優しい嘘















ある日の夕方、あたしは近所のスーパーに夕飯の買い出しに行った。
新一と一緒に暮らし始めて早一ヶ月。
まるで新婚夫婦みたいである。

るんるん気分で歩いていた。









黒の組織は壊滅し、長かった夜は明けた。
パイカルの成分を分析して作った薬は、
新一の姿は元に戻したけれど、あたしは何故か元の姿には戻れなかった。



でも、新一が「一緒に住もう」と言ってくれてからあたしの生活は変わった。
博士には悪いけれど、あたしにしてみればこっちの方が居心地がいい。
大好きな人と一緒に住めるなんて、考えもしなかった。





「今日は何にしようかな・・・?」
小学生の女の子が一人で買い物に来るのは少しおかしい。
でも彼は学校へ行ってしまっている。
それに新たな事件が彼を待っている。



先程、目暮警部が事件の捜査資料を持ってうちにやってきた。
これをおかずにして今日は彼は徹夜だろう。
あたしにできることは少しのアドバイスと、
せめて何か美味しいものを作ってあげられることぐらい。
昔から料理は好きだった。
「オムライスにでもしようかな」
卵が安かったので今日の献立はすぐに決まった。



自分の身体よりも大きなカゴを持ち上げて、
いろいろと材料を集め始めた。
会計の際、レジのパートのおばちゃんに
「あら?一人でおつかい?えらいわね〜」
とか言われたけど、別に気にしない。










買い物も終わり、家のドアのノブを回してみた。
「あれ・・・空いてる?」
新一だ。
もう帰ってきたのだろうか。

(驚かしてみよう)
そう思い、忍び足で廊下を歩き出した。



「・・・そう・・・な。哀君も・・・じゃろうし」
(あたし・・・?)
博士の声が聞こえる。
遊びにでも来てるのだろうか。

「あぁ、わかってる・・・・・」
新一の声も聞こえる。
どうやらリビングからのようだ。
恐る恐る少し空いてるドアの隙間から覗きこんで見た。
真剣な顔をしている博士の姿が見える。
その隣りにもっと深刻な顔をした新一の姿。
(何かあったのかしら)





耳をダンボにして、二人の会話を聞いていた。
「それにしてもまさか君が哀君と一緒に住むなんて・・・」
「仕方ないだろ・・・・灰原だけ元に戻れなかったわけだし・・・」
(仕方がない・・・?)
胸が疼く。

「哀君に同情してるのか?」
「あぁ、可哀想だと思ってる・・・・」
(同情・・・?可哀想・・・?あたしが?)



急に目の前が真っ暗になった。
気が抜けてビニール袋が手から滑り落ちた。
卵が割れるイヤな鈍い音がした。





「誰だ?!」
驚いた新一が走ってきて、ドアを開ける。
「灰・・原・・・・」
あたしは目に涙をいっぱい溜めて彼の顔を睨み、走り出した。



「ちょっ・・・待てよ!!」
すぐに新一も追いかける。












どこに行くかも分からない。
どこにも行くあてなんかないのに。
そんなの分かってるのに。
ただ夢中で走っていた。

あたしの居場所はココだったのに。
それも夢だったのかもしれない。
あなたの笑顔も全て嘘だったの・・・・?



ただ彼はあたしに同情してただけ。
あたしが可哀想に思えたからだけ・・・・



















高校生男児の足が小学生の女の子の足に追いつけないわけがない。
すぐに捕まった。
腕をつかまれ、そのまま抱き上げられた。
「軽いな、おまえは」

いつもと変わらない優しい笑顔。
でもそれも嘘だと気づいてしまった。




「そうよ?貴方は本来の高校生に戻れたのに、あたしはこんな軽い小学生のまま」
わざと目を合わさないで、はき捨てるように言ってやった。
「やっぱり気にしてたのか・・・・」
「当たり前でしょ?貴方だってあたしが気にしてるの知ってたから、同情したんでしょ?」
口調がきつくなっていく。



「同情なんかじゃねーよ」
困ったように彼は苦笑した。
「嘘!!博士と話してたじゃない!!」
「聞いてたのか・・・」
「聞きたくなんてなかった・・・・夢だと思いたかった・・・・」
「あれは・・・」
「いいわけなんて聞きたくない!!」





彼の腕を振り払って、下に降りようとした。
でもあの強い腕が邪魔をする。

「これ以上みじめになりたくない・・・・」
「いいからオレの話を聞け!!」
急に怒鳴られ、ビックリして動けなくなってしまった。



「最初は確かに同情した。オレだけ戻れておまえに悪いなって思った」
「やっぱりそうじゃない・・・」













優しい嘘、同情なんていらない。
欲しいのはあなただけ。その心だけなのに。














彼はもう一度あたしを強く抱きしめて。
耳元に一言「好きだ」と囁いた。

「嘘つき・・・」
涙が溢れてくる。

これも嘘だと分かっているのに。
彼の一言が嬉しい。





「嘘じゃない。嬉しいんだ、おまえがここにいて」
あたしは彼の首に手を掛けた。

「好き・・・・あたしの方が好きなのー」
掠れるような声であたしは言った。
「何だよ?それ」



彼は笑った。
でもそれはニセモノの笑顔じゃなくて、本当の笑顔。

嘘のない、あたしの好きな笑顔だった。