こんなの皆、戯言だ。






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嗤う三日月、今夜は戯言遣い

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「ごきげんよう、白いコソ泥さん」
「ごきげん麗しゅう、Ms. rotten apple」





それはそれは、とても星が綺麗な日の出来事。
三日月が、嗤った口の形に歪んで見える。

そんなミッドナイト。
今晩はグッドナイト。
ときめきトゥナイト。





「…お互い、あまりいいニックネームではありませんね」
「そうね」



「僕はコソ泥ではありません」
「rotten appleなんて、うら若き乙女に向かって言う言葉じゃないわ」

どうやら、腐った林檎はお気に召さないらしい。



「えぇ、そうですね」

真白の人物はそう言って、にっこりと微笑んだ。
それもまた、三日月のように。















「では本当の名前を教えていただけませんか?」

「…シェリー」

同じく真っ白な白衣を羽織った女性の手には、シェリー酒の瓶。
目だけを細めて、たぷたぷと瓶を振ってみせる。





「…戸籍上のお名前は?」
「戸籍なんて持ってないわ」

そう言って、屈託なく笑う。




















彼女と似ているな、と思ったのはそんな身軽さ。

どこにも属さない。
誰のものでもない。
自由な身である反面、どこか危うい。



いつでもどこでも、
きっと彼女は飛んでいってしまう。



物事に執着がないから。
何だって、それこそ僕だってあっさりきっぱり捨ててしまうのだろう。





まあ、僕だって、誰のものではないのだけれど。



彼女に惹かれる反面、自分の方から弾いている。
自分の中にボーダーラインを引いて、
それ以上は近づかない。近づけさせない。





だから僕は独りなのである。
彼女が孤独なのと同様に。
お互いに惹かれ合っても、平行線のようにただ寄り添うだけ。

決して交じり合わない。
ましてや垂直になど、絶対に。















「次逢うときには教えて下さいね」
「貴方、それ前にも言っていたわよ」





だって今聞いたら、愉しみが失くなってしまうから。
きっと彼女は一生、本名も生年月日すらも教えてはくれないだろうけれど。










そしてこの僕も、もちろん本当のことを教えるつもりは毛頭ない。

世間を騒がす平成の大泥棒が、実は江古田に住む一介の高校生だということも。
幼馴染みのことを大事に想っているのにも拘らず、この目の前の女性にどうしようもなく惹かれてしまっていることも。





もしかしたら、彼女は全てを解っていて、この僕に接しているのかもしれないけれど。
何もかも見透かしたあの薄茶色の瞳で、知らない振りをしてくれているのかもしれないけれど。
情けない僕を、黙って微笑って赦してくれているのかもしれないけれど。





でもきっと、それは皆戯れ言。

























「僕、今日、誕生日なんですけど」



「自分の誕生日にまで泥棒業なんて、良心が傷まない?」

「何かくれませんか?」





良心?そんなもの、初めから持っちゃいないけど?
君だって、そんなもの持っていたら、この場所に居ないだろう?




















僕より数センチ背の低い彼女は、少しだけ背伸びをして
僕の乾いた唇を、小さな紅い舌で舐めた。

まるで小さな子がアイスを舐めるように、いとも簡単に非常にあっさりぺろりと。





「誕生日、おめでとう」










きっと、これも戯れ言なのだろう。





ったく。
今夜の僕はどうかしている




















「そういえば…言い忘れていたことがあります」

「…何?」



そうめんどくさそうに振り返った彼女の美しいこと。
見事なまでの柳眉も、どこか官能的な眉間の皺も。





残酷なまでに、僕は壊してしまいたい。



ほら、月が嗤っている。

三日月に歪めた口で。




















「貴女、うら若くはないでしょう?」