「教師がこんなところでサボってんじゃねーよ」
「えー?だって暑いじゃん」
「その喋り方止めろ。腹立つ」
「ちょっと君カルシウム足りないんじゃない?成長期なんだから好き嫌いなく、ちゃんと食べなきゃ」
「お前そのネタ引っ張りすぎだぞ」
「だいたい牛乳なら毎日飲んでる」と紙パックの牛乳にストローをさして、わざとらしく少年は吸ってみせた。
「いいね、青少年」とネクタイをだらしなく緩めた化学教師は、笑う。
「で、今日は何のご相談?」
「えっ?」
ストローからキュポっと口を離して、少年は顔を歪める。
「わざわざ授業サボってまで自分に逢いに来てくれるなんて、僕って愛されてるなー」
「すいません、実験していいですかー?」
「器具は勝手に触らないで下さーい」
「サボりじゃなくて空き時間なんだよ。サボってんのはそっちだろう」
「残念。こっちも空き時間」
「本当かよ。さっき放送で呼び出されてたじゃん」
「あぁ、それはいいの。どうせ大した用事じゃないから」
「大した用事だったらどうするんだよ」
「で、別に世間話しにきたわけじゃないでしょう?」
「クーラーに当たりにきたんだよ」
「嘘つきー」
「お前の権限で教室にもクーラーつけてくれよ」
「そんな権限あったら、とっくに校長になってるって」
「嫌だな、おまえが校長なんてなったら」
「で、そろそろ本題いってくれない?僕これから昼寝したいんだけど」
「教師としてどうかと思うぞ、今の発言」
「哀ちゃんのこと?」
「何でここで灰原の名前が出てくるんだよ」
「だって、君と僕の接点なんて彼女ぐらいじゃない?」
「その前にオレらの担任なんだけどな、お前一応」
「あぁ、学校内での話?学校外の相談かと思った」
「学校外の相談って何だよ」
「いや、デートの相談とか、手を繋ぐタイミングとか、お泊りの時期とか…」
「問題じゃねーか。っていうか、手を繋ぐからいきなり飛躍しすぎだろ」
「江戸川君のエッチー」
牛乳を飲み終えたコナンは、紙パックを思いっきりゴミ箱に投げ捨てた。
「いつまで気づかないフリしてるんだよ」
「えっ?何のこと?」
「お前目立ちたがりなのか、ただの淋しがりなのかよく解んねーな」
いきなり入ってきたのと同様、それだけ言ったと思いきや、さっさとコナンは科学準備室を出て行った。
「えっ?っていうか彼って何のためにこんな冒頭に登場したの?」
コンコンと、さっきの客人とは違って丁寧なノックに我に返る。
同じく丁寧に「失礼します」と凛とした声を響かせて入ってきたのは、一人の少女。
コナンと同様、快斗の受け持ちの生徒だ。
とにかく変わっていて、それ故に快斗が少し苦手意識を感じている生徒でもある。
まあ、苦手意識を持っているのは快斗だけであって、
その美貌と品行で、他の教師・生徒たちからは一目置かれる存在なのだけど。
「っていうか、僕が言うのも何だけど、サボってないで君たち授業出ようよ」
「江戸川君が空き時間って言いませんでした?」
「高校に空き時間なんてあったっけ?」
「担任なんですから、受け持ちの生徒の時間割くらい知っておいて下さい」
「私たちは三年生だから、授業はもうほとんどないんですよ」
なんて少女が話している内容も、右耳から左耳へ軽くスルー。
セーラー服の袖から覗いた白くて細い二の腕、少し緩めたタイ、冬服よりもちょっと短くした濃紺のプリーツスカート。
「夏服って良いよなー」なんて思ってしまう。口には出さないが。
目の前の少女は、この視線に気づいているのか気づいていないのか。
それとも快斗の裏家業を知っているのか知らないのか。
時折見せる意味ありな上目遣いと、キュっと上がった口角。白い肌と紅い唇。艶やかな漆黒の髪。
これも苦手意識を感じてしまうところなのだが。
「先生、今日誕生日でしょう?」
「う、うーん。そうだね」
「昨日のHRで散々言ってましたものね」
「そうだっけ?」
「さっきの江戸川君もお祝いに来てくれたんじゃないですか?」
「いや、それは違うと思う」
さっき去り際に言っていた「気づかないフリ」というのが何なのか。
そんなことより、目の前の少女の一挙一動の方が気になって仕方ない。
「いつまで気づかないフリしてるんですか?」
「えっ?」
―何?この台詞流行ってんの?
「誕生日のお祝い、欲しいですか?」
「うーん、出来れば欲しいというか何と言うか」
曖昧に誤魔化そうとした瞬間、抱きしめられた。
華奢な美少女に抱きしめられる経験なんてあまりないよなーなんて、妙に冷静に考える。
というか、これ誰かに見られたりしたら最悪の誕生日になるんじゃないだろうか。(特に校長)
薄い夏服越しの体温が、温かく感じる。
少女特有の骨ばった身体、柔らかく暖かい感触。うっすらと香水の香り。
「これヤバイなー」なんて思った瞬間、背中に腕を回していた。
「気づかないフリ」ってこのことだったんだなーなんて。
一瞬ビクっとした反応を見せた少女の鼓動は、もう落ち着いている。
こんなにくっついていたらお互いの体温も鼓動も丸解りで、
きっとこっちの鼓動の方が早いことに彼女は気づいている。
上手く誤魔化していたつもりだったんだけど、まんまと誘われちゃって。
でもちゃっかり者の彼女は、教室に入るときに鍵を閉めてくれちゃったので、
とりあえず最悪の誕生日にはならずにすみそうだ。
「ねえ紅子さん、お祝い何くれるの?」
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