オレは黒羽快斗であって、
怪盗キッドでもあるんだ。
これは変わらない真実。
永久未来続くもの。
夏のレプリカ
「中森警部、また怪盗キッドから予告状です」
「な・・・何だって?!」
息をせきかけ飛んできた新米刑事に、思わず飲んでいたコーヒーをぶっ掛けてしまった。
というのもこの三週間、怪盗キッドから予告状が届いていなかったのだ。
久しぶりのデートのお誘いに、暇を弄ばせていた中森警部は少し嬉しそうに叫んだ。
「け、警部・・・・・・・嬉しそうですが?」
「う、うるさいっ!!で、何なんだ?次のヤツの獲物は」
お久しぶりですね。 |
「この通り、次の獲物はあの『夏のレプリカ』です」
「夏のレプリカか・・・・・・・キッドめ、また大そうなものを狙いやがって・・・・・・!!」
夏のレプリカというのは今度日本で行われる世界ダイアモンド展の目玉である。
夏のレプリカ、つまりニセモノなんて言われてるけど、
時価数十億とも数百億とも言われる、世にも珍しいピンクダイアモンドである。
「ハッハッハ・・・・・・今度こそ捕まえてみせるぞ、怪盗キッド!!」
名指し入りで書かれた予告状を嬉しそうに手にとり、高笑いする。
「・・・・・・・・・・・・警部、はりきってますね」
「ねぇ、快斗〜・・・・・今度の『世界ダイアモンド展』一緒に行かない?」
ちょうどそのころ、中森邸では青子が快斗を例の展覧会に誘っていた。
快斗は中森邸で、夏休みの宿題を青子と白馬に写させてもらっているのだ。
「一緒に行くも、その前に宿題が終わればいいんですけどね」
「うるせーな」
「だいたい、宿題もやらずに夏休み何やってたんですか?」
「だからうるせーよ」
(夏休みは遊ぶもんだろうが)
「ちょっと青子の話も聞いてよ!!」
「「・・・・・・・・・ハイ」」
青子を怒らせたら怖いことを知っているニ人はすぐに黙る。
「ね、快斗・・・・・お父さんが警備で行くんだけど、見に行かない?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「世界一のピンクダイアモンドよ?青子見てみたいの」
「・・・・・・・・・・・・・・ヤダ」
「何でよ?!」
(任務があるんだから一緒に行くわけにはいかねーだろーが)
とはまさか言えず、その日は用があると言って適当に誤魔化しておいた。
「じゃぁ、中森さん・・・・・・・そんなに見に行きたいのなら僕と一緒に行きません?」
「うおっ!何言ってんだよ、お前」
「レディー独りで行くのは淋しいでしょう・・・・僕がエスコートしますよ」
驚いている快斗を無視し、白馬は青子の手を取った。
「んー・・・・・・・・じゃ、快斗はほっといて一緒に行こうか?」
「そうですよ、あんな奴ほっといて行きましょう」
「そうよね、快斗なんかほっといて」
「えぇ・・・・・・・もしかしたら怪盗キッドにも逢えるかもしれませんし」
そう言って白馬は快斗を一瞥した。
(・・・・・・・・・・オレが何なんだよ)
青子にまで「快斗なんか」と言われてしまった快斗は面白くない。
「せいぜい怪盗キッドの面でも拝めるよう、ニ人で願っときな」
★
「さて、今日も華麗なるショーの始まりだ」
八月三十一日、夜九時ジャスト。夜空もため息を付く頃。
展覧会の会場近くのビルの屋上で、純白のマントが夜空に良く映える。
「―――――行きますか」
「お待ちなさい!怪盗キッド!!」
聞き覚えのある声に驚き、後ろを振り返る。
「今日こそ、貴方を虜にさせてみせるわ」
お馴染み、小泉紅子である。
「いくら夏場だといっても、その格好じゃ風邪引きますよ?」
いつものあの赤魔術の格好も健在。
「風邪を引こうと構わないわ・・・・・・・・・・ピンクダイモンドを狙ってるそうね?」
「えぇ、頂きますよ」
「・・・・・・・・いつまで続けるのよ」
「その時が来るまで・・・・・・・・・・・ですかね」
「・・・・・・・・その時っていつよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・さぁ」
『その時』の意味を説明しないまま、去っていこうとするオレを引き留める彼女。
「答えになってないじゃない」
「答える気はありません・・・・・・・僕も解からないのだから」
いつまで続けるかなんて解からない。
オレが何者であるかも解からない。
「待ちなさいよっ・・・・・・・・・・・・」
紅子の悲痛な叫びを背に、空へと飛び出す。
彼女とこれ以上話すのは正直言うと、辛い。
自分を否定されているような気がするから。
「ここ・・・・・・か」
窓からは愛しの中森警部の姿が見える。
パリンッ・・・・・・・・!!
窓ガラスをわざと割って、派手な登場をして自分の存在を知らせる。
「あっ!怪盗キッドだぁー!!」
「中森さん・・・・・・危ないですから下がっていて下さい」
青子と白馬が仲良くやってるのを横目に、
自分はお目当てのものへと急ぐ。
周りの警官が焦ってる中、
「そうはいかんぞ!!」
急に空から降ってきたキッドに驚きもしないで、警部は捕まえようとする。
オレはと言うと、お宝のピンクダイアのショーケースに背を向けて
愛しの彼に訊ねていた。
「中森警部・・・・・・・・・・・・・・・僕は誰ですか?」
此処にいる自分は誰なんだ?
「はっ?!何言ってんだ?」
「僕は・・・・・・・・何者なんでしょう」
「そりゃオメー・・・・・・怪盗キッドだろうが」
すんなり彼の口から出てきた言葉。
たった一言で救われたような気がした。
「・・・・・・・・・・・・・・・・ありがとうございます」
わざわざ自分の下らない質問に真面目に答えてくれた警部に礼を言い、
意外とでかい夏のレプリカを小脇に抱える。
「夏のレプリカ・・・・・・確かに頂きましたよ?」
背中につけたバンジー用のゴムで元の場所へと戻る。
「またお逢いしましょう、中森警部」
そう、きっとまた逢うだろう。
オレが怪盗キッドであり続ける限り。
「これも違う・・・・・・・・・・・・・か」
世界一のピンクダイアモンドもオレが探しているものではなかった。
そう思うと無性に腹が立って、投げ捨ててやりたかった。
でもさすがに世界一のピンクダイア。
そんなオレの気も知らないで、それはそれはキラキラと輝いていた。
バカらしい。
オレがオレである理由なんて考えてどうするよ?
『・・・・・・・・いつまで続けるのよ』
さっきの紅子の言葉を思い出す。
いつまで続けるかって?
見つけるまでさ、
自分の存在価値を。
「ん?快斗・・・・・・今日どこ行って来たのよ?」
夜遅く、こんな時間に女の子の部屋を訪問するなんて・・・
とか思われそうだったけど、どうしても会いたくなって。
理由が欲しかったわけじゃないけど。
どうしても今確かめたい、訊ねたいことがあって。
彼女もそんなこと気にしないでいてくれて。
「・・・・・・・・・・・・・・なぁ、青子」
「何よ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・オレは誰だ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・?」
「答えてくれ・・・・・オレは誰なんだ?」
あまりにも必死な形相のオレに、驚いて一歩あとさずる。
此処にいる自分は誰なんだ?
「何言ってんの?快斗は快斗でしょ」
青子の朗らかな優しい笑顔。
・・・・・・・あぁ、そうか。
気がつけば簡単なこと。
自分は自分だってこと、忘れてた。
オレは黒羽快斗であって、
怪盗キッドでもあるんだって。
「ありがと・・・・・・・・・な」
「何?急にどうしたのよ?変な快斗ー」
ありがとう、
君がいてくれてよかった。
あんなに楽しみだった夏も、もう終わる。
夏の夜空に、冷たい風が吹く。
青子は「寒いから窓閉めてよ」と文句を言っていた。
でもオレは何故だか無性に嬉しくて。
黒羽快斗も怪盗キッドもどちらもオレなんだと思えたから。
それを解かってくれてる人がいたから。
近所迷惑なのを承知で、窓から外へ叫んでいた。
「オレはオレだ」って。
オレは黒羽快斗であって、
怪盗キッドでもあるんだ。
これは変わらない真実。
永久未来続くもの。
だから、オレは盗むんだよ?
止めないんだよ。
黒羽快斗も怪盗キッドも、
どちらもオレ自身なんだから。
レプリカなんかじゃない。
どちらも本物のオレなんだから。
夏のレプリカが教えてくれた。