黒のTシャツにカーキのカーゴパンツ。
それに真っ白な日傘を差す。
夏はもう終わりなはずなのに、日差しが強い。
日傘の下から空を見上げると、雲がひとつも見えなかった。
陽の光が透けて、日傘の下にいても眩しかった。
蝉の鳴き声が聞こえた。
あたしに日傘は 似合わないけれども
日傘 - japanese beatuty -
きっかけは工藤夫妻の喧嘩だった。
そのせいで、あたしは朝から雑巾持参で工藤邸にいた。
有希子さんが暫く工藤邸で暮らすということで、大掃除をすることにしたのだ。
理由が理由なので、幼馴染みの彼女の手は借りられない。
少年探偵団に集合がかかり、遊びと探検を兼ねて大掃除大会となった。
「哀ちゃん、悪いわねぇ」
「…いいえ」
有希子さんに逢うのは二度目だ。
一度目は、工藤君からこれまでの経緯と事情と共に紹介された。
人様の母親に逢ったことが無かったので、それはそれは緊張したものだった。
自分の息子をこんな姿にした張本人に、彼女はそっと微笑んだ。
「辛かったでしょう」と。
不覚にも、彼の前で泣き出してしまいそうになった。
あたしは、彼の前では二度と泣かない。
そう決めていたのに。
あの人は「誰の前でも、いつでも泣いていいんだよ」って。
御年三十七にはとてもじゃないが、見えない。
女優だったこともあるだろうが、内側からにじみ出るパワーが同年代と全然違うのだ。
太陽みたいな人だと思った。
大掃除が一段落着いたので、女性陣は買い物へ。
9月だというのに日差しはまだまだ強くて、ポンと小さな音を立てて日傘を開いた。
大人用の大きめの日傘なので、吉田さんも一緒に入ることが出来る。
「可愛い日傘ね」
花柄の実に華やかな日傘を差した有希子さんに言われて、少し照れる。
「…博士が買ってくれて」
向こうの血が混ざってるあたしに、日本の日差しはキツイだろうからって。
黒くて何も飾りのない日傘でよかったのに。
「…あたしには、白い日傘は似合わないんです」
白いフリルのついた日傘は、あたしには似合わない。
隣の愛らしい彼女か、素直で無垢なあの子だったらまだしも。
真っ黒なあたしには、似合わない。
「そんなことないわよ。白は乙女だけに許された色なんだから」
照れも躊躇いもなく、そんなことを言ってのけちゃう有希子さんは無敵だ。
何故だかこちらが照れてしまう。
散々買い物したら、時刻はいつの間にか午後四時。
「あっ、コナンちゃんが迎えに出てるわよ」
吉田さんがいるのでいつもの「新ちゃん」とは呼ばずに、玄関前を指差す。
女性陣の買い物時間の長さに待ちくたびれたのか、門に寄りかかっている姿が見えた。
近づいていくとあたしたちに気づき、小走りに寄ってきて荷物を持ってくれる。
「コナンちゃん優作に似てジェントルマーン」
「そのジェントルマンはどうしたよ?」
「さーあねー」
「今日はありがとな」
「いつまでもお母様を大切にね」
探偵団+博士と有希子さんは一階で夕飯の支度。今日はカレーだ。
二階を片付けていたあたしたちは、窓を開けて休憩を兼ねて夕涼みをしていた。
日中は暑くても、夕方ともなれば秋の気配が感じられる。
風に乗って、本独特の香りが届く。本棚から溢れ出る本の洪水は、彼のものだろうか。
「有希子さん、とても可愛らしい方ね」
「そうか?」
「…男の人は母親に似た人を好きになるみたいね」
先日逢った白いワンピースを着た黒髪の彼女の姿が、脳裏にちらちら映る。
いつまでも素直で純粋無垢な乙女のような。
「そんなことねーよ」
「そうかしら」
「オレが好きなのは、母さんとは違ったタイプだけどな」
あたしにとって太陽はやっぱり、そう笑った彼で。
近づきすぎると眩しくて、触れられない。
傘はきっと、守るために心の中で差している。
お願い全てを照らさないで。
あたしの醜い部分を、曝け出さないで。
「…この意味解ってる?」
「…解らないわ」
夏は嫌いだ。
夏の終わりは人をセンチメンタルにさせる。
何故だろう。
心が取り残されたように感じるから?
ふいに抱きしめられた。
手元の傘が落ちる音が聞こえるような気がした。
あたしにとって、最後の砦。
北風とコートの御伽噺じゃないけれど、あたしは太陽に負けたんだ。
どうして泣くの?
―きっと夏が終わったから。
丸一日かけて大掃除したにも関わらず、翌日優作さんが迎えに来て
有希子さんは口では文句を言いながらも、嬉しそうに帰って行った。
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