学校へ行こう!!
~第十五話 卒業直前編~
年が明けて、一気に受験モードとなった。
あちこちで内職が行われている様子が見える。
受験の季節というと、もう卒業というわけで。
校内は、何かと騒がしい時期となった。
「随分騒がしくなってきましたね」
「・・・・円谷君」
「受験が近いから仕方ないですけど」
「・・・・・・そうね」
一月始めの雪の降った日。
昇降口で会った二人は、そのまま合わせるわけでもなく一緒に教室へ向かう。
「灰原さんが今年答辞を読むんでしたっけ」
「えぇ、生徒会長だったからね」
帝丹中学では代々、生徒会長だった者が答辞を読み、
現・生徒会長が送辞を読むことになっている。
ということは必然的に哀が答辞を読み、
現・生徒会長であるあの小宮山かなえが送辞を読む。
「何だか複雑ですね」
光彦の苦笑には何も応えないでおいた。
「原稿はもう出来てるの」
「そうですか・・・・・楽しみにしています」
光彦は中学生になってからよく見せるようになった、柔らかい笑みを見せた。
「吉田さんを泣かせる約束をしたから」
「歩美ちゃんなら始まる前から泣いてそうですよ」
「それもそうね」
予鈴五分前の騒がしい教室を前にして、哀はこっそり笑った。
ふいに光彦が立ち止まる。
「そういえば灰原さん、高校はどうするんですか?」
「えっ・・・・・・・・?」
「もう卒業かと思うと、淋しいかも」
「そうね」
ある日の放課後の出来事。
卒業アルバム委員になった、哀と歩美は写真の整理をしながら雑談をしていた。
「あ、これ体育祭のときのだ」
「小嶋君が団長だったものね」
歩美の手にはヤイバーのお面をつけた元太のアップの写真。
「これは修学旅行ね」
「そうそう、元太君が鹿煎餅食べちゃってさ」
「先生に怒られてたわね」
「二年のときの文化祭もあるよ」
「古畑ね」
あのヅラをかぶったコナンと怪盗キッド姿の藍沢のアップ。
そう、去年はクラスが違ったんだっけ。
「これ貰っちゃダメかな」
別のコナンのアップ写真を指で挟みながら、少し頬を紅く染める歩美。
「・・・・・・・いいんじゃないかしら?卒業アルバム委員だけの特権ってことで」
「実はクラスの子にも頼まれてるんだよね」
そう言って歩美は、数ある写真の中から数枚を弾いていく。
「・・・・・・円谷君?」
「そう、実はモテるんだよ~」
歩美はちょっと意地悪く笑った。
「男子からも頼まれてるんだよ?哀ちゃんの写真が欲しいって」
「それはダメ」
自分の知らないところで、何が行われているか分かったもんじゃない。
「三年間あっという間だったね」
「うん・・・・・いろいろあったね」
嬉しいことも。
哀しいことも。
楽しかったことも。
「・・・・・・・・・・歩美、他の高校受験するの」
「えっ・・・・・・・・?」
そんなことは初耳だった。
皆と同じように帝丹高校に進むと思っていたのに。
「だから春になったら皆とバイバイ」
黄昏時の教室で、歩美は俯きながら茜色を浴びている。
下を向いているので表情は分からない。
あまりにも夕日の色が優しかったから、涙が出そうになる。
「そう・・・・・・淋しくなるね」
彼女が言った「バイバイ」という言葉が頭から離れない。
「歩美がいなくなったらライバル減るでしょ?」
「・・・・・・・・・?」
「邪魔者がいなくなって、これからはコナン君と二人きりだよ?」
「それはないわ」
そっか。
彼女には言ってなかったっけ。
困ったように眉を下げて、歩美に微笑みかける。
「・・・・・・どうして?」
彼女の大きな瞳が揺れている。
「・・・・・・・・あたしも外の高校を受けるから」
「コーナーン君っ」
「ん?」
翌日の教室。
哀の姿はまだ見えない。
「歩美からの卒業祝いv」
「はっ?!」
渡されたのは、いつかのアリス。
アリスだけではなく、いつ撮ったんだよ?!というちょっとアブナイ代物まである。
(ジャージ姿や水着姿が多いのは気のせいだろうか?)
「歩美、アルバム委員だからちょこっと貰っちゃった」
「こんなにパクって大丈夫なのかよ?」
「・・・・・・・欲しかったでしょ?」
―この時の歩美の顔は、今にも泣き出しそうだったのを覚えている。
「いらねーよ」と答えようとしたら、声がかぶる。
「・・・・・・哀ちゃん、外の学校受けるんだって」
「えっ・・・・・?」
そんなことは聞いていない。
もちろん全員が帝丹高校に行くわけではないが、
それでも彼女は皆と同じ帝丹高校に進むと思っていた。
そう、思い込んでいた。
「哀ちゃん、やっぱり言ってなかったんだね」
「・・・・聞いてねーよ」
自分の声が震えて小さくなっていくのが分かる。
「でも歩美だって私立の女子高受けるんだからっ・・・・・・」
哀は自分のクラスに行く前に、二年生のクラスに寄っていた。
Dクラスの前で下級生にある人物を呼び出してもらう。
「これが送辞のコピー原稿です」
「・・・・・・ありがとう」
小宮山かなえから送辞のコピー原稿を受け取る。
そのまま自分のコピー原稿と共に、これから担当教諭に提出しなければならないのだ。
「先輩、答辞楽しみにしています」
以前とは少し違う笑顔を見せて、彼女は笑った。
「あまり期待しないで」
だからそれに応えるように笑ってみせる。
それにしても、何で誰も彼もがそんな答辞に期待しているのだろう。
職員室に寄って、やっと自分のクラスに行く。
予鈴は既に鳴ってしまった。
小走りでクラスへと向かうと、教室の前に人の姿が見える。
「江戸川君?」
「どうして黙ってたんだよ」
彼の声はいつもよりずっと低くて、威圧感を感じる。
彼のこんな声を聞くのは初めてである。
どうやら本気で怒っているみたいだ。
「どうして他の高校受験すること言わなかったんだよ?」
だって。
だってそれは・・・・・
「・・・・・・・だって貴方、聞かなかったじゃない。どこへ行くのか」
本当はこんなの言い訳だった。
いつかは知られることだろうけど、言いたくなかった。
自分で言ってしまったら、決心が鈍りそうだったから。
貴方から離れる自分を許せなくなりそうだったから。
「・・・・・・貴方には関係ないわ」
お願い、止めないで。
これ以上ないっていう位、冷たい拒絶の言葉をかける。
「あぁ・・・・・・・どこへでも行けよ」
どこへでも行ってしまえ。
彼女のこんな言葉を初めて聞いた。
いつだって自分に微笑みかけてくれていたのに。
離れていく彼女を、きっと自分は止められない。
止める資格なんてないのだから。
こうして季節はまさに卒業の時を迎えていた。
複雑な気持ちを抱いたまま、
誰もが傷ついたまま。
「卒業スペシャル」につづく