TOKYO NIGHTS


革命前夜 邂逅







 「いや、でもまさかこんなに若くて綺麗な方だとは思いませんでした」
 ずっと逢いたかった人に逢えて、快斗は少し緊張していた。

 「三十路女でも、若いって言って下さるのね」
 助手席に座った人物から静かな応え。

 声を聞いたのは初めてだ。
 逸る気持ちを抑えて、深呼吸。
 そもそも時間は限られている。
 横浜で学会があった彼女を、都内の自宅まで送り届けまでが、快斗に許された時間だ。



 何度熱心にラブコールを送っても、一度も首を縦に振らなかった彼女が
 何故今日応えてくれたかは解らない。

 初めて生で見る彼女は、それはそれは美しかった。
 それこそ本当に時を止めてしまったような。

 幽霊でも乗せてしまったのではないかと、目を離した隙に消えてしまわないよう、
 時折横目でチラチラ隣を見ながらハンドルを握る。





 「そろそろ本題へいきましょうか?」
 彼女の声は澄んでいるようで、とても深い。
 「そうですね、僕に許された時間はあまりありませんですし」

 車は東名高速道路から、そのまま首都高三号線へ。
 本当はゆっくり話をしながら下の246を走りたかったのだが、
 早く帰りたいとの姫のご要望で高速を使うことに。

 「世界的にも有名なマジシャンさんが一科学者のあたしに、何のご用でしょうか?」
 「…僕のこと、ご存知とは光栄です」
 「マジックと科学は切っても切れない縁ですからね。新しいマジックに対する科学的な協力かしら?」

 それを聞いて快斗はひやりとした。
 彼女は知っているのだ。
 快斗の裏の顔だけではなく、表の顔も。

 「それとも、その格好で現れたということは…そっち方面のお話?」
 トレードマークのシルクハットこそ後部座席だが、今日の快斗は純白の裏ステージ衣装のまま。

 「いいえ、たまたまですよ。僕も川崎で仕事帰りですから」
 今日はハロウィンで、川崎チネチッタ前では恒例の仮装パレードをしていたので
 そのまま周りと同化してしまおうとこのままでいたが、とっくに見抜かれていたらしい。





 「そうですね、えっと…何から話そうかな」
 車は丁度池尻ランプを過ぎた辺り。まずい、時間がない。

 「質問が二つあります」
 「えぇ、どうぞ。時間内いっぱいは貴方に付き合う約束ですから」
 「ありがとうございます」
 「答えられる範囲でしたらお答え致しましょう。答えられる範囲だけですが」
 「では遠慮なく。質問その一、
  いくら誘ってもなかなか靡かなかった貴女が、何故今日に限って僕の誘いに応えて下さったんです?」

 彼女は唇の端だけ上げて、少し微笑んでみせた。
 「偽名を使う人間は信用出来ません」
 それを聞いて、思わずこっちは苦笑い。

 「今日は予告状と学会の日にちが重なったから。そしてたまたま場所も重なった。それだけです」
 「…本当にそれだけですか?」
 「何が仰りたいんです?」

 目を見たいが、運転中なのでそれは敵わない。
 彼女の微かな、笑いを噛み殺したような声が聞こえる。
 車は渋谷ランプで降りて、そのまま青山通りへ。もう時間がない。



 「まぁ、いいや。では質問その二」
 「はい、何でしょう?」
 鈴を転がしたような声に、剣を刺す。

 「宮野博士、灰原哀という少女をご存知ですね?」