どうして、自分だけ違う場所にいることを選んでしまったのか。
 それはたぶん、女の意地だったんじゃないかと思う。





 「哀ちゃん、お待たせー」
 金曜日の放課後。駅前のファーストフード店。周りは同世代ばかりだ。
 ポテトをつまみながら文庫本に目を通していた哀は、待ち人が現れたことを知ると
 文庫を鞄の中にしまって、歩美をにこりと出迎えた。

 「今週トイレ掃除だったから遅れちゃってごめんねー」
 そう笑いながら座る歩美のトレイにはハッピーセット。おもちゃは哀の知らないキャラクターだった。
 「ううん、あたしも今来たところだったから」

 月に2回ほど、こうやって放課後に逢ってお互いに近況報告をするのが日課となっていた。
 近況報告といっても、だいたいは他愛の無いお喋り。
 学校の友人ではなく、地元の昔馴染みの友人とのお喋りはやっぱりちょっと違う。



 新しい学校。新しい友人。新しい先生。新しい勉強。話すことは尽きない。
 「で、この前の体育祭は団長がすっごく面白い人だったの」
 「いいなぁ、共学は。歩美なんて女子校だから出逢いなんてちっともないし」
 少し不貞腐れたように指先でストローをいじる姿は、哀にはとても愛らしくみえた。
 きっと自分にはそんな仕草は似合わないんだろうと思いながら。

 「そんなことないでしょう?バイト始めたんじゃなかった?」
 「一週間で辞めちゃった」
 「えっ?どうして?」
 「店長に迫られて」

 その言葉に、哀は思わず吹き出してしまった。
 確かに彼女は高校に入って変わったと思う。校則違反のピアスに薄めのメイク。
 ずっと短かった髪は今では鎖骨にかかるくらいで、綺麗に手入れがされているように見える。
 無理に大人っぽくみせているような気がしないでもないが、やはり中学時代とは違う。
 持ち前の天真爛漫な明るさが前面に出ていて、すっかりイマドキの女子高生だ。
 休みの日に一緒に並んで歩いていても、自分に向けられたのとは違う周りからの視線を感じる。

 「…コナン君がね、昔髪を褒めてくれたの」
 「髪?」
 「哀ちゃんの綺麗な天然赤毛が羨ましいって言ったら、歩美の漆黒の髪も綺麗だよって」
 歩美は指先に毛先をくるくる絡ませて、微笑ってみせた。
 「だから歩美、髪を染めることだけはしないって決めたんだ」
 確かにピアスにメイクのイマドキ女子高生だが、髪だけは漆黒のさらさらストレートだ。
 「コナン君はもうきっとそんなこと、覚えていないんだろうけど…」



 「江戸川君のことが…」
 「まだ好きなのか」と続けそうになって、哀は慌てて口をつぐむ。
 「コナン君とはどう?」と反対に歩美から聞かれて、答えに詰まる。
 「どうって別に…」

 どうもしない。
 彼は朝練があるので朝は別々。同じく放課後も互いに部活・委員会があるので別々。
 中学と同じでサッカー部のマネージャーをすることになったが、
 中学までとは違ってマネージャーも何人もいるので、毎日顔を出す必要は無い。
 それより学級委員に選ばれてしまったので、委員会の方で大忙しだった。



 「卒業式のとき、好きだって告白されたの」
 キスよりも、たったひとつの言葉がずっと欲しかった。
 「死ぬほど嬉しかったわ」
 こんなことを聞かされて歩美はどう思うかとちらりと見たが、歩美は興味津々と言った様子で見つめ返してくる。

 「でもいざこうなると…正直、どうしたらいいか解らなくなる」
 「どういうこと?」

 今年は何とか同じクラスになれた。
 ただ来年以降は解らない。来年からは進学別に私大文系・理系などと分かれてしまう。
 彼と進路の話をしたことは無い。自分がどうしたいのかも解らないのに。
 それよりも、最後に彼とちゃんと話をしたのはいつだったか。
 休みの日は博士の家で一緒にいる。たまに外へ出かけることもある。
 でも彼の態度は高校以前から変わらない。そもそも「付き合って」いるのだろうか?

 「何て言うか…どうふるまっていいのか解らないのよ」
 「はっ…?」
 「吉田さんやクラスの子が貸してくれた漫画は片思いの話ばかりでしょう?」
 「う、うーん?そうだね、そういうのが多いかも」
 「その先はどうすればいいわけ?」
 「え、えーと…」





 真剣に困っている哀を見て、不謹慎にも歩美は笑いを堪えるのに必死だった。
 何て不器用な人たちなのだろう。
 自分がいなかったら、哀はコナンが好きだと自覚すらしなかったのではないかと思うほど。

 初恋は実らないとよく言うけれど、コナンのことが本当に好きだった。
 「一番の友達」と言ってくれたコナンとは、今でも良好関係を築けていると思う。
 実はコナンからも同じような相談を受けているのは、まだ黙っていよう。
 まだ傷が完全に癒えたわけじゃない。これくらいの意地悪は許されてもいいはず。



 あのときは彼しか見えていなかった。
 彼の一番の存在は自分だと噂にもなったし、自分でもそう信じていた。
 ただ誰にでも優しい彼を恨めしく思い、その愛を一身に受ける目の前の彼女にいつも嫉妬していた。

 目の前の彼女はまだ悩んでいる。これぞセイシュンだと思った。
 その悩める姿がとびきり魅力的なのに、気づいていないみたい。
 目を細めて見守る。まさか自分がこんな立場になるとは思わなかった。


 あんなにも傍にいたいと、いつも一番でありたいと思っていた日々はもうない。
 今自分の中に流れるのは優越感でも劣等感でもなく、穏やかな気持ち。

 彼と彼女のいないところで、自分は歩んでいくと決めた。
 きっかけは現実から目を反らして逃げたかったことだけど、今となっては好判断だったと思う。
 ストローでファンタを思いっきり吸い込む。微炭酸がピリリと辛い。
 傷は大分癒えてきた方だけど、もう少しだけこうやって羽を休めていたい。

 いつか本当の誰かと出逢うための、また羽ばたけるための今は準備期間だから。










「いつもそばにいられたら」 なんて思えなくなったことは ワガママな貴方は まだ知らぬはずね

ANIMAL LIFE


2006.3.25