みんなの夏休み日記1
〜工藤新一の場合〜
夏は暑い。
まぁ、そんなことは解っている。
何も今に始まったことではない。
夏は毎年暑いし、
気象予報士のおねーさんは、毎日「今日は今年一番の暑さです」などと言っている。
三十度を超える暑さが毎日続いて、
どこかでは熱中症でバタバタ人が倒れてるとか。
まったくこのクソ暑いのに外に出かけるからだよ。
オレみたいに家で大人しく過ごしてればいいのに。
しかしそういうオレも、ついこの間まで事件に追われていた。
無事に解決した今は
こう暑いとどこにも出かける気がなく、家で読書がいい。
夏休みは四十日もあるんだから、
こうやって時間の許す限り読書をするに限る。
家にある本は読み飽きたから、
本屋で買った新刊や図書館で借りてきた本に目を通す。
図書館は殺気立った受験生で溢れているから、
おちおちゆっくり読書なんかしてられない。
読みたい本を選びだし、そそくさと家に帰る。
扇風機に当たりながら、読みふける。
こうして今に至るわけだ。
本を読んでいるときが一番幸せだと思う。
何も考えず、本の世界にのめり込む。
そのときだけ、全てを忘れられるような気がした。
時間もたっぷりあるし、今年の夏はたくさん本が読めそうだ。
さて、他のメンバーはというと・・・
灰原は軽井沢で博士と避暑旅行らしい。
まったく優雅なもんだ。
実は誘われたのだが、事件が立て続けに起こったため行けなかったのだ。
平次は海でスイカ割りを楽しんでるらしい。
暑いのにご苦労さんだ。
だいたい誰とやってんのだろうか?
まぁ、それはヤツのプライベートな秘密ってことで、
ヤツの名誉のために黙っておこう。
快斗は食べ歩き中。
大阪に食い倒れツアーに行ってるらしい。
「暑い季節は夏バテしないように食べまくる」だなんて、
いくら食べてもバテるときはバテる。
夏バテするから何も食べられなくなるのではないか。
何か矛盾しているが、快斗のことだから仕方ない。
まぁ、ヤツが夏バテなどするわけねーけど。
ピンポーン
ふいにチャイムの音。
「今いいところなのに・・・・・・」
しかめっ面で、今読んでいたページにしおりを挟む。
「どちら様で?―――――」
ぶっきらぼうに玄関のドアを開けると、そこには灰原の姿。
「こんにちは」
ちょこんと被った麦わら帽子が可愛らしい。
水色のワンピースとよく合っている。
「ん?どうした?軽井沢で博士と避暑じゃなかったのか?」
外は暑そうなので、とりあえず家の中に招き入れる。
アイスティーを入れてあげると、彼女は一言お礼を言った。
ガムシロップを入れながら、
「いつの話よ?昨日帰ってきたのよ」
とお土産を取り出す。
どうやら今日ここにやって来たのは、お土産を渡すためらしい。
「おっ!サンキュー」
さすがに夏休み全部避暑につぎ込むわけにはいかず、
一週間で帰ってきたらしい。
たっぷり休養してきたらしく、この暑いのに元気である。
顔色もいいし、夏は弱いとか言っていたが大丈夫そうだ。
お土産は信州限定のお菓子。
それをサカナに軽井沢での話を聞く。
「軽井沢で不思議なことが起きたのよ・・・」
彼女が体験したひと夏のミステリー体験の話はとても面白く、
自分のミステリー好きの魂がうずいた。
こんなことなら無理矢理にでも行けば良かったと後悔したが、今更遅い。
彼女にお土産のお礼を言い、
暑いが我慢して彼女を家まで送りに行く。
「暑いからいいわよ」
などと笑って言っていたが、道ばたで倒れでもしたら困るので
自転車の後ろに君を乗せて漕ぎ出す。
「じゃぁ、また」
夏休みは長いから、またいつでも会えるだろう。
軽井沢での話ももっと聞きたいし。
「さてと」
すっかり忘れていたが、今まで読書中だったのだ。
「どこまで読んだかな?」
哀とすっかり話し込んでしまったので、記憶がない。
しおりを挟んでいたのだが、どうやら風で飛ばされてしまったらしい。
「Water gardenかぁ」
独りの少女が描かれている表紙をしげしげと眺める。
本屋で買ってきた、人気ミステリー作家の新作である。
話はサイコメトリーという超能力を持った女子高生が、
ある事件をきっかけによろす屋組織にスカウトされ、更に凶悪な事件に挑むというものだ。
一巻完結の続き物で、まだ一巻しか出ていないらしい。
まぁ、そこそこ面白い。
物語ももう佳境。
これから謎解き・・・・!!っていうところで急に睡魔に襲われる。
「な・・・・何だ・・・・・?!すげーねみー」
とういうわけで、ソファーに寝そべったまま熟睡。
疲れが溜まっていたのだろうか?
夢を見た。
よく、寝る前に関わっていたものが夢に出てくるとかいうけれど、
結構当たるのかもしれない。
内容としては自分がサイコメトラーになり、事件を解決していくというものだった。
メチャメチャ寝る前に読んでいた小説の影響を受けている。
サイコメトラーというのは左手でものに触れると、
その過去を視ることが出来るというスゴ技を持つ人間のことだ。
「これあれば事件なんかすぐ解決じゃん」
是非現実でも使わせて頂きたい。
夢の中ではオレが主人公の女子高生になって、
小説の中で起こっている女子高生連続殺人事件の犯人を追っている。
ちょっと待て。
ここ(夢の中)で捕まえちまったら、犯人分かっちゃうのではないか?!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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それはマズイと思って、
慌てて起きようとするが上手くはいかない。
夢はコントロール出来ないのだ。
いかん!!
このままでは未だ小説を読んでいないのに、犯人が解ってしまう。
そんなことしたら面白さも半減どころか、
価値がなくなってしまう。
いかん!
マズイ!
そう思ったときにはもう遅かった・・・・・・!!
オレはバッチリ犯人を取り押さえていた。
犯人の顔が見える。
あぁ、コイツがぁっ・・・・・・・・・・!!
オレの夏は終わったと、心底そう思った。
★
「っていうことがあったんだよ」
大阪食い倒れツアーから帰ってきたばかりの快斗を呼び出して、
オレは不満をぶちまけた。
夢で犯人が解ってしまったのだが、
「まぁ夢の中だし、犯人違うかも」
なんて思い、最後まで結局読んでみた。
しかし犯人はやはりアイツであった。
このショックは相当でかい。
小説では最後犯人は主人公らに捕まるのではなく、
自殺で終わっていたのだが、
はっきり言ってラストはどうでもいい。
犯人を自分で推理し、当てたかった・・・・・!!
「夏休みはやっぱり外に出かけるべきだよ」
「はっ?!」
突然言い出した新一に、快斗は「何だそれ」とでも言いたそうに小首を傾げた。
それから新一は大好きな読書をすっかり封印し、
残りの夏休みを思いっきり外で遊んで過ごしたのは言うまでもない。