かごめ かごめ

籠の中の鳥は いついつ出やる

夜明けの晩に
鶴と亀がすべった



後ろの正面 だあれ?






関係を終わらせることは簡単だった。
ただ一言「さよなら」と言えば済むこと。
人と出逢って新しい関係を築くよりも、きっと易しい。

一時間前はそう思っていた。
でもいざ本人を前にすると、世間話しか出てこない。
本当に話したいことは別なのに。

あの人と会話をする。
ただこの時間が幸せで。
この幸せを自分から離そうと決意したはずなのに
わがままになって手を離したくなくなる。



彼女の涙を見てしまったから?
あの人が優しすぎるから?
自分には平凡な幸せなんて期待しちゃいけないから?

そんなことじゃない。
離れることも、ただのわがままだ。





「黒羽たちはスノボー行ってるんだって」
「貴方は行かなかったの?」
「事件があったからな」
「じゃあ、こんなところで油売ってていいわけ?」
「たまには息抜き」



東京では珍しく、雪が降っていた。
ニ月も終わりだというのに、底冷えする気候だった。
辺りの民家の屋根には、粉砂糖をふったように雪が積もっている。

「寒いな」
「暖房もっと上げる?」
「いいや、大丈夫」
「ニ月だっていうのにね」
「冬ももう終わりだな」

「受験生たちも大変」
志保のマンションは職場である大学に近いため、
今日は朝からちょっとした賑わいだった。
先月のセンター試験の日も雪で、
雪に不慣れな東京では軽いパニックが起きていた。





「もう…ここには来ない方がいいわ」
「どうして?」
さも不思議そうに尋ねてきた彼に、黙って首を振る。

「貴方のためよ」

嘘だった。
本当は自分のため。
これ以上辛い思いをしないように、予防線を張っただけ。





「貴方解ってる?」
「…何を?」
「ここに来るのがどんな意味を持つのか」

独身女性の住むマンションに、夜遅く来ることを
この大学院生は何とも思わないのだろうか。
それとも何とも思っていないからこそ、普通にここを訪ねて来るのだろうか。

「どんな意味を持つわけ?」
現に、新一は訳が解らないとでも言いたそうに笑った。

「あたしは一応、貴方の指導官でもあるのよ?」
たとえプライベートでの付き合いが長いからといって、
新一は大学院生、助手の志保は直属の指導官である。

「大学出れば、古い友人だろ?」
「運命共同体って言って欲しいわね」

数年前の事件を思い出す。
悪夢は終わったはずだった。
永い間止まっていた時計は、再び動き出したはずだったのに。



「…雪が解けないわ」
「春はもうすぐ来るぞ?」
「そうじゃなくて」

「貴方と彼女の時間は止まったまま」
短大を卒業してOLとなった彼女と彼の間には、昔のような穏やかな流れがない。
時計は凍ったまま、動き出そうとしない。
あの眩しかった高校生の頃から、お互い動き出せずにいる。
それはきっと自分のせいだから。

「間に亀裂を走らせたのはあたしだわ」
「そんなこと、今更責めてどうする?」

彼はこうやって、なんでもないよ、と笑う。
だからその優しさに甘えてみたくなるのだ。
自分が辛くなるって解っているのに。





篭の中の鳥と一緒。
閉じ込められたのは彼で、
閉じ込めたのは自分。

でも、もう解放するから。



「出てって…彼女、待ってるから」

彼に背を向けて、窓辺に立つ。
雪はさっきより酷くなっていて、辺りは一面銀世界。
窓から見る景色は、雪に覆われて何も見えない。



「あたし、貴方のこと好きだから」

口にしたら、もう傍にはいられない。

「彼女のことを忘れられない貴方の傍にいるのが辛いよ?」





ガタンと椅子が鳴った音に、後ろを振り返ってみる。



後ろの正面 だあれ?





扉の閉まる音がした。
心の鍵が外れる音がした。

嗚咽を堪えられず、その場に蹲った。
椅子に残った人間の体温は、残酷なくらいに優しかった。



外では相変わらず雪がしんしんと降っている。
この涙も雪が流し去ってくれるのだろうか。
永い冬眠から覚めたら、自分にも暖かい風が吹いてくれるだろうか。

季節はもうすぐ永い冬が明けて、弥生。











あの二人が今後どうなったのか。

彼女に春の便りが届いたのか。



それは神のみぞ知る。
















冬は必ず春になります。

2005.2.28