僕たちは、いつから間違ってしまったのだろうか。
いや、間違ったなんて思いたくない。

ただ少し、絡まった糸をそのままにしてしまったんだ。
解こうともせず、「時が解決する」なんて短絡的に思って。
ほっとくことによって絡まった糸が悪化するなんて、思わなかったんだ。



目の前に座る呼び出した相手は、指先でアイスコーヒーのストローを弄んでいる。
身体が冷えないかと余計な心配をしている俺は、所在なくホットに口をつける。
いつもだったらオレが一人でベラベラ喋って、連れが呆れながらも相槌を打ってくれていた。
今日は何故だか違う。俺は彼女の前では一言も発せられない。

「いつも」はいつから「昔」になってしまったのだろう。
二ヶ月前は新刊のミステリについて俺が一方的に喋っていたのを、彼女はしっかり聞いてくれていた。
先週は普通に電話で話した。昨日は今日に関してメールもした。
いつからこんなになってしまったんだろう。
これではまるで倦怠期か、別れ話中のカップルだ。



「付き合ってもいないのに」
ふとそんな言葉が頭をよぎる。
そう、俺たちは家が近所で母親同士が仲の良い幼馴染で、別に付き合ってはいない。
小学校高学年から高校まではよくクラスメイトにからかわれたりしたが、
「好きだ」と言ったことも言われた覚えもない。ましてや「付き合おう」なんて遠い世界の話のような気がしていた。
それでもたぶん俺の初恋の相手は、毛利蘭だったのだろう。
狭い世界しか知らなかった俺にとっての一番は、彼女しかありえなかった。





「呼び出して、ごめんね」
彼女の言葉にふと我に返る。

「今日、クリスマスでしょう?彼女のところ、行かなくていいの?」
「…待ち合わせは夜だから」

そう言うと、彼女は少し安心したように、「…ねえ、覚えてる?」とコーヒーにまつわる昔話を始めた。
「ホント、私がいなきゃ何も出来ない悪ガキだったのに」
「反対だろう?お前の方こそ、俺がいなきゃ何も出来ないヤツだったよ」





「…想い出だけじゃ生きられない?」
きっとあのままあんな事件に巻き込まれなければ、想い出だけで生きられたと思う。
それでも俺は二度目の人生を送ることによって、あの人に出逢ってしまった。
あの人に出逢って歯車がおかしくなったなんて思わない。
ただ必然的に出逢って、俺の世界は少しだけ広がってしまったんだ。

「前に進む糧が欲しいよ」

「私より、あの人を選ぶの?」

「何もないあの人を」という言葉がその後に続くような気がした。
何もないから選ぶんじゃない。
俺の方がきっと何もないから。

「…ごめん」





伝票を持って立ち上がる。
一人で店を出てしまった俺の背中に、彼女は声をかける。
外ではついに雪が降り出していた。

「ねえ、私たちの関係って何なの?」

たぶん、彼女はこれが聞きたくて今日呼び出したのだろう。
昨日からずっと考えていた答えを吐き出す。



「大事な幼馴染みだよ」

きっと、この距離はもう埋まらない。時も戻らない。
お互いそれは解っている。



「私はそれ以上になりたかったよ?」
「うん、知ってた」

「私は曖昧な関係が嫌だった」
「…うん」
「今までみたいな中途半端な優しさよりも、いっそ振ってくれた方がいいよ」
「俺が中途半端な態度を取り続けていたせいで、蘭を傷つけた」
「…」
「俺、蘭が幼馴染みで良かったよ」



我ながら、ズルイと思う。俺は悪役になりたくないんだ。
決定打を言ってしまうのは簡単だけど、俺にはそれが出来ない。
これ以上蘭を傷つけたくないのも、本当だから。
本当に大切に思っていたから。

だから、震えながら肩に顔を埋める彼女の小さな身体を抱きしめてしまう。
昔は同じくらいの体格だったのに、なんて思いながら。

プツンと、糸が切れる音がしたような気がした。





「大嫌い」





いつかきっと想い出だって薄れてしまう。
彼女と話した内容だって、彼女と行った場所だって、今日飲んだコーヒーの味だって。
記憶力に自信はあるが、所詮は神じゃない、人間だ。
かけがえのない日々だって、いつかは色褪せてしまう。

それでもこのぬくもりだけは忘れたくないなんて、ただの我侭だろうか。











僕は生まれゆく 時の中で 悲しみの仕草など 忘れてしまうのだろう

NOW AND THEN - 失われた時を求めて -


2005.12.25