今年一番の寒さだと、今朝お天気姉さんが言っていたような気がする。
確か昨日もそんなことを言っていた。
毎日記録更新。
そんな気候とは裏腹に、私たちは動き出せずにいる。

もう一体何度目のコーヒーのお代わりだろう。
某チェーン店の制服に身を包んだウエイトレスは、顔こそ笑顔だが、目が笑っていない。
私たちと同じくらいの年だろうか。クリスマスにバイトなんてお気の毒に。
さっきから同僚の男の子と、ちらちらこちらを伺っている。
「ほっといてくれればいいのに」と声に出さずに、心の中で呟いた。

傍から見たら、いかにも別れ話中のカップルだろう。
でも別れ話なんかじゃない。
だって私たち、始めから恋なんて始まっていなかった。



向かいに座った彼は、雪が降りそうな程冷えた外をただ眺めている。
傘を持ってくるんだったと、後悔している横顔。
顎のラインがこんなにも綺麗だなんて知らなかった。
目尻に寄った皺も、うっすら生えた髭も。

ずっと隣にいたはずだったのに。
向かい合っていたとばかり思っていたから、横にいたことに気づかなかった。
そう、向かい合っていると思っていたのは私だけだったのだ。
むしろ背中合わせだったのかもしれない。





「呼び出して、ごめんね」
沈黙と周りの視線に耐えられなくなって、ついに口を開く。

大して用事があったわけでもないけれど、少しだけ逢いたかった。
ずっと、話をしなきゃいけないって思っていた。
ずっと、絡まった糸に首を締められる感覚がしていたのに。

それを見ない振りして痛みに鈍感なまま先伸ばししていたのは、怖かったから。
彼の口から決定打を聞くのが怖かった。
それでも、こんな日に自分から呼び出してしまったのは何故だろうか。
糸が首に食い込む限界を、知ってしまったせいだろうか。





「今日、クリスマスでしょう?彼女のところ、行かなくていいの?」
呼び出したのは自分の方なのに、我ながらなんて間抜けな質問なのだろう。

本当は行って欲しくないのに。
自分とここにいて欲しいのに。

「…待ち合わせは夜だから」
溜め息と共に吐き出された言葉は、コーヒーの湯気に溶けて消えて見えた。
このもやもやした気分も、簡単に溶けて消えてしまえばいいのに。
糸だって、自然に簡単に解けてしまえばいいのに。
そうしたら私は楽になれるのに。





「…ねえ、覚えてる?」
「うん?」
「昔、新一ってコーヒーが飲めなかったじゃない?」
「そうだっけ?」
「そうだよ。苦いのは嫌いって」
「今じゃ考えられないな」
今では立派なカフェイン中毒者は、首をすくめた。

「だから私がコンデンスミルクをインスタントコーヒーに入れてあげたのよ」
「うへー。そんな甘いものよく飲めたな」
「そうでもしなきゃ、苦い苦いって駄々こねてたんだから」
泣きそうになって、彼と入れ違いに外を眺める。
白くて何も見えなかった。

「ホント、私がいなきゃ何も出来ない悪ガキだったのに」
「反対だろう?お前の方こそ、俺がいなきゃ何も出来ないヤツだったよ」
確かにそうかもしれない。
いつも新一の後ろにくっついて歩き回っていた。
給食費が盗まれて私に嫌疑がかかったときも、皆とかくれんぼしていて私だけ見つけてもらえなかったときも。
いつも新一だけは私の味方で、助けてくれていた。

ずっとこの関係が続くって信じていたのに。
私たちには、想い出があるのに。





「…想い出だけじゃ生きられない?」

「前に進む糧が欲しいよ」

「私より、あの人を選ぶの?」

「…ごめん」



目を反らしたまま、伝票を持って立ち上がる。
別れのサイン。
試合終了。

そんな言葉が聞きたくて、呼び出したんじゃない。
ただ知りたかっただけなのだ。
どうして自分たちはすれ違ってしまったのか。
小さい頃は、どこに行くにも一緒だったのに。

彼に「彼女」という存在が出来てから、私はずっと宙ぶらりんなまま。
挨拶は交わす。メールもする。こうやって二人きりで逢うこともある。前と変わらない生活。
それでも何かが違う。何が違うのか解らない。





一人で店を出てしまった彼を慌てて追いかけて、その広い背中に声をかける。
外ではついに雪が降り出していた。
ホワイトクリスマスなんて、私たちには似合わない。

「ねえ、私たちの関係って何なの?」

どこにボーダーラインがあったのか。
私が踏み出せないでいたのか。彼が枠から外れてしまったのか。



「大事な幼馴染みだよ」

振り向いた彼は、知らない大人みたいだった。
きっと、この距離はもう埋まらない。
私だけが狭い世界のまま、変われなかった。
世界を広げて変わってしまう彼を止められなくて、許せなかった。



「私はそれ以上になりたかったよ?」
「うん、知ってた」

「私は曖昧な関係が嫌だった」
「…うん」
「今までみたいな中途半端な優しさよりも、いっそ振ってくれた方がいいよ」
「俺が中途半端な態度を取り続けていたせいで、蘭を傷つけた」
「…」
「俺、蘭が幼馴染みで良かったよ」



この人は最後まで優しい。
泣きそうになるのを堪えながら、彼の肩に顔を埋める。
いつまでも少年みたいに骨ばった背中に腕を回すと、同じように返してくれる。
この人はきっと、私を傷つけることなんて出来ない。

だったら、私から振ってあげる。
糸を切って、解放してあげる。

「大嫌い」





涙が乾くまでは
雪が止むまでは
今だけは

あの人よりも、彼を近くに感じさせて。



十数年共に過ごした想い出だけは、私のものだから。
記憶の中で笑う彼は、私だけのものだから。










記憶の中で ずっと二人は 生きて行ける

Hello, Again - 昔からある場所 -


2005.12.25