アカシアの花言葉を知っているかい?
“秘密の恋”なんだ。

だから、
だからオレは
アカシアの木の下で
君に秘密の恋を誓うよ。






アカシアの木の下で

     君に
秘密の恋を誓おう






最大の欠点はあまりに甘い、優しい香りに
きれいな白い花が埋もれてしまうという贅沢。





(どうして誰も追いかけてこないんだろう・・・)

アカシアの木の下で、志保は独り考えていた。
快斗は追ってきてはくれない。
ましては新一も。

このアカシアの木は前々から知っていた。
最近まで白い花をつけていた大きな木である。
この花の香りが大好きで、坂を下ったスーパーに買い物に行くときには
必ずここに立ち止まり、香りをかいでいた。



どこかに行くわけでもなく、
行くあてもなく、
ただがむしゃらに走って辿り着いた場所。

いつものアカシアの木。
ちょうど雨が降っていたので、傘を借りた。

雨が止んで、もう用事はないのに
離れられない。
誰かがあたしを見つけてくれる。
そんな気がして。





















「どこに居るんだよっ・・・・・!!」

新一に『迎えに行ってやれ』とか言われたはいいが、
志保さんが行く場所なんて解らない。
もう三十分も走り回っている。

見慣れた町。
可愛いバイトのお姉さんがいる薬局。
雨が止んで、一斉に飛び出してきた子供達が遊んでいる公園。
学校、役所、スーパー・・・

彼女はどこにも居ない。





「・・・・・・?」

どこからか甘い匂いが漂ってくる。
例えるならば蜜の香り。
吸い込まれるように、導かれてきたのは
公園から少し離れた場所に一本だけあった木。

花は咲いていないが、
絶えず漂う甘い香り。
地面に散らばった白い花。
そう、これがニセアカシアの木。

頭に『ニセ』なんてつくけど、ギンヨウアカシアとかと区別するためにこの名前が使われているんだ。
日本では『アカシア』というとこれを指すらしい。
まぁ、それは別名で、本当はハリエンジュというらしい。
しかも食えるらしい。
ちょっと物知りな快斗君だった。

白色の蝶形花を開き芳香を放つはずだが、
さすがに今の時期では花の季節は終わってしまっていた。
さっきまで降っていた雨で、葉に雫が溜まっている。



その木の下に、君は居た。





残り香を楽しむように、葉に触れている。
声をかけずに眺めていた。

葉からひとしずく流れ落ちる。
そこでやっと君はオレに気付く。



「・・・・・・・・・志保さん」
ゆっくりと名前を呼ぶ。
驚いていたけど、ちゃんと返事をくれた。
「どうして・・・・・?」
それはこっちが聞きたい。

「志保さん、アカシアが好きなの?」
そっと歩み寄り、木を見上げる。
結構高い。
七メートルぐらいはあるだろうか。

「この木の下で雨宿りしてたのよ」
確かにここなら雨にもあたらなそうだ。





「新一が帰ってきたよ」
木から目を離さずに言う。

まだ少し、
君の顔を見るのがツライから。

「そう・・・・」
そう言いながらも帰る気はないみたいだ。



「新一に話したよ」
「・・・・・」
彼女は何も言わない。

「・・・・・何か新一言ってた?」
「君を迎えに行けって」
「それだけ?」
「それだけ」

嘘は言っていない。

新一はオレのことは心配してくれたみたいだが、
志保さんのことは何も言ってはいない。
ただ『譲る気はない』としか。



「あの人はいつもそうね・・・・・」
ほら、淋しい顔をする。

前から思っていたんだ。
大好きな新一と居るはずなのに、
どうして彼女はそんなに淋しそうなんだ?

「そう・・・・って?」
その理由が知りたくて尋ねる。
「あの人は別にあたしのことなんか・・・・・」

彼女の頬に伝うもの。
最初は何か解らなかった。

涙・・・・・・・・?



いや、雨だ。
やっと止んだと思ったら、また降ってきやがった。





ポツリポツリと。
周りに居た人々が慌てて建物の中に入っていく。
雷まで鳴っている。
さっき止んだと思ったら、すぐこれだ。
梅雨はこれだからイヤなんだ。

人の気持ちと梅雨の天気。
降ったり止んだり。
愛したり、愛さなかったり。
傷ついたり、傷つけたり。

それでもやっぱり人は恋に堕ちるもんなんだよ?





「・・・・・・志保さん?」
促すが、彼女は下を向いたまま首を振る。
そっと腕を取るが、あっさり払われてしまう。

「・・・・・・濡れちゃうよ?」
そう言ってるそばから、髪が湿ってきた。
やがて顔、腕・・・・さらにはTシャツから伝って背中にまで冷たいものを感じる。
「・・・・・・風邪引いちゃうよ?」

そうしたら、アイツが心配するよ?



今だって、
そうきっと。
慌てて二人分の傘を持って家を飛び出しているはず。
オレが側にいるの忘れて、
オレの分の傘は持ってきてはくれない。

クールにしてるけど、本当はアイツだって脆いんだ。
オレに志保さんを奪われるのが怖いんだ。





「もう・・・やだよ?」

震えながら彼女は言う。
嗚咽を繰り返しながら、でも手は上げたままで。
手を真っ直ぐ伸ばし、呼んでいる。



「じゃぁ・・・・やめようか?」

その手をとる。
「ツライならやめればいい」

そう言いながら抱きしめる。



「・・・・・・・・志保さんが好きだよ?」





終わりにしよう。
解っている。

終わりを告げに来たのに。
どれだけこれを望んだことか。



抱きしめたままふと思い出す。
もうすぐ自分の誕生日だ。

いや・・・・
今年の誕生日プレゼントはこれだけで十分。





アカシアの雨に打たれながら、
泣いていた。
やりきれなくて、
逃げ場もなくて。
どうすることも出来なくて。

愛して、
傷ついて、
傷つけて、
抱きしめて、

ただ泣いていた。





誰にも言えない秘密の恋。

今ここで、
このアカシアの木の下で君に誓おう。





雨は止まない。