「暑いーっ!」
「夏なんだから暑いのは当たり前ですよ、黒羽先輩」
ホースを持った少女を見てから、先輩と呼ばれた少年は照りつける太陽を睨んだ。
「哀ちゃん、ちょっと涼しくして」
「じゃあ、水族館にでも行きましょうか?」
CRAZY LOVE
「だいたい、受験生なんですからもっと真面目に勉強して下さい」
「だからこうやって夏休みでも学校まで夏期講習に来てるんじゃん」
「それは期末で赤点取っちゃったからでしょうに」
「英語は苦手なんだよねー。化学と数学は割と得意だけど」
「残念ながら英語は受験に必須科目ですよ」
「哀ちゃんってハーフでしょ?英語教えてよ。代わりに数学教えてあげるからさ」
「間に合ってます」
学年トップに家庭教師なんて必要なく、運と要領の良さだけで生きているようなヤツとは雲泥の差だ。
「哀ちゃん、大学どこ行くの?」
「まだ二年生ですし、決まってません。どこか行けるところならどこでも…」
「あ、オレ帝丹大学行くから」
「行くからってまだ試験すら受けてないじゃないですか」
「行くよ、オレは。だから哀ちゃんもおいでよ」
「…もう昼休みも終わりですから、教室戻らないと先生に怒られますよ」
校庭で向日葵に水をあげてる哀は、二階のベランダから顔を出している先輩に向かって口を尖らす。
入学式でたまたま声をかけられて、付きまとわれているだけ。
同じ学級委員会に入って、学校行事を一緒にこなすだけ。
自分の教室のすぐ上が、たまたま彼の教室だというだけ。
たまに上から声をかけられて、ちょっと迷惑するだけ。
そんな彼を見ていると、何故か少し懐かしい気持ちになるだけ。
そして、年がひとつ違うだけ。
春になったら彼はこの学校を去ってしまう。
「おいでよ」なんてきっと一年後には忘れている台詞に違いない。
このめくるめくようにいろいろなことが起こる時期に、年がひとつ違うというのは大きい。
大丈夫。裏切られるのは慣れているから。
「あ、そうだ。今度うちに遊びに来ない?」
「先輩の家へ?」
「そう。哀ちゃんの話をしたら、うちの家族が逢いたがっちゃってさ」
「家族…?」
「快青ー!後半始めるぞー」
校庭にいても英語教師の野太い声が聞こえた。
「ったく何でオレがお前だけのために夏期講習開かなきゃいけないんだよ…」
ここは進学校ではないので、教師も適度にやる気が無い。
「…ほら、先輩。先生が呼んでますよ」
「はいはい」と奥に声をかけてから「哀ちゃん、英語の件考えといて」なんて調子の良いことばかり。
「あのむさ苦しい教師よりも、美人な哀ちゃんに教えてもらった方がはかどるし」
「どうせ真面目に勉強する気なんてないんでしょう?」
「デートのお誘いだから、ね」
なんて笑ったって騙されない。
それでも何故か引力のように惹きつけられてしまう。
優等生のポーカーフェイスが壊されてしまう。
いくら難しい数式が解けても、恋愛初心者にはこんな気持ちはどんな方程式でも解けない。
「…三角関数はちょっと苦手なので教えて下さい」
園芸部所属の哀は、胸元に“工藤”と書かれたジャージーについた泥をパンパンと払いながら立ち上がった。
紅い髪が、太陽の光と水滴を受けてキラキラ光っている。
「それとあたし、ハーフじゃなくてクオーターですから」
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