みんなの夏休み日記2

〜灰原哀の場合〜











夏は暑いのよ。
そんなこと誰でも解ってる。
アイスは飛ぶように売れる、
クーラーだって火のついたように売れ出す。
そんな季節なのよ。
だからあたしはあえて軽井沢へ。
工藤君も誘ったんだけど、彼は事件で忙しいらしい。
夏休みまで事件と一緒なんてモノ好きよね。
で、事件が終わったらどうせ暑いあの家で読書でもしてるんだろうけど。
そう、こんな暑い中わざわざ都会に居る必要はない。
時が止まるような街でひっそりと生活するのが一番よ。
って言ってもここに滞在するのは一週間。
さすがに夏休みまるまる避暑には使えない。
だから一週間は有意義に休みに使おうって思ってたのに。



―――――あんな事件が起こるんだもの。































「ここがそう?」
「あぁ、そうじゃ」
博士に連れられ、辿り着いたのはちょっと古めかしい『ベア』という名のペンション。
オーナーはまさに熊(ベア)みたいな人で、最初は正直恐い人かと思った。
でも本当はすっごくいい人だったけど。
奥さんは野ウサギみたいな小さくて温かい人で、
失礼だけどアンバランスな夫婦だった。
あとで名前を聞いたらびっくり。
「熊井さん」と言うんだって。
熊井一郎さんと、奥さんの梢(こずえ)さん。
見た目も正反対なら、名前も「普通」と「変わっている」ので正反対。
ペンションはその夫婦と、バイトの男の子が独り。
何でも、夫婦には息子さんが居たんだけど去年転落事故で亡くなったらしい。
ペンションの仕事を昔は息子さんに手伝ってもらっていたが、
急に亡くなってしまったものだから人手が足りなくて。
そこに現れたのが彼。
息子さんが亡くなってから、彼を住み込みで雇っているらしい。
彼は『山川タケル』と言って、地元の大学生だって。
息子のタカシさんとは同級生で、昔からよく遊びに来ていたらしい。
タカシさんが亡くなって、熊井さん達は自分の息子が戻ってきたとばかりに、
彼を可愛がっているらしい。
「疲れたでしょう?荷物を運びますよ」
彼は愛想のいい顔で案内してくれた。





荷物を一通り運び終えたあと、梢さんが冷たい麦茶をいれてくれた。
「タカシは去年、子猫を助けようと崖から転落してね」
と、梢さんはまるで昨日のことのように話す。
「オレは小四までこの辺りに住んでいたんだけど、親父の仕事の都合で東京に。
去年の夏にタカシが死んだと知らされて、慌ててこっちに戻ってきたんだ」
とタケルさんが話してくれた。
タケルさんの両親は数年前に亡くなっていて、
東京で独りで働きながら定時制の高校に通っていたらしい。
高三の夏に旧友の死を知らされて、こっちの大学を受けることにしたらしい。
そこで熊井さん達と再開し、住み込みで働かせてもらっているそうだ。
「東京はどうも自分に合わなくて」
なんてタケルさんは苦笑してたけど、何だか分かるような気がした。
それからあたし達はタカシさんのお墓参りに行った。
綺麗に掃除されていて、供えられていた花が七月の風に揺られていた。
あたしは墓の前で手を合わせた。
ふいに風がそよそよと流れ、あたしの頬をひんやり冷やしてくれた。
『ありがとう』どこからかそう聞こえたような気がした。





















「哀ちゃん、一緒にバトミントンやらないか?」
タケルさんはこうやってあたしとよく遊んでくれた。
あたしは外に出ないで、中でゆっくり休んでいたかったんだけど
「小学生なんだから外で遊ばなくてどうするの?」
などと無邪気な顔して、よく遊びに誘ってくれた。
近くの川に魚釣りに行ったり、水遊びをしたり。
梢さんも交えて一緒にケーキを焼いたり。
梢さんに浴衣を着せてもらい、一緒に地元の夏祭りに出かけたり。
それはそれは暑さもぶっ飛ぶくらい、楽しい日々だった。
「何だか息子が小さな彼女を連れて還ってきたみたいでね、嬉しくて」
本当に嬉しそうに笑う梢さんを見て、タケルさんが微笑したのは気のせいだろうか。
梢さんに負けないくらい、温かい瞳だったってことも。
そんなある日、事件は起こったんだ。





「哀ちゃん、一緒に秘密の森に出かけないか?」
だからその日もこうやって、いつものように遊びのお誘いがあった。
あれはここに来て六日目の朝。
「明日帰っちゃうんでしょ?最後に探検に行こうよ?」
「秘密の森?」
何故だか少し、懐かしくてくすぐったい気持ちになる。
「そう、近くにあるただの森なんだけど・・・どうだい?」
意地悪っぽく笑うから、「じゃぁ行く」と誘いに乗る。
その森はペンションから歩いて十分ぐらいの、大きな森だった。
「部屋から見たことはあるわ」
そうなのだ、部屋からいつも見えていた森はここだったのだ。
「トトロの森みたい」
昔見た映画に出てきた森みたいに、何か神秘的な気がする。
「じゃぁ、探検開始!」
タケルさんはそう言ってあたしの手を引いて、森の中にどんどん進んでいく。
樹齢いくつだ?!と思わずツッコミたくなるようなほど、太い幹を持った大木達。
向こうでは見られない珍しい草花達。
どこからか顔を出す野生の動物達。
その中でも、野生のリスは初めてみた。
「可愛い・・・」しかし触れようとすると逃げてしまう。
リスに目を奪われている間、タケルさんはどんどん先に進んでしまった。
「あっ・・・ちょっと待って!!」
と慌てて追いかけようとするが、
「あっ・・・・・・・・」
あたしの麦わら帽子がいたずらな風に吹き飛ばされてしまい、拾いに行く。
ちょうど木の枝にひっかかっていたから、
「木登りなんか初めてかも」と登り出す。
初めてのわりにはするすると登れる。
そんなに高くはない木だが、流石にこの身体だと高く感じる。
「哀ちゃん?!何やってんの?」
「タケルさん?!」
向こうから急に声をかけられたので驚き、バランスを失う。
「キャッ・・・・・・・・」
「危ないっ・・・・・・」
タケルさんが手を伸ばすが、届かない――――




















ダメだよ、オレみたいになっちゃ――――――




















「何・・・これ」
気が付くと、あたしは宙に浮いていた。
風の抵抗を受けずに、その場だけ時間が止まったように。
そのままゆっくりと地面に落ちていく。
地に足がついた。
タケルさんが駆け寄ってくる。

「ど・・・・どうなってんだ?!」
こっちが聞きたい。
「何処もケガはしてない?」
そう言ってあたしの身体を調べるが、かすり傷ひとつ付いていない。
「あー驚いた!!死んだかと思った」
「何縁起の悪いこと言ってんのよ」
「でも助かって良かったー!!」
「ホント」
今でも生きた心地がしない。
「・・・・・・こんなの奇跡よ」
あたしが落ちたところは地面からは五メートルくらいはあった。
まともに落ちたらケガでは済まされないかもしれない。
「タカシが助けてくれたのかも・・・な」
タケルさんはそう笑った。
「・・・あたしもそう思うわ」
未だ見たことのない、だけどタカシさんが助けてくれたと。















そして一週間目の朝。
「お世話になりました」
博士が熊井さん達にお礼を言ってる隣で、あたしはタケルさんと話していた。
「また来年も来いよ」
「えぇ、そうするわ」
「哀ちゃんが居なくなると淋しくなるな」
「小学生相手に何口説いてんのよ?」
「いや、どうも小学生には思えなくて」
「・・・・・・・・当たってるわ」
「何か?」
「うぅん、何でもない」
彼の勘のよさに多少驚きながら、
あたしたちは別れの挨拶をし、握手をした。

「さよなら」
握った手はひんやり冷たかった。









そこであたしは全てを理解した。
彼がタカシさんが亡くなった同時期に現れた理由。
あたしを体を張って助けてくれた理由。
勘のいい理由。
そして、この手が冷たい理由。
「もうこっちの世界に戻って来ちゃダメだよ?」
自分の声が震えているのがよく解る。
涙が頬に伝う。





逢いに来たんだね。
自分が死んで哀しんでいるご両親に、逢いに来たんだね。
きっとすごく優しい人だったから、胸が痛んだんだね。
それで事故に遭って、死にかけたあたしまで救ってくれたんだね。
自分と同じ間違いを起こさぬように。
でも熊井さん達は大丈夫だよ。
幸せに暮らしているから。
だから今度は貴方が幸せになる番。
ちゃんと成仏しなくちゃ。
余計心配かけちゃうよ。





「・・・・・・・早く本物のタケルさんに、身体返してあげなよ?タカシさん」
彼はあたしの気持ちを解ったらしく、泣き笑いの表情のまま、
冷たい指のさきであたしの涙を拭ってくれた。

「ありがと」
「こちらこそ・・・最後のワガママに付き合ってくれてありがとう」
耳元で小さく別れの言葉を交わす。



「さよなら」
もうきっと、二度と会うことはないけれど。































家に帰って、その話を工藤君に話したら
彼は自分も行かなかったこと、えらく悔しがっていた。
ひと夏のミステリーだものね。




















だからあたしはこの夏を一生忘れない。
本当はあたしの心の中だけにとどめておこうと思った。
でもいろんな人に伝えたかった。
釣りに行ったこと、ケーキを焼いたこと、手をつないで夏祭りに出かけたこと。
一緒に秘密の森に探検出かけたことも、
あの日助けてもらったことも、
そして最初で最後に交わした、あの冷たい手の感触も。



―――――貴方が確かに生きていた証となるように。






















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