第一印象は正直言って、かなり最悪だった。
美人だったけれど、ツンツンしていてなんて高飛車なんだろうと。

今まで周りにいなかったタイプだし、ましてや相手は有名人。
どんな態度をとっていいのか、若干二十歳の自分には解らなかったんだ。



YES - free flower -



「オフの日くらい、どこか連れてってよ」
「君はオフでも俺は仕事なんだよ」

それが今ではこんなんだから、人生本当に何が起こるか解らない。

彼女は忙しい人でなかなかオフはほとんどなかったが、意外にとてもマメな人だった。
まあ、嫉妬深いだけだったのかもしれないけれど。
不規則な生活の自分とはなかなか時間が合わず、それでも彼女は時間が許す限り傍にいてくれた。

第一印象が悪かったのはお互いらしい。
彼女は彼女で、「何て無愛想な人なんだろう」と思っていたらしい。
確かに俺は不器用で、愛想はないかもしれない。
でもそれは彼女の態度が悪かったせいでもあると思う。
しかし彼女が言うには「あの日は緊張していたから」とのこと。

どうやら俺が彼女のファンであったように、彼女も俺のファンだったらしい。
まあ、そんなこととは露知らず、お互い「何てイメージと違うんだ」と憤慨していたというから傑作だ。





「今の仕事楽しい?」
「えぇ」
「休みが少なくても?」
「楽しいからいいの」

最初の会話はこんな感じだった。
休憩時間に何故か二人きりになってしまい、気まずさから思わず出たのはやはり仕事の話だった。
ここでもやはりお互いぎこちなく、短い単語の羅列で会話はあっという間に終わる。
手持ち無沙汰に、鞄からお気に入りの文庫を取り出して時間になるまで読みふける。


「…何を、読んでいるのですか?」
「小栗虫太郎」
「私も好きです」
「へぇ…ちょっと意外」
「…本も読まない馬鹿な女だと思ってました?」
「いいや、女性が好きなのは珍しいと思って」
「ミステリ好きなんです」
「アイドルなのに?」
ミステリ好きのアイドルなんて、彼女のイメージとあまりに違い過ぎて吹き出してしまった。

「小説家なのに視野が狭いわ」
「それは失礼しました」
「それに今回ドラマ化になった話は、貴方らしくなくてあまり面白くない」
「…それも失礼しました」
確かに今回知人のプロデューサーに頼み込まれて、仕方なくドラマのタイアップ用に書き下ろした駄作だ。

「だから今回のこの仕事、引き受けたんです」
「へぇ…光栄だね」
「私が演じたら少しは良く見える」
「それはありがたい」
「貴方の本、好きだから」
「貴方のことが好きです」より嬉しい言葉だと思った。

その後彼女とは二回仕事をすることになるが、映像化の話が来たとき実は二回とも彼女のために書き下ろしたものだった。
その時点では主演を誰がやるかなんて、決まってすらいなかったというのに。
そんなことを彼女が知っていたかは解らないが、主演の彼女の好演技によってドラマと映画計三作ともヒットした。







「今の仕事楽しい?」
「えぇ…?」
「休みが少なくても?」
「貴方となかなか逢えないのが痛いけれど」

最初に比べると随分素直になったものだ。
いや、元から彼女は素直な性格だったのだと思う。
明るくて無邪気で。少し嫉妬深いけれど、何て言うか憎めない。

「なあ」
「何?」

キッチンに立つ彼女はこちらに背を向けて、鼻歌を歌いながら自分のために朝食を作ってくれている。
十九歳で日本中の賞という賞を総なめにして、もはや伝説とまでなった人物だ。
そんな彼女を独り占めしたいなんて、バチが当たるだろうか。

「ナイトバロニスになってみないかい?」


「yes」と言って笑って?






2006.05.06