僕はあの日から、恋の虜となってしまった。











 
 入学式で見かけたときは「あ、可愛い子がいるな」程度だった。
 同じクラスだということを知って「ラッキー」
 隣の席になって、周りの男子から羨望の視線を受けて「もうけっ!」

 最初はそんな軽い気持ちだった。



 白い肌と、地毛だという紅い髪。
 アイドル並に小さな顔には、大きな薄茶色の瞳と小さな紅い愛らしい唇。
 背はそんなに高くないが、すらりと伸びた長い手足。
 しっかり引き締まった身体なのに、形よく膨らんだバスト。(たぶんCカップ)

 眉目秀麗。品行方正。成績優秀。
 入学当初から皆の注目の的だった。
 同級生も、上級生も、他校生でさえも。




 でもどこか冷めた、冷たい氷のような印象を受けるミステリアスな少女。
 鑑賞するにはいいけど、話がしたいとは思わない。






 
 「オレ、青子のことが好きだよ」

 そんなことを幼馴染みに言ったのは、中学生のとき。
 青子はそれを聞いて、感激して泣いたのを覚えている。





 「快斗」と柔らかく名前を呼ぶ声に起こされる。
 青子の長い髪が、悪戯にオレの頬をくすぐった。
 と言ってもここはホテルじゃなくて、学校の中庭。



 「五限目サボったでしょ?ダメじゃない!」

 せっかくの昼寝を邪魔された不機嫌なオレは、青子の小言を軽く受け流し
 青子のちょっとぽっちゃりした頬に、わざと音を立ててキスをした。
 初心な青子はそれだけで顔を真っ赤にして、怒ったように睨んできた。



 「だって工藤センセの古文ってつまんないんし」
 「そう?工藤先生面白いじゃない」
 「どこが?あんな真面目そうな男」
 「そこがいいんじゃない。クラスの女の子は皆そう言ってるよ?」
 「オレに似ていい男だからもっと嫌」
 「何それ。まぁ、でも確かにかっこいいよね」
 「青子もそう思う?」

 そこで上目遣いに青子の顔を覗き込む。



 「青子には快斗がいるから・・・・」

 その言葉を聞いて、もう一度今度は唇にキスをした。







 「Yet men go on maintaining the fiction that there are many jobs women can't do...」

 透き通るような綺麗な声で流暢に英文を読み上げていく哀は、
 快斗の目には相変わらず人形のように美しく見えた。
 たぶん、この教室の誰もがそう思っているに違いない。



 「はい・・・・どうぞ、着席して・・・・・・綺麗な発音ね」

 毛利先生の言葉に「ありがとうございます」と無表情に応えた彼女は、
 プリーツスカートの裾を気にしながら静かに着席した。





 (何ていうか・・・・そつがないんだよねぇ)
 その様子を横目で眺めながら、快斗は心の中で溜め息を吐いた。

 あまりに完璧すぎて無駄がない。
 その美しさは、いっそ冷たすぎて常人の体温には手におえないような感じさえする。
 リカちゃん人形とかの方が、まだ温かく感じてしまう。


 
 (処女かなぁ)

 頬にかかった紅い髪を何気なく払う彼女を見て、そんなことを思った。
 その仕草が、幼いクラスメイトたちよりずっと色っぽく見えたから。
 髪に触れるその指でさえも、爪の先までしっかり手入れされていた。
 校則違反のマニキュアも、ここまで上品なベージュなら、誰も文句は言わないだろう。



 (彼氏とかいるのかなぁ)

 彼女に釣り合うような男が、果たしてこの世界に存在するのだろうか。
 全く関係ない自分が、こんなことを考えても仕方がないのだろうけれど。



 (それにしても、毛利先生にしても彼女にしても、なーんか妙な感じだな)

 これは前から気になっていたことだった。
 どうも二人の間には、奇妙な空気が流れている。
 そんな気がするのは、自分の気のせいだろうか。



 (もしかしたら、親戚とかかな)

 だったら、授業をやり辛いのは仕方ない。
 成績とかの関係で、生徒には知らされていないとか。





 そんな様々なことを徒然なるままにぼんやりと考え込んでいたら、
 ふいに隣の彼女に「黒羽君」と名前を呼ばれた。
 名前を呼ばれたことは初めてだったので、心臓が引っくり返ったような気がした。
 バッチリと目が合ってしまい、その薄茶色の瞳に吸い込まれそうになった。



 かろうじて声を出す。
 「・・・・・何?」
 「先生が何度も呼んでいるわ」

 彼女の涼しい声に前を向くと、いつの間にか毛利先生がすぐそこまで来ていた。



 にっこりと笑っているが、目は笑っていない。
 「黒羽君、ここからここまで訳して」

 ―自慢じゃないが、英語の成績は2だ。







 「あっ・・・・・・・・ぅん」

 突然聞こえた艶めいた声に、驚くというより呆れた。
 どっかの馬鹿が校内でAVを見ているのか。
 それとも校内でメイク・ラブしちゃっているのか。
 どっちにしろ、教師に見つかったらただじゃ済まされない。
 


 「ん・・・・・・ぅん・・・」

 それでも喘ぎ声が止まないので、思わず自分以外に誰かいるか周りを見渡す。
 今は放課後。新校舎の廊下は静まっていて誰もいない。
 誰もいないからこそ、こんなところでこんな声が聞こえるのだろうが。



 (ったく・・・何も校内でヤらなくたっていいだろうが)

 快斗は呆れながらも、無視して見逃すことにした。
 良心的な自分以外のやつに見つかって、そいつが騒いだらどうするつもりなのだろうか。
 ここの学校はそれなりの進学校なので、この手の話には厳しい。
 この間も廊下でコンドームが見つかったということで、やたらと騒がれた。





 「・・・こ・・んなところで・・・・・・やめ・・・て」

 まだ聞こえるこの悲鳴っぽい声に、背中からどっと冷や汗が吹き出た。
 熱に浮かされているこの声の持ち主を、自分はよく知っている。



 そつがない彼女の冷ややかな顔を思い出す。
 その顔が今はどんな顔へと変貌しているのだろうか。





 理性よりも彼女の顔も相手の男の顔も見たいという好奇心に負けて、
 戻りかけていた足を、声が聞こえる空き教室へと向ける。










 無用心に薄く開いたドアから、息を殺して覗いてみると
 机に座って脚を広げた半裸の彼女が、あんあん喘いでいた。
 いつもの人形のような仮面は剥がされ、目は虚ろで口は半開き。それでも尚艶やかで美しい。
 そんな彼女を見たことがないから、思わず自分の中心が熱く持ち上がる。

 一方全く脱いでいない相手の男の顔を見て、全身雷に打たれたような気がした。





 『オレに似ていい男だからもっと嫌』





 まるでオレ自身が彼女を犯しているような興奮を覚え、自分の中で何かが弾けた。
 そのとき、野分がオレの身体を通り過ぎた。






そのとき、野分が