アカシアの木の下で
君に秘密の恋を誓おう
解っている。
抱きしめたって無駄なのに。
その心は手に入らないのに。
カタチのないものだから壊れやすく、
大切にしたいのに、
オレは不器用だから何も出来ずにいる。
「志保っ!!」
ほら、彼が来た。
ちゃんと自分と志保さん用の傘を持って。
慌てたやってきたからか、髪が乱れている。
いつも綺麗に整えているのに。
息を切らして歩み寄る。
雨で濡れて透けているシャツは、何故だかたくましく見えた。
「新一っ・・・・・」
志保さんはオレの腕をさっさと突き放し、
ヤツの元へと急ぐ。
ほら。
どうしたって彼女の心は手にはいらない。
そんなこと解っていたのに、どうしてこんなにも哀しいのだろうか。
「快斗・・・・」
志保さんが新一の腕の中で、
顔だけこちらを向けてオレの名を呼ぶ。
同情なんていらないよ。
欲しかったのは君の心だけ。
新一は志保さんをしっかり受け止め、
オレの方は見ようとしない。
「ごめん」と一言呟いていたが、
それは果たして志保さんに向けてなのか、
それともオレに向けてなのか。
志保さんが新一の腕から離れ、少しだけこちらに歩み寄る。
「快斗・・・ごめん」
志保さんはまだ泣き止まない。
「快斗のことはやっぱり・・・・」
顔を手で覆い、ごめんねと何度も何度も繰り返した。
「・・・・・謝るなら最初から誘わないでくれよ?」
だからそんな志保さんを見ていられなく、そっぽを向いて苦笑する。
志保さんが余計泣いてしまいそうだったから、慌てて弁解する。
「オレはもう大丈夫だから」
本当は全然大丈夫じゃなくて、
オレの方がその場で泣き崩れてしまいたい程だったけれど、
さすがにそれはカッコ悪くて、
蒼い嘘はもう付きたくはなかったけれど、
「逃がした魚はでかいもんだよ?」
などと、仕方ないからちょっとキザな台詞を言ってみたり。
オレの精一杯の強がり。
でもそれはやっぱり空回りで、
志保さんはプっと吹き出していた。
終わりにすることは前から解っていたから、
そんなに哀しくはないかなとか思ったけど、
雨に打たれている志保さんはそれはそれは綺麗で、
新一のモノかと思うと腹立たしく思えてきたものだった。
だから悔し紛れに志保さんをそっと抱き寄せて、
彼女は背がそんなに高くないからオレは少し屈んで、
頬に軽く、さよならのキスをした。
新一は真っ赤になって怒っていたけど、
これでも渾身の思いで身を引いたんだからな。
志保さんは微笑っていた。
オレはというと、志保さんの両腕を抱いたまま、
彼女の胸に顔を埋め、顔を上げられずにいた。
また頬にひとしずく。
泣いていたのかもしれない。
雨で濡れただけなのかもしれない。
でもそれは、
それはきっと
泣きたいくらいに君が愛しかったから。
「志保さんが・・・・・好きだったよ?」
二人を見送った後、
自分を偽らず、
誰にも聞こえないようにそっと呟いた。
誰にも言えずにいた、秘密の恋。
今やっと、その呪縛が解ける。
内緒だよ?
君を好きな事は。
誰にも気づかれないよう、
淡くそっと静かに
その時を待つのに、
君が嘘を付くから。
攫いたくなる。
何もかも壊したくなる。
アカシアの花言葉を知っているかい?
“秘密の恋”なんだ。
だから、
だからオレは
アカシアの木の下で
君に秘密の恋を誓うよ。
雨は相変わらず止まずに降り続いていたし、
Tシャツはずぶ濡れ。
明日はきっと風邪でダウンだろう。
それでも、
それでもオレの心は少しだけ晴れ晴れとしていた。
君のことは忘れない。
君に恋して傷つき、傷つけたことも。
止まらない胸の痛み。
きっといつか笑って話せるように。
またオレのために紅い果実を剥いてくれるように。
その日まで、蒼い自分にさよならしよう。
でも今だけは、
もう少しだけ、
好きでいさせて。
このアカシアの木の下で、
秘密の恋の詩を聴かせて。
地面に無造作に散らばったアカシアの小さな白い花。
雨に濡れたそれを一枚だけ拾い上げる。
木にはたくさんの実がなっている。
まだほんの少し残り香が香るアカシアの種を実家の庭に埋めて、
来年のこの時期は、その小さな花と優しい香りを楽しもうか。
Happy birthday to Kaito...
Fin.