DIARY
この前久しぶりに椿を走った、
ターンパイクから伊豆スカに抜けようと思った、
寝不足と二日酔いと腰痛で気分が乗らず大観山で引き返した、
海沿いの道は混むが同じターンパイクで引き返すのも嫌で椿を下る事にした、
椿を下るのは数年ぶり、996と自分の腕を考慮すれば相性が悪いのは分かる、
思った通りギクシャクする、
途中で諦め惰性で走っていると短いストレートの右側すれすれをGSX-R1000が抜いて行った、
GSX-R1000は抜きざまに左手を軽く上げ次の左ヘアピンを抜けていった、
嫌味の無い抜き方だった、
こちらの右側すれすれを抜いて行ったのも後ろからGSX-R1000が来るのを気付かず
コーナー手前で必要以上にアウトにラインを取った自分に責任が有る、
本来なら、危ねぇなチンタラ走ってカッコだけでアウトに寄るなよと言いたくなる、
GSX-R1000のライダーは軽く手を挙げ“悪気は無かった”とハンドサイン、
ハンドサインを送りたいのはこっちだった、
“気付かずに悪かった”って、
北海道から帰りオイルを交換をした、
新しくなったオイルを馴染ますため走りに行った、
御殿場から伊豆、箱根を越え小田原までの何時ものルートを行くつもりだった、
足柄SAで一服し走り出した、
視線を上げ遠くまで空いている車線を見ていたらスピードを落とすのが勿体無くなった、
結局、菊川で下り遠州灘 まで海を見に行った、
新しくなったMOTUL 300V COMPETITION 15W-50、
こいつがすこぶる調子がいい、
MOTULが2輪湿式クラッチ対応の束縛を捨てたオイル、
これならRED LINE、YACOO、silkoleneに水を開けられる事は無いだろう、
北海道に走りに行った、
11時過ぎに家を出、19時前に青森に着いた、
青森から函館行きのフェリーは頻繁に出ている、
大通りから青森駅に向かう路地のスナックに立ち寄った、
地元のママと常連のおじさん2、3人、おそらくいつも同じ席に座っている常連のお婆ちゃん、
そんな店でビールと焼酎とママ達とのお喋りで一息付いた、
青森から函館まではフェリーで4時間程度、函館に着いたのは夜中、
北海道に行って如何するかは考えていなかった、
正直北海道の事は殆ど知らない、 考えても仕方ない、フェリーターミナルで寝た、
明るくなり目が覚め函館の街で朝飯を食い北に向かう、
途中脇道にそれ何とか温泉に入り昼飯を食う、暗くなる前にテントを張り辺りを散歩、
暗くなったら地酒とつまみで時間が過ぎる、
湖の近く、山の中、草原、1週間を過ごした、
苫小牧から大洗行きのフェリーに乗って家路に着いた、
北海道は確かに広かった、
しかし、 今のバイクの性能なら日本の北の端しも南の端も24時間で行ける、
速度が上がれば距離は縮まる、飛行機より汽車の方が旅情は深まる、
家に帰り996の汚れを落としながら考えて見た、
6月の終わりに、人が倒れた、CPRをした、
心肺蘇生法の訓練はしていたが、
人の生き死に関わる、
重い思いが夜中に降りてくる、
1週間前までは夜中まで蝉が鳴いてい た、
今は秋の虫が鳴いている、
ここ1ヶ月お巡りさんとの巡り合わせが良い、
最初は東名青葉を過ぎた辺りのR246の下りで白バイにロックオンされそうになった、
赤灯を回して追い掛けて来た、
乗っていたのはKawasaki スーパーシェルパ、
コイツのバックミラーは良く見える、エンブレでスピードを落とし様子を見る、
白バイはシェルパ抜かし脇道に入って行った、
日曜の早朝、アドレス110でR246の青葉台を過ぎ下っていった、
止まれの赤旗と赤棒を振って2人のお巡りさんが出て来た、
三茶過ぎのバス専を取り締まっているお巡りさんより真面目に仕事をしていた、
別に用も無いのでサヨナラした、
夜のR246上り、市ヶ尾手前の左車線、パトカーが50kmで走っていた、
周りのドライバーはコイツに気を使い抜くに抜けず走っていた、
コイツのせいで半ば渋滞、
知らない間に右車線の先頭に押し出されたいた、しばらく様子を見たが変化無し、
スロットルを開けパトカーを抜いていった、パトカーからなんだかんだ言って来た、
どうでもよかった、
金曜の夜中、上りの青葉台辺りでバックミラーを見ると赤灯回した覆面が、
様子を見ると確実にターゲットに成っていた、
右後方の覆面から「前のバイク左に寄って止まりなさい」とアナウンス、
左に寄るけど止まりはしねぇよ、
最近おとなしくなったとか、
もう年だからって言われる、
新宿のバイト連中からの電話ではいつも聞かれる、
「最近、暴れてるんですか?」
おいおい、お前らといた頃もそんなに暴れてないって、
「横浜に行ってから仕事人間になったって本当ですか?」
おいおい、お前らといた頃もそれなりに仕事していただろ、
確かに横浜では朝から晩まで仕事をしている、休みも無く仕事をしている、
新宿のバイト連中が「大丈夫ですか?」って聞きたくなるのも分かる、
そんな話を心の中で笑いながら聞いてい る、
そんな事を心配するなよ、
俺の頭の中では今でも進軍ラッパが鳴り響いている、
996で鎌倉に行った、
通り道のついでに寄って行ったと云った方が正確かもしれない、
北鎌倉でバイクを止め少し散歩した、
何年振りだろう鎌倉を歩くなんて、昔とあまり変わっていなかった気がする、
996に戻り鎌倉の街を見ながら走っていた、海でも見て帰ろうと乗り走っていると大仏の標識が、
中学校以来に足を運んだ、小奇麗な広場の様な所に大仏が控えていた、
ベンチに座り一息付き大仏を眺めていた、大仏の前で写メを取っているカップル、色んな人がいた、
どこぞの国の人が大仏様の前で拝む時、
雨が降っているのに関わらず靴を脱ぎひざまづいていた、
どこぞの国の人が大仏様の前で祈る時、
線香を両手で挟み手を合わせ30分以上大仏様の前で祈っていた、
大仏よりそんな人達を見てる自分がいた、
少なくとも幸せになって欲しいそんな人達、
そんな気持ちで手を合わせ
大仏の前から去った、
自転車がパンクしたのでパンク修理をした、
ホイールを外し小さなプラスティック製のタイヤレバーでホイールからタイヤを外す、
中のチューブを新しい物に丸ごと交換、
逆の手順で組み立て完了、
慣れているとは言え時間で10分強、値段はチューブ代の800円、
バイクに比べれば早くて安い、
近所のパチンコ屋にスロットをやりに行く、近所のコンビニに煙草を買いに行く、
取り敢えずMICHELINのチューブとタイヤ履いた
我が愛車、
本牧を走っていた、梅を見に三渓園によった、
日曜だったので車で駐車場は混んでいた、
996を近くの幹線道路に止め歩いて行った、
園内は空いていた、梅は盛りを過ぎていたが咲いていた、
池の鴨を見ながら一息、団子と甘酒で一息、花を見て一息、
ぶらぶら歩いていた、
のんびりと肩の力が抜ける時間を過ごせた、
新宿からさよならする事になった、
仕事場が新宿から横浜に変わった、
新宿は汚くゴミゴミした街だが結構好きだった、
意外と住んでる人は真面目でいい人が多かった、
取り敢えず終電まで、深夜バスまで、そんな言葉に付き合って朝まで飲んでる事が多かった、
今でも若いバイト連中に呼び出されて飲みに行くが、
飲み屋を探してうろうろしていたのがなんだか懐かしく思う、
横浜では忙しく毎日朝から夜の12時過ぎまで仕事をしている、
仕事が終わると仕事の打ち合わせと称しファミレスでくっちゃべってる、
休みも無く疲れるがみんな前向きに仕事をしているので
それに付き合い楽しんでいる、
昨年の年末に
S.T.M.スリッパークラッチに交換した、
ボーナスが入ってから毎日周りの連中と飲みに行っていた、
気付いたら半分近く飲み代で無くなっていた、
何か形に残る様にしようと12月と給料と合わせS.T.M. スリッパークラッチを手に入れた、
正月に箱根まで走りに行った、
日向と日陰の道路コンディションの違いに冬の峠を感じる、
ターンパイクは観光客か正月を温泉で過ごす旅行者の車がノンビリ走り、
それに合わせるよう流していると駐車スペースからどこぞのチームのステッカーを貼った車が追って来た、
完敗だった、道路コンディションせいしようと思ったが、夏でも付いて行けたかどうか、
少し走っているとさっきの車が見えて来た、
ふまえているドライバーだと思った、
前を走るのんびりカーの後ろをその車のペースに合わせ走っている、
抜こうと思えば抜けるのに相手の事を考え強引な追越をしない様にしている、
そのまま一定の車間距離を空け大観山まで登って行った、
おそらくターンパイクに来てちょこっと勝負でもしたかったのだろう、
ゆっくり走る正月休みの車が多く駐車スペースで休んでいると996が通りスクランブルしたのだろう、
そう考えると少し無理をしてでも付き合ってやればよかったと思った、
いつもはターンパイクから小田原厚木で帰るのだが、
海が見たくなり椿を下り湯河原から家路についた、
A HAPPY NEW YEAR !
今年も走りましょう、
携帯を新しいのに変えた、
前に使っていたMAILも使えない白黒の壊れかけた古い携帯、
留守電を聞いても何を言っているのか分からなく新しくした、
機種変で同じdocomoにしようと近所の電気屋に行ったがdocomoは高い、
携帯に一万も二万もかける気は無い、
隣で売っていた3,800円のvodafoneに鞍替えをした、家に帰り箱を開けると分厚いマニュアルが待っていた、
MAIL、ネット、カメラ、ビデオ、ゲーム、それに占いや今日の運勢、何でもござれの親切設計、
そりゃバイクなんか乗る人間は減るよな、
カラオケ、プリクラ、出会い系、
すぐに答えが出ないと納得しない、すぐに結果が出ないと満足しない、
996が点検から帰って来た、
人手不足の店で深夜まで作業してくれたらしい、自分に合わせわざわざ休みの日に店を開けくれた、
オヤジの店は他所でDUCATIを買った客の整備や修理の依頼も多く儲かっているようだが、
オヤジはそうは思ってないようだ、
うちにこれだけ他所で買った客が来るのは他所が技術が無く売りっ放しと云う事だ、と言っていた、
研修をしてサービスマニュアル通りの整備は出来てもそれ以外は出来ない、
マニュアルで書いてある事がおかしくてもそれに気付かない、
フロントフォークのオイル交換一つ取ってそう、DUCATIのサービスマニュアルは当てにならない、
油量と油面の指定が有るのだが油量を取ると油面が合わない、油面を取ると油量が合わない、
サービスマニュアルでは油面132mmで調節しろと書いて有るがそれではサスの動きが悪くなる、
それに気付かない、マニュアル通り組んで、こんなもんですよと平気で動かないサスを客に渡し、
組み立てラインの質の低下も気付かずカムのベアリングが圧着されてない異音のするバイクを平気で客に渡す、
そんな店が増えた、そんな事をやっていたら何時か駄目になるとオヤジは言っていた、
オーバーパワーのマシンをエンジンの味付けを変え抜いていく、
リアサスのリンクを経験と勘だけで削りだし結果を出す、
フロントフォークの油面をフォークの動きと睨めっこしながら探る、
オヤジの経験と技術を育んだ長い時間に付いて考えてみた、
距離が伸びたので996を点検に出している、
一週間から二週間掛かるらしい、
代車は家に帰るだけなのでスクーターを頼んだが置き場が無いからSSにしてくれと言われた、
家に帰るまで久しぶりに空冷Lツインを楽しんだ、
RIDING GEARで愛用のカッパを載せた、
何故今まで載せなかったのかと自分で思う位お世話になっているカッパだ、
9,800円程度の値段でここ3,4年排気ガスで黒く煤けながらも台風からも雪からも守ってくれた、
カッパの事を書きながら国産メーカーの雨具はつくづく優秀だと思った、
コンパクト折りたたみ傘を無くして買い換えた時の事を思い出した、
それまではmont-bellを使っていたが海外メーカーのコンパクト折りたたみ傘にした、
買ってしばらく使っているとフレームと生地がずれ使えなくなってしまった、
またテントにしても名の通った国産メーカー品なら安いモデルでもシーリングがして有るが
海外メーカーでは一流と云われるメーカーでもシーリングがしていない製品が有る、
愛用のMossも自分でシームシーリングした、
特にこだわりが無ければ雨具は国産メーカーが良い、
2003/11/06
幾らタイヤの端まで使おうがタイヤが溶けるほどトラクションを掛け様が
一体バイクの性能の何パーセント使っているのだろう、
バイクを思うように扱いたい自分の手足のように扱いたいと思うほど自分がヘタに思えてくる、
峠で速くても所詮他人との比較、
何も考えずフルバンクしスロットルを開け追いかけっこをしても所詮自己満足、
何時しかそれでは満足しなくなる、
もう少しバイクと自分との関係を見直して見ようと思う、
一対一で何処まで出来るのかと思いここ数年走っている、
一向に思うようには成らない、
今日は昼過ぎに目が覚めた、
一日ゴロゴロしていようと思った、ちょこまかバイクの世話をしていた、
996のオイルとオイルフィルターを交換し、ついでにシェルパもオイル交換をした、
シェルパにもRED LINEを入れてやった、一寸勿体無い気もするが半額で買えるし、
また前からHIビームーが切れていたアドレス110のライトを交換した、
これで御三方のご機嫌も少しは良くなっただろう、
折角オイルを交換したのだからと
結局走りに行ってしまった、
2003/10/10
このホームページのアクセスが10,000件を越えた、
前のパソコンが壊れ仕方なく買った今使っているパソコン、
ついでに買ったソフトに付いていたホームページを作れるソフト、
取り敢えず作ってみたMy HOME PAGE、
月に一度の名張のdiary
ほんの一年前の出来事、
ここ一年で何か変わったといえば何も変わっていない自分と
仲間内で知っている奴がいないMy HOME PAGE、
よく怒られる、二十歳そこそこのバイトの女の子に、
折角MAILを送っても返事が無いと、
筆不精は自覚しているつもりだが、
最近ちょっと無理して書いては見たが何時まで続く事だろう、
夜、マンションの裏で軽くカラ吹かしをすると部屋から顔を覗かせる、
夜中、家に行くと裏口の鍵が開いてある、
マフラーの音がMAIL代わりだった自分には、
2003/10/09
よく飲みに行く、
新宿の焼き鳥横丁か
渋谷のポッピーばかり注文が有る場末の汚い居酒屋か
近所の若い兄ちゃんがやっている飲み屋に、
連れ立って行ったり、一人で行ったり、
カフェやBARには気づけば行かなくなった、
金持ちのオヤジが高い酒を散々飲んで結局焼酎に落ち着くように
最近はそんな所ばかりだ、
どうも人間臭い所が好きなようだ、
2003/10/01
先週四国に行った、
夜の10:00に家を出、明け方に鳴門海峡を渡る、
5,6時間四国を回り瀬戸大橋から倉敷に抜け家路に着く、
目的も目的地も無いが、
ただバイクで走る為に、
四国は海と山とその間の古めかしい町の島で、
朝、コーヒーを飲もうと思ってもファミレスも無く有っても24時間営業では無い、
道路も空いていて少し奥に入れば車も一台も走って無くこの先行き止まりかと思う位だった、
バイクに乗りながら登校中の学生の集団、町中の人たちの顔、釣りをしている爺さん、
畑を耕している農家のおじさん、そこに住んでいる人達を見ながら走った、
帰ってから新宿の高層ビルを見たら何だか滑稽に見えた、
近所の小洒落た家々が競ってガーデニングを一生懸命やっているのが何だかおかしく思える、
無い物ねだりをしそれに気付いていない、
物に対してそうなら心に対しては尚更だろう、
2003/10/01
先週四国に行った、
20時間以上バイクに乗っていた、
行きは京都の手前でトラックの転倒事故があり通行止めに出くわす、
夜中の2時だか3時だかは忘れたがしばらく高速の上で立ち往生を食らう、おまけに小雨まで降って来た、
道路の端には積荷が散乱しておりレッカー車が来てトラックを起こしていた、
何日かに一度有る高速での風景を見ながら心も体も冷えて来た、
通行止めが解除されると寒さを振り切る為スピード上げ
誰もいないSAでホットコーヒーを飲んで一息付いた、
四国までは順調で予定通り明け方前に明石海峡大橋と大鳴門橋を渡る事が出来た、
四国に入ると取り敢えず朝飯でも食って少し休憩を取ろうとR11を下り徳島市街に向かった、
しかし店がやってない、やっているのはコンビニと吉牛だけ、
仕方なくコンビニでおにぎりとチーカマを買い吉野川を見ながら朝飯を済ます、
さてこれから何処に行くか、
バイクに乗って四国に行く事が目的で四国に行ってから如何するかは考えていなかった、
正直四国の事は殆ど知らない、
地図を見ていたら温泉が有るのに気付き有料道路に乗り向かう、
一軒目は時間が早いと断られる、二軒目は営業していなかった、三件目の白鳥温泉も時間が早いと断れる、
しばらく北上していると海沿いの道に当り高松方向に進んでいると国民宿舎のジェットバスがやっていた、
瀬戸内の海を見ながらジェットバスに入り疲れを取った、
この辺の砂浜は湘南や伊豆とは違い一粒一粒が大きかった、
しばらく下道を走り高松を越え有料道路に乗り松山に向かった、
松山に坊っちゃんの姿を追い走ったが何となくそんな場所だった、
後は時間が有るまで下道を走った、
何時もよりもスピードを落とし、
四国は海と山とその合間の人の島だと思った、
横浜と違い人がでしゃばっていないそんな感じを受けた、
道路沿いを集団で歩いている中高生の表情は横浜の学生より豊かで明るかった、
帰りは瀬戸大橋から帰った、
しまなみ海道は何年後の為に取っておく事にした、
瀬戸大橋から見える瀬戸内の島々を見ながら四国を後にした、
昔の仲間が事故で逝った、
四つ輪の事故で、
事故自体は大した事が無く中央分離帯に乗り上げた程度で助手席の彼女は擦り傷程度だが、
彼は車外に放り出されたらしい、
葬式は行かなかった、と云うより知った時には既に式は済んでいた、
一緒に乗っていた彼女が式に来ていて霊柩車が彼を運ぶ時にしゃがみこんで震えていたそうだ、
何となく思い出に誘われて走りに行った、
昔と変わらない場所もあったが、大抵は何となく違っていた、
帰りに東名に乗った、御殿場過ぎでかっ飛ばしているバイクの集団に合った、
どっかのBIKE SHOPのグループかBIKE CLUBか分からないが
珍しく月曜日に非常識なスピードで走っている、
何時もなら相手にしないが、今日は少し遊んで貰おうと思った、
一台一台抜いて行った、 先頭を走っているR1の後ろに付け何処で抜こうかと考えていると
Kawasaki ZX-10が空いている一番左車線から996とR1を抜いていった、
どうもコイツが大将らしい、R1はほっておきZX-10に狙いを定めた、
ZX-10は三車線使い走っているが、こちらはプライドで走行車線と追い越し車線の間だけで行く事にした、
230Km位ですり抜けをしZX-10を追う、ZX-10のライダーはいい腕をしているがすり抜け時にスピードを緩めるのと
車体を右左に倒すオーバーアクションの分差を縮められる、
無理して抜こうと思えば抜けたが何故だかそんな気に成れず後ろを走った、
ZX-10に昔の彼と自分の姿を重ねて見ていた、
厚木を少し越えるとZX-10がスピードダウンして来た、
グループライダーお決まりの海老名SAでの休憩らしい、
996も何時もは通り過ぎる海老名SAに入る、
缶コーヒーと煙草を一本吸って帰ろうと走り出すとZX-10のライダーが軽く会釈をして来た、
こちらも軽く左手を挙げ海老名SAを後にした、
HONDAの社長が変わったそうだ、
なんでもNRの開発責任者でオーバルピストンで2スト相手に一泡吹かせようとした人らしい、
4大メーカーと云われるメーカーが有る国でなぜ金も無いのにDUCATIなんかに乗るのだろう、
世界一の品質と云われるメーカーが有る中なぜHARLEY DAVIDSONがこんなにも売れるのだろう、
HONDAがいくらアメリカンを作ろうがHARLEY DAVIDSONには敵わない、
YAMAHAがいくらスーパースポーツを作ろうがDUCATIには敵わない、
何が敵わないのか、
HARLEY DAVIDSONはアメリカンしか作らない、例え作れても、
DUCATIはスポーツバイクしか作らない、例え作れても、
HARLEY DAVIDSONのスタッフはアメリカンが売れなくなったらHARLEY DAVIDSONが潰れと思っている、
DUCATIはスポーツバイクが売れなくなったら自分達が愛したDUCATIの名前が消えると思っている、
何時も逃げれない、そう思いながら自分達が作ったバイク、
そんなのを相手に敵う分けが無い、
まだ16、17の頃、レプリカブーム全盛だった、
やれ88のNSR、後方排気TZR、Γのパワーバンド、城北、スガヤ、イシイ、忠男、
憧れていたスペンサー、ケニーロバーツから続くY、H戦争、それに割り込んで来たシュワンツ、
そんな話題で仲間内で盛り上がった、 バイク雑誌もそんな話題や内容で一杯だった、
各メーカーも毎年フルモデルチェンジ、雑誌の広告もそれで占められていた、
まるでレーサーレプリカがバイクの中で最もバイクらしいバイク、全てのバイクの評価軸、
そんな感じだった、その当時の自分もそう思っていた、
それは間違っていた、
メーカーはレプリカブームが去ると次々と400ccネイキッドモデルを出して来た、
アメリカンが売れると分かればアメリカン、
オールドファッションが売れると分かるとシングル、
大型が教習所で取れる様になると大型ネイキッド、
リッタースポーツが流行るとCBR900、YZF R-1、ZX-9R、GSX-R1000を矢継ぎ早に出して来た、
それまで自分達が作って来たバイクを平気に置き去りにして、
もっと大切なんじゃないの?
売れれば何でもいいの?
あれだけメーカーが力を入れていた2ストは売れないと分かるとすぐに“環境保護”、“地球に優しい”と云う
最近 流行り出した優しいオブラートを盾に取って平気で切ってしまう、
バイクは趣味で拘りの物、
ならば作り手の熱意や情熱を感じるバイクに乗りたい、
国産四つ輪メーカーが次世代エンジンでお茶を濁すような発言をし、
ハイブリッドや燃料電池、天然ガス等のどっち付かずの日和見主義のスタンスの中で、
BMWは次世代の代替エネルギーについて“BMWは水素エンジンで行くと”明言している、
自分達は内燃機関メーカーだから時代がどんなに変わろうが内燃機以外は決して作らない、
例えそれでBMWと云うメーカーが潰れてもそれでも構わない、と云っている事と変わらない、
それだけの拘りをBMWと云うメーカーは持っている、
国産メーカーのひとつにでもそういうメーカーがあってもらいたいと思う、
この前、走りに行った、
東名-小田原厚木-ターンパイク-伊豆スカイラインといつものルートを、
ターンパイクを抜け伊豆スカイラインに向かう途中900SSが後ろからあおって来た、
結構しつこくあおって来たが勝負する気も無いので相手にしないと諦めたのか抜いて行った、
熱海峠に着くとさっきのSSいた、
どうやら待ち伏せをしているようだった、料金所を出ると案の定追って来た、
またまたしつこく空ぶかしをしながら後ろからあおって来る、
こちらは挑発に乗らずわざとゆっくり走ったら横スレスレを抜いて行った、
しばらく走っているとSSが見えて来た、今度はZRX1200を後ろからあおっていた、
ZRX1200のライダーは免許を取ったばかりなのかあまり上手ではないが
後ろからあおられているため必死にペースを上げ走っている、
SSのライダーは抜こうと思えば抜けるのにわざと抜かずケツに付き
ZRX1200のライダーにプレッシャーを与え続けている、
SSのライダーは図に乗りすぎている、996をSSの直ぐ後ろに付ける、
SSのライダーは996に気づきZRX1200抜きペースを上げる、こちらも後ろに付ける、
SSの走りはこの辺を走り慣れている様で
ライン取り、旋回、立ち上がりなどはそつなくスムース、しかし減速から進入が甘い、
SSは996を振り切ろうとペースを上げるがまだまだ敵じゃない、
しばらくSSをあおりながら走っていると、SSがペースダウンして来た、
いつもなら抜いて行くがしばらく後ろからあおり続けた、
勝負をしたいなら勝負をしたい奴を探せばいい、
勝負したくない奴をこれ見よがしにあおったり、
ましてや運転の上手では無い初心者や
峠に慣れていないライダーの後ろからプレッシャーを与えるなどは
決してするものじゃない、
久し振りに釣りに行った、
木更津の沖堤に黒鯛を狙いに、
昼に渡り夜釣りも楽しみ帰って来た、
沖堤で一日のんびりするのも良いものだ、
海と風と自分と魚、それと流れる時間、それだけ有れば贅沢な時を過ごせる、
昔はバイクに竿とバッカンを無理矢理括り付けよく釣りに行った、
あまり釣れなかったがそれはそれで次回のお楽しみに取っといた、
釣りは好きだがここ5、6年行かなかった、と云うより釣りを辞めていた、
最後に行ったのは三浦の暮浜だった、
夏の暑い日だった、堤防には黒鯛師が竿を並べていた、自分もその1人だった、
少し雲行きが怪しくなって来たと思っていると辺りがどんどん暗くなって行き雨が降って来た、
ポツリポツリと降っていたのは最初の5、6分だけ、後はバケツをひっくり返した様だった、
みんな濡れたくないのか慌てて帰る準備をしていた、自分も帰る準備をしていた、
雨が強くなるころには1人もいなくなっていた、
大量のゴミをそのまま残して、
俗に云ういい大人が、おそらく社会や会社ではそれなりの地位に有る人達が、
雨で濡れるのが嫌だと云う理由だけで自分の出したゴミをそのまま残して行った、
若かった自分にはそれが耐えられなかった、雨の中置いて行かれたゴミを拾って歩いた、
それ以来釣りには行かなかった、そうゆう状況をもう見たくは無かったのだろう、
釣りは好きだが釣り人は嫌い、そんな感情を持っていた、
マナーを守ろうなんて云うつもりはさらさら無いが、
自分のしている事にプライドを持つ様にはしている、
この前、久し振りに釣りに行った、
黒鯛は一枚も釣れなかったが楽しい一日だった、
自分の実力を分かると云う事はライダーにとって大切な能力になる、
峠あたりではそれなりに出来ているようだが、
R246を毎日横浜から東京まで東京から横浜まで走る、俗に云うすり抜けで、
抜かされたからと云って絡んでくるバカがいる、
こちらはかなり気にして無理なく抜いているにも関わらず、
道路状況と自分と相手の実力を計りに掛ければ分かりそうな物だが、
平日走っている連中なんかはまだ可愛い物だが、
土日のビッグバイクのライダーは少し困った物だ、
偶にしかバイクに乗らないのかテンションだけ高く周りの状況や自分の実力が分からない、
少なくともここ3、4年、246を自分と同じペースで走れるライダーは3、4人しかいない、
別にすり抜けに命を掛けている訳でも無い、すり抜けキングに成るつもりも無い、ただ先を急いでいるだけ、
246で傷付きスペンサーレプリカを被っているライダーに抜かされたら諦めた方がいい、
抜く前に相手ライダーの値踏みは済ましているのだから、
ホームページを作ってほぼ半年、
少しはマシなホームページに成ったのか、
このホームページを見た人からメールが来る、
質問だったり、励ましの言葉だったり、感想だったり、
アクセスカウンターが0にリセットしてしまう事がこの半年の間に3、4回あった、
インターネットに詳しくない自分には原因が分からない、
知っている人がいたら教えてもらいたい、
桜の咲く季節になって来た、桜が咲くと必ず雨が降ったり、風が吹いたり、
花の命は短いものだとよく云ったものだ、
去年は開花の時期が早く花見をしようと思っているうちに散ってしまった、
今年は花見が出来るだろうか、
桜の季節に走りに行くのも良いもんだ、
ちょろっと遠出をしバイクを降りて知らない場所の桜を楽しむ、
バイクで走って知らない所の行き、通り掛かりの桜の木の下で一服、
少しゆっくり流れた贅沢な時間、
心の垢でも落としに行こう、
だいぶ寒くなってきた、
寒いし路面は凍結している恐れがあるしタイヤは暖まりにくいし、
バイクで走る条件としては適してはいないが、
サスを少しやっこくし路面追従性を上げた冬用セッティングで
箱根に春を待ちながらちょくちょく走りに行く、
思いっきり走れないがまあそんなもんだろう、
よく云われているがタイヤが暖まるまで無理をしない、
冷えているタイヤは何の抵抗も無く足元をさらわれるように転倒する、
リカバーする暇はない、
サスは固めず夏よりややぬいて路面追従性を上げた方が良い、
新しい年を迎えるたびに感じる事がある、
大晦日から元旦を迎える間の特別な感情が年々沸かなくなって来た、
小さな頃は何だかワクワクドキドキしたのを覚えている、
紅白なんかは年に一回の特別な物で、最後の明るさと終わりを迎える少し物悲しさを感じ、
新年の親戚の集まりにも紅組が勝ったとか、白組がどうだったとかの話題で盛り上がっていたのを覚えている、
十代の頃も仲間の家で酒を飲みながら麻雀をし除夜の鐘が鳴り出すと近所の神社に初詣に繰り出したり、
取りあえずバイクで走りに行ったり、中古の車に酒と七輪と釣竿を積んで初日の出を見に夜釣りに出かけたり、
最近はそんな事もそんな気持ちにどうも成らない、
時代が変わったのだろうか、
この進んだ時代に大晦日や元旦に昔ほどの意味や価値を付け加える必要が無いのだろう、
また大晦日や元旦だからと云って特別なニュースや情報を流す必要も無いのだろう、
自分が歳を取ったせいだろうか、
終わりと云う捨て去る悲しさと新しい始まりと云う迎える新鮮さとを感じる感受性が衰えて来たのか、
歳を取るとはそうゆう事なのだろうか、知らない間に鈍くなっている事が有るかも知れない、
もし、バイクに関してもしそうゆう事が有るのならバイクを降りた方がいいのだろうか、
そんな事を考えながら新年を迎えた、
A HAPPY NEW YEAR !
今年も走りましょう、
お陰様でこのホームページのアクセスが1,000件と突破した、
あまり内容の濃いホームページでは無いが少しずつ成長していければいいと思う、
この前、家に向かい東名を走っていたら物凄い勢いで車を掻き分けて走っている
見たことの無い車がいた、平日の午後とあって多少は混んでいたが車の流れはスムーズだった、
その車は 追い越し車線は140Kmくらいに流れているにも関わらず
三車線を使って強引に追い越し、追い抜きを繰り返していた、
大人気無いがその車を追いかけた、向こうは追いかけて来たのを察しさらにスピードを上げていった、
こちらもスピードを上げその車の後に付いた、最初は何の車種だか分からなかったが後ろに付いてやっと分かった、
BMWを結構改造をしている奴だった、道理で分からない筈だと思った、暫くはその車の後ろを走った、
相手の車の性能に興味が沸いて来た、車線変更は向こうがぜんぜん早い、加速はこっちが上、
高速コーナーは向こうが早いと思ったがこちらの方が上、暫くすると少し空いて来たので抜きにかかる、
追い越し車線を走っている相手に対し走行車線から抜きにかかる、
相手の車は200Kmを超えるとやや加速が落ちる、どうも200Km以上での走りになれていないらしい、
あっさり抜いて行った、相手に車のドライバーは三十代後半のいかにも車好きの金持ち云う感じで
996に抜かれて行く時に何ともいえない顔をしていた、お互い様だが自己顕示欲を示そうとするのなら
それなりのリスクを背負わないといけないと云う事だ、
2002/11/14
この前の月曜日に水戸まで走りに行った、目的は死んだばあさんの墓参り、
第三から湾岸回りで首都高、常磐を通り水戸まで、
特に何周忌と云う訳でもないがただ何となく行ってみた、
都内は相変わらず混んでいたが常磐はいつもの様に空いていた、
結構なスピードで水戸まで走ったが周りの迷惑には成らなかった、
あまりバイクには出会わなかった、バイクに会ったのは常磐で三台と首都高のバイク便だけ、
土日の高速をファミリードライバーの迷惑顧みず走っているサンデーライダー達にも困った物だが、
平日のバイクの少なさにも少し当惑する、
ホームページを作ってみたがどうだろう、
分かりながらは作っていたが、黒地に黄色の文字、おまけに斜体、かなり読みにくいと思う、
感想や質問、意見があるならばMAILで知らせてほしい、
ホームページ作成に取りかかる、
前にも作ろうと思い準備をしていたが時間がなく諦めた事もあった、
昔は自分の住んでいる町の事をホームページにしようと思った事もある、
今回は最初からバイクの事にすると決めていた、996の事、バイクに関係する事、
なぜホームページを作ろうと思ったかははっきりとしないが、なんとなく
ホームページの中には小さな別の世界が有るような気がした、