今日はクリスマスなのよ。
別に何か特別な思い入れがあるわけじゃないし、
クリスチャンでもないけれど。
こんな日くらい、愛してくれたっていいじゃない。
愛してくれない\\
―You do not love me...
何度も言うようだけど、今日はクリスマス。
街を歩けばイルミネーションがキレイだとしても、
それを見てキャァキャァ騒ぐカップルが溢れているとしても、
私には関係のないこと。
十二月の風は私には冷たすぎるくらいだったし、
私の心はもっと冷たかった。
それもこれも全部アイツのせい。
予約していたケーキを取りに行った帰り道、
約束があるわけでもないのにこうやって待ってしまうのも、
全部アイツのせい。
手が悴もうとも、頬が冷たくなるのも・・・・・
きっと寒さで心がマヒしてるんだ。
そう思い込み、それでも待ってしまう。
何で自分はここでこんな寒い思いまでしてあの人を待っているんだろう。
雪が降り出しそうな気温。
楽しそうに寄り添って歩く恋人たちを横目に、手をこすり合わせる。
吐く息が白い。
「好きだ」と言われたこともない。
ただいつものように待ち合わせをして、こうやって待っているだけ。
プレゼントは用意してある。
向こうだって何か用意してきてくれると思う。
何も望まないと決めたのに。
何だろう。
何かが足りない。
あたしはあの人にどんなことを期待してるのだろう。
「あら?」
声をかけてきたのは見覚えのある女の子。
長い艶やかな髪。
でも漆黒の瞳はとても淋しそうだった。
「こんなところで何やってるのよ?」
貴女こそ何してるのと訊ねようとして止めた。
何だか聞いちゃいけないような気がしたから。
「・・・・人を待っているの」
来ないかもしれない、
来たとしてもいつ来るか分からないような人を。
「私も同じだわ」
そう言ってあたしの隣で待ち始めてしまった。
「どちらが先に来るか賭けましょうか?」
彼女は意地悪く微笑んだけど、
その勝負、貴女の方が勝っちゃうよ?
前に逢ったことがあると思う。
工藤君の隣にいた愛らしい少女。
赤髪も儚げな雰囲気も、私は持っていない。
こうやって話すのは初めてかもしれない。
アイツからもこの子の話を聞いたことがある。
姿の見えないこの子に嫉妬したりもしたっけ。
この子はちゃんと『約束』があるんだ。
「待ってるのって工藤君?」
分かっているけど訊ねてみる。
「・・・・・・・・・・うん」
寒さのせいか、彼女は無口だ。
頭の中はきっと彼のことでいっぱいなのでしょうね。
「お互いこうやって待たされてるわけなのね」
クリスマスに女二人、
こんないい女たちを待たせて、男共は一体何やってるのよ。
「寒いわね」
「えぇ・・・・・そうね」
私の問いかけに彼女はちゃんと答える。
「いつまで待ってるの?」
「・・・・・あの人が来るまで」
さも当たり前のように彼女は言った。
だから私も、もうちょっとだけ待ってみようかな。
『クリスマスには奇跡が起こるんだよ』
いつもノー天気なあの子がこんなこと言ってたっけ。
あの子には大事な幼馴染みのアイツがいるからそんなこと言えるのよ。
何もない私にはクリスマスなんて関係ない。
奇跡なんか起こりやしない。
そう、奇跡なんか―
「紅子?」
ふいにサンタが目の前に現れた。
「な・・・・・何で?」
驚きのあまり声がひっくり返る。
瞬きをしないでいたら、眼が乾いて痛みを感じた。
それ以上に痛かったのは、きっと私の心。
奇跡なんか起こりはしないと、今思っていたところなのに。
この寒い中いつまで待ってようと、いつ帰ってやろうかと考えていたところなのに。
「クリスマスケーキ販売のバイトしてたんだ」
この格好が気に入ったからこのまま家に帰るのだと言う。
「お前こんなところで哀ちゃんと二人で何やってんだよ?」
私にはまるで責めているような口調。
彼女の方には「久しぶりだね」だなんてにっこり笑いかけてるし。
『哀ちゃん』だなんて気安く呼んでるし。
「黒羽君・・・彼女ずっと待っててくれたのよ」
赤髪の少女がそっと囁く。
「・・・・・何?紅子、もしかしてオレを待っていてくれたわけ?」
「そんなわけないでしょ?」
声を荒げる。
周りにいた恋人たちが一斉にこっちを向く。
私はそんなことは気にせず、立ち尽くしていた。
自惚れないでよ。
貴方のために待ってたんじゃない。
惨めな思いをしたくて待ってたんじゃない。
周りの気温が冷たいから、冷たいことしか言えない。
あの子のように、素直になれない。
だって貴方は私を愛してくれない。
「・・・・・・・・ほら、帰るぞ?」
「えっ?!」
一呼吸おいて、彼は強引に私の腕を取って歩み出す。
「帰るって・・・・・ど、どこへ?!」
同情なんていらないよ。
その気がないなら優しくなんかしないでよ。
「ん?おまえもケーキ買ったのかよ?」
私の質問には答えず、ぐんぐんと進んでいく。
「それが何よ・・・・・」
一人でケーキ買って帰って一人で食べたっていいじゃない。
貴方には関係ない。
「かぶっちゃったじゃんかよー」
右手で隠し持っていた赤い包みをひらひらと振ってみせる。
「二人でこんなに食えるかよ」
「えっ・・・・・・・・?」
だから言ってやったんだ。
「明日も二人で食べればいいじゃない」
そうしたら彼は「それもそうだ」と笑った。
私は奇跡なんか信じていないけど、
彼の笑顔だけは信じてみようと思う。
ふと彼女の方に視線をやると、彼女は両眉を下げて笑った。
「あの勝負、貴女の勝ちね?」
二人の背中を見送った後、そしてあたしはまた独りぼっち。
メールも電話もしたけど繋がりやしない。
夜はまだまだ長い。
彼が来るまで待つ。
一度決めたら最後までやり通したい。
でもやっぱり不安になるんだよ。
「好きだ」と言われたこともない。
抱き締めてくれたこともない。
貴方はあたしを愛してくれない。
ふわりと後ろから頬に手がかかる。
少し懐かしい、人のぬくもり。
目を閉じて確かに感じる、貴方の体温。
心地のいい安心感。
そうか。
あたしはこの腕が欲しかったんだ。
期待していたのは薄っぺらな言葉じゃなくて、
全てを包み込んでくれる魔法の手。
「遅い・・・・・・・」
目を閉じたまま唇だけ尖らせる。
待ちくたびれて疲れちゃった。
身体の向きを直して貴方を正面から見上げる。
「待たせて悪かったな」
言葉でそうは言っても顔は笑ってる。
こんな笑顔を見せられたら、
もう怒ってなんかいられない。
ズルイよ。
「こんなにも冷たくなっちまってなぁ」
貴方の手が悪戯に頬から唇に触れる。
「誰のせいだと思ってんの?責任取ってよ」
今日はクリスマスなんだから、こんな日くらい愛してよ。
「ハイハイ・・・・・責任はたっぷり取らせて頂きますよ」
彼は首をすくめて笑ってみせ、
抱き締めるような形で、そのまま静かに唇を重ねた。
薄っぺらなうわべだけの言葉は要らないから、
ちゃんと態度で示して。
―でも時々は言葉にして伝えてちょうだい。
『愛してる』とたった一言でもいいから囁いて。
Mery Christmas...