気まぐれな神様のする いろんな事に慣れていっても

Days




少しだけ冷たい風が頬を撫でる。
あのコートをそろそろ出さなきゃなぁなんて、駅から職場までの道のりで考えていた。

ふいに後ろからつつかれる。
振り返ると紅い髪が目立つ同僚の姿。
「背、縮こまってるわよ」
「いやーもう冬がそこまで来てるなぁって」
「もうすぐ11月ね」
「あー嫌だ。また今年も年末につれて忙しくなるんだ」
「キャビアの約束はいつになるのかしらね」
「ふ、冬のボーナスが出たら?」
「その前に有給が取れるかって話よね」
「うわー絶望的」

なんて話していたら職場―湾岸署刑事課に着く。
ここ数年はすっかり観光地として賑わうこの街で、オレは刑事をやっていた。
元マジシャンと元科学者というちょっと異色なオレたちは、過去に少し怯えながらも日々を過ごしている。
普段は何事も無かったかのように「同僚」として接している。
自分たちが犯罪者だったことも、それ故に事件に巻き込まれて深い傷を負ったことも。
忘れないようにしつつも、これから先の未来を「普通に」共に歩める関係でいたいとオレは思う。
わけなのだが、隣の彼女がどう思っているのかは知れない。



刑事課に入るなり、喧騒に包まれる。
いつものことなので気にはしないが、今日はまたちょっと違う。
いつもは容疑者やら近隣の方までもが勝手に上がりこんでいる状況なのだが、
今日に限って誰一人いなく、完全に「閉め切っている」感じだ。
それなのに、同僚たちはやたらと張り切って声を上げて働いている。誰も見ていないというのに。
背中合わせの隣同士の席について、お互い顔を見合すが何が何だか解らない。
「ここってそんなに仕事熱心な職場だったっけ?」
「さあ…心を入れ替えたんじゃないの?」
「まさか」
自分の子供たちが社会見学に来たときは皆張り切っていたが、今日はそんなことは聞いていない。
じゃあ、何があったというのだ?

すると奥の応接室の扉が開き、署長・副署長・課長の三人―もといスリーアミーゴスが出てきた。
その後に不機嫌そうに出てきたのは、警視庁捜査一課の工藤管理官。
黒のスーツに濃紺のネクタイをビシっと締めて、何がそんなに面白くないのか眉間に皺が寄っている。
こちらに気づき、軽く目と眉の間を離した。こちらも何となく頷く。
「あぁ、本店お出ましだったのね」
「あの人に張り切って仕事してるところ見せて上にあがろうって魂胆か」
「そんなことしても無駄なのに」と隣の彼女は小さく呟き、さっさと自分の仕事を始める。
オレは工藤の元にゆっくり歩いていき、スリーアミーゴスに気づかれない程度の声で「どうも」と挨拶した。

「事件ですか?」
「お前の手を借りるほどでもない」
「いや、力余ってるんすけど」
「お前の力は余分過ぎるんだ」
「工藤もいつも力み過ぎじゃない?もっと肩の力抜いて楽に行こう〜」
「…お前はいいな。気楽で」
少し笑ったような、困ったような声で工藤は去って行った。

「あいつ何で今日来たと思う?」と志保に話を振ろうとしたら、彼女は離席中だった。
「あれ?志保さん?」





湾岸署を出てすぐ、「工藤管理官」と呼び止められる。
後ろを振り返ると志保が壁に寄りかかっていた。組んでいた腕を放して、こちらに歩むよる。
こうやってちゃんと向かい合うのは、何年ぶりだろうか。
志保を見るとどうしても昔の事件を思い出してしまい、まともに彼女と目が合わせられない。
自分は彼女を恨んでいるのだろうか。組織は壊滅し、元の姿に戻ることも出来たというのに。
黒羽だったら「もうとっくに時効」とでも笑いそうなのに。まだ心のどこかで許せないでいるのだろうか。
組織を壊滅に追い込んだ事件のときに、彼女は自分を庇って深手を負ったというのに。
その前にあの男にナイフで刺されもしていた。そのときの傷は十年経った今でも残っているという。
何故彼女は刑事になったのだろうか。

「…元気そうでなにより」
「えぇ、お互いね。身体が資本だもの」
その小さな身体に、どこにそんなタフネスさがあるというのか。

「…ねえ、工藤君。今日は本当に何だったの?」
何かあったのかと心配そうに訊ねる志保に、
「お前といい黒羽といい、意外に心配性過ぎなんだ」
思わず笑みがこぼれる。昔から何かとこの二人は自分のことより他人のことばかりだ。
「まあ、そんなお人良し連中の様子が気になって逢いに来たのかもな」
「じゃあ」と、後ろを向く。


ふいに思い出したように立ち止まって、「黒羽をよろしくな。アイツが無茶しないように」と付け加えた。
「…あたしが何故刑事やってるか知ってる?」
「…?」
急に何を言い出すのか訝しんで、思わずまた眉間に皺が寄る。
「貴方を見張るためよ。貴方こそ無茶なことしないようにして頂戴」
「じゃあ俺のついでに黒羽のことも見張っといてくれよ」





その様子を、オレは一階のロビーで眺めていた。「幸せだなあ」なんて感じたりしながら。
こういったものの積み重ねが、明日へと繋がる糧となる。
いつかまた、大阪府警本部にいる服部も誘って、昔のように四人で。
夢のような日々。だけどきっと夢じゃない。

またここから、一歩一歩進めばいい。





2005.11.06