死神れすとらん















いよいよ最後のデザートとなった。

またひとりでにやって来た銀のワゴン。

もうこんなもの怖くはない。

「こっちは抹茶アイスクリームよ」

そういって銀のおぼんのふたを開けた。

キレイな濃い緑のアイスだ。

まさに抹茶色。




「もうひとつは・・・」

そう言って彼女は不敵な笑みを浮かべた。

「ラムレーズンのアイスクリームよ」

(何だって?!)

思わずぎょっとした。





オレはこの世で一番レーズンが大嫌いである。

死んでも食いたくない。

というか今仮死状態だが・・・

とにかく食いたくない!!









彼女の方を盗み見る。

相変わらず虚ろな目をし、唇の端は上がったまま。




彼女は知っていたんだ。

オレがレーズン嫌いなことも、

最後のデザートにこのアイスが出ることも。

知っててわざとここまで来させたんだ。





さりげなくヒントを示し、このワナにかけようと。

何という策士か。

彼女はオレの視線に気付き、微笑った。


「さぁ、どちらにする?」


























よく考えた。

こんなに悩んだのは、高校入試のとき以来だ。

志望校でかなり迷ったっけ。

もし今の学校を選ばなかったら、

こんな目に遭わずに済んだのに。



そう思うと悔しくなってきた。





これはワナだ。

正しいものはきっと、ラムレーズンの方だろう。

好き嫌いはいけないことみたいだし、

こちらを選ばなくてはいけないのだろう。





ただ・・・

レーズンだけは食べたくない。

小学校のとき、給食でレーズンパンが出たときのことを思い出した。

あのときは、先生に注意されてしぶしぶ食べて、

やっぱり倒れて救急車で運ばれたっけ。









懐かしく、ほろ苦い思い出の中で、

夢を見ているようだった。

両親はどうしてるだろう?

オレが死んで・・・

あ、身体はどうなったんだ・・・・?

オレはここにいるわけだし。





「今の貴方は魂だけで、肉体は持っていないわよ」

ふいに声をかけられ、びっくりしたが、

どうやら彼女は人の心が読めるらしい。

「ここで間違えたら、オレは地獄行きですか?」

「そうね・・・」

彼女は右手を顎にやり、少し考えた。

「必ずしも、間違えたらハイ地獄!ってわけじゃないわよ?」



そしてまっすぐオレの瞳を見つめる。





吸い込まれそうな錯覚を覚え、

それでも目を逸らせないでいた。



「すべては貴方次第」

瞳はそう囁いた。




































もうきっとあの世界には戻れない。

だったら潔く、好き嫌いを克服してみようじゃないか。

どうせ倒れても死ぬわけじゃない。

もう死んでいるのだから。

救急車で運ばれるわけでもない。





「地獄っていいところ?」

「生活は辛くて大変だけど、慣れれば大したことじゃないわ」

彼女はにっこり笑う。

「何かさせられるの?」

「そうね・・・力仕事とかじゃない?」



大丈夫。

力には自信がそこそこある。

地獄で新たな生活を送るのも、悪くないかもしれない。






深いため息。

彼女を見つめ、

「あんた美人だな」

「そう?」

「楽しかったよ」

「あたしもよ」

彼女のとびきりの笑顔。





もう胸はドキドキいってなかった。

一番最初にキミに逢ったときは、

驚くほどドキドキして、

今みたいにタメ口なんかきけなかった。


君にももう逢うことはないだろう。




この仕事を続けても、

オレみたいなやつをもう苛めないように。






深く息を吸って、

「じゃぁ、ラムレーズンの方で」



















一口口に入れた瞬間、眩暈がした。

それでも負けないように、

これでもかっていうぐらい、口に含んだ。

甘酸っぱい香りがこだまする。

冷たいアイスなはずなのに、

喉の奥がチリチリする。

痛みを我慢し、目を閉じる。



ごくりと飲み込んだら、

身体中に魔法がかかった。












































































パァーーーーーーーーーーーー

トラックのブレーキの音。

買い物袋をさげたおばさんの悲鳴。

オレンジの小さなきんもくせいの花。

真っ青な空にひとつだけ浮かんでいるあの雲。



全てのものに色があり、

オレは今ここにいる。









トラックは目の前で止まり、

オレはその反動で転んでしまった。

「あ・・・貴方、大丈夫?」

道路に転げているオレの元に、おばさんが声をかけてきてくれた。

トラックのあんちゃんも、心配そうに降りてきた。



おばさんの買い物袋から、

真紅のトマトが転がる。

そのトマトは側を通った自転車に潰され、





紅い鮮血のように飛び散った。





















(―――どうして彼女の唇はあんなにも真っ赤なんだろう)





















「えぇ、大丈夫です」















































FIN.

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