蘭が出産したらしい。
非常勤であった彼女は安定期に入ると、何も言わずにさっさと退職した。
元々一年間の契約だ。産休を取っていた英語教諭とすれ違うように辞めた。
休職ではなく、完全な退職。
もうこの学校には用はないとでも言いたそうな程、非常にあっさりとした円満退職だった。
これで彼女との接点はなくなった。
電話番号も、携帯も、自宅の住所さえ知らない。当然だ。
これで逢う機会も、きっかけもなくなった。
二人を結んでいた糸が、いとも簡単にぷっつりと切れてしまったのだ。
風の噂で、出産したのは如月の頃だと知った。
彼女と仲の良かった同僚女性にさりげなく聞いてみると、男の子だったそうな。
逢瀬を重ねたのは初夏の頃。計算は合う。合ってしまう。
こんなときになってまで、そんなことを考えてしまう自分がいる。
だからどうだというのだ。
夫ともその時期に逢瀬を重ねていたかもしれないというのに。
だから何になるというのだ。今更。
「毛利センセイ、出産したんですって?」
本当に、生徒同士の情報網は侮れない。
一度、どこがどう繋がっているのか聞いてみたいくらいだ。
おそらく情報源は、あのお喋りな同僚女性だろうけど。
「そうらしいね」
関心などありません、と笑いかける。
オレはこんなにも気にしていない。
君は何をそんなに怯えているのだ?
「まさかとは思うけど、貴方の子じゃないわよね?」
ゆっくりとそう発音する少女の唇は、ほんのり紅いグロスで縁取られている。
熟れた果実を思わせるその唇に、吸い付くようにキスをした。
なんだ。
君も同じ疑問を感じていたのかい?
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