そう、これはまさに仕組まれた偶然だったんだ。
もとい、君とアフタヌーン・ティー
「こんにちは」
柔らかそうな栗毛の髪を揺らしながら、
彼は当たり前のようにあたしの目の前に座った。
逢うのは初めてではない。
以前に数度逢ったことのある、
いわば顔見知り程度の人。
逢うのはいつもキッドの犯行現場だ。
「・・・・こんにちは」
あたしは読んでいる雑誌から目を離さずに、
消え入るような声で応えておいた。
そんな十二月始めの午後。
空気は乾いていて、ピリピリ冷たい。
「いつもここに来ているのですか?」
可愛らしい制服を着たウェイトレスに「ホットのアッサムティー、ストレートで」と短く注文し、
彼も雑誌を広げながら静かに問う。
「・・・・・えぇ、独りでいたいときには」
実際独りになりたいときはよくここの喫茶店に来る。
コーヒー一杯でニ時間粘ったこともあるくらい。
コーヒーは美味しいし、店の雰囲気も静かであたし好み。
ただここは紅茶専門店。
紅茶専門店でコーヒーを頼むあたしは、やはり天邪鬼なのだろうか。
「偶然ですね、僕もここによく来るのですよ」
今までここで逢わなかったのが不思議だと言わんばかりに、彼は笑った。
「・・・・独りでいたいときとか?」
だから少し意地悪してみた。
「えぇ・・・・キッドを逃がした日とか」
苦笑しながらも、瞳は優しかった。
確かここは二十四時までやっている。
キッドを逃がした彼が、ここに頭を冷やしにやってくるのも不思議じゃない。
「お待たせしました」
先ほど注文をとりにきたウェイトレスが盆に紅茶を乗せてやってきた。
ティーカップまで凝った造りでお洒落である。
「柔らかな香りね」
数センチ離れているのにここまで香りが届く。
「アッサムティーっていうんです」
砂糖も何も入れずに、彼は香りを楽しむように口に付ける。
そんな何気ないしぐさが色っぽくて、
何故かあたしは少しドキドキしていたんだ。
逢うのは初めてではない。
でも今目の前にいるのは、まるで知らない男の人。
白い肌は肌荒れなどしていなくて、
栗色の少し長めの髪も嫌味じゃない。
「綺麗」が似合う人。
あたしの知ってる工藤新一でも黒羽快斗でもない、
白馬探という人。
「紅茶・・・・・・・好きなんですか?」
沈黙に耐えられなくて、恐る恐る訊ねてみる。
「えぇ・・・・貴女は?」
「貴女」という言葉に胸が高鳴る。
「好きです・・・・けど普段コーヒーしか飲まないから」
紅茶よりはコーヒー派。
紅茶のことはあまりよくは知らない。
「僕は紅茶が大好きなんですけど、コーヒーも好きですよ」
にっこり微笑んでカップに手をつけた。
「どんな紅茶が好きなんですか?」
まるでお見合いみたいに質問を繰り返す。
貴方のことが少し知りたくて。
あたしが知ってる彼の姿はあまりにも小さすぎて、
ここにいる人が別人みたいに思えてしまう。
「そうですね・・・・レモングラスやローズヒップなどのハーブティーが好きです」
「レモングラス・・・・・」
レモンというぐらいだからかレモンの香りがするのだろう。
「リフレッシュ効果があるので、イライラする時によく飲んでいるんです」
こんな人にもイライラすることなんてあるんだ・・・・
「貴方にもイライラする時はあるんですね」
「人間ですから」
彼は雑誌に目を落としたまま、両眉を上げて肯定した。
「レモングラスは貧血にも良いですから女性にもオススメですよ」
「・・・・・・今度飲んでみます」
彼の笑顔にこちらも笑って応えておいた。
明日からのあたしは、もしかしたら紅茶マニアかもしれない。
この店のメニューにはハーブティーの欄にレモングラスの文字も見える。
せっかく紅茶専門店なのだから、紅茶を飲むのも悪くない。
「黒羽快斗とはどんな関係なんですか?」
今度はあたしが質問される立場になった。
「どんなって・・・・どんなものでもないです」
ただ何故か工藤君やあたしのところに時々現れる変なヤツ。
イマイチよく掴めない人。
「僕は前からキッドを追っかけてますがなかなか捕まえられません」
「・・・・皆そうだわ」
誰も彼を捕まえることは出来ない。
あの工藤君だって梃子摺ってる。
だけど黒羽君の話からいつの間に怪盗キッドの話になったのだろう。
「貴女はキッドの味方なんですか?」
可笑しそうに手を口元にやって笑う。
「いいえ・・・・・あたしは誰の味方でもありません」
もちろん、貴方の味方にもなりません。
たとえこのドキドキが本物だとしても。
「さて、そろそろキッドの予告の時間だ」
時刻はいつの間にか五時。
楽しい時間はもう終わり。
「楽しかったです・・・・・ありがとう」
あたしはもう少しここにいよう。
このドキドキを沈めるためにも。
「ではまた逢いましょう・・・・貴女が黒羽快斗と交わりがある限り、いつでも逢えますね」
「えぇ、そうね・・・・さよなら」
ここで何故黒羽君の名前が出てきたかは分からないけど、
きっとまた逢える。
お互い、怪盗キッドと関わりがある限り。
彼は最後に一口カップに手をつけて
「・・・・・本当はこの店初めて来たんです」
少し意地悪そうに笑って席を立つ。
「・・・・・・・・・・・・?」
不思議そうに首を傾げてみせると、
彼は困ったように笑って耳元で囁いた。
「貴女がよくここへ来ると聞いて逢いに来たのですよ」