月夜の雫




















今夜は星が綺麗だった。
「明日は晴れるかしら」
寒々とした夜空を見上げながら、哀は小さく呟いた。



午前零時。小学生の女の子が起きているのは少しおかしい時間だ。
眠れない。何故だか・・・
外の空気を吸えば、少しは気が紛れるだろう。
そんなわけで哀は一人で出窓から空を見上げていた。









怪盗キッドが予告状を出したので、コナンはいなかった。
「捕まえられるわけないじゃない」
彼は素晴らしい芸術家だ。
いくらコナンでも捕まえられるわけないだろう。

別に怪盗キッドの肩を持つわけではないが。


















ふいに米花美術館の方で何かが光った。
今日のキッドの獲物は米花美術館の目玉『パリセ』だ。
恐らく彼だろう。
そしてその光はこっちにやってくるようだった。

胸の鼓動が高鳴った。
もしかしたら彼の顔が拝めるかもしれない。


















窓を開け、出窓の淵に腰掛けて、ヤツが来るのを待っていた。
美術館の方から白い物体がやってきた。
その物体はまだ寒さの残るこの星空を優雅に飛びながら、
静かにこちらへやってきた。



それが彼との最初の出逢いだった。














































資料によれば四十代、五十代・・・そのくらいのはずだが、
若い・・・十代ぐらいだろうか。
(工藤君が言ってた・・・ヤツはまだ若いって)
八年ぶりのカムバックなんだからもっと上なのではないのだろうか。
八年前、死んだとニュースで聞いた。
天才芸術家の死は、当時十歳くらいだった自分も覚えてる。

本当に怪盗キッドは生きていたのか・・・・?
それともこれはニセモノ・・・?











「お嬢さん。こんな時間に何をしているのですか?」
少年のような澄んだ声。
胸のドキドキを押さえながら冷静に答えた。
「貴方を待っていたのよ」
「私を・・?」
彼は少し驚いたようだった。
「絶対ココに来ると思ってた」
確信があった。何故か。



「不思議なヤツだな・・・メガネの坊主の仲間か?」
口調をがらりと変える。
「メガネの坊主・・・?」
「あぁ、ミョーなやつがいてな」
「ミョーなヤツ・・・」

(工藤君のこと、ね)





「今日も邪魔されまして、あやうく獲物を逃がすところでした」
口調を元に戻し、彼は左手に抱えていた『パリセ』を見せてくれた。
「綺麗・・・・」
ただ一言。それしか言えなかった。
あまりの美しさに声を失った。

『パリセ』は小さなティアラだ。
無数に散らばった宝石は星の光でいっそうキラキラと光っていた。













「何故、貴方はこんなことしているの?」
「こんなことって泥棒のことですか?」
「そう。誰のためにやってるの?」
「別に誰のためでもありません」
「じゃぁ、何故・・・?」
「お嬢さんこそ何でそんなこと聞くのですか?」
「貴方のことが知りたいから・・・」
「・・・・?」
「せっかく盗んだものを捨てたり、あとで持ち主に返したり・・・・何のために?」



ふいに彼の顔が曇った。
「つきとめたいんだ・・・」
幼い子供のように淋しそうに下を向いて彼は答えた。
「・・・・?」
「八年前、怪盗キッドだったオレの親父を殺した連中をつきとめたいだけなんだ・・・・」
「怪盗キッドは八年前に殺された・・・・?!」

(あたしの目の前にいるのは息子の方なのね)



「オレが怪盗やっていれば、きっとあの連中が姿を現す」
「だからこんなこと・・・」

「それまでは絶対・・・・絶対に怪盗キッドをやめるわけにはいかないんだ・・・!!」

キッと前を向いたその瞳はただ真っ直ぐ前だけを向いていた。
(迷いなんてないのね・・・・)















「さてと、そろそろ行きますか」
「えっ・・・」
「貴女とのおしゃべりのおかげで、足の痛みも消えましたし」
「足、ケガしてたの・・・?」
「さっき言いませんでした?メガネの坊主に邪魔をされたのですよ」
「大丈夫なの・・・・?」
「これくらい平気です。私は怪盗キッドですから」
「ありがと・・・・」
「何故、貴女がお礼を?」

勇気をもらったから。

















「オレとおまえ、同じ瞳してる」
「・・・?」
「強く儚いもの同士」
「・・・?」
「そーいや、おまえの名前聞いてなかったな」

「灰・・・宮野志保よ」

「志保か・・・」
「貴方の名前は?」



彼はふっと困ったように笑ったかと思うと、
哀の小さな手を取り、手の甲に優しくキスをした。

「またお逢いしましょう、淋しげなお嬢さん」

















「キザなヤツ」
一人取り残された哀は笑った。
自分に対して敬語を使ったり、タメ口だったり、ふいに幼い子供の顔をしたり。
資料で見たよりもずっとずっと不思議で魅力的なヤツ。

きっとそのうちまた逢うことになる。
敵か味方か、そんなことは解らないけれど。



そう確信していた。