文化祭前日―「今日が終わる前に」






「ねぇ、歩美ちゃんっていつも江戸川君の傍にいるよね」
「付き合ってんじゃないの?あのニ人」
「私小学校一緒だけど、小学校のときから仲良かったよ?」
「じゃぁ歩美ちゃんが彼の一番なんだね」
女の子達が好きそうなこの手の噂。
こんな噂が流れ始めたのは、いつのころからだったのだろう。






























とうとう泣いても笑っても、明日が本番。
どこのクラスも焦りが見え始め、少し苛立っているのがわかる。
そんな中、うちのクラスは相変わらず皆仲良く、賑やかにやっていた。
というのも、ノリのいいうちのクラスは頑張りやが多いのか、
スムーズに準備が進んでいったのでそんなに慌ててはいないのだ。
「「じゃぁ皆さん、今日も一日頑張りましょう」
いつしかこの言葉がうちのクラスのスローガンとなっていた。










「灰原さん、ちょっといい?」
G組でクラスの最終確認をしているところに、
声をかけてきたのは意外にも小田さんだった。
去年同じクラスだったが、それほど仲がいいというわけではない。
誰も使っていない空き教室を勧められ、
昼間だというのに彼女は扉とカーテンをしっかり閉めた。
この教室は文化祭でも何も使われることがないのか、
机やイスがあちこちのクラスにレンタルされ、まばらにちらばっている。
「・・・・・・・・何かしら?用って」
努めて冷静に振舞う。
彼女はカーテンに手をかけたまま、こちらを向かずに訊ねた。
「・・・・・・・・・・貴女の気持ちが知りたくて」
「あたしの・・・・・・気持ち?」
ゆっくりと訊ね返す。
「江戸川君ってあんまり愛想ないけど、結局お人よしだから誰にでも好かれるよね」
「・・・・・・・・・・・・そうね」
まさかここで江戸川君の話が出るとは思わなかった。
でも反対に、それで何が言いたいのか少し解かった。
「彼の近くにはいつも吉田さんがいるよね」
「・・・・・・・・・・・・そうね」
彼女は小学校の頃からずっと彼を慕っている。
部活でもマネージャーと選手として。
教室でも。ご近所さんでも。
彼女が彼の一番近くにいる存在だって誰もが認めてる。
「だけど私にはわかる・・・・・・貴女も江戸川君のことが好きなんでしょ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」





そっか。
この子も皆と同じ、あたしと同じフシアナな女の子なんだ。
「そして彼も、吉田さんではなくて貴女が一番の女の子だって想ってる」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
あたしが一番?
あたしはただ出身小学校と、去年クラスが同じで。
部活もマネージャーをやっているけど、
誰もが認める関係ではなくて。
あたしだってご近所さんなんだけど、
やっぱりどうしても、皆吉田さんの方が目に留まってて。
一緒に生徒会の仕事をしてるけど、
噂になんかなったことないし。
それなのにあたしが一番?
「お願い・・・・・認めて」
彼女のカーテンを持つ手が震えているのが、この距離でもわかる。
「あたしは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」





























「コナン君も大変ですね」
「ん?」
A組で劇のリハーサルを終えて休憩をしていると、
珍しく光彦が遊びに来た。
「おまえ、自分のクラスはいいのかよ?」
どこのクラスも最終追い込みで忙しいはずだが、
こんなのんびり他のクラスの偵察に来る余裕なんかあるのだろうか。
「だから僕らG組の男子が忙しいのは当日だけなんですって」
もともと飲食系のクラスは飾りつけさえ終わってしまえばヒマらしい。
当日は忙しいといってもローテーション制なので、
一日中忙しいってわけでもなさそうだ。
「・・・・・・・・・さっきたまたま空き教室を覗いたら、灰原さんがいたんです」
「おまえらニ人共、何やってんだよ?!」
灰原も空き教室で何をやってるというのだろうか。
だいたいこれから今度は後夜祭のリハーサルがあるというのに。
「D組の小田さんもいました」
光彦はオレのつっこみを軽く流し、淡々としゃべり始めた。
「・・・・・・・・・・・・小田さん?」
そういえばこの前少し話しただけで、またしゃべらなくなった。
クラスが違うとどうも会わないし、しゃべらなくもなる。
彼女には面と向かって「ズルイ」なんて言われてしまったし。
「・・・・・・・・コナン君はズルイですよ。誰にでも曖昧な態度とって」
何が何だかわからない。
何でこんなに『ズルイ』を連発されなくてはならないのだろう。
ここ一ヶ月で何人の人にこの台詞を言われただろう。
オレの評判は生徒会役員選挙辺りから最悪だ。
あのスピーチがやっぱりまずかったのだろうか。
「・・・・・・・・・・・オレが何かしたか?」
「自分の胸に手を当ててよーく考えてみて下さいっ・・・・!!」
それだけ言うと、光彦は怒ってしまったのか背を向けてすたすたと去っていった。
「何だー?アイツ・・・・・・」




























「明日はいよいよ文化祭ね」
「・・・・・・・・・灰原さん」
後夜祭のリハーサルが終わり、ニ人で空き教室で秘密の相談会をしていた。
いつからだろう、この会が開かれるようになったのは。
あたしはいつも彼女の相談相手。
いつもみたいにニ人で話していると、突然名前を呼ばれた。
「・・・・・・・・・・・何?」
隣を見ると、珍しく真面目な顔をした彼女がいた。
「・・・・・・・もう嘘つかなくていいよ?」
「えっ・・・・・・・・・・・・・」
夕日が教室をオレンジに染め上げる。
あたしは少し眩しくて目を細めていた。
彼女の表情がよく見えない。
「灰原さんもコナン君のこと好きなんでしょ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
その言葉で、眩しくて額に当てていた手を止める。
今日この質問をされたのはニ回目だ。
「歩美だってそんな馬鹿じゃないよ?・・・・・・分かるよそれくらい」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
いつから彼女は気づいていたんだろう。
その小さな胸に、一体どれほどの痛みを抱えていたのだろう。
正直にぶつかってくれた彼女に敬服し、
あたしも正直に答える。
これが礼儀だと思うから。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・好きよ」
たぶん、もう・・・・ずっと前から。
彼女と同様、あたしにも彼しかいなかった。
「あーあ!灰原さんがライバルなら勝ち目ないじゃん」
窓の桟に腰掛けて、ぐんと伸びをしながら口を尖らして言う彼女。
その姿は愛らしい。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
どうして。
貴女の方が彼の近くにいるのに。
あたしと違って、素直で可愛らしくて誰からも愛される彼女。
あたしの方が劣等感を抱いていたのに。
「でもね、諦めたくないの」
「・・・・・・・・・・・うん」
彼女の瞳はただ真っ直ぐ、前だけを向いていた。
彼女の決心の表れのように。
「諦めたらそこで終わっちゃうから」
終わらせたくない。
この想いを色褪せたくない。
「・・・・・・・・あたしも、諦めたくない」
この気持ちは誰にも負けないから。
「この間まで灰原さんとコナン君ケンカしてたでしょ?」
「・・・・・・えっ?・・・・・・・・あぁ・・・うん、ケンカというか」
話が飛んでしどろもどろになる。
果たしてあれはケンカだったのだろうか。
ただ意地を張って話さなかっただけなのかもしれない。
お互い気まずい関係であったのは確かなのだが、
元々ケンカをするほどの仲じゃない。
「ちょっと嬉しく思っちゃった。こんな自分が嫌で・・・・・・・」
わざと彼から離れたんだ。
だから彼女も江戸川君とぎくしゃくしていたんだ。
何で彼女はこんなことまで他人に心配りが出来るんだろう。
「ごめんね、今までずっと嫌な気持ちにさせてきて」
更に彼女は続けた。
「ごめんね、灰原さんの気持ちを封じ込めさせるような真似して」
嘘つかせてごめんね。
自分の気持ちを押し付けることで、あたしを抑圧していたそうだ。
今までの言動も行動も、この秘密の相談会も。
全てあたしの気持ちを知ってて、それでもあたしに本当のことを言われるのが怖くて、
「好きだ」と言わせないようにするためだったと彼女は言った。
泣きそうな顔になり、あたしに謝る彼女。
何で彼女はこうも・・・・
こうも健気なのだろうか。
「・・・・・・・・・・・あたしが江戸川君だったら、間違いなく貴女を選ぶのに」
教室の柱に背をけて、天井を仰いだ。
「そんなことはないよ、コナン君モテるから」
淋しそうに微笑して、首を左右に振った。
「・・・・・・・・そうね・・・・彼、誰にでも優しいから―――」
「誰にでも優しいってことは、誰にも優しくないんだよ?」
あたしの言葉は途中で彼女に遮られた。
「・・・・・・・・・・・・・・」
ハっと息を呑む。
確かに彼女の言う通りだと思う。
彼は優しくなんかない。
ズルイよ。
女の子達の気持ち弄んでさ。
「最近また灰原さんとコナン君、元の鞘に収まったでしょ?」
手を後ろで組んでリズミカルに足をばたつかせたまま、
下を向き少し恨めしそうに彼女は言った。
「うん?」
また普段通りに話せるようになれた。
あたしが三年の先輩に殴られた事件以来。
「・・・・・・・だから歩美もコナン君のこと、もう少しだけ好きでいてもいいかな?」
眉を下げて懇願する彼女を、思わず抱きしめそうになる。
「当たり前じゃない。それは貴女の勝手よ」
あたしだって、もちろん彼を諦めるつもりはない。
そう、彼にはあたしたちを諦めさせる権利はない。
「ねぇ・・・・・・・・・・『哀ちゃん』って呼んでもいい?」
突然のお願いに驚く。
今まで同姓の友人に「哀ちゃん」なんて呼ばれたことなかったから。
どこか周りから一歩線を引かれていたような気がしてたから。
「・・・・・・・・・・・・・いいよ」
首をすくめてあたしはクスリと笑ってみせた。
「ありがと、正直に話してくれて。・・・・・・・じゃぁこれからニ人で頑張ろうね」
軽やかにライバル宣言をされて、反対に心が軽くなった。
何か重いおもしがすっと取れたみたい。
その後あたしたちは顔を見合わせて大きな声で笑って、泣いた。
一番の友人が彼女でよかったと、あたしは心からそう思う。

























後夜祭のリハーサルも無事終わり、司会も何とかやれそうである。
いざとなったらアリスが上手くフォローしてくれるだろうし。
「江戸川先輩っ・・・・・!!」
クラスの劇の宣伝のため古畑の格好をしたまま、
後夜祭ステージ作りのための機材を運ぶ途中、
声をかけられて振り返った先にいたのは、一年生の小宮山かなえであった。
しばらく忙しくて、あの告白以来彼女ともまともに話していないような気がする。
「さすが副会長さんらしいですね」
オレの古畑の格好と大量の荷物を見て、軽くほほえんだ。
「私、江戸川先輩に投票したんですよ」
無邪気に笑う彼女。
「・・・・・・・・あ、ありがと」
こんなところからも票が集まったかと思うと、不思議な気持ちになった。
「手伝いますよ。どこまで運べばいいんですか?」
「いいよ、女の子には重たいだろうし」
男のオレでも充分重たい。
ひ弱そうな彼女にはきっと無理だろう。
「・・・・・・・・・・・・・・・・先輩に話があるんです」
唇をキッと結び、正面から漆黒の瞳を向けられた。
「忙しいと思いますが、少しお時間を頂けませんか?」
十中八九、話というのは告白のことだろう。
彼女の声や肩は震えていた。
『コナン君はズルイですよ。誰にでも曖昧な態度とって』
さっきの光彦の言葉を思い出す。
そうだな、最低だ。オレは。
この子にもきちんと答えを出さないといけない。
「・・・・・・・・・・・・・・・あのさ」




















彼女と別れて、しばらく空き教室で考えていた。
ふいに彼に逢いたくなる。
今日が終わる前に、文化祭が始まってしまう前に、
貴方に逢いたい。
そう思うと居た堪れなくなって、涙を拭い
生徒会の仕事もクラスの打ち合わせも放り出して
学校中を走り回って、彼を探した。
逢ってきちんと話がしたい。
今の気持ちをぶつけたい。
たとえそれを受け止めてくれなくても。



いた。
三階の渡り廊下に、大量の機材と共に立ち尽くす彼の姿が見える。
その隣には――――

























「・・・・・・・・先輩、文化祭が終わったらその衣装くれませんか?」








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