「あ〜いちゃんっ!!」
七月某日、阿笠邸。
長くてうざったい梅雨は終わり、
溢れんばかり太陽の日差しが照りつけている。
そんな午後。
「・・・・・・何?」
暑いのが苦手なのか、少し不機嫌そうな彼女。
どうやらクーラーも苦手なようで、
扇風機にあたりながらイスに腰掛け、本を読んでいる。
相変わらず難しそうな本を読んでいる。
快斗には何の本だかもちろん分からなかった。
「本ばっか読んでないで、たまには一緒に出かけない?」
そう、今日はデートのお誘いに来たのだ。
「・・・・暑いからイヤ」
一瞬むっとした顔をこちらに見せたが、
また本の方に目を落としてしまう。
「せっかくの日曜日なんだからさぁ〜?」
そう言って、彼女の読んでいた本を取り上げてしまう。
「あ・・・ちょっと!!」
少し焦って手を伸ばそうとするが、届くはずがない。
小学生の女の子と高校生の男とでは、
あまりにも体格が違いすぎる。
「ちょっと・・・返してよ!!」
イスに乗り手を伸ばすが、まだ届かない。
「えぇと、何々・・・アインシュタインの苦悩の日々・・・・・?!」
驚いて目が飛び出そうだ。
「哀ちゃんこんなの読んでるの?」
哀から取り上げた本のタイトルを見て絶句する。
とても小学生の女の子が読むような本ではない。
「・・・いいじゃない!好きなんだからっ!!」
イスの上でうさぎのようにぴょんぴょんとびはねている彼女があまりにも可愛くて、
思わず吹き出す。
そんなことをしたって届くわけがないのに、一生懸命である。
「・・・・・・体格の差があるから無理だよ?」
ニコニコして笑いながら言うと、
「・・・・・・・・・・・・・・・・大人げない」
ジトっとした視線が向けられる。
「だいたい何で貴方、そんなに嬉しそうなのよ?」
「だって哀ちゃんが可愛いんですもの」
さっきよりニコニコして言うと、
語尾にハートなんか飛ばされても困るとでも言いたそうに、
彼女は更にむっとした顔つきになる。
「ほら・・・可愛い顔つきなんだからもっと笑おう?」
「・・・・・・・・・・・・・・暑いのに貴方はいつも元気ね。勝手に独りでやってれば?」
オレの提案はあっさり拒否られた。
「・・・・・出かける気はないから、本・・・返してよ」
用件のみの淋しい会話。
もっとオレは君に近づきたいのに。
「じゃあ、かくれんぼしよ?」
「はっ?!」
突然のオレの提案に彼女は驚くというか呆れている。
「哀ちゃんがオレからこの本を取り返せば哀ちゃんの勝ち!!OK?」
「全然OKじゃないんだけど・・・・・」
さっさと勝手にルールを決めたオレに哀ちゃんはやはり冷たい。
「でも三十分以内に取り返せなければ、一緒にこれから出かけようよ?」
まだ一時である。
日は長くなったし、午後から出かけるのも悪くはない。
「・・・・・・・それってフェアじゃなくない?」
「・・・・・・・?」
「私が勝っても何も利益を得ないじゃない」
「ってことはゲームに参加してくれるの?」
「っ・・・・・!!別にそういうわけじゃ・・・」
決まりである。
「じゃぁ、哀ちゃんが勝ったらもうつきまとわないよ。これで今度こそOK?」
「三十分以内でしょ?」
「そう、しかもこの家の敷地内だけ」
「あたしをなめてんの?」
「まさか」
本気でいかないと、捕まるのは目に見えている。
「じゃぁ、ゆっくり三十秒数えてね?」
「早めに数えとくわ」
こうして命を懸けた(?)かくれんぼが始まった・・・!!
「いーち、にー、さーん・・・・・・・」
一定の決まりのいいリズムが響いている。
イスに座ったまま目を閉じて数えだした彼女を暫く眺めて、
十の合図と共に走り出す。
一緒に出かけてもらうためにも見つかってはいけない。
どこかいい場所はないだろうか?
お風呂場、トイレ、地下室、キッチン・・・
どこもダメである。
すぐにでも見つかってしまう。
「にじゅうごー、にじゅうろくー・・・」
ヤバイ!あと少ししかない。
「ちょっとフェアじゃないけど・・・カンベンね」
意地悪く人差し指を立てて、
誰もいないのに内緒のポーズをとる。
「さんじゅーっ!!」
ちょっと不機嫌そうな声が家中に響いた。
「三十分か・・・」
見つけられるだろうか。
いや、見つけなくてはこの暑い中出かけなくてはいけない。
絶対、見つけてみせる。
「まさかここではないとは思うけど・・・」
そう言ってやってきたのはあたしの部屋。
ヤツならここに隠れていてもおかしくはない。
「・・・・いない?」
ここにヤツはいなかった。
「じゃぁ次は・・・」
家中あちこち探し回る。
洗面所、リビング、博士の実験室・・・
しかしヤツはどこにもいない。
「どこに・・・行ったのかしら?」
別に誰かに答えを求めているわけではないが、
思わず口から出た言葉。
二十分探し回っても、ヤツの気配はどこにもない。
「まさか外に逃げたんじゃ・・・?」
ヤツならありえる。
「ちょっと全然フェアじゃないじゃないの!!」
腹が立ってきた。
快斗を探すのを諦めて、
リビングの緑のソファーに埋もれるように横になる。
「だいたい、何なのよ・・・アイツは」
そんなことを考えていたら眠ってしまった。
「あ〜いちゃんっ?」
うざったらしい聞き飽きた声が何度も自分を呼んでいることに気が付き、
慌てて起き上がる。
「・・・・・?」
寝起きなのでイマイチよくわからない。
「ひっでぇーなぁ。オレらかくれんぼしてたんだよ?」
「えっ・・・・・?!」
しまった!すっかり忘れていた。
「三十分経っても見つけだしてくれないから出てきたら、
哀ちゃんここで気持ちよさそうに眠ってるんだもん」
ニコニコ顔の快斗。
「な・・・何もしてないでしょうね?」
自分はどれくらいの間眠っていたのだろうか。
「何もしてないよ?今来たばかりだから」
確かに時刻は一時五十分。
まだそんなに時間は経っていない。
でも寝顔を見られたなんて一生の不覚である。
「・・・・そういえば貴方どこに隠れてたのよ?」
「秘密」
唇の端をあげたまま快斗はそう答えた。
「家の外でしょ?あたし家中探し回ったけどいなかったもの」
ちっともフェアじゃないと文句を言った。
それに対して快斗は
「可愛いなぁ、哀ちゃん。オレのために家中探し回ってくれたの?」
などと嬉しそうに言う。
「別にそんなんじゃ・・・・って本当はどこに隠れていたのよ?」
「屋根」
・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・
屋根?
「オレ、家の敷地内でとしか言ってないよ?」
確かに屋根は家の敷地内ではある。
「な・・・何よ、それ」
全然納得出来ない。
屋根だなんて誰が想像出来ただろうか。
「ってことでオレの勝ちだね?」
「っ・・・・・・・・!!」
これでは何も言い返せない。
「じゃぁ、約束通り出かけましょうか?お嬢さん」
まだ納得のいかない彼女の小さな手を取り、そのまま抱き寄せる。
「ちょっと・・・何すんのよ!!」
暴れる彼女を優しく諭すように、額に軽くキスをする。
真っ赤になって黙ってしまった彼女。
そのまま包み込むように、外へ連れ出す。
君のとなりにいたいのに、
いつも触れられないもどかしさ。
微妙な距離感。
でもこれで少しは距離が縮んだ?