文化祭ニ週間前のある日の放課後。
着々と準備は進んでいった。
舞台まではさすがに作れないが、小道具や衣装作りが始まっている。
文芸部所属の女の子が書いてくれた脚本に目を通しながら、
オレは独り、不機嫌であった。
教室内は騒がしいので廊下で台詞を覚える。
何とも、ややこしい台詞ばかりだ。
「まぁまぁ・・・・・・・坊主、そんなふてくされるなよ?」
声をかけてきたのは帝丹中学の校舎内に不釣り合いな、
純白の衣装が眩しく、鮮やかな泥棒。
「か、怪盗キッド・・・・・・・!!」
思わず攻撃態勢にはいる。
「ん?何おまえ驚いてんの?」
モノクルを外して素顔を見せたのは、怪盗キッドに化けた藍沢だった。
オレが古畑を演ることになったので、
親友(?)であるヤツは怪盗キッドを引き受けてくれたのだ。
そんな彼はオレから攻撃を仕掛けられそうになってきょとんとしている。
それにしても良く出来てる。
あの嫌味っぽいしゃべり方までそっくりだ。
本当はコイツが怪盗キッドなんじゃねーの?
「あぁ・・・・・・おまえ衣装もう出来たのか」
純白な衣装が良く似合う。
本人は純白ではなく腹黒いのだけれど。
「まぁな・・・・・・・・そっちはヅラが特注なんだって?」
そうなのだ。
古畑の衣装はすぐ出来たのだが、あのヅラはどうも特注らしい。
衣装係の子が「あれだけは譲れない」とか言ってたから、
本物さながらのブツが出てくるに違いない。
頭のサイズまで測られたから相当力を入れているのだろう。
そんなところではりきらないで欲しい。
「本番までに間に合わないといいな」
「そう言うなよ」
藍沢が苦笑いして、どこから取り出したのかポッキーを差し出す。
「サンキュ」
新発売のポッキーをかじりながら、ニ人で台詞合わせする。
メインのニ人なのだから、息が合っていないと大変だ。
そこへ、
「江戸川君っ・・・・・・・・!!」
廊下の奥の方から、不思議の国のアリスが息を切らしながら走ってくる。
金髪の髪に、真っ白なフリルの付いたエプロン。
半袖はもうこの時期では寒いだろうに。
本当にお伽の国からそのまま抜け出してきたようである。
しかしアリスに知り合いはいないはずだが。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・灰原」
そう、まさしくそれはアリスのコスプレした彼女だったのだ。
オレの前で立ち止まると、ゼェゼェと肩で息をする。
G組も衣装合わせなどをやっていたのだろう。
そのままの格好でやってきた彼女は、憎らしいほど可愛らしかった。
「ヅラなんてかぶってんじゃねーよ」
他の男にそんな格好見せんなよ。
「うるさいわね・・・・・自分のヅラが出来てないからって八つ当たりしないでくれる?」
何でオレのヅラが特注だって知ってんだよ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・何の用だよ?」
「そういう言い方する?人がせっかくこのままの格好で急ぎの用を伝えに来てあげたのに」
「ハイハイ・・・・・・・それで?」
お願いだから、分かってくれ。
この微妙な男心を。
「新生徒会メンバー緊急集合。もう皆来てるわ」
「はいよ。じゃぁ藍沢、また後でな」
彼女は藍沢に軽く頭を下げて、来たときみたいに走り出した。
それを追いかけるオレは、まるでアリスを追いかける時計うさぎ。
――――原作の『不思議の国のアリス』は逆じゃなかったか?
「「仮装大会?!」」
生徒会室でいろいろな声が重なった。
生徒会室に行くと、生徒会担当の教師から出されたのは『仮装大会』の言葉。
その輪の中心にいるのは松田だった。
オレを一瞥し、えらそうに胸をはった。
「オレが先生に提案したんだよ。後夜祭は仮装大会で行こうってな」
今年の文化祭は十一月ニ日、三日のニ日間に渡って一般公開されるのだが、
後夜祭というのは三日の最後に在校生のみで行われる打ち上げみたいなものだ。
その後夜祭で、どうやら今年は仮装大会をやることになったらしい。
「参加者は無制限で、個人でもグループでも可。
文化祭実行委員と教職員に審査やってもらおうと思うんだけど?」
アリスが口を挟む。
「・・・・・・・・何でおまえ」
何故彼女が知っているのだろう。まるで提案者みたいに・・・・
「オレと灰原さんでこれ考えたんだよ」
聞いてもいないのに、松田が口を挟む。
「松田君に誘われて、一緒に考えたのよ」
彼女も認めて、オレだけのけ者。
・・・・・・・面白くない。
こういうとき、何で同じクラスじゃないのかと不満に思う。
他の生徒会メンバーがオレと松田の間に走った火花にびびっている。
「・・・・・・・・コホン・・・・それで大賞とか決めるのかよ?」
軽く咳払いして、一年生もいるので怖がらせないようににっこり微笑んでおく。
審査員がいるぐらいだからおそらくそうであろう。
「そう。大賞受賞者は賞状と何か景品を出そうかって話してたのよ」
一体どこまで話は進んでるんだよ、オレがいない間に。
「バザーで余ったもんでいいんじゃねーの?」
「真面目に考えてくれる?もらって嬉しいものを考えてよ」
オレの提案はあっさり彼女に下げられた。
「オレの父親が文房具会社に勤めてるから、余りものでいいなら何か貰ってくるよ」
「文房具なら学生には嬉しいかもね」
松田の提案はあっさり許可された。
同じ余りものでも随分扱いが違う。
松田はまたオレの方を一瞥し、口元を歪めた。
「じゃぁそういうことで皆OKだな?」
最後に生徒会担当の教師がまとめ、一同賛成。
「各クラスには私から学級委員に連絡しときます。参加者をいっぱい集めておいて下さいね」
会長らしく彼女が締めて、緊急集合会は解散となった。
「歩美っ・・・・!!今年の後夜祭仮装大会なんだって」
教室でちくちく針と糸で衣装作りをしている歩美のところに、
同じクラスの友人でおしゃべり・情報通の遙が駆け込んだ。
「仮装大会?」
手を止め、振り返る。
「あんた出てみれば?」
「えっ?!・・・・・・・・嫌だよ」
仮装大会は楽しそうだが、自分でやるのは恥ずかしい気がする。
「そうねぇ、『白雪姫』なんかあんたにピッタリじゃない?」
「白雪姫・・・・・・・・・」
一番好きな話である。
「そう、雰囲気とかも合ってるよ。あんたそれやりな!!」
「でも・・・・・・・」
自分があの白雪姫の格好をして舞台に上がるのを想像し、赤面する。
「江戸川君だって、歩美がそんな格好したら振り向いてくれるかもよ?」
「遙!!声が大きいって!」
慌てて人差し指に手を当てて、なだめる。
自分が彼を好きなことは、クラスの半分以上の生徒が知っている。
気がついてないのは鈍感な彼だけ。
小学校の頃から「好きだ」と言い続けてきたけど、
真面目に受け取ってくれない。
私たち、もう中学生になったんだよ?
中には付き合ってる子たちもいるんだよ?
少しくらい、応えてよ。
「私がとびきり可愛い衣装作ってあげるからさ」
家庭部の彼女が何か企んだように笑った。
「いーい?恋愛はね、先に動いたものが勝ちなのよ?」
彼女曰く、これが恋愛革命のススメらしい。
「コナン君っ・・・・・!!」
教室に戻る途中、歩美に声をかけられる。
「今年の後夜祭って仮装大会なんでしょ?」
「ハハ・・・・もうバレてるよ。それがどうかした?」
笑って誤魔化しておく。
まだオフレコなのだ。
「歩美ね、『白雪姫』で出てみようって思うんだけど・・・・・・」
参加者第一号である。
「うん!いいんじゃねぇ?合ってると思うよ」
「ホントに?!」
いちいち彼のお世辞に反応してしまう自分がいる。
「可愛いんだろうな・・・・歩美の『白雪姫』」
照れたように笑った彼。
夕焼けが彼を茜色に染めて、眩しくて胸がきゅんとなる。
言っちゃおうか?
胸を締め付ける、この想いを口にしたら、少しは楽になれるかもしれない。
「・・・・・・・・・・・・・・あ、あのね―――」
「江戸川君っ・・・・・!!」
歩美の声は途中でかき消された。
「小田さん・・・・・・・」
声をかけてきたのは小田さんだった。
ニ年でクラスが離れて、しばらく会ってなかったような気がする。
彼女も衣装合わせの最中なのか、平安時代の人みたいな長い髪のカツラをかぶっている。
「ご、ごめん・・・・・・何でもないや」
歩美は小田さんの姿を見ると、泣きそうな顔になり
ペコリと頭を下げて教室の方に走って行ってしまった。
「ごめんね、吉田さんと話してる最中だったのに」
「あぁ、別に構わねぇけど」
最後の歩美の表情が気になるが、話はまた後で聞けばいい。
「優しいんだね、江戸川君って」
「・・・・・・・・そうか?」
彼女が何を言いたいのかよくわからない。
「でもそれってすごく酷だよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・?」
「江戸川君ってズルイよね・・・・・・・」
彼女はそれだけ言って、去ってしまった。
「ズルイ?オレが?」
歩美といい、小田さんといい、ちっともわけがわからない。
確かなのは、ニ人とも今にも泣き出しそうだったこと。
「私だって好きなんだけどな・・・・・・・」
ズルイよ。
長い髪のカツラを指先で払い、立ち止まる。
泣かないように、天を仰いだ。
「聞いたぞ、今年の後夜祭は仮装大会なんだって?」
教室に戻るともう伝わったのか、藍沢が嬉しそうに笑った。
というか、何で皆知ってんの?
「オレ達、このままで出れんじゃん」
藍沢はマントを翻し、ポーズを決めた。
「出る気かよ」