれをあの子に譲らないで。
あたしに頂戴なんて言わない。
でも、あの子にだけはあげないで。
唇をきつく結び、今日一日耐えようと歯を食いしばる。
泣かないために。



































ポン、ポポン。
どこからか花火が上がり、文化祭の始まりを告げた。
校門には「第二十六回 帝丹祭」と描かれた大きな看板が飾ってあった。
これは文化祭実行委員の人たちが放課後残って、熱心に作ってくれたのだろう。
校内は緊張が見え隠れする中、一斉に活気付く。
天気は快晴。空が遠く見える。
「灰原さん、これ九番テーブルお願いします」
「そこのアリスちゃん、オーダーお願いね」
「抜け出してオレらと遊ばない?」
哀は茶髪の長髪男ニ人組にこんな風に声をかけられたが、笑って軽く流しておいた。
G組のアリスのティーパーティーは、前評判も高く、出だしは好調だ。
何せ女の子達が皆、アリスの格好をしてウェイトレスをやっているのだから、
これを見に来ない男はいない。
開店と同時に男ばかりで席は埋まった。
「見事に男性ばかりですね」
華麗にパンケーキを裏返した光彦が、客席をちらりと見てため息をこぼす。
「えぇ、そうね」
哀は客席の様子に苦笑しながらも、
ふっくら焼きあがったパンケーキにハチミツとイチゴジャムを添えて盆に乗せ、
カモミールが香る紅茶と共に男だらけの席へと颯爽と運んでいく。
「灰原さんもタフですね。生徒会の仕事とクラスの仕事とで」
「やるからには徹底的にやりたいからね」
光彦の言葉に笑みを漏らす。
どちらも中途半端にはさせたくない。
何かに集中していれば、余計なことも考えずにすむ。
「・・・・・・・・皆灰原さん目当てなんでしょうね」
「そんなことはないわよ」
光彦の言葉に笑って否定する。
自慢じゃないが、G組は他のクラスと比べて可愛い子が多いと思う。
中には、それぞれ狙っている女の子のアリス姿を見に来たヤツもいるはずだ。
でも光彦には分かっていた。
少なくとも、今いる半分以上の男が彼女を慕っていると。
生物の加藤先生なんて、開店と同時にずっと彼女を目で追っている。
「・・・・・灰原さん、その格好よく似合ってますよ」
そんな男たちに引けを取らないように、勇気を出して言ってみる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・ありがと」
頬をイチゴジャムのように赤く染めて言った光彦に、哀はそっと笑いかけた。
やっぱり彼女には笑顔が一番似合う。
しかし、その笑顔がぎこちないのは気のせいだろうか。
「・・・・・・・・・コ、コナン君は見に来ないんでしょうかね」
それを誤魔化すために遠慮がちに訊ねてみる。
数日前の小田さんとの会談の内容は知っている。
彼女が小田さんに何て応えたかも知っている。
「・・・・・・・・・・・・・・分からないわ。彼だって自分のクラスが忙しいでしょうし」
首を振って答えておいた。
自分のアリス姿なんて好き好んで見に来るような人ではない。
彼相当嫌がってたみたいだし。
可愛くない態度ばかり取ってる自分に、
彼だってもうそろそろ愛想が尽きてきた頃じゃないだろうか。
本当はもっと素直になりたいのに。
貴方の前だと上手く言葉が出てこない。

























「逃がさんぞ、怪盗キッド!!」
その頃彼は体育館のステージで本日一回目の公演をしていた。
体育館のステージは他のクラスや部活とローテーション制で使用するため、
一日ニ回が限度である。
うちのクラスは十時からと三時からという、なかなかいい時間が取れた。
「なかなかお客さんの入りは好調だな」
ニ人の出番がない空きの時間に藍沢が声をかけてくれたが、
意識の中には入ってこなかった。
演技中、ずっと客席に目を走らせていたが彼女の姿はなかった。
自分のクラスが忙しいのかもしれない。
生徒会長として何か仕事をやらされているのかもしれない。
そう思い込むことで、この胸のモヤモヤをかき消していた。
本当は誰よりも彼女に見てもらい。
クラスの仕事も生徒会の仕事も放り出して、逢いにきて欲しい。
そう思うのはやはりエゴだろうか。
つまらない、男の嫉妬なのだろうか。
「私は古畑さんの味方です」
舞台では歩美が、古畑のお付きの人の役を好演している。
「古畑さんならきっと、怪盗キッドを捕まえてくれると信じています」
明るい声が響いている。
「・・・・・・・・江戸川?出番だぞ?」
藍沢の声に我に返る。
「あぁ、ごめん」
とにかく今はこの芝居を成功させなくてはいけない。





「またいつか逢いましょう・・・・・私と貴方は惹かれあう運命なのだから」
キッドの気障な台詞でこの芝居は終わる。
古畑は鋭い推理でキッドを見事追い詰めるのだが、
あと一歩のところでヤツに逃げられてしまう。
まさに現実と同じである。
『そう簡単に捕まっちゃたらつまらないじゃない』
脚本を書いてくれた女の子の言葉を思い出す。
彼女は熱狂的な怪盗キッドのファンらしい。
彼女としても、そう簡単に警察に捕まって欲しくないそうだ。
その個人的な感情により、本編も怪盗キッドは結局捕まらないのだ。
まぁいい。
本物の怪盗キッドは自分の手でいつか捕まえてみせる。
藍沢演じるキッドが純白のマントを翻し、消えた。
それと共に幕が下がり、舞台は一瞬静まり返ったが
歓声と拍手の渦がたちまち起こった。
たくさんの拍手を受け、アンコールに応える。
もう一度幕が上がり、オレ達がそのままの衣装で舞台に現れると
更にたくさんの拍手が聞こえた。
ヅラのかぶり心地は悪いが、とても心地が良かった。
とりあえず、初日は無事成功と言えるだろう。
しかし客席に彼女の姿はやはりなかった。



















「コナン君お疲れ〜」
劇が終わり着替えを済ませると、待っていたのは歩美だった。
「午後のが始まるまで一緒に回らない?お腹も空いたでしょ?」
「あぁ・・・・・・・」
ちょうど時間も空いたことだし、生徒会の仕事もないし、
一緒にのんびり文化祭を回るのもいいかもしれない。
藍沢は他のクラスにいる彼女とさっさと出かけてしまった。
「じゃぁ行きますか?」















アイス屋でニ人で抹茶アイスを食べたのはいいが、
さすがにもう十一月なので寒かった。
E組主催のお化け屋敷『何か妖怪?』では女の子の歩美ちゃんの方が強かった。
オレはというと、情けないことにかなりびびっていたものだった。
小田さんのクラスに行くと、「劇見たわよ」と意味深に笑われ
オレと歩美に白玉あんみつをこっそり奢ってくれた。
『すずめのお宿』というだけあって、時代の古い甘味喫茶で、
教室内には甘い匂いが立ち込めている。
小田さんは平安時代の人ようなカツラをかぶり、着物を着て
動きにくそうな格好はしているもの、軽やかに教室内を動き回っている。
ニ週間ほど前にオレに「ズルイ」などと言ったことはもう覚えていないらしい。
女はこれぐらいタフでないと、やってられないみたいだ。
劇中でオレがとちったところを痛いくらいに突いてくれた。
今日の午後は忙しいが、また明日も見にきてくれるらしい。
小田さんは何だか何かふっきれたような、爽やかな笑顔を見せてくれた。
小田さんのクラスの後は、体育館に戻り、元太のクラスの劇を見た。
日本昔話のパロディーなのだが、コメディタッチでなかなか面白かった。
そのあとは何やら騒がしいG組に向かう。
本当は見たくなかったのだが、歩美がどうしても寄りたいというのでやってきたのだ。
案の定、席は下心丸見えの男たちによって埋め尽くされていた。
「・・・・・・・・・あら、いらっしゃい」
オレたちニ人の姿を見ると一瞬表情を暗くしたが、
軽く微笑んで迎えてくれたのは、一際美しいアリス。
まだお昼なのにもう疲れが見えている。
大丈夫だろうか。
「よ、よぉ・・・・・・・」
右手を上げて、少し気まずそうに挨拶した。
「ごめんなさいね、劇見にいけなくて」
店がこんな状態だから・・・・と彼女は続けた。
そう言いながらも、目を合わそうとはしてくれなかった。
「こっちも大盛況みたいね、哀ちゃん」
「えぇ、おかげさまで」
ニ人のやり取りを横目に、
(コイツらこんなに仲良かったか?)
などと考えていた。
時間になったので、灰原に注がれる数多くの男たちの視線を疎ましく思いながらも
午後の公演へと急いだ。
イチイチ嫉妬していたらこの先やっていけそうもない。
(・・・・ったく、バカみてー)




















午後の公演も無事終了し、一日目の文化祭は終わろうとしていた。
展示作品を修理する者、今ごろ遅い昼食を取る者、さっさと帰宅する者。
そんな中、うちのクラスの連中は全員集まり、控え室で今日の反省をする。
自分も舞台演出の子にニ、三箇所注意された。
明日でいよいよ最後。
終わったら後夜祭の司会もある。
「じゃぁ明日も頑張りましょう!!」








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