もうひとつの
紅い果実に
青い嘘
「ねぇ、快斗・・・」
「ん?何だよ?」
季節はすっかり初夏。
半袖から伸びた白い腕がオレを悩ませる。
この時期は目のやり場に困る。
「・・・雨が降ってるね」
遠い目をしてわざととんちんかんなことを言う彼女。
何かオレに話したいことがあるのに、
話す勇気が無くていつも話をとんちんかんな方に持っていく君。
そういった幼馴染みを一番理解しているオレは、だからこう言う。
「もう梅雨だからな」
『何か話したいことがあるのか』なんて尋ねない。
そう言うと彼女は決まって『何でもない』と答えてしまうからだ。
彼女は笑う。
自分の事をちゃんと解ってくれるオレに対して笑顔をくれる。
「快斗・・・怪盗キッドってどこに居るのかな・・・・」
「グフっ・・・!!」
あまりにも唐突な質問だったので、思わず飲んでいたお茶を吐き出す。
口に緑茶の香りが広がる。
「ヤダ、快斗・・・汚い!!大丈夫?」
青子が差し出したハンカチを断り、ペットボトルを机に置いて、手の甲で口を拭う。
「どうしたんだよ?急に」
「・・・・・お父さんがまたキッドの捜査外されるかも」
「何だってっ・・・・・!!」
愛する中森警部もそろそろ潮時か・・・
なんて考えている場合じゃない。
俯く彼女を得意のマジックで慰める。
ポンっと出された青いバラに彼女から笑みがこぼれる。
「そうね、キッドを捕まえればお父さんだって・・・」
「そうそう、大丈夫!中森警部ならきっと捕まえられるさ」
だからオレもこうして笑ってみせる。
気がつかれないように。
ゴメン。
キッドは捕まるわけにはいかないんだ。
だからこうして嘘をつく。
君に。
この青い嘘を。
★
「いつまで中森さんを騙すつもりなの?」
昼休み。
天気はすっかり晴れ。
さっきまでの大雨が嘘みたいだった。
屋上で弁当片手に昼寝かな。
字余り。
水溜りを避け、床に横たわりながらボーっと弁当食ってるオレにヤツはこう尋ねてきた。
「怪盗キッドが死ぬまでだよ」
ハンバーグを口にほおばりながら、彼女に背を向けたまま答える。
「可哀相に」
隣に紅い弁当箱が並んだ。
「お昼・・・一緒してもいいかしら?」
「イヤだって言ってもどうせ居るんだろう?」
彼女はそういう女である。
「じゃぁ、いいのね?お邪魔します」
髪をひとつに結わいた紅子が隣に座る。
漆を塗った豪華な作りの弁当箱。
オレの百円均一の弁当箱とはワケが違う。
「・・・・・・何が可哀相なんだよ?」
彼女の弁当の中身がいたって普通なのを確認し、
ふてくされたようにそっぽを向いて尋ねる。
紅子はというと、何だか様子が変である。
いつもは自信に満ち溢れている彼女の表情は、どこか魂が抜けている気さえする。
「・・・・・・中森さんは何も知らずに・・・貴方が怪盗キッドだとも知らずに・・・」
「知らずに何だよ?」
風が少し出てきた。
さっきまで地面を濡らしていた雨雲が、
風に飛ばされどんどん遠くへ飛んでいく。
「中森さん・・・貴方のこと、少し疑ってるみたいよ」
「疑ってる・・・・?」
そういえば前に一度だけ疑われたことがある。
「まだ解らないい?」
ふいの突風が彼女の髪を揺らす。
今日の紅子は変だ。
今にも泣きそうである。
「…解らない」
いきなり解らないと聞かれても解るハズがない。
「中森さんは貴方のことを慕っているのよ?」
真っ直ぐな瞳。
目が合うと、それはすぐに下に向けられてしまう。
彼女は今言った言葉を否定するように、
シャリ・・・
リンゴをかじる音。
うさぎの形をしたリンゴ。
フォークに突き刺さったうさぎは次々に口に運ばれ、その姿を消す。
それはそれは
紅い、
紅い果実。
「・・・青子を傷つけたくない」
それが事実でも、オレは怪盗キッドである。
絶対捕まるわけにはいかない。
正体を知られてはいけない。
これからずっと騙し続けるであろう。
たとえそれが辛くても、これがオレの選んだ道。
「・・・青いわね」
口を歪めて紅子は吐き出す。
「紅子っ・・・・!!」
弁当箱片手に立ち去る彼女を引き止める。
オレのでかい声にびびったようだが、こちらには振り向かない。
「でもオレは怪盗キッドじゃねーから、解んねーよ」
それはそれは
青い、
青き青春の如く、
不透明な嘘。
僕らはどこまで彷徨い、堕ちていくのだろう。
真実は一体どこにあるのだろう。
それはきっとあまりにも残酷で、
あまりにも哀しいことだから、
君には黙っておくよ。
―――――その時が来るまでは。