学校へ行こう!!
夏休み特別編・後編
〜学校の階段怪談〜
キャーーーーーーーーーーーーー!!
ドアを勢いよく開けた途端、辺りに女の悲鳴が響いた。
「な、何なの?!」
音楽室のドアの前では誰もが絶句していた。
確かに女の悲鳴は聞こえた。
けれども、音楽室には誰もいなかったのだ。
いつの間にかピアノの音は止んでいた。
「・・・・・・・・・・さっきのって幻聴ですか?」
「でもオレも聞いたぞ?」
「じゃ・・・・じゃあ、その女の人はどこに行ってしまったのでしょう?」
「んなのオレに聞くなよ」
光彦と元太が言い争ってる隣で、コナンは狐につままれたような不思議な気持ちでいた。
(ピアノの音が止んで、悲鳴を上げた女の姿がない?!)
そんなことはありえるのだろうか。
「ちょ、ちょっと・・・・・・コナン君!!」
本当に消えてしまったのか確かめようとして、
教室に入っていくコナンを歩美が引き留める。
「―――本当に消えちまったのか?」
「ありえないわよ、人の存在そのものが消えるなんて」
コナンの呟きに哀が反応した。
「―――何なんだよ、一体・・・・・・・・・・・・・!!」
「この学校の七不思議のひとつに、夜な夜な聞こえるピアノの音っていうのもあったの」
小田さんが小さく漏らした。
とりあえず一同はこの不気味な校舎から立ち去ることにした。
声の主は気になるが、歩美をはじめ、皆が怖がり始めて
とても捜査などと言ってる状況じゃなくなったからである。
(それなら初めからやるなよな・・・・・・)
震える歩美を支えながら、コナンは心の中で呟いていた。
音楽室は四階にあったため、階段を下りていかなければならなかった。
階段までの長い廊下を歩いていく。
恐怖のためか誰も口を開かず、辺りは静寂そのものだった。
「・・・・・・・・・・腹減ったな」
その言葉と同時に、元太の腹の虫が鳴った。
「―――ヤダ、元太君ったら!!」
歩美に笑みが戻る。
小田さんも少し笑い、気まずかった雰囲気が少しだけ明るくなった。
「おまえ、さっきユーレーを信じてるって言ってたよな」
階段に差し掛かったとき、さっきのことが気になり訊ねてみる。
「えぇ、そうだけど・・・・・・・・・それが何か?」
『何か』と聞かれ「気になるから」とも答えられず、困る。
「オメーみたいなリアリストはそんなもの信じてないと思ってた」
「私も」
そう短く答えた彼女に、
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はっ?!」
意味が解らなく、つい間の抜けた声を上げてしまった。
「お姉ちゃんが死んでから、幽霊はいるって信じるようになったのよ」
灰原は、崩れた顔のままのコナンに微笑して言う。
(あ・・・・・・・まずいこと聞いたか?)
「幽霊が出たとしても、貴方が守ってくれるんでしょ?」
真っ直ぐな瞳に吸い込まれそうになる。
「あぁ、それはそうだ――――」
「きゃっ・・・・・・・・」
コナンの言葉は彼女の悲鳴でかき消された。
「――――ったく、何してんだよ?」
階段から落ちそうになった彼女を抱きとめる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・あ、ありがと」
手を離すタイミングを失い、仕方なくそのまま手を握っている。
危うくラブストーリーになりそうだったものは、次の彼女の言葉でホラーに切り替わった。
つないでいた手はすぐに離された。
「何か聞こえる・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・オレも聞こえた」
ぶすっとした顔と声で答える。
三階の奥の方からくすくすと笑い声。
「さっきから何なんだよ?!」
松田も聞こえたらしく、声を荒げる。
他の四人にも聞こえたらしく、悲鳴を上げている。
さっきの女の悲鳴に、今聞こえた笑い声。
いつからここは恐怖のユーレー学校になってしまったのだろうか。
「そのうちケタ●タとか出てくるんじゃねーだろうな」
コナンが毒づくが、この冗談が本当のことにならなければいい。
音はどうも三階の理科室の横のトイレから聞こえてくるみたいだった。
「行ってみるしかねーな」
松田が半袖のシャツを更にめくりあげ、意気込む。
「れ、例のトイレの花子さんが出るっていうトイレですね」
未だ聞こえる笑い声の恐怖に耐えながら、光彦が努めて冷静に言おうとしているが
膝はガクガク、声は震えている。
松田が先頭で一番後ろにコナン、間に女子を挟んだ形で移動する。
トイレの前まで来てみたが、笑い声は止むことを知らない。
まるで誘っているようである。
「女子トイレだから、ちょっと私が見てくるわ・・・・・・貴女たちはここで待っていて」
後半の台詞は歩美と小田さんに向けられ、
灰原は独り、暗闇の中のトイレへ足を運ぶ。
「お、おい!灰原・・・・・・」
引き留めようとしたがさすがに堂々と女子トイレに入るわけにも行かず、
大人しく全員で入り口で待つことにした。
「灰原さん、大丈夫かな」
コナンにしっかりしがみついている歩美が小さく声を上げる。
そう、それが心配である。
幽霊に何かされるわけではないだろうが、不安はある。
さっき『守る』と約束したばかりであるし。
しかし灰原はすぐに戻ってきて、
「・・・・・・・・・・・誰もいなかったわよ?」
いつの間にか笑い声は止んでいた。
「もういい、早く帰ろう?」
「何か気味悪い…江戸川君、帰ろう?」
歩美と小田さんが泣き出しそうな顔で急かす。
「何で江戸川ばかりに言うんだよ?オレもいるのに」
松田はふくれていたが、今はそんなことを言ってる暇はない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・コツッ
「何の音?!」
敏感は灰原は、この小さな音を逃がさなかった。
「向こうだ!」
廊下の隅に人の影か、白い物体が見える。
布か何かだろうか、角を曲がったらしくふわりと揺れた。
「待てよっ・・・・・・・・・・・・・・・!!」
足の速い松田がすぐに追いかけ、角であっという間に追いつき、謎の人物にタックルする。
「松田に続けー!」
元太の合図で光彦や歩美、小田さんまで体当たりする。
「お、おい・・・・おまえら!!」
コナンが止めようとしたが、一足遅かった。
「きゃっ!ちゃ、ちょっと・・・・・・・・・・・・・」
子供とはいえ、五人の人間に倒されてはひとたまりもない。
謎の人物は小さな悲鳴をあげ、動かなくなってしまった。
「・・・・・・・離してあげたら?」
灰原が、すっかりのびてしまった人物を助け起こす。
どうやら女性のようだ。
「何なの?!」
意識を回復した女は喚いていたが、
「おまえがさっきからオレらを怖がらせてる犯人だろ?!」
「そうだ、顔を見せろよ」
力のある松田と元太に押さえ込まれ、懐中電灯の光を当てられる。
「何するの?!」
女は必死で抵抗しているが、松田達はかまわず、女が被って顔を隠している布をはがす。
「だ、誰?!この美人なお姉さんは」
「見たことない女性ね、職員かしら?」
小田さんと灰原の声が響く中、
「何なのよ、貴方達は!!」
布をはがされ、正体を明かされた女は金切り声を響かせた。
その声に妙な聞き覚えを感じ、
「ちょっと待て!!この人は――――」
少し離れたところで状況を見ていたコナンは、
慌てて松田達を引き留めてかき分け、女の顔を覗き込む。
「松本小百合先生?!」
間違いない、あの松本小百合先生である。
「えっ?!あ、貴方――――」
「先生が何で・・・・・・・・」
向こうもオレに気づき、驚いたみたいだったが、オレの方が驚いていた。
「コナン君じゃない?!・・・・・・あの事件以来ね」
「松本先生・・・・・・・・・・・」
あの苦々しい事件を思い出し、何も言えないでいた。
そんなオレの気を察してからか、クスリと笑い、
「久しぶり・・・・・大きくなったわね」
「・・・・・・・・・・・・・先生こそ老けたよ」
「もう!!相変わらず生意気なガキね」
笑った顔は少し痛々しそうに見えたが、次の先生の言葉でその不安は散っていった。
「それに私、もう“松本”じゃないのよ?」
ちょっと意地悪く微笑した顔は今も変わらない。
あぁ、そっか。そういえば先生は・・・・・・
「お取り込み中悪いんだけど、さっきから全然話が見えないんですけど?!」
先生と知り合いのコナンはともかく、皆先生のことは知らないのである。
松田のツッコミにコナンも我に返る。
「そういえば先生、何でココにいるわけ?」
結婚して教師を辞めたと聞いたが、また復職してこの帝丹中学に戻ってきたのだろうか。
「今の音楽の先生が産休に入るから、臨時講師として来月からまたココで教えることになったんだけど―――」
現役を退いて結構経つので久しくピアノを弾いていなく、新居にはピアノもないので
来月からの授業が始まる前に、夜中にこっそりココで練習してたというのだ。
「姿を見せればよかったんだけど、恥ずかしくて・・・・ごめんなさいね」
そう言って少女みたいに笑った先生を見ると、何故だか憎めない。
今日も音楽室でこっそりピアノを弾いてたのをコナン達に見つかってしまい、
気づかれたくなくて慌ててカーテンの裏に隠れてたらしい。(暗くて分からなかったのだが)
それを勝手にコナン達が、消えただの何だのと騒ぎを大きくしただけのことだった。
「それにしても酷いわね、いきなりタックルなんて。
誰か生徒が来たのが解ったから、無事帰れたか確かめたかっただけなのに」
美人な先生にお叱りを受け、松田はすまなそうに頭をかいた。
「まぁ、調子に乗って私が驚かしちゃったのが悪いんだけど」
そう言って、松田ににっこりと微笑みかける。
「ほらな、言ったろ?七不思議なんかないってさ」
照れ隠しか、目をそらし胸をはり、えらそうに言う。
そうなのだ、蓋を開けてみればユーレーなんかいなかったのだ。
夜な夜な聞こえていたピアノの音の正体は、松本先生もとい高杉先生の仕業だったのだから。
「――――ったく、先生も人が悪いよな」
「紛らわしいですよ」
元太と光彦が文句を言うと、歩美も付け足す。
「あのトイレの花子さん騒ぎも先生がやったんでしょう?」
さっきの三階のトイレに聞こえた女の笑い声のことだ。
てっきりこれもオレ達を驚かすための先生の悪戯かと思い、
オレ達は先生の「ごめんね」の一言を待っていたのだが、
「ん?何のこと?それは私じゃないわよ?今降りてきたところだし」
彼女は笑ってあっさり、そんなことはないと否定した。
『三年の先輩がトイレの花子さんに逢ったんだって』
『美術部の先輩が七不思議全て知っちゃったから、原因不明の熱で・・・・・・・』
そんな言葉を思い出す。
これらは案外本当のことなのかと思うと、ここにいる全員の背筋に冷たいものが走った。
「じゃ、じゃぁ…さっきのは―――――――?」
ほーら、貴方の後ろにも――――?
くすくすくすくす…………