とおりゃんせ とおりゃんせ
ここは何処の細道じゃ
天神様の細道じゃ

ちょっと通してくだしゃんせ
ご用の無いもの通しゃせぬ
この子の七つのお祝いに
お札を納めに参ります

行きはよいよい 帰りは怖い

怖いながらも とおりゃんせ とおりゃんせ






「あ〜いちゃんっ」

近所の公園で、麦藁帽子をかぶった見覚えのある少女がいたから、快斗は声をかけてみた。


「あら、黒羽君」

少女はふたつに結った紅い髪をぴょこんと跳ねさせて、振り返ってみせた。
その仕草はとても愛らしいのだが、顔は相変わらずの無表情だ。



「こんなところで何してんの?」
「昆虫採集」
「哀ちゃんにそんな趣味があるなんて驚き★」
「17の男が語尾に★なんか飛ばすもんじゃないわ」

そう言って、哀は快斗の目の前にブルーのノートを差し出す。
小学生らしくない綺麗な文字で、『1年B組 灰原哀』と書かれてある。

「あぁ、夏休みの宿題ね」



「貴方こそ、こんなところで何してるの?」
ずれた麦藁帽子を直しながら、哀が尋ねる。
上からきちんと直してやりながら、快斗は「君を探しに」と。



「なぁ〜んか、夏の終わりには哀ちゃんに逢いたくなるんだよね」
「あたしたち、いつでも逢ってるじゃない」

家が近所だし、工藤新一という共通の友人もいる。
逢おうと思えばいつでも逢えたし、この街にいればこのように偶然逢うこともある。
現にこの夏休み、三人で海に行ったり山に行ったりと、散々遊びまわっていた。





「とおりゃんせ とおりゃんせ」

ふいに公園の近くの信号機から音が鳴る。
信号が青になったサイン。
進めの合図。



「さて、オレはそろそろ行かないと」
「あたしももう家に帰るわ。大したデータは取れなかったし」
「虫見てて楽しい?」
「人間見ているよりは落ち着くわ」
「夏休みの宿題終わりそう?」
「貴方に手伝ってもらうほどじゃないわ」
「今日、そういえば帝丹小学校の夏祭りだよね」
「えぇ、そうよ」
「哀ちゃん浴衣着るの?」
「・・・・吉田さんに言われたから」

それを聞いて、快斗は満足そうに微笑った。



「じゃぁ、車に気をつけてね」
「えぇ、貴方も警察には気をつけてね」





「・・・・・?」

「だって今日、怪盗キッドの予告状の日じゃない」

























「とおりゃんせ とおりゃんせ」

星も見えないこんな夜は、こんな唱を謡ってみる。
下駄をからんころんと鳴らして。
左手には出目金が一匹だけ入ったビニール袋を持って。



「ここは何処の細道じゃ 天神様の細道じゃ」

詩の続きが後ろから聞こえたので、ゆっくりと振り返ると、目の前が真白に染まった。
月も星も出ていないのに、それはそれは鮮やかに。





「ごきげんよう、お嬢さん」
「それってマリみてのパクリかしら?」
「姉妹の契りでも結びますか?」
「遠慮しとくわ」





「浴衣、よくお似合いですよ」
「・・・・ありがとう」

夜目にも映える菫色の浴衣は、シンプルながらもよく似合っていた。
その飾り気の無さが、却って少女特有の危うげな魅力を引き出していた。










「貴方に似ている人に、今日面白いこと言われたの」



「夏の終わりには、君に逢いたくなるよ」





何もかも解っているような口でそんなこと言うから

「貴方、いつでもあたしに逢いたいでしょ?」










行きはよいよい、帰りは怖い。
盗みが巧くいっても、帰りは何が起こるか解らないから。

だから



「気をつけてお帰りなさい」

「はい。―貴女も」

「行かないでって言ったら、行かないでくれる?」




口角をにやりと上げて、白き者は自分の大事なシルクハットを
菫色の浴衣姿の少女の紅い髪の上に、そっとかぶせた。



「ちょっと通してくだしゃんせ」





そんな葉月の終わりの頃。
今の時期の風は、ほんの少しだけ冷たい。

季節はもうすぐ、長月―。











この日を境に、怪盗キッドはこの街から姿を消した。

こんなこと、誰が予想出来ただろうか。





彼女の忠告を無視した彼に何が起こったか。

それは神のみぞ知る。
















夏の終わり特有のもの哀しさが、たまらなく愛しい。

残暑お見舞い申し上げます。
2004.08.27