「逢ってほしい人がいるの」と姉に言われたとき、すごく嬉しかったのを覚えている。
両親はもういなくて、世界にたった二人きりの家族。
お互いに誰よりもそれぞれの幸せを願っていたと思う。

“結婚”という言葉こそ出なかったけど、
そういうことなんだな、と一緒になって喜んだ。
組織のことも何もかも忘れて。

頬を桜色に染めて「志保も早くいい人見つけるのよ」なんて、世界一幸せそうに笑っていた姉はもういない。





この世界は 終わっても

 DESTNIY





「妹に逢ってほしいの」と言われたとき、少し戸惑っているのを覚えている。
ある研究所で薬品の研究をしているらしい彼女は、変わり者だと聞いていたから。
「いい年頃の娘が篭って研究なんてやってるべきじゃないわよ」と姉である明美がよく言っていたから。

両親がいなくて身寄りと呼べる身寄りが妹しかいない彼女は、誰よりも家族を欲しがっていた。
妹のことを本当に大切にしていて、「あんな妹でも貴方が好きになってくれると嬉しい」と。
だから戸惑いながらもこちらこそ嫌われないようにしないとなんて、柄にもなく緊張したりして。
たった一人の身寄りである妹を紹介されるということは、つまりそういうことで。
しかしそう遠くない将来自分の妹になる予定だった彼女に、ついに逢うことは無かった。



「もし私に何かあったら、妹のことよろしくね」

自分の仕事のことは知らないはずなのに。
まるでこの先何かが起こることを知っていたかのように。
そう予言した彼女は、ある日突然いなくなった。

何でも解っていたはずだったのに。
「OLだ」と言っていた彼女を疑わなかった。
自分も仕事のことは隠していたが、まさか彼女がと愕然とした。
どうしてFBIである自分が、彼女の小さなSOSに気づいて守ってあげられなかったのか。
伸ばしていた髪をバッサリ切っても、あの日から自分の世界は真っ黒なまま。





「どうして、お姉ちゃんを助けてくれなかったの」
なんてあの正義のヒーローに言ったって、ただの八つ当たり。

姉の亡骸は組織の手によって始末された。
遺体にすがって泣くことも許されなかった。
全て事後報告で、墓の場所さえ教えてもらえなかった。

あの人はどうしているのだろうか。
姉の結婚する予定だった人は。
どんな人だったのか、仕事は何をしていたのか、どこに住んでいたのか。
それらを聞く手立てはもうない。

哀しみを共有できると思ったのに。
自分の知らない姉の部分を感じ取れると思ったのに。
もしかしたら知っているのかもしれない。
自分を組織から抜けさせるために、組織の仕事に手を染めてしまった姉を。
自分を恨んでいるかもしれない。姉を殺したのは自分であることも同然だから。
あの人は、小さくなった自分の目の前に現れないまま。





「私の代わりに、守ってあげてね」

自分に白馬の騎士は似合わない。
ピンチのときに颯爽と登場なんて出来ない。
自殺を図ろうとして小さくなった彼女を、黙って見守ることしか出来ない。


いつか、本当のことを話せる日が来るだろか。
撃たれたと思って地べたに倒れた少女の眠る横顔を見て、そんなことを思った。
本当のことを話したら、恨むだろうか。何故守ってくれなかったのかと詰るだろうか。
いっそ殴ってくれた方がいい。

今はただ、姉と同じ運命をたどることないよう、遠くから静かに祈るだけ。



あの少女には、まだ逢えない。





2005.07.31